「桜ちん。もっと、陽ちんの事が知りたいの!」
ランスロットに対抗意識を燃やしたのか、桜がまだ『陽二を撮影した玉』を所持している。と当たりをつけたのか、人魚姫パールは『ふんっ!』と鼻息荒く、ねだるように詰め寄った。
「う、うむ」
その気勢に押された訳ではないが、瞬時に頭の中で
「ほれっ」
数個の玉を受け取ったパールは、見たい場面を、早送りと巻き戻しを慣れた手付きで駆使して、何度も何度も繰り返し始めた。その集中力は、周囲を完全に無視して、自分の世界に没頭させていた。
―― 真剣ぢゃのう……
その姿に、魔車の調整を終えた桜が気づいた。
陽二の何が、パールをここまで夢中にさせるのか。それとも、ランスロットの存在が引き金になったのか。
とは言え、何かに没頭する姿をバカにするような桜ではない。その姿に感心を示すと、パールをズルズルと引きずり、安全な結界路の内側へ運ぶ。そして、仲間の腕輪に入れっぱなしだった簡易結界路で、パールを守るように囲むと
「ちと、セナドゥースへ行って来るのでな、この中から出てはならぬぞ」
と声かけた。
ゴブリンに同行した唯が戻ってくるには、もうしばらく時間がかかるだろう。そう踏んだ桜は、馬車を返却しに行く事にしたのだ。それに、これだけ映像に集中していれば、フリに応える気など起きないだろう。
「桜ちん。パールも行きたいの!」
集中していたようだが、しっかりと声は届いていたようだ。
「ふむ……」
パールを連れて行くのに問題はない、帰りに時間がかかるだけなので。しかし、母親である唯がここに戻ってきた時、誰も居なかったら要らぬ心配を掛けてしまうだろう。パールが、フリに応える一抹の不安は残ってしまうが……
―― だ、大丈夫ぢゃ。
「母さまと、入れ違いになっても困る。パールには悪いのぢゃが、この場で留守番を頼む」
「嫌なの!」
即答である。
―― ちっ、このわがまま姫めが、親の顔が見てみたいわ。少しは妾を見習えっ!
陽二がその言葉を聞いていたら、猛烈にツッコンでいただろう。
「ふむ……では、留守番のご褒美として、何か土産を買ってこよう。それでどうぢゃ?」
「わかったの! パールは1歩も動かず、ここで待つの」
ご褒美があるなら……パールの決断は早かった。
「ふむ……」
それを受けた桜は、先ほどアスモデウスと交わしたやり取りを思い返し、どうせならパールの食べたい物を、お土産にしてあげようと考えた。
「お腹は空いておらぬか? 欲しい食べ物があれば、それを買ってくるのぢゃが」
「本当!? パールねぇ、ポテイトが食べたいの!」
「ほう、人魚はそんな物を食べるのぢゃな」
ポテイトとは、洗って芽を取ったじゃがいもを、1cm角の網に縦から通して切断。それを、油で揚げて塩をまぶした食べ物だ。網は鋭い刃になっていて、同じ細さの物を簡単に作れる道具である。その形状から分かる通り、ファストフード店で見られるアレに似た食べ物で、先輩異世界人から伝わったものだ。
ポテイトは、精霊の泉に居たパールに、ヴァイオレットたちが、たまに持って来てくれた差し入れのひとつ。他にも色々とあったが、単純にポテイトしか名前を覚えていなかったのだ。
それを訊いた桜は、馬車に乗ってセナドゥースへと出発。
領主邸で馬車を返却しつつ、ハヅキの容態を尋ねると、屋敷へ療養術を持つ者を招き、治療が始まっているとの事。また、当分の間ハヅキは、普通の生活に復帰するのも困難のようだ。
―― まあ、仕方がないのう……
命が助かっただけでも儲けものだ。領主邸を後にした桜は、ポテイトを含む食べ物を適当に購入すると、急いで浜辺にとんぼ返り。桜1人なら、森の中を直線距離で突っ切れるため早いのだ。
程なくすると、何やらぶつくさと、そこそこ大きい声でひとり喋っているパールを見付けた。
ピーンと、桜のアンテナが何かをキャッチ。彼女は、パールに気付かれないように、忍び足で近付くと聞き耳を立てた。
「よ、陽ちゃん待ったぁ? 待ったの? 待ってたの?」
「そこは、今来たとこなの! なのでしょ! でしょなの?」
「……いいなぁ。パールもデートしてみたいの……」
―― なるほどのう……
陽二とランスロットの映像を見たパールは、自身もデートがしたくなったのか、待ち合わせの練習をしていた。
その姿はとても健気で、桜の目にもかわいらしく見えた。と同時に、手助けをしてやりたい衝動に駆られてしまうが――――
桜は一応、ランスロットの応援団長なのだ。
―― 見なかった事にするかのう……
そう決めた桜は、声をかけた。
「パール、待たせたのぢゃ」
ビクッ!
