※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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メロン記念日

 

 

 未知の敵が襲来。そんな事件が起こった数刻後。

 

「姫、もう少しだけ。先っちょだけですから」

「……」

 帰りたくないと、あの手この手で出立を遅らせようとしていた研究者たちに、お灸(きゅう)をすえ仮眠棟に蹴り飛ばした桜たちが、ゼラニオンの本部に帰って来たのは、陽二が、新人/練習用ダンジョンの地下4階を攻略していた頃。

 

 そして、桜の仲間の腕輪(ゼラ・ブレスレット)に、短い通信が入ったのは、片付けを開始した直後。その通信相手は、現在桜の心を、誰よりも揺さぶれる人物だ。

 あんな事件があった後だ。ちょうど桜も彼女の顔が見たいと、不在なのは理解していたものの、ついつい目で探していた以心伝心。

 居ても立っても居られなくなった桜は、アスモデウスとランスロットに後片付けを押し付け、彼女の元へ急いで転移したのだった。

 

「ママ!」

 桜は、結界路の側で待っていた彼女の胸に飛び付いた。ぎゅっと包まれる感触と、ほわっと漂う彼女の香りにご満悦だ。

 

 邪魔者扱いにしている訳ではないが、桜の側には常に誰かが居る。なのでプライベートな空間以外では、なかなか2人きりになれていなかった。

 そんな中、プライベート空間以外で、彼女と2人きりになれるチャンスが巡ってきた。今こそ、力いっぱい甘える所存だ。

 

 そんな事を考え、期待していた桜を抱きしめる彼女は、昨日の出来事と呼んだ理由を簡潔に説明した。

 ―― まあ、そんなもんぢゃろう……

 ちょっとだけ落胆しかけたものの、呼ばれて嬉しかったのは事実で、その気持ちに変わりはない。彼女と手を繋いだ桜は、海岸までの短い散歩の道中、頬が緩みっぱなしだった。

 

 海岸には、逃げてきたゴブリンと人魚たちが居た。そして砂浜には、人魚姫パールの治療魔法と回復薬で、ある程度までしか回復できなかったハヅキが寝かされていた。

 それには訳がある。

 回復魔法にも回復薬にも言える事だが『正常に治せるレベル』と言うものが当然あって、何でもかんでもすぐに治療して『職場復帰だぜ!』にはできない。

 

 パールの治療を受ける前のハヅキは、損傷が酷すぎたのだ。

 体中の至るところで見られた、骨折や骨のヒビ。場所によっては、修復が不可能と思えるレベル。また、外傷および内臓の損傷も激しく、棺桶(かんおけ)の蓋が9割9分閉まっている。そんな状態だったのである。

 あの場面で助けに入った人魚たちは、まさに命の恩人だ。 

 

 で、話を戻して今回のケース。

 魔法や回復薬で、これ以上急速な治療を施すと、間違いなく内臓や骨に、癒着(ゆちゃく)などの弊害が発生する可能性が高い。なので、それ専用の薬を併用しながら、療養術(スキル)を持つ者の力で弊害を減らしつつ、時間をかけて治療する必要がある。

 とは言え、死と隣り合わせの冒険者たちのように、時間的猶予がない場合もあるだろう。その時は、弊害リスクを承知で回復せざるを得ない。

 

 ちなみにだが、欠損した四肢を再生する薬もある。

 腕なら肩関節(けんかんせつ)より先、足なら股関節(こかんせつ)より先の欠損に使用可能だ。だがやはり、肩関節や股関節に近いほど、長い年月と専用の薬が必要になる。

 

 △△

 

 今回、彼女が桜を呼んだ理由は2つある。

 ひとつは、ハヅキの治療に役立つ反則的な薬、または、何かしらの方法を知っていないか。

 もうひとつは、人魚たちを桜の屋敷に招き、数日間滞在させる。その承諾と、運搬方法の相談。

 

