未知の敵が襲来。そんな事件が起こった数刻後。
「姫、もう少しだけ。先っちょだけですから」
「……」
帰りたくないと、あの手この手で出立を遅らせようとしていた研究者たちに、お
そして、桜の
あんな事件があった後だ。ちょうど桜も彼女の顔が見たいと、不在なのは理解していたものの、ついつい目で探していた以心伝心。
居ても立っても居られなくなった桜は、アスモデウスとランスロットに後片付けを押し付け、彼女の元へ急いで転移したのだった。
「ママ!」
桜は、結界路の側で待っていた彼女の胸に飛び付いた。ぎゅっと包まれる感触と、ほわっと漂う彼女の香りにご満悦だ。
邪魔者扱いにしている訳ではないが、桜の側には常に誰かが居る。なのでプライベートな空間以外では、なかなか2人きりになれていなかった。
そんな中、プライベート空間以外で、彼女と2人きりになれるチャンスが巡ってきた。今こそ、力いっぱい甘える所存だ。
そんな事を考え、期待していた桜を抱きしめる彼女は、昨日の出来事と呼んだ理由を簡潔に説明した。
―― まあ、そんなもんぢゃろう……
ちょっとだけ落胆しかけたものの、呼ばれて嬉しかったのは事実で、その気持ちに変わりはない。彼女と手を繋いだ桜は、海岸までの短い散歩の道中、頬が緩みっぱなしだった。
海岸には、逃げてきたゴブリンと人魚たちが居た。そして砂浜には、人魚姫パールの治療魔法と回復薬で、ある程度までしか回復できなかったハヅキが寝かされていた。
それには訳がある。
回復魔法にも回復薬にも言える事だが『正常に治せるレベル』と言うものが当然あって、何でもかんでもすぐに治療して『職場復帰だぜ!』にはできない。
パールの治療を受ける前のハヅキは、損傷が酷すぎたのだ。
体中の至るところで見られた、骨折や骨のヒビ。場所によっては、修復が不可能と思えるレベル。また、外傷および内臓の損傷も激しく、
あの場面で助けに入った人魚たちは、まさに命の恩人だ。
で、話を戻して今回のケース。
魔法や回復薬で、これ以上急速な治療を施すと、間違いなく内臓や骨に、
とは言え、死と隣り合わせの冒険者たちのように、時間的猶予がない場合もあるだろう。その時は、弊害リスクを承知で回復せざるを得ない。
ちなみにだが、欠損した四肢を再生する薬もある。
腕なら
△△
今回、彼女が桜を呼んだ理由は2つある。
ひとつは、ハヅキの治療に役立つ反則的な薬、または、何かしらの方法を知っていないか。
もうひとつは、人魚たちを桜の屋敷に招き、数日間滞在させる。その承諾と、運搬方法の相談。
まずは、ハヅキの事。
やはり、都合の良い薬はないようだ。残念だがハヅキは、専門家の手に任せるしかない。ハヅキの親兄妹も、セナドゥースの領主邸で保護されているので、領主に託せば大丈夫だろう。
実は彼女。この事態も想定しており、パトリックをセナドゥースへ走らせていた。もうじき万全の体制で、卯月と領主を連れて来るはずだ。
「もうしばらくの辛抱じゃ。無理をせず休んでおれ」
謝罪の言葉を、絞り出そうとするハヅキを気遣った彼女は、休息を促した。そして、ゴブリンたちに目を向ける。
彼らを逃がすために、ハヅキが命を
次は人魚たちの事だ。
パールとは、陽二と会わせる約束をしている。なので彼女は、陽二と人魚たちの間であった出来事を桜に話し、ランスロットを含めた話し合いの場を設けたい。そのため人魚たちを屋敷に招きたいと説明した。
―― これは、面白いことになりそうぢゃ
話を訊いた瞬間、そのような考えを持った桜が断るはずもなく……了承を得た彼女は、砂浜に並んで座っていた人魚たちを、桜に紹介した。
「こやつらがそうじゃ」
「初めましてパールなの。陽ちんに会うため泊まるの」
足を投げ出すように座って待っていたパールは、簡潔に名前と目的を告げた。パールの中では、屋敷に招待される事は決定事項のようだ。
「これっパール。相手は、世話になる屋敷の主人じゃけぇ。桜殿、すまぬがワシら人魚一同よろしく頼むけぇ」
