※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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故障/翠眼の探索者

 

 

 アイテムを使い、逃げるようにダンジョンの外へ出た陽二は、時間(スキル)を使う。

 ―― 12時30分か……

 カリンと交わした約束の時間まで、あと30分。それだけの時間的猶予があれば、ペコペコの腹を満たしつつ、気持ちのリフレッシュを図るのも問題ないだろう。

 

 ―― ダンジョン専用蘇生薬って、すごいな……

 

 彼は待ち合い場の隅っこで、血の汚れどころか、破損した部分まで修復されていた装備に驚きながら、さっと装備を腕輪に収納すると服を着替えた。

 そして、やっと一息。待ち合い場を出て、人が行き交う道に出た所で、お腹の虫が騒ぎ出した。

 

 ―― リンメルの店で昼ご飯を――

 彼はそう考えるも、すぐに今朝の出来事を思い出した。

 ―― 迷惑だな……

 

「じゃあ、屋台でも見て回るか」

『あーし、白玉ぜんざいが食べたいし』

「こっちの世界にあるのかな……てか、どうやって食べるの?」

『陽二の味覚を借りるだけだし。それで、食べた気になるし』

「無駄に凄いなぁ……」

 

 視覚のみならず、味覚まで共有できるのか。もう、何でもありのあーしさんに驚愕を覚える彼の周囲では、お昼時間に相応しく、屋台の前にチラホラと行列ができていた。

 その誰もが、幼い顔立ちをした少年少女であり、新人/練習用ダンジョンで修行中の見習いだと、容易に判別できた。

 

 そんな町中を歩く彼の腕輪に、通信が入った。

『陽二!』

 その声は明らかに怒っているような感じだった。彼は、嫌な予感を抱きながらも、飛び込むように物陰へ。

「は、はい!」

 応答と同時にスマホを収納スペースへ投げ込むと、隠れるように座り込み、通信に耳を傾ける。

 

『おぬしは何をやっておるのじゃ! このたわけが』

 相手は、予想通り唯だった。そして彼女はなぜか、相当ご立腹の様子。

「ダンジョンに入っていました。すみません」

 ダンジョンの攻略に集中していたので、通信に気づかなかったのか? と勘違いした彼は、すぐに謝罪を口にするも

『たわけ、人魚の事じゃ』

 彼女から帰ってきたのは、予想外の言葉だった。

 

 ―― 人魚? 

 すぐ頭に浮かんだのは、おっぱい丸出しで横たわっていた、人魚たちの眼福な光景だ。しかし彼女が、あの時の事を知っているはずはない。

 なので彼は『?』と、一瞬考え込んでしまったのだが

『パールに、種を授けたそうじゃのう……今、ここにおる』

「げっ……」

 

 それを訊いた彼は、なんとなーく、嫌な予感の正体。それが見えた気がした。

 しかしながら。怒気を含みながら彼女が言う『子種の件』は、彼の知らぬ存ぜぬの内に行われたものであり、彼に非はないだろう。

 ―― だ、大丈夫。俺は(・・)、唯さんに怒られるような疚(やま)しい事は、何もしていないよな?

 そう考えた彼の脳裏に、パールを攻め立てた時の光景が過った。

 ―― もしかして……怒っているのはこっち?

 

 どうして彼女と人魚姫パールが一緒に居るのか、彼には皆目見当もつかないが、一緒に居ると言うことは、パールを攻め立てた事が、つまり、うら若き乙女に彼がイタズラした事が、バレている公算が高い。

 他に怒りを向けられる出来事に、身に覚えがない彼は、そう判断した。

 

 とは言え、あのイタズラがあったからこそ、パールは成熟し、分泌液が出るようになったのである。それに、あの行為も頼まれたから彼はやったのである。少しだけ、ほんの少しだけ、調子に乗ってしまったかもしれないが……

 しかしだ。

 調子に乗ったからこその成熟であり、それは、人魚界を救う一助なのは間違いない事実。まさに彼は救世主であり、ヴァイオレットを含む、全ての人魚たちも、それは認めてくれるだろう。

 ファインプレイだ!