パールは突然の呼び掛けに驚き、大きく体を振るわせた。
しかし桜は、何も見ていないし聴いてもいないのだ。パールの頭に軽く『ポスンッ』と手を置くと、買ってきた土産物を差し出した。
パールは少し恥ずかしそうに『聴かれちゃったの?』そんなバツの悪そうな表情で、手を伸ばした。しかし桜が、素知らぬ顔を貫き通していたので『聴かれていなかったの?』と思い直せた。
「ありがとう、なの」
「うむ」
△△
「おいしいー。このお肉も、温かくておいしいの!」
パールは桜が買ってきた土産物を、小動物のように夢中で頬張っていた。実はヴァイオレットたちが持って来る差し入れは、おいしいけど、全て冷めた物ばかりだった。昔は、人と人魚の交流も盛んで、簡単に手に入ったソレ。初めて食べたであろう『温かい』に、パールがトリコリコになってしまったのは、当然の事と言えた。
桜は、その食べる姿を頬笑ましく見つめながら
―― いい仕事をしたのう!
自画自賛すると、魔車に目を移した。
魔車
馬など牽引動物の代わりに、魔力を動力源とする自走装置によって、荷車を運ぶ乗り物。荷車を含めた全長は5m。通常での運行は、特急扱いで10km~だが、路面の荒れに弱く振動が激しいため、エチケット袋が必須。休みなく自走可能だが、魔力の消費量に課題が残っているため、その数は少ない。荷車は専用のものだが、分離は可能。また、運行速度を落とせば、普通の荷車も接続が可能になっている。
今回、桜が用意してもらった魔車の荷車部分には、縦3m横2m高さ2mの水槽が取り付けられている。仮に水を満タンまで入れれば、総重量は12tを超えてしまう。しかし広さは十分なので、見映えを考えれば半分で十分だろう。それでも総重量は、6tを超えてしまうが。
「パールを運ぶのに、この水槽を使うのぢゃが、入れる水は、淡水と海水のどちらでもよいのか?」
浸透圧を気にしている桜は、パールに尋ねた。
パールたち人魚は、精霊の泉と海を行き来しているで、実はどちらにでも対応可能である。ちなみに人魚が暮らしている、入り江周辺の塩分濃度は3.3%で、精霊の泉は当然ながら0%だ。
「ほひらへも」
パールの頬っぺたは、食べ物を口いっぱいに詰め込んだ、小動物のようになっていた。
「待っておる。ゆっくり食べてから答えればよい」
もぐもぐもぐ
「どっちでも、大丈夫なの!」
入水した人魚の体表面には、薄い膜ができる。その膜は、無意識かつ自動的に体を覆う無意識自動発動型のスキルであり、水を通さない。また、外膜と内膜の間では、水中に溶け込んでいる酸素や他の空気の交換をしている。そして稀だが、漁師や海人などの職業には、このスキルを得られるチャンスがある。
「ふむ、そうか」
問題なしとの回答を得た桜は、水魔法で水を貯め始めた。水槽の半分なので、約6000Lだ。この作業は、箪笥を陽二に渡し、最大MPが回復傾向にあるとはいえ、自身のMPだけでは到底無理な話である。
それもそのはず。桜の最大MPは、過去に飲みまくった薬の副作用で、現在も100以下と心もとない。そのため桜は、ほとんどの魔力を、外部に頼らざるを得ない体なのだ。
「
という訳で、腕輪の魔力さえ借りれば、ちょちょいのちょいだ。
△△
帰ってきた唯と合流した桜は、魔車に乗り込みセナドゥースへ向けて出発した。
桜が運転手で、唯は助手席だ。そして、荷台の水槽でたゆたうのが、人魚姫パールだ。3人を乗せた魔車は、観光を楽しみながら、町の中をゆっくりと進む。
運転席の中は、外から全く見えないので、プライベートはしっかりと守られている。今頃その中では、親子で仲良く話をしながら、町なみを楽しんでいる事だろう。
さて、桜がわざわざセナドゥースを訪れたのには、当然の如く訳がある。唯との観光デートが1番の目的だが、そのついでとばかりに、映画の宣伝も兼ねていた。
パールが優雅にたゆたう、水槽がそれだ。
水槽には、後ろ左右どの方向からでも見えるように、同じ宣伝文句が書いてあった。
『人魚姫パール出演決定! さらに、あの可憐ウィッチが復活!?』
見せ物パンダならぬ、見せ物人魚姫を使いまくって大衆の目を集めると、映画の宣伝をしまくったのだ。
若く美しい人魚。
その姿を初めて見た者たちは、水槽の中のパールに大興奮。まるで、アメに集まるアリのようではないか。見せ物となったパールは、たくさんの人に囲まれて萎縮するどころか、明るい性格に
そこへ電撃的に告知されたのが、人魚姫の映画出演サプライズと可憐ウィッチの復活だ。その告知は、ゼラニオンのファンのみならず、可憐ウィッチのファンだった、年代層をも興奮させたのだ。
その結果、この日のセナドゥースは、お祭りと勘違いするほど活気に満ちあふれた1日となり、町全体の売上高も爆上がりとなった。桜の行動は、経済効果に貢献するベストパフォーマンスになったのだ。