立ち上がったセイレーンのヴァイオレットは、軽くパールを注意すると、人魚界を代表して挨拶だ。
そして、ヴァイオレットも当然のように、桜の屋敷へ招かれると思っていた。
「
実際の話、人魚たちを連れて転移するのは不可能だ。であるなら、スノームまでは陸路になる。人魚たちは肺呼吸なので、馬車の移動でも問題はない。
とは言え、人魚の腰から下の部分は相当長く、曲げる事ができないので、そのぶん馬車のスペースを、大きく取らざるを得なくなる。
出荷する魚のように、積み重ねて運んでもいいよ。というのであれば、面白いので一緒に連れて行けなくもないが――――
ともあれ、不慣れな馬車の移動と満足に動けない状態が長時間も続けば、体調に悪影響を及ぼす懸念もある。
そこで桜は、仮眠棟を取りに戻ろうと考えたが、研究者たちを蹴飛ばした時に見た、機材やゴミが散乱する室内の惨状を思い出した。室内の清掃はまだだろうし、客人をその中に押し込めるのは、流石の桜でも気が引ける。
なので招待客を1人にしぼり、それ相応の対応を見せる方がいい。と桜は考えたのだ。
すると、その言葉を訊いたパールを除く人魚たちは、一斉に
「なんでぇー!? 陽ちんに、会い、たい、よー!!」
バッタンバッタンと、尾ビレで砂浜を叩きながら、わめき暴れ始めた。若い人魚は、相応のかわいらしさがあり、まだいい。しかし、金色マダムの暴れ方は駄目だ。とてもではないが、子どもに見せられるものではなかった。
貝殻はズレ落ちて、メロンボヨンが丸見えだし、濡れた黄金の鱗が光を反射して、大人のお店のハッスルタイムの如く、くるくる回るミラーボールのようだ。
その光景を見た唯が、ボヨーンと揺れるメロンに、殺意の眼差しを向け始めているではないか。このままでは、死人魚が出るかもしれない。
そのミラーボールの光が照らす砂浜に、ひとりポツンと放心状態で立ち尽くしていたのは、ヴァイオレットだ。陽ちん殿とペロペロできる! と、年がいもなく妄想に期待を膨らませ、ドキがムネムネだったのに――――
桜から出た言葉は、無情にも非情にも限定1名様。
―― ワシは座れるけぇ―。馬車の隅っこで棒立ちでもええ、なんなら飛んでついてくけぇ
と、ぬけ崖の上のヴァイオレットを考えていたので、唯の視線には気付けなかった。
「姉さまたち! パールは、1人でも大丈夫なの。だから心配しないで、なの!」
いやんいやーん! と、駄々っ子のように暴れる人魚たちを見て
―― パールの事をそんなに――――
と勘違いをしたパールは、少し涙目で叫んだ。
そしてその隣では、シャッターチャンス! とばかりに桜が、人魚のあられもない姿を、平常運転で右ヨーシ! 左ヨーシ! と
すると到頭、この騒ぎ(?)に苛立ちを覚えた唯が、1歩を踏み出した。騒ぎ立てる人魚の隣に歩み寄ると、その大きなメロンを『収穫!』とばかりに鷲掴み。
本来ならば、ぶら下がっているメロンを下から優しく支え、ハサミでチョッキンと収穫するのだが……
おそろしや魔王の所業だ。鷲掴みのままメロンを、もぎ取る勢いで引っ張った。
「痛ーーーい!」
当たり前である。熟したメロンは縦長に変形して、本当にもげる勢いだ。
「うるさい! 静かにせい!」
唯は、浜辺に響き渡るほどの大声をあげて、注目を集めた。その声に、桜はビクッとなって撮影を止めてしまい、駄々っ子のように暴れていた人魚たちも、仲間のメロンが人質に取られてしまった事に気が付き、放心状態だったヴァイオレットも、我を取り戻した。
ごくり。
人魚たちは、瞬時にその状況を理解して、非難の声を上げそうになるも口を閉ざした。下手に声を上げて、魔王の所業を刺激してしまっては……あのメロンが握り潰されて、取り返しのつかない事態になるからだ。
すると、比較的冷静だったヴァイオレットが、交渉を試みた。まずは、犯人の目的と精神状態を把握するのが先決だ。
「唯姉さま、落ち着くんじゃけぇ。それで要求はなんじゃ? 胸か? それならワシの胸をやる。じゃから、その手を離してくれんけぇ?」
―― なんの話じゃ?