 ―― うん大丈夫。こっちも、怒られる謂(いわ)れはない。

 

 その考えに行き着いた彼は、ヴァイオレットに『会いに行く』と、約束していた事を思い出した。今、唯と一緒にパールが居るのなら、他の人魚たちも一緒に居る可能性が高い。それなら今こそ、約束を果たせる丁度いい機会なのではないか。

 

 しかしながら彼は、カリンと新人/練習用ダンジョンに入る約束をしている。カリンに事情を話せば、快くなかった事にしてくれるだろうが……彼の胸には、いくら謂れはないと言い訳を繕っても、決して消えない不安があった。

 

『陽二、訊いておるのか?』

 彼は彼女からの通信に、その言葉の端々から、間違いなく彼女は激怒している。と、ビンビンに感じ取っていたのだ。

 今、パールと会うため転移すれば、どうなってしまうのか?

 彼がどれだけ言い訳しようとも、それをパールたちがどれだけ擁護しようとも、彼女に通用しないのは、火を見るよりも明らかだった。

 なので彼は、戦略的撤退。彼女から逃げるため、ひと芝居(しばい)打つことにした。

 

「あ、あれ? 声にノイズが混ざって聞こえないぞ? 壊れちゃったのか? 唯さん? 唯さん?」

『こら、何を巫山戯(ふざけ)た世迷(ま)い言を――はよう来』

 ブチッ

 彼はタイミングを見計らい、強制的に通信を切った。

「あれれ? 腕輪、壊れちゃったのかなー?」

 そしてわざとらしく、1人芝居(しばい)で締めくくると

 腕輪は壊れてしまったのだ。

 決して、わざとではない。

 などと自分に言い聞かし、コソッと非通信モードに切り替えた。

 

 しかし、非通信モードに切り替えても、位置発信機能を切る術を彼は知らない。なので彼は、彼女が転移して来るのを恐れ、隠れるように人混みへ紛(まげ)れ込んだのだった。

 

 △△

 

「あら陽二。あなたでも30分前行動ができるのね」

「その言い方失礼じゃない? カリンって、本当に俺の扱い酷(ひど)いよね」

 人混みに入ってすぐだった。不意に声をかけられ一瞬焦りはしたものの、すぐにカリンと理解できた彼は、振り返りつつ言い返した。

 

 艶のある長い黒髪をポニーテールにし、いつものゼラニオンもどきの服の上に、紺のローブっぽいマントみたいな物を纏(まと)っていたカリンは、彼の言葉を見事にスルーすると

「イノゾミラさん。コレが陽二です」

 と、言った。

 ―― コレって何だよ。物じゃねーよっ!

 

 心の中で悪態を吐いた彼が、カリンの隣に目を向けると。そこには、20代半(なか)ばくらいの女性が立っていた。

 

「初めまして、陽二くん。私の名前はイノゾミラ。仲間からは『ミラ』って呼ばれているわ。良かったら、ミラって呼んでもらえると、うれしいかな」

 

 イノゾミラと名乗った、美しい金髪の翠眼(すいがん)女性は、ランスロットと同じくらい背が高く、白いシャツに青いズボンとラフな服装だったが、整った容姿と気品あふれる雰囲気も相まって、彼の目には高貴なお姫さま。そんな風に映っていた。

 

 そんな彼女を前にした彼は、お姫さまの前で膝をつく騎士のように、思わず跪(ひざまず)きそうになりながらも、自己紹介だ。

 

「初めまして、イノゾミラさん。わたくしは、中山陽二と申します」

 

 緊張してしまったのか、彼はガチガチになっていた。

 

「わたくしって……メッキが剥がれるのはすぐなんだから、いつも通りにしなさいよ」

「そう緊張されても困るかな。取りあえず、場所を変えよっか」

 

 カリンの言葉で少し緊張がほぐれた彼は、イノゾミラの声で、周囲の目に気づいた。

 ただでさえ、人の目を集める美少女のカリン。そして、それを上回るほどの美貌と、大人の色香を持っているイノゾミラ。

 その2人が揃ってしまえば、注目を集めてしまうのも、無理がなかった。

 

 △△

 