 まずは、ハヅキの事。

 やはり、都合の良い薬はないようだ。残念だがハヅキは、専門家の手に任せるしかない。ハヅキの親兄妹も、セナドゥースの領主邸で保護されているので、領主に託せば大丈夫だろう。

 実は彼女。この事態も想定しており、パトリックをセナドゥースへ走らせていた。もうじき万全の体制で、卯月と領主を連れて来るはずだ。

 

「もうしばらくの辛抱じゃ。無理をせず休んでおれ」

 謝罪の言葉を、絞り出そうとするハヅキを気遣った彼女は、休息を促した。そして、ゴブリンたちに目を向ける。

 彼らを逃がすために、ハヅキが命を賭(と)したのだ。半数近くは殺されてしまったが、せめて残りの者は無事に洞窟へ届けなければ。

 

 次は人魚たちの事だ。

 パールとは、陽二と会わせる約束をしている。なので彼女は、陽二と人魚たちの間であった出来事を桜に話し、ランスロットを含めた話し合いの場を設けたい。そのため人魚たちを屋敷に招きたいと説明した。

 

 ―― これは、面白いことになりそうぢゃ

 話を訊いた瞬間、そのような考えを持った桜が断るはずもなく……了承を得た彼女は、砂浜に並んで座っていた人魚たちを、桜に紹介した。

「こやつらがそうじゃ」

 

「初めましてパールなの。陽ちんに会うため泊まるの」

 足を投げ出すように座って待っていたパールは、簡潔に名前と目的を告げた。パールの中では、屋敷に招待される事は決定事項のようだ。

 

「これっパール。相手は、世話になる屋敷の主人じゃけぇ。桜殿、すまぬがワシら人魚一同よろしく頼むけぇ」

 立ち上がったセイレーンのヴァイオレットは、軽くパールを注意すると、人魚界を代表して挨拶だ。

 そして、ヴァイオレットも当然のように、桜の屋敷へ招かれると思っていた。

 

「妾(わらわ)が桜ぢゃ。母様から大体の話は訊いたが、全員連れて行くとなると……ちと面倒ぢゃな。うむ。招待するのは、パール1人だけぢゃ!」

 

 実際の話、人魚たちを連れて転移するのは不可能だ。であるなら、スノームまでは陸路になる。人魚たちは肺呼吸なので、馬車の移動でも問題はない。

 とは言え、人魚の腰から下の部分は相当長く、曲げる事ができないので、そのぶん馬車のスペースを、大きく取らざるを得なくなる。

 出荷する魚のように、積み重ねて運んでもいいよ。というのであれば、面白いので一緒に連れて行けなくもないが――――

 ともあれ、不慣れな馬車の移動と満足に動けない状態が長時間も続けば、体調に悪影響を及ぼす懸念もある。

 

 そこで桜は、仮眠棟を取りに戻ろうと考えたが、研究者たちを蹴飛ばした時に見た、機材やゴミが散乱する室内の惨状を思い出した。室内の清掃はまだだろうし、客人をその中に押し込めるのは、流石の桜でも気が引ける。

 なので招待客を1人にしぼり、それ相応の対応を見せる方がいい。と桜は考えたのだ。

 

 すると、その言葉を訊いたパールを除く人魚たちは、一斉に

「なんでぇー!? 陽ちんに、会い、たい、よー!!」

 

 バッタンバッタンと、尾ビレで砂浜を叩きながら、わめき暴れ始めた。若い人魚は、相応のかわいらしさがあり、まだいい。しかし、金色マダムの暴れ方は駄目だ。とてもではないが、子どもに見せられるものではなかった。

 

 貝殻はズレ落ちて、メロンボヨンが丸見えだし、濡れた黄金の鱗が光を反射して、大人のお店のハッスルタイムの如く、くるくる回るミラーボールのようだ。

 その光景を見た唯が、ボヨーンと揺れるメロンに、殺意の眼差しを向け始めているではないか。このままでは、死人魚が出るかもしれない。

 