唯の目的は、みっともなく騒がず、ただ静かにしろ。それだけだったのに、何故かメロンを人質に取って、胸を要求する犯人みたいな扱いになっていた。
人魚たちは寄りそい、めそめそと涙を流しながら、捕まった仲間の解放を願い、手を合わせながら拝んでいる。その1番前に居るのが、交渉人ヴァイオレットだ。
その少し離れた反対側では、
ビクッとしてしまった桜は、ヴァイオレットの交渉口述を訊くと、とりあえず撮影を再開。そして
―― このまま見ていても面白いのぢゃが、この流れは、ちとまずいのう……
ママを怒らせては駄目だと察知した桜は、状況を理解できず、呆気に取られていたパールに耳打ちすると
てい!
パールを、唯とヴァイオレットの間に投げ入れた。
ボヨ~ン。
胸のクッションを使い、見事な前受け身を披露したパールは、そのままの姿勢で叫ぶ。
「唯ちんは、姉さまを人質にしていないの! 姉さまたちが、パールを心配して騒いだから―――― 唯ちんは、騒ぎを止めようとしただけなの! だから、勘違いしないの!」
「そ、そうじゃったのか」
パールの言葉を訊いたヴァイオレットたちは、オンとオフのスイッチのように、簡単に切り替わり納得した。
そして唯も、ようやく状況を飲み込む
―― まったく、
しかし、パールの相手をするのも疲れる。そう考えた唯は、もう諦める事にした。
「人魚が、駄々っ子みたいな振る舞いをしてはダメなの! 姉さまたちは、もっと、人魚として品格ある行動をお願いするの!」
―― おぬしが言うのか!?
と、唯は思ったが、当然ツッコミは入れずに放置だ。そして、やれやれとため息を吐くと、メロンを解放しながら告げた。
「おぬしらは邪魔じゃ。パールは妾たちに任せて、さっさと去れ。ついでに言うておくが、
その言葉が、彼女の本心なのかは分からないが、そういう事なのだろう。
△△
唯に追い払われた人魚たちは、姿を人魚に変えたヴァイオレットを囲み、少し離れた浅瀬から遠巻きに桜をチラ見しつつ、何やら話をしていた。
唯と桜は、そんな人魚たちを無視して、パールと話していた。
「妾の娘が、屋敷へと案内する。よいか! くれぐれも、迷惑をかけるではないぞ?」
「わかったの! 桜ちん、よろしくなの」
「さ、桜ちんぢゃと!?」
『ちん』ってなんぢゃ? そんな顔を唯へ向けると『相手にするだけ無駄じゃ』と書いてあった。
―― ママが手こずるほどの相手とは、面白い。じっくり観察して、
「ねえ桜ちん、陽ちんは? 会いたいの」
―― 陽二は確か……アスモに言われた通り行動しておれば、新人/練習用ダンジョンぢゃな。それなら
「妾の屋敷で待っておれば、今日の夜には会えるぢゃろう」
「嫌なの! 今すぐ、会いたいの!!」
それを訊いた唯は、彼を呼び出し、このめんどくさいパールの相手をさせる事にした。
「それなら、ちと待っておれ。陽二を呼んでくるのでな」
「ほんとに? パール、待つの!」
そう告げた唯は立ち上がると、結界路内へ。
ゼラニオン本部にある増幅用の玉があれば、ここからでも通信は可能だが、あれは遠征用。なので、現在彼と通信するには、結界路の内側に入る必要があるのだ。
「こら、何を
―― ん?