 嫉妬の目を向けられながら、その場を後にした彼は、金の髪と緑色の瞳を持つイノゾミラの案内で、カリンと一緒にとある建物の前までやって来た。

 外見は、一軒家ほどの2階建で奥に長い長方形。2階には、明かり取りの小さな窓がいくつも見えるが、1階には、重厚な黒い観音扉がひとつだけだった。

 ここは、彼女が所属しているチームが経営する店。という話ではあるが、看板のひとつもなく、何かの商売をやっているようには全く見えなかった。

 

「ねえカリン。なんか怪しくない?」

 彼はコソッと、カリンに耳打ちした。

 建物の中には、屈強な男たちが待ち構えているかもしれない。そして、サインをしないと建物から出してもらえないかもしれない。彼が頭の中で、悪質なキャッチセールス。そんな心配をしていると

 

「陽二くん。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。さあ入って」

 聞こえていたのだろう。そんなイノゾミラの声に、背中を押されるように建物へ入った。その後ろでは『ここが……』と、カリンが呟(つぶや)いていた。

 

 中に入った彼は「ええっ?」と、建物の外見からは想像もできないほどの、広い空間を目にして驚きの第一声を上げた。

 入り口から右側に広がっており、パッと見でも余裕で300畳程ありそうだった。おそらくここは食堂ホールなのだろう。それを示すように、テーブルと椅子がたくさん配置してある。

 

 左側に目を向けると、対面式のカウンターがあった。壁の棚には酒瓶が所狭しと並んでおり、その裏手に調理場があるようだ。

 正面に目を向けると、違う部屋へ続くドアがいくつもある。イノゾミラの話では、多種多様な訓練を受ける部屋とのこと。

 他にも目につくものは色々あるが、最も存在をアピールしていたのは、右手の中央部にある螺旋(らせん)階段だろう。

 2階も、1階と同等の面積を持つと考えれば

 

「想像以上に広いですねー。まるで、王都にある映画館みたいだ」

 

 カウンターを勧められ、カリンと並んで座っていた彼は、そんな感想を呟いた。すると、カウンターの中でお茶の準備をしていたイノゾミラが返す。

 

「『拡張空間』と言うみたいよ。詳しいことは分からないけど、すごい技術よね」

 映画館は、ゼラニオンのお膝元と言っても過言ではない重要な施設だ。なので、貴重な『空間拡張』の技術が使われていたとしても、なんら不思議ではない。ではここも、映画館に匹敵する重要な施設なのだろうか。

 

「そんなすごい技術が……じゃあここは?」

「私には分かるわ!」

 

 考察し始めた彼。

 すると、その隣に居たカリンが、何かしらの事情を知っていそうな口ぶりで声を上げた。

 ―― なるほど。ミラさんが、ただ者ではないのは、何となく理解していたけど……怪しい人ではないみたいだし、そろそろ用件を聞いてみるか

 

「ところで、先程コレ呼ばわりされた僕に、なにか用事ですか?」

「ぷっ! 陽二って本当にくだらないわね」

「何が!?」

「陽二くん。君のダジャレは面白いね」

 そう言いながらイノゾミラは、彼とカリンの前にお茶を出した。

「ダジャレ? 言ってないんですけど?」

 

 △△

 

「君の質問に答える前に、探索者って知っていますか?」

 ―― 探索者? どこかで聞いた覚えが……あっ!

「マツサに居たハゲソンさんが、確か探索者って言っていましたね」

「ハゲソン……」

 彼の言葉を聞いたイノゾミラは、額に手を当て笑いを堪えた。

 

「陽二くん、君は怖い物知らずですね。あのバリソンさんに向かって、ハゲって……」

「陽二、バリソンさんって誰?」

「えっとね――――」

 

 バリソンとは、彼がこの世界で初めて会った人物だ。気さくなオッサンでイガネオ(ギフト)を彼に教えた人物でもある。もしバリソンに拾われていなければ、彼は死んでいた可能性が高い。なので、命の恩人とも言えるだろう。

 

「奇特な人なのね、バリソンさんって。私だったら、間違いなく見捨てているわね。だって私、動物は拾っちゃダメって言われていたし、なにより、あなたの面倒を見るなんてごめんだわ」

「おいっ俺は犬か猫か? どんどん扱いがおかしくなってるけど?」

 

 カウンターをダンダンと叩き、激しく抗議する彼。そのやり取りを見ていたイノゾミラは、クスッと笑いながら言う。

 

「バリソンさんは、探索者の中でもトップレベルの力を持った有名人なんです。さらに独身なので、みんなの憧れの的」

「えっ、あのオッサンが? もしかしてミラさんも?」

「何度かアタックしましたけど―― ダメでした」

 そう漏らしたイノゾミラは、洗礼された動きでお茶を飲み始めた。

 

 ―― な、なんだと。あんなオッサンがモテてるのか? 強さか? もしかして、強ければモテモテになれるのか?