 そのミラーボールの光が照らす砂浜に、ひとりポツンと放心状態で立ち尽くしていたのは、ヴァイオレットだ。陽ちん殿とペロペロできる! と、年がいもなく妄想に期待を膨らませ、ドキがムネムネだったのに――――

 桜から出た言葉は、無情にも非情にも限定1名様。

 ―― ワシは座れるけぇ―。馬車の隅っこで棒立ちでもええ、なんなら飛んでついてくけぇ

 と、ぬけ崖の上のヴァイオレットを考えていたので、唯の視線には気付けなかった。

 

「姉さまたち! パールは、1人でも大丈夫なの。だから心配しないで、なの!」

 いやんいやーん! と、駄々っ子のように暴れる人魚たちを見て

―― パールの事をそんなに――――

 と勘違いをしたパールは、少し涙目で叫んだ。

 

 そしてその隣では、シャッターチャンス! とばかりに桜が、人魚のあられもない姿を、平常運転で右ヨーシ! 左ヨーシ! と撮影(ヒーロータイム)。当然、映画には使えないが……

 

 すると到頭、この騒ぎ(?)に苛立ちを覚えた唯が、1歩を踏み出した。騒ぎ立てる人魚の隣に歩み寄ると、その大きなメロンを『収穫!』とばかりに鷲掴み。

 

 本来ならば、ぶら下がっているメロンを下から優しく支え、ハサミでチョッキンと収穫するのだが……

 熟過(うれす)ぎたメロンに用はない! 

 おそろしや魔王の所業だ。鷲掴みのままメロンを、もぎ取る勢いで引っ張った。

「痛ーーーい!」

 当たり前である。熟したメロンは縦長に変形して、本当にもげる勢いだ。

 

「うるさい! 静かにせい!」

 唯は、浜辺に響き渡るほどの大声をあげて、注目を集めた。その声に、桜はビクッとなって撮影を止めてしまい、駄々っ子のように暴れていた人魚たちも、仲間のメロンが人質に取られてしまった事に気が付き、放心状態だったヴァイオレットも、我を取り戻した。

 

 ごくり。

 人魚たちは、瞬時にその状況を理解して、非難の声を上げそうになるも口を閉ざした。下手に声を上げて、魔王の所業を刺激してしまっては……あのメロンが握り潰されて、取り返しのつかない事態になるからだ。

 

 すると、比較的冷静だったヴァイオレットが、交渉を試みた。まずは、犯人の目的と精神状態を把握するのが先決だ。

 

「唯姉さま、落ち着くんじゃけぇ。それで要求はなんじゃ? 胸か? それならワシの胸をやる。じゃから、その手を離してくれんけぇ?」

 

 ―― なんの話じゃ? 

 唯の目的は、みっともなく騒がず、ただ静かにしろ。それだけだったのに、何故かメロンを人質に取って、胸を要求する犯人みたいな扱いになっていた。

 

 人魚たちは寄りそい、めそめそと涙を流しながら、捕まった仲間の解放を願い、手を合わせながら拝んでいる。その1番前に居るのが、交渉人ヴァイオレットだ。

 その少し離れた反対側では、屯(たむろ)って居たゴブリンたちが、事件を見に集まる野次馬のように、ハラハラと見守っていた。

 

 ビクッとしてしまった桜は、ヴァイオレットの交渉口述を訊くと、とりあえず撮影を再開。そして

 ―― このまま見ていても面白いのぢゃが、この流れは、ちとまずいのう……

 ママを怒らせては駄目だと察知した桜は、状況を理解できず、呆気に取られていたパールに耳打ちすると

 てい! 