唯の叫び声が訊こえた桜は、彼女の元へ。
「ママどうしたのぢゃ?」
「陽二の腕輪が壊れてしもうたのか、通信が途切れよった」
―― 点検したばかりなのに、故障ぢゃと?
桜が、そんな疑いを持ったその時だった。遠くから響く車輪の音を、唯の耳がキャッチしたのは。
「妾は馬車を迎えに行ってくる、ここは任せる」
腕輪が故障したとは考えられない。そんな疑念を持ちつつも、唯に任された以上、この場を放棄する選択肢のない桜は、彼の元への転移を止め、パールに彼は来られないと告げた。
するとパールは
「嫌なのっ! 陽ちんをっ! 連れてきて、なのぉ!」
先ほどの人魚たちと同じく、大の字ならぬ十字の形でバタバタと暴れ出した。
「人魚の品格とやらは、どこにいったのぢゃ……」
その姿を『やれやれ……』と、温かい目で見ていたのは、ヴァイオレットたちだ。パールを育てたのは彼女たちなので、その行動こそが、人魚の品格と言えるのかもしれない。
するとその彼女が、パールの近くまでやって来た。
「パール、ワシらはもう帰るけぇ。迷惑をかけぬようにするのじゃ。では桜殿、パールをよろしく頼むけぇ」
そう告げたヴァイオレットは、帰りは是非とも陽二殿をお供に。と頼み込んだ。
桜が了承したのを確認したヴァイオレットは、他の人魚たちと一緒に、セナドゥースの方向へと泳いで行った。
その姿を目で見送った桜が
「ふむ。おぬしらは、セナドゥースに住んでおるのか?」
と、まだ暴れているパールに尋ねると
「違うの、サラデインなの」
「そ、そうか……」
そんな状態でも、しっかり受け答えするパールにあきれ顔の桜は、暴れるパールを引きずり、
その数分後、唯だけ先に戻ってきた。すると桜は、用意する物ができたと言い、すぐに戻る事を伝えると、セナドゥースへ転移して行った。
△△
パトリックは、ハヅキの両親と領主+使用人数名を連れ戻った。更に、ゴブリンたちへの支援物資として、馬車3台のおまけ付きである。
その中には、怪我からだいぶ回復した父親の姿もあった。
領主の屋敷で療養していた彼が、無理にでも家族を探しに出る。と考えていた矢先だった。彼の妻でありハヅキの母親である、卯月救出の知らせが届いたのは。
そしてその数時間後には、ハヅキ負傷の知らせだ。目まぐるしく変化する状況に、いても立ってもおられず、無理を承知でついてきた。
そして領主イノは、ハヅキの知らせを訊いて、早急に身内だけで出発したようだが、治療用の薬や機材、そして支援物資の量を見ると、彼の有能っぷりがわかるだろう。
「「ハヅキ!」」
ハヅキの姿を目にした父と領主は、目の見えない卯月を連れ近づいた。
「あまり話をさせてはならん、今は静かに見守るのじゃ」
唯に指摘され頷いた領主は、テキパキと使用人に指示を出した。その作業を、当然のようにゴブリンたちも手伝ったのだが、ハヅキに感謝の言葉を投げかける彼らを見て、魔物と恐れおののく者は、誰ひとりとしていなかった。
それもそのはずだ。
元ゴブリン将軍の見た目は、ほとんど人である。他のゴブリンたちも、シワや掘りがなくなり、丸っこい
その作業のかたわら、唯は卯月に近づき話しかけた。
「のう卯月。ぬしらが住んでおった洞窟の場所じゃが」
とそこまで口にして、失念していた事に気がついた。そう。卯月は目が見えない。これでは、案内役が