 衝撃を受けた彼が、嫉妬の思考に陥り掛けると「こほん!」

 

「話が逸れてしまいましたね。探索者とは――――」

 探索者とは、結界路の外で活動する者たちの総称であり、職業ではない。探索者の実力は、町で活動する冒険者たちよりも高いが、その存在は、様々な諸事情で隠されているため、ほとんどの人には知られていない。

 その諸事情にからんで

 バリソンが拠点とする『マツサ』

 イノゾミラが拠点とする『センダイ』

 この2つの町の存在も、秘匿対象になっている。

 

「活動目的ですが――――」

 その活動内容は、魔物の討伐から始まり、資源の発見や調査・採集など様々であるが、1番の活動目的は、結界路の建設による安全地帯の拡張である。

 

「こんな感じです。口外は、なるべく控えてくださいね」

「はい! それで、ミラさんの事は?」

 

 概要を説明し終えたイノゾミラに対して、元気な声で反応したのはカリンだった。そして、詳しい事を知らなかったのか、イノゾミラ自身の説明を求めた。

「じゃあ、ちょっとだけ――――」

 

 イノゾミラ・エスペナイン。

 センダイを拠点に活動する探索者チーム『青紫軍(せいしぐん)』所属。その2番隊を率いるリーダーで『金色の青(ゴールドブルー)』の異名を持つ。

 職業は魔法剣士で、レベルは27。風・土・水の3属性持ちである。

 

 カリンは、イノゾミラの話に目をキラキラさせながら、ウンウンと頷(うなず)いていた。

 

「それでミラさん。探索者の事は取りあえず置いておくとして、僕に何の用なんですか?」 

「ちょっと陽二、探索者を置いておくって、どうゆう事よ! 素晴らしい仕事をしているのよ」

「別にぞんざいに扱った訳じゃなくて、わざわざ、その探索者さんが、俺に会いに来た理由が気になるんだよ。ではミラさん、お願いします」

 

 このままではまた、口喧嘩に発展し話が進まない。そう感じた彼は、助け船を願うつもりで、イノゾミラに説明を求めた。

 

「実は、私たちの総隊長(リーダー)の名前は『マサムネ』って言うんですけど。彼も、陽二くんと同じ世界からやって来た人なんです。それでですね……元勇者の陽二くんに興味を持っていまして……『どんなやつだろう?』って、執拗に周囲へ聞いて来るんです。要はね『誰か、人となりを見てこい』って事なんです。それで、私が会いに来た。という訳です」

「はあ……」

 

 △△

 

 彼がこの世界に訪れた日。

 イノゾミラの所属する『青紫軍』は、シバコテンの討伐依頼を受けて、マツサを訪れていた。

 

 シバコテンとは、体長は10~30cmで、海沿いの草原にのみ生息する、魔石を持たないランクHの魔物だ。

 枯れた植物が好物と知られているが、魔物の死骸や排泄物(はいせつぶつ)から、口に入るものなら何でも食べるほど食欲が旺盛であり、掃除屋とも呼ばれている。

 性格は臆病で、地中に巣を作り10~20の集団で暮らしており、繁殖力は極めて高い。3~5月の繁殖期に、数が爆発的に増える事が極稀にある。

 見た目は、小型のテンに似ているが、そのかわいらしさとは逆に、鋭い歯と骨を砕く顎の力を持っている。

 

 通常ならば、補食される最底辺の魔物なので、特に問題はない。しかし、数が増えすぎると注意が必要になる。それは、シバコテンが持つ『超個体(スキル)』にあり、集団の数が百を超えると、発動しやすくなるのだ。

 

 超個体とは?