 パールを、唯とヴァイオレットの間に投げ入れた。

 ボヨ~ン。

 胸のクッションを使い、見事な前受け身を披露したパールは、そのままの姿勢で叫ぶ。

 

「唯ちんは、姉さまを人質にしていないの! 姉さまたちが、パールを心配して騒いだから―――― 唯ちんは、騒ぎを止めようとしただけなの! だから、勘違いしないの!」

「そ、そうじゃったのか」

 

 パールの言葉を訊いたヴァイオレットたちは、オンとオフのスイッチのように、簡単に切り替わり納得した。

 そして唯も、ようやく状況を飲み込む

 

 ―― まったく、人魚(バカ)を相手にすると疲れるのじゃ。そして、サラッと唯ちん呼びしおってからに……

 しかし、パールの相手をするのも疲れる。そう考えた唯は、もう諦める事にした。

「人魚が、駄々っ子みたいな振る舞いをしてはダメなの! 姉さまたちは、もっと、人魚として品格ある行動をお願いするの!」

 ―― おぬしが言うのか!?

 と、唯は思ったが、当然ツッコミは入れずに放置だ。そして、やれやれとため息を吐くと、メロンを解放しながら告げた。

 

「おぬしらは邪魔じゃ。パールは妾たちに任せて、さっさと去れ。ついでに言うておくが、己(うぬ)らのような巨乳(もの)など、こっちから願い下げじゃ!」

 

 その言葉が、彼女の本心なのかは分からないが、そういう事なのだろう。

 

 △△

 

 唯に追い払われた人魚たちは、姿を人魚に変えたヴァイオレットを囲み、少し離れた浅瀬から遠巻きに桜をチラ見しつつ、何やら話をしていた。

 唯と桜は、そんな人魚たちを無視して、パールと話していた。

 

「妾の娘が、屋敷へと案内する。よいか! くれぐれも、迷惑をかけるではないぞ?」

「わかったの! 桜ちん、よろしくなの」

「さ、桜ちんぢゃと!?」

 

 『ちん』ってなんぢゃ? そんな顔を唯へ向けると『相手にするだけ無駄じゃ』と書いてあった。

 ―― ママが手こずるほどの相手とは、面白い。じっくり観察して、弄(いじ)って遊ぶのぢゃ。

 

「ねえ桜ちん、陽ちんは? 会いたいの」

 ―― 陽二は確か……アスモに言われた通り行動しておれば、新人/練習用ダンジョンぢゃな。それなら

「妾の屋敷で待っておれば、今日の夜には会えるぢゃろう」

「嫌なの! 今すぐ、会いたいの!!」

 

 それを訊いた唯は、彼を呼び出し、このめんどくさいパールの相手をさせる事にした。

 

「それなら、ちと待っておれ。陽二を呼んでくるのでな」

「ほんとに? パール、待つの!」

 

 そう告げた唯は立ち上がると、結界路内へ。

 ゼラニオン本部にある増幅用の玉があれば、ここからでも通信は可能だが、あれは遠征用。なので、現在彼と通信するには、結界路の内側に入る必要があるのだ。

 

「こら、何を巫山戯(ふざけ)た世迷(ま)い言を―― はよう来るのじゃ! 陽二! 陽二!」

 ―― ん?

 唯の叫び声が訊こえた桜は、彼女の元へ。

「ママどうしたのぢゃ?」

「陽二の腕輪が壊れてしもうたのか、通信が途切れよった」

 ―― 点検したばかりなのに、故障ぢゃと?

 

 桜が、そんな疑いを持ったその時だった。遠くから響く車輪の音を、唯の耳がキャッチしたのは。

「妾は馬車を迎えに行ってくる、ここは任せる」

 腕輪が故障したとは考えられない。そんな疑念を持ちつつも、唯に任された以上、この場を放棄する選択肢のない桜は、彼の元への転移を止め、パールに彼は来られないと告げた。

 するとパールは

 

「嫌なのっ! 陽ちんをっ! 連れてきて、なのぉ!」

 先ほどの人魚たちと同じく、大の字ならぬ十字の形でバタバタと暴れ出した。

「人魚の品格とやらは、どこにいったのぢゃ……」

 