避難予定のダンジョンは、例え場所を知っていたとしても、その入り口を見つけるのは困難な隠蔽処理が成されてあるのだ。そのため、案内できる人材が必用なのだが――――
―― いっその事、周辺を焼き払って―――― 後処理は、パトリックに――――
そんな物騒な考えを始めた唯に
「俺が案内します」
名乗りを上げたのはハヅキの父親だった。
△△
セナドゥースの町で、目的の品物を入手した桜が、唯の元へ戻ってきた。
「ただいま、ママ」
「おかえりじゃ。目的の物は?」
「だめ?」
アスモデウスにすら見せた事のない、桜の、爆発的な上目遣いが炸裂した。この、キラキラと夜空を煌めく、星たちのようなおねだりと、甘えるような口調は、母親である彼女しか目の当たりにする事は叶わないだろう。
唯は『良いに決まっておる』と言いかけて、ハヅキの姿が頭の隅に浮かんだ。そう、ハヅキの仕事は、まだ終わっていないのだ。
なので唯は、桜を抱きしめると、耳元で言った。熱い吐息を添えて――――
「ママが戻るまで、ここで待っててくれる?」と。
愛娘に贈られたのは、それはそれは、優しく慈愛に満ちた言葉だった。当然これを知るのも、この世で桜ただ1人だ。
そして、少し照れた表情のまま、娘の、自身よりも少し薄い瞳に返事を問うた。
ゾクゾクとした感覚を全身に受けた桜は、ジャンプして喜びを表現しそうになった。しかし、母親の瞳に映る自身の姿を見つめると、静かに頷いた。
ハヅキを乗せた馬車を見送った唯は、パトリックとゴブリンを引き連れ、父親の案内で洞窟に出発した。
ここから大体1~2時間程度の距離のようだが、それは、障害物を避ける時間も考慮してのもの。しかし、方角さえ判明していれば、パトリックの
△△
領主イノの馬車を1台借り受けた桜は、唯が出発してすぐ、パールをストレスフリーで運ぶため、荷台に改造を施していた。
荷車の屋根を残して全て取っ払うと、先ほどセナドゥースで仕入れてきた、観賞用の巨大な水槽をセット。
ところがここで、荷車の歯車などが、重量に耐えられない可能性を感じてしまった。スノームまでの道のりは、長く険しいのだ。
せっかく訪れた、母との楽しい馬車の旅。旅にトラブルはつきものと言うが、トラブルが発生すると分かっていて、その原因を放置しておくのは、3流どころの話ではない。
むむむ。と
「フリではないのぢゃ! 絶対に動くなでないぞ!」
でもやっぱり心配である。
あの唯を諦めさせるパールが、フリに応えないはずがない。そこで桜は、ピコーンと閃く。先日、録画した玉をパールに手渡し、再生ボタンをポチッとな。
「あっ! 陽ちんがいるの!」
目論み通りパールは大喜びで、画面の陽二に釘付けだ。
桜はその間に、荷車を仲間の腕輪に収納。そして思い付いた。
「奴らに改造させて、持ってくれば良かったのぢゃ」
ならば善は急げ。ゼラニオン本部へ転移した桜は、フジヤマで得たデータの整理に、無我夢中の研究者たちの首根っこをひっ捕まえ、荷車を取り出した。
水槽+水の重量に耐えられる改造を指示すると、帰路のプランも念のため伝え、返却用の新車を用意させた。
「桜ちゃん。唯の用事はなんだったのですか?」
そこへ、仮眠棟の片付けを済ませ、ランスロットの手伝いに行く途中の、アスモデウスに見つかってしまった。ちなみにランスロットは、資材の片付けに奮闘中だ。
「アスモか、(片付けは)終わったのか?」