 アリの集団で例えると、群れ全体での情報交換が、まるで1つの生物の中で行われている様になり、一匹では単純な行動しかできないが、数が集まることによって複雑な動きに様変わりするスキルだ。

 もしシバコテンの超個体が発動すると、まず、群れ全体の性格が獰猛(どうもう)になる。次に、群れ全体が1つの意思(発動者)で支配され、1体の生物になったような動きに変わる。

 

 するとどうなるか?

 今まで捕食される弱い立場だったものが、捕食者(肉食)に変貌。ランクの高い魔物を襲うようになり、地上(・・)の巣に連れ去り群れでむさぼり食うのだ。そして厄介なことに、魔物だろうが人だろうが、例外なく襲い始める。

 そんな群れのランクはDだ。

 

 そして、さらに数が増大し千を超えると……町1つを滅ぼす程の脅威となる。そのため地上に巣を発見したら、早めに対策を講じる必要があるのだが……経験の浅い探索者が調査に当たったため、見落としがあったのだ。

 ちなみにその原因が、シバコテンの超個体(スキル)にあると判明している訳ではなく、古くから『地上に巣を作り出したら危険信号』と伝わっているのである。

 

 

 今回、シバコテンの地上の巣が発見されたのは、陽二が異変に初めて気づいた位置から、海沿いに5時間ほど徒歩で南下した場所だった。

 早速その場所へ集合した青紫軍によって、着々と討伐の準備が進められていた。もし少しのズレがあったのならば、最初に出会うのはバリソンではなく、青紫軍の人物だっただろう。そして、彼の異世界生活も、また変わったものになっていたはずだ。

 そんなもしもは別にして、結局、彼と最初に出会ったのは、その討伐地へ様子見に向かっていた、バリソンだった。

 

 シバコテンの巣は、青紫軍の活躍で無事に駆除できた。ところがその場所に、喧騒を聞き付けた魔物が乱入してきたのだ。

 仲間を救うために飛び出したマサムネが、怪我を負ってしまうトラブルがあったものの、そのお礼とばかりに、乱入してきた魔物の巣まで駆除した青紫軍が、マツサに帰還を果たしたのは、彼が王都へ行った次の日だった。

 

 そしてその時マサムネは、バリソンとヨーゼフの口から彼の事を知ったのだ。それ以来、人の良い人物のマサムネは、見ず知らずの彼を、気にかけていたようだ。

 

 △△

 

「お昼ごはんは、まだですよね?」

 その言葉に甘えた彼は、昼食をごちそうになる。当然話題は、同郷のマサムネの事だ。見ず知らずの自分に興味を示し、心配してくれた人物だ。彼も、少なからず興味を持っていた。

 

「マサムネさんって、僕の何に興味があったんですかね?」

「やっぱり『勇者』でしょうね。リーダーが若い頃は、勇者は死刑に処すとまで言われていたらしく、その事をいまだに鵜呑みしているんです。でも、今の陽二くんのように、勇者じゃなくても気にしていたと思いますよ」

「知ってたんですか?」

「はい。パトリック王子に勇者を渡した事も、本来の世界へ戻る気がないって事もね」

 

 ―― なるほど。ある程度の情報は、事前に調査済みなのか……。情報もとは、ダグ(王様)かな?

 

「ちなみに、マサムネさんって、いくつなんですか?」

「たぶん45歳くらいですね」

 などなど。彼がイノゾミラと、マサムネや青紫軍の話をしていると

「ミラさん。今から新人/練習用ダンジョンに行く予定なんですけど、魔法剣が見たいです。なので、一緒にいきませんか?」

 そんなカリンのお願いもあって、イノゾミラも同行することになった。

 

 △△

 

 新人/練習用ダンジョンの前までやって来た陽二は、イノゾミラや人目のつかない場所に隠れて、防具を呼び出した。ちなみに現在、仲間の腕輪(ゼラ・ブレスレット)は、他の人から見えないモードに設定してある。

 それと、イノゾミラも一緒なので、スマホ(あーしさん)は封印だ。

 