 その姿を『やれやれ……』と、温かい目で見ていたのは、ヴァイオレットたちだ。パールを育てたのは彼女たちなので、その行動こそが、人魚の品格と言えるのかもしれない。

 

 するとその彼女が、パールの近くまでやって来た。

「パール、ワシらはもう帰るけぇ。迷惑をかけぬようにするのじゃ。では桜殿、パールをよろしく頼むけぇ」

 そう告げたヴァイオレットは、帰りは是非とも陽二殿をお供に。と頼み込んだ。

 桜が了承したのを確認したヴァイオレットは、他の人魚たちと一緒に、セナドゥースの方向へと泳いで行った。

 

 その姿を目で見送った桜が

「ふむ。おぬしらは、セナドゥースに住んでおるのか?」

 と、まだ暴れているパールに尋ねると

「違うの、サラデインなの」

「そ、そうか……」

 そんな状態でも、しっかり受け答えするパールにあきれ顔の桜は、暴れるパールを引きずり、人魚姫治療(プリンセスキュア)の泡で保護中の、ハヅキの元へ歩きだした。

 

  その数分後、唯だけ先に戻ってきた。すると桜は、用意する物ができたと言い、すぐに戻る事を伝えると、セナドゥースへ転移して行った。

 

 △△

 

 パトリックは、ハヅキの両親と領主+使用人数名を連れ戻った。更に、ゴブリンたちへの支援物資として、馬車3台のおまけ付きである。

 

 その中には、怪我からだいぶ回復した父親の姿もあった。

 領主の屋敷で療養していた彼が、無理にでも家族を探しに出る。と考えていた矢先だった。彼の妻でありハヅキの母親である、卯月救出の知らせが届いたのは。

 そしてその数時間後には、ハヅキ負傷の知らせだ。目まぐるしく変化する状況に、いても立ってもおられず、無理を承知でついてきた。

 

 そして領主イノは、ハヅキの知らせを訊いて、早急に身内だけで出発したようだが、治療用の薬や機材、そして支援物資の量を見ると、彼の有能っぷりがわかるだろう。

 

「「ハヅキ!」」

 

 ハヅキの姿を目にした父と領主は、目の見えない卯月を連れ近づいた。

「あまり話をさせてはならん、今は静かに見守るのじゃ」

 唯に指摘され頷いた領主は、テキパキと使用人に指示を出した。その作業を、当然のようにゴブリンたちも手伝ったのだが、ハヅキに感謝の言葉を投げかける彼らを見て、魔物と恐れおののく者は、誰ひとりとしていなかった。

 それもそのはずだ。

 元ゴブリン将軍の見た目は、ほとんど人である。他のゴブリンたちも、シワや掘りがなくなり、丸っこい愛嬌(あいきょう)のある顔になっていたのだ。

 

 その作業のかたわら、唯は卯月に近づき話しかけた。

「のう卯月。ぬしらが住んでおった洞窟の場所じゃが」

 とそこまで口にして、失念していた事に気がついた。そう。卯月は目が見えない。これでは、案内役が務(つと)まらない。

 避難予定のダンジョンは、例え場所を知っていたとしても、その入り口を見つけるのは困難な隠蔽処理が成されてあるのだ。そのため、案内できる人材が必用なのだが――――

 

 ―― いっその事、周辺を焼き払って―――― 後処理は、パトリックに――――

 そんな物騒な考えを始めた唯に

「俺が案内します」

 名乗りを上げたのはハヅキの父親だった。

 

 △△

 

 セナドゥースの町で、目的の品物を入手した桜が、唯の元へ戻ってきた。

「ただいま、ママ」

「おかえりじゃ。目的の物は?」

 

 頷(うなず)いた桜は、これからの予定を唯に尋ねた。できれば彼女は、スノームまでの馬車の旅を、親子で楽しみたい。そう考えていたのだ。

「だめ?」

 