「はい。今から、ランスちゃんのお手伝いに行くところですが、仮眠棟どうしますか? 先ほど機能のチェックも済ませたのですが、使いどころは多いと思います。桜ちゃんの収納に入れておきますか?」
仮眠棟の中に入れば、仲間の腕輪の収納スペースに、生物を入れて運べる。つまり、活動の幅が広がるということだ。そして研究者たちは、今回のデータを参考にして、新たな仮眠棟を作ることになった。なので今回使った仮眠棟は、さらなるデータを収集するため、ゼラニオンに託されたのだ。
しかし、唯と一緒に帰る馬車の旅を獲得した桜には、全く持って必要のないものだ。せっかくの計画が破綻してしまうではないか。なので
「仮眠棟なぞに、用はないのぢゃ!」
と、つい口走ってしまった。
「どうしてですか?」
戸惑うアスモデウスに、馬車でのんびり家路につく事を伝えると、絶対に来るなと、念に念を押す。そこまで念押ししないと、アスモデウスは、ランスロットを引き連れてやって来るだろう。
フジヤマでの一件で、ゼラニオンの特訓を提案したアスモデウスは、少し考えるような仕草を見せると
「唯と一緒でしたら、心配は――――」
少し影のある笑顔で頷いた。
この時アスモデウスは、心の奥底で、少しだけ唯に
「それとなアスモ、一緒にパールという人魚姫を、客として連れ帰る。それでぢゃが」
「まあ! 分かりました、準備は私に任せてください。それで、人魚さんは何を召し上がるのでしょうか?」
桜に頼られる。それだけで、唯に対する嫉妬の心は消え失せ、心に高揚が生まれるのだ。
「刺身ぢゃろう?」
「桜ちゃん……」
普通に考えれば、共食いと勘違いされそうな桜の言葉。しかし本来、魚は、魚を生で食べるもの。全てとは言えないが、あながち間違いでもないはずだ。
その頃、早く自分の仕事に取り掛かりたい研究者は、改造などぽぽいのポイッ。指定荷重を余裕で耐える、男前を用意していた。それは、馬の不要な魔車だった。
それを、目にした桜ちゃんは
「妾が施した改造は、何ぢゃったのぢゃ……」
彼女の改造を全否定! とは言わないが、お馬さんに無理をさせてはダメでは? それはブラック労働では? 桜は言い返せない。
だがこれは研究者たちが、桜のプランを訊いて導き出した、ベストな選択だったのだ。改造が面倒だったとか、早く自分の仕事に戻りたかった訳ではない。
研究者から言い訳がましくも、それらしい話を訊いた桜は、パールの元へと急いで戻った。
パールは、浜辺できちんと待っていた。
もしかしたら、
「待たせたの」
ピカピカの魔車を取り出しながら、パールに告げると
「桜ちん、桜ちん! この人、誰なの?」
パールが指差した人物は、私服姿のランスロットだった。ちょうど、デートの待ち合わせの場面を見ていたようだ。
「名はランスロット、妾たちの仲間ぢゃな」
テキパキと作業を進めながら、パールの問いに答える。
「陽ちんとは、どんな関係なの?」
―― ふむ。どんな関係か……。今の時点では、ランスが言い寄っておるくらいで、陽二に脈があるのかは分からん。しかしエロテックマンぢゃから、乳には興味津々ぢゃのう……。
チラッ
―― ふむ。パールには、ちと負けておるのぉ……少しだけ、援護射撃をしておくかのう
「あの2人はな……妾が知る限りでも、ただならぬ
「う、浮気!? 夫婦の危機なの!」
「いや待て、おぬしらは、夫婦と違うぢゃろうて……」