 入り口へ戻ると、イノゾミラもカリンも、変わらず同じ服装だった。イノゾミラは実力者なので、釈迦に説法と考えた彼は、イノゾミラが入場料を支払いに行ったスキに、カリンに問いただした。

「その格好で入るわけ?」

「当然じゃない――――」

 カリンの説明によると、現在着ているコスプレスーツの防御力は、そんじゃそこらの防具より、遥かに高いようだ。

 

「これも買ってきたので、どうぞ」

 入場料を支払ってくれたイノゾミラは、彼とカリンに、ダンジョン専用アイテムまで準備していた。

「ありがとうございます」

 

 時と場合にもよるが、年上の親切を断ってはならない。ほぼ100%断る方が失礼になる。ただ、恩着せがましい人や面倒な人がいるのも確かなので、その場合は、なにかしらのお返しで帳消しを狙おう。

『こんな考えの人になってはダメよ!』と後ろ指を指されそうだが、肝心なのは、何かをしてもらったら、何かを返すように心がけようって事だ!

 

「陽二くんたちは、行ってみたい階ってありますか?」

「行きたい階?」

 

 実は、新人/練習用ダンジョンを踏破すると、行きたい階を選択できるアイテムが、特典としてもらえるのだ。このアイテムは、何度でも使えて、脱出にも使える優れものだ。

 この事からイノゾミラは、新人/練習用ダンジョンを踏破済みなのがわかるだろう。

 

 その説明を受けた彼は、地下5階と言いかけて止めた。ボコボコにされたばかりの地下5階である。彼の傷はまだ、癒えていないのだ。なので

 

「カリンは、もう少しでレベル10だったよね?」

 と、カリンに選択権を譲った。

「それなら、地下4階でいいですか?」

 それが妥当だろう。彼は、心の中でほっとした。

 

 地下4階に降り立った彼は、早速、短剣を装備。カリンは昨日と同じ剣だ。イノゾミラは、私服のまま彼とカリンの後ろを歩く。

 ―― あの格好で大丈夫なのかな? 

 と、防具を身に付けないイノゾミラを気づかう彼は、遠くにスライムのグループを発見した。

 気付かれないよう、慎重に近付けた彼は

「俺は右から倒すから、カリンは左側からお願い。ミラさんはどうしますか?」

「私はここで見ています。お手並み拝見ですね」

 そう告げたイノゾミラは、笑顔で手を振りながら2人と距離をあけた。

 

 彼はもう一度、魔物グループに目をやった。

 全てがスライムで構成されており、4体。どうやら魔物たちは、木の根元で休憩しているようだ。太い木の根っこを挟んで、右に3、左に1。

 右のスライムたちは、隠れて近づけないので、正面から突っ込むしかない。左のスライムは、木に隠れて近づけばスキを付けるはずだ。

 

「闇壁(ダークシールド)」

 

 正面に闇壁をだした彼は、隠れて近づいたカリンの合図で、スライムに突撃。

 スライムに魔法を使わせる事なく、すばやく1体倒し、流れるような動きで、2体目も短剣で突き刺して処理。

 3体目のスライムには魔法を使われたが、闇壁で受けて、正面から斬り裂いて倒した。

 ―― よし。怖さもなかったし、いい感じだ。カリンは?

 カリンを確認すると、あっさりと真法剣(まほうけん)で真っぷたつにしたあとだった。

 

「お見事!」

「どうってことないわ!」

 

 それから30分程2人で魔物を倒していると、カリンのレベルが10になって、見習いが取れた。

 結局イノゾミラは、後ろで彼らを観察しているだけだった。

 

「うん。2人とも、なかなか凄いですね。びっくりです!」

 見習いを卒業したカリンと、喜びを分かち合っていると、イノゾミラが近付いて来て声をかけた。

「ありがとうございます!」

「では、少し休みませんか?」

 

 イノゾミラは、見通しが良く襲撃に対応しやすい広場に場所を移すと、収納スペースからポットを取り出し、お茶の準備を始めた。

 ―― こんな場所で?