 アスモデウスにすら見せた事のない、桜の、爆発的な上目遣いが炸裂した。この、キラキラと夜空を煌めく、星たちのようなおねだりと、甘えるような口調は、母親である彼女しか目の当たりにする事は叶わないだろう。

 

 唯は『良いに決まっておる』と言いかけて、ハヅキの姿が頭の隅に浮かんだ。そう、ハヅキの仕事は、まだ終わっていないのだ。

 なので唯は、桜を抱きしめると、耳元で言った。熱い吐息を添えて――――

「ママが戻るまで、ここで待っててくれる?」と。

 愛娘に贈られたのは、それはそれは、優しく慈愛に満ちた言葉だった。当然これを知るのも、この世で桜ただ1人だ。

 そして、少し照れた表情のまま、娘の、自身よりも少し薄い瞳に返事を問うた。

 ゾクゾクとした感覚を全身に受けた桜は、ジャンプして喜びを表現しそうになった。しかし、母親の瞳に映る自身の姿を見つめると、静かに頷いた。

 

 ハヅキを乗せた馬車を見送った唯は、パトリックとゴブリンを引き連れ、父親の案内で洞窟に出発した。

 ここから大体1~2時間程度の距離のようだが、それは、障害物を避ける時間も考慮してのもの。しかし、方角さえ判明していれば、パトリックの城の壁(キャッスルウォール)の力で、ほぼ全ての障害物や脅威となる魔物は、ノーリスクでパスできる。そして最後だけ、特定されないように、魔物を処理しながら進めばいいのだ。

 

 △△

 

 領主イノの馬車を1台借り受けた桜は、唯が出発してすぐ、パールをストレスフリーで運ぶため、荷台に改造を施していた。

 荷車の屋根を残して全て取っ払うと、先ほどセナドゥースで仕入れてきた、観賞用の巨大な水槽をセット。

 ところがここで、荷車の歯車などが、重量に耐えられない可能性を感じてしまった。スノームまでの道のりは、長く険しいのだ。

 

 せっかく訪れた、母との楽しい馬車の旅。旅にトラブルはつきものと言うが、トラブルが発生すると分かっていて、その原因を放置しておくのは、3流どころの話ではない。

 むむむ。と唸(うな)った桜は、パールに、この場を絶対に動くなと言い聞かせた。

「フリではないのぢゃ! 絶対に動くなでないぞ!」

 

 でもやっぱり心配である。

 あの唯を諦めさせるパールが、フリに応えないはずがない。そこで桜は、ピコーンと閃く。先日、録画した玉をパールに手渡し、再生ボタンをポチッとな。

「あっ! 陽ちんがいるの!」

 目論み通りパールは大喜びで、画面の陽二に釘付けだ。

 

 桜はその間に、荷車を仲間の腕輪に収納。そして思い付いた。

「奴らに改造させて、持ってくれば良かったのぢゃ」

 ならば善は急げ。ゼラニオン本部へ転移した桜は、フジヤマで得たデータの整理に、無我夢中の研究者たちの首根っこをひっ捕まえ、荷車を取り出した。

 水槽+水の重量に耐えられる改造を指示すると、帰路のプランも念のため伝え、返却用の新車を用意させた。

 

「桜ちゃん。唯の用事はなんだったのですか?」

 そこへ、仮眠棟の片付けを済ませ、ランスロットの手伝いに行く途中の、アスモデウスに見つかってしまった。ちなみにランスロットは、資材の片付けに奮闘中だ。

「アスモか、(片付けは)終わったのか?」

「はい。今から、ランスちゃんのお手伝いに行くところですが、仮眠棟どうしますか? 先ほど機能のチェックも済ませたのですが、使いどころは多いと思います。桜ちゃんの収納に入れておきますか?」

 