 

 顔に出ていたのか、イノゾミラは彼の表情に気付くと、笑顔で説明するように、口を開いた。

「大丈夫。魔物が近づいて来たら、すぐに分かりますから。シンク、お願いね」

 するとどうだろう。イノゾミラの近くに、タンポポの綿毛のように、ふわふわと浮かぶ光が現れた。

 

「もしかして、精霊ですか?」

 尋ねながら伸ばしたカリンの手の平に、その光はゆっくりと降りてきた。

 

 カリンは精霊の加護を持っているので、精霊の姿が見える。ではイノゾミラは? なんと彼女は、風と水2つの加護を持っているのだ。

 ちなみに、シンクは風の精霊。しかし、火の精霊ナーナや人魚姫パールと違って、器を得られなかった精霊になる。とは言え、意志疎通は十分可能なようだ。

 その、風の精霊シンクが周囲を見張ってくれるお陰で、安心してお茶を飲みながら話ができる。

 

 △△

 

「2人とも、いい動きをしていましたね――――」

 イノゾミラは、戦闘が面倒だった訳ではなく、彼らの戦い方を、少し広い視野で観察していたのだ。

 

「カリンさんの真法剣、素晴らしいですね。剣の扱い方に粗さが見えますが、年齢と冒険者のレベルを考えると、これからの成長がとても楽しみです。是非ともスカウトして、育てたくなるほどの逸材です」

 

 彼と合流する前に、カリンと話をしていたイノゾミラは、彼女の職業歴や、幼い頃に冒険者から剣を教わった事、ある程度の魔法が使える事などを知っていた。

 そしてイノゾミラの口から、カリンの母親である楓(かえで)の話も訊けた。カリンも先日知ったようだが、なんと楓は結婚前、青紫軍の幹部だったようだ。そして現在でも、ある程度の繋がりがあるとのこと。

 

「次に陽二くん。その短剣は、素晴らしい業物なのでしょうね。大事にしてください」

「もちろんです!」

「体や剣の扱いはまだまだですが、年齢と冒険者のレベルを考えると、カリンさんと同様に、十分すごいと言えます」

 

 ―― カリンには及ばないけど、まずまずといったところか。よし、魔技の練習を頑張ろう!

 

「それと、見たこともない魔法ですけど、固有魔法(オリジナル)ですか? 流石は元勇者ですね」

 ―― オリジナルって闇壁のことか? もしかして闇魔法って珍しいのか?

 

 これは闇魔法なんです。と、言おうとした彼だったが、もし教えるにしても、セナドゥースに聞いてからでも遅くないだろう。そう結論を出した彼は「どうなんですかね?」と言葉を濁した。

 ちなみに彼の考え通り、現在の人族にとって闇魔法は、光魔法と同じく珍しい部類に入る。

 とは言え、イガネオの収納スペースは闇魔法が根本なので、実は、最も身近な属性なのかもしれない。

 

「それと、久しぶりに見たので気づくのが遅れましたが、陽二くんが装備している防具は、外の魔物にも十分通用する『新人探索者に配られる装備』ですよね?」

 

 ―― 探索者に配られる装備だったのか……だから、受けるダメージがひと桁(・・・)なのか。と言うことはだぞ? これがもし、普通の装備だったら、もっと苦戦しているのか……

 そんな事を考え込み、黙り込んでしまった彼に、イノゾミラは問いかけた。

 

「どこで(手に入れた)? と聞いても?」

「実は今、お世話になっている人たちが居まして……その人からの支給品です」

 別にゼラニオンの事がバレる訳でもないので、彼は隠す事なく言った。誰からとは言っていないが。

 

 イノゾミラはその翠眼を持って、何かを確かめるように、彼の黒目を真っ直ぐ見つめた。

 だが彼は、恥ずかしくなってしまい、思わず目を逸らしてしまう。

 ―― この装備って、そこまで確かめる必要(・・・・・・)があるほどの物なのか?