 仮眠棟の中に入れば、仲間の腕輪の収納スペースに、生物を入れて運べる。つまり、活動の幅が広がるということだ。そして研究者たちは、今回のデータを参考にして、新たな仮眠棟を作ることになった。なので今回使った仮眠棟は、さらなるデータを収集するため、ゼラニオンに託されたのだ。

 しかし、唯と一緒に帰る馬車の旅を獲得した桜には、全く持って必要のないものだ。せっかくの計画が破綻してしまうではないか。なので

 

「仮眠棟なぞに、用はないのぢゃ!」

 と、つい口走ってしまった。

「どうしてですか?」

 戸惑うアスモデウスに、馬車でのんびり家路につく事を伝えると、絶対に来るなと、念に念を押す。そこまで念押ししないと、アスモデウスは、ランスロットを引き連れてやって来るだろう。

 

 フジヤマでの一件で、ゼラニオンの特訓を提案したアスモデウスは、少し考えるような仕草を見せると

「唯と一緒でしたら、心配は――――」

 少し影のある笑顔で頷いた。

 

 この時アスモデウスは、心の奥底で、少しだけ唯に嫉妬(しっと)していた。ふたりが親子なのは元より承知。しかし彼女も育ての親として、生みの親よりも長い期間、側で見守り続けたのだ。『自分を優先してほしい――』このように思ってしまう気持ちは、ダメなのだろうか。

 

「それとなアスモ、一緒にパールという人魚姫を、客として連れ帰る。それでぢゃが」

「まあ! 分かりました、準備は私に任せてください。それで、人魚さんは何を召し上がるのでしょうか?」

 桜に頼られる。それだけで、唯に対する嫉妬の心は消え失せ、心に高揚が生まれるのだ。

「刺身ぢゃろう?」

「桜ちゃん……」

 普通に考えれば、共食いと勘違いされそうな桜の言葉。しかし本来、魚は、魚を生で食べるもの。全てとは言えないが、あながち間違いでもないはずだ。

 

 その頃、早く自分の仕事に取り掛かりたい研究者は、改造などぽぽいのポイッ。指定荷重を余裕で耐える、男前を用意していた。それは、馬の不要な魔車だった。

 それを、目にした桜ちゃんは

「妾が施した改造は、何ぢゃったのぢゃ……」

 彼女の改造を全否定! とは言わないが、お馬さんに無理をさせてはダメでは? それはブラック労働では? 桜は言い返せない。

 だがこれは研究者たちが、桜のプランを訊いて導き出した、ベストな選択だったのだ。改造が面倒だったとか、早く自分の仕事に戻りたかった訳ではない。

 研究者から言い訳がましくも、それらしい話を訊いた桜は、パールの元へと急いで戻った。

 

 パールは、浜辺できちんと待っていた。

 もしかしたら、どこかへふらっと(・・・・・・・・)と心配していたが、渡した玉に夢中になっていた様子。

「待たせたの」

 ピカピカの魔車を取り出しながら、パールに告げると

「桜ちん、桜ちん! この人、誰なの?」

 パールが指差した人物は、私服姿のランスロットだった。ちょうど、デートの待ち合わせの場面を見ていたようだ。

 

「名はランスロット、妾たちの仲間ぢゃな」

 テキパキと作業を進めながら、パールの問いに答える。

「陽ちんとは、どんな関係なの?」

 ―― ふむ。どんな関係か……。今の時点では、ランスが言い寄っておるくらいで、陽二に脈があるのかは分からん。しかしエロテックマンぢゃから、乳には興味津々ぢゃのう……。

 チラッ

 ―― ふむ。パールには、ちと負けておるのぉ……少しだけ、援護射撃をしておくかのう

 

「あの2人はな……妾が知る限りでも、ただならぬ淫(みだ)らな関係ぢゃ」

「う、浮気!? 夫婦の危機なの!」

「いや待て、おぬしらは、夫婦と違うぢゃろうて……」

 

 

 

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