 

 まさかイノゾミラも、彼が盗んだとは考えていないだろう。ただ、支給してくれた人物は教えてくれないの? そんなところだろう。

 するとカリンが、話に割り込んで来た。

 

「ミラさん。真法剣と魔法剣とでは、何が違うでしょうか? できればミラさんの魔法剣、見たいなあ」

 

 イノゾミラの隣に座り、グイグイと詰めよりお願いするカリンの姿は、意外と甘え上手だった。もしかしたら、彼に助け船を出してくれたのかもしれないが。

 そして陥落したイノゾミラは、まるで照れて焦ったように言った。

「そ、そうですね。元々は、そのために来たんでしたね。分かりました!」

 

 ―― なんか分からんけど、話がそれた? グッジョブよカリン! まあ、偶然だろうけど。それにしても魔法剣か……ランスが使っていたような、魔砲を剣に纏わせる(・・・・・・・・・)のと、同じ様な気がするけど。そう考えると、真法剣と魔法剣に違いはないのでは?

 

 そんな事を彼は思っていた。

 

 片付けを手早く済ませたイノゾミラは、シンクを呼び戻す。シンクは、彼女の胸元へ消えていった。

 すると彼女は自分の収納スペースから、なんと、仲間の腕輪(ゼラ・ブレスレット)を取り出すと、右手に装着したのだ。

 

 それを見て驚いたカリンは

「ミラさん仲間の腕輪(それって)……もしかしてミラさんは、ゼラニオンなんですか?」

 と、興奮しながらイノゾミラに詰め寄った。

 

 その時、彼は

 ―― えっ? 他にも仲間がいたのか? 

 と驚いていた。

 

 そして、詰め寄られた当の本人、イノゾミラは

 ―― カリンさんったら、本当にゼラニオンがいると思っているんですね。でも、その気持ち分かりますよ! 私も信じていますから!

 

 そして意を決したイノゾミラは、少し恥ずかしそうにしながらも口を開く。その照れた仕草も、実にかわいい。

 

「これは玩具です。今でも大人気ですよね、ゼラニオン。私が子どもの頃は、誰でも買うことができた仲間の腕輪ですけど、今は登録制になっていて、手に入れるのは不可能ですよね? でも、色々と便利なのも事実。そこで探索者の底力! なんと探索者には、特権があるんです!」

 

 イノゾミラが言う探索者の特権それは――――

 魔銀や魔鋼鉄などの希少な素材や装備を、常識的な範囲で優先的に用意してもらえるモノ。また、一般には知られていないスノームにある2つの転移門を、自由に使う事ができる。行き先は、マツサとセンダイ。

 他にも色々と特権はあるが、腕輪もその伝(つて)で、入手したものだ。

 

「びっ、びっくりしました! てっきりミラさんも、ゼラニ」

 おっと危ない。危機を察知した彼は、素早くカリンの口を塞いだ。その勢いでカリンは横を向いてしまい、彼の姿に隠れた。

 

 ―― もうなんなのこの子。口が軽すぎ! あと、口も悪い

 

 突然口を塞がれて驚いたカリンは、自分が口走った言葉に気付くと、すぐ隣でジト目を送る彼に、ごめんの意を込めて頷(うなず)いた。

 

「き、君たち仲がいいのね。で、でも、場所をわきまえたほうが……」

 イノゾミラが勘違いしたのも仕方がない。ちょうど角度的に、彼がカリンに、抱きついているように見えたのだ。

 

 それを聞いたカリンちゃんは、大慌て。

「ち、違います。離しなさいよ、離せ陽二(バカ)!」

「ご、ごめん」

 

 と、口では言うものの、ビンタをされた訳でもなく。そそくさと、お互いに距離をあけた。カリンも、自分に非があったと自覚していたのだ。なので、ちょっとした小芝居みたいなものだ。

 

「では、あらためて!」

 と、ひと呼吸おいたイノゾミラは、彼とカリンの目の前で、恥ずかしげもなく

「乙女戦闘服召喚(ゼラニューム・ドレス・アップ)!」

 と、そこそこ大きな声で言ったのだ。

 

 イノゾミラ・エスペナイン。彼女は今年で27歳になった。その彼女が、美しい金髪を靡(なび)かせながら、大人の色香を漂わせ、変身ポーズを決めて見せた。

 その力強く光る翠眼は、幼き頃に憧れたゼラニオンを見ているのだろう。

 

 そしてカリンは、そのイノゾミラの勇姿を、まるで新しい仲間を迎えるような眼差しで、見つめていたのだ。

 彼は、そんな2人を見て思っていた。

 

 女の子って、いくつになっても魔法少女なんだなぁ。と

 

 

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