セナドゥースを出て、王都に向かう道中での出来事。
運転席の中では、桜と唯が話に花を咲かせており、水槽のパールは、すれ違う馬車や、徒歩で行き交う人々に手を振ったり、風景を楽しんでいた。
王都からセナドゥースへ向かう馬車とすれ違った。パールは、今回も馬車の客たちに向かって手を振った。
パールの姿を目にした客や御者は、初めて見る人魚の姿に大興奮。手を振り返す者や、神様と勘違いして、パールに拝む人も出る始末。
その客の中に、偶然居合わせた兄妹がいた。そう、ラルドルフ兄妹だ。
「お、お兄ちゃんっ。人魚さん、人魚さんだぁ!」
パールを指差し、必死に兄の肩を叩く妹の姿があった。
「!? すっごいかわいいなぁ……いい土産話ができたよ」
時間にしたら、数秒程度の出来事だった。
2人は水槽に書いてあった宣伝文字を見て、一緒に映画を見に行く約束を交わしたのだが、その時に出演していたスマイルセーラーとピュアセーラーの2人が、自分とパーティーを組んだカリンとパトリシアの服装と同じだった。と気付いたのかは分からない。
△△
王都が見え始めた。
運転席の中では、今も話に大盛り上がり。パールの存在など、すっかり忘れ去られていた。
「どうするママ? 王都の中も見てまわる?」
唯は王都に滞在中、パトリックの案内で、少しだけ見て回っていた。
「人混みはもうよい。それよりも、川に行ってみたいのじゃが――――」
唯の脳裏に、とある光景が過っていた。
パトリックたちの特訓を、始める初日の事だった。唯は、特訓に適した広い場所を探して、川の近くまでやって来ていた。
そこで目に止まったのは、川で遊ぶ親子だった。
父親が子どもに向かって川の水をかけると、その子どもはキャッキャッとはしゃぎながら逃げる。そして川岸には、その父と子に、笑顔で声をかける母親の姿があった。
知らず知らずのうちに、ギュッと拳を握りしめていた唯は、その光景を棒立ちのまま静観していたのだ。
唯の提案に、諸手を上げて賛成した桜は、王都に入らず手前で右折し、川へやって来た。
魔車を川のすぐ近くに停めて、運転席から降りると
「パールは、もう飽きたの!」
いい加減、手を振るだけの生活にも飽きていたパールは、王都が見えてきて新たな刺激! と楽しみにしていた。ところがその矢先、魔車は王都に向かわず、人気の少ない場所へ向かい始めたではないか。パールは、水槽に寄りかかるように肩を落としてしまった―――― しかし、着いた場所は川だった。それを見たパールは、人魚の血が騒いだ。
「パールも、広いところに、出ーたーいーのー!」
「そう言えば、すっかり忘れておったのう」
客人として、それ相応の対応をするつもりが、客寄せパンダに使われ、最終的には放置プレイというぞんざいな扱い。
仕方がないだろう。
母娘の時間というものは、それほど貴重で大切な時間なのだ。
パールを外に出すため水槽の上にジャンプした桜は、器用に蓋のない水槽の縁に着地した。
「ほれっ」
「もうっ! パールの扱いに不満っなの!」
その桜の胸元に向かって、パールは不満を言いつつ水面を跳ねた。
幼女が、2mを超える人魚をお姫さま抱っこ。当然ながら、そのまま歩けば、尾びれは地面に擦り減らされる大惨事になる。
なので
「忘れていたのは謝罪する。ぢゃからそう怒るでない。それと、少しここで遊ぶのでな、おぬしも羽を伸ばすがよい」
そうパールに告げた桜は、お姫さま抱っこのまま、川へ向かってジャンピング。
ドッボーン!
抱き着かれた時点でびしょ濡ぬれ同然だった。なので、今さら服がどれだけ濡れようが、気にする必要はない。
桜はそう考えて、ちょっと調子に乗って飛び込んだ。ところが、飛び込んだ事で計算外の事態が起きてしまった。そう。まだ無事だった、桜のおパンティまでが、びしょびしょになってしまったのだ。
―― しまった! 替えを持ってきておらんかったのに……
後悔しても、もう遅い。
しかし、桜が飛び込んだ事によって発生した、激しく飛び散る水面は、唯の心を踊らせた。唯は、ピンヒールをピン、ピンと投げ捨てると、スカートの裾をまくし上げ、愛する娘の後を追ったのだ。
唯と桜は、何の変哲もない水のかけ合いをし、親子で遊ぶその楽しさを知った。次第にその勢いは激しくなり、遊び泳いでいたパールが参戦した事で、ただの水の掛け合いは、更に激しさを増していく事になる。
その日、その場所を通りかかった人たちは、とても驚いたと言う。大きな水の塊が、水面から飛び出したかと思えば、5mを超える水柱が渦を巻きながら、川の中を縦横無尽に走り回っていたり――――
その後、存分に遊び倒したジャージ姿の彼女たちは、とても満足顔でその場を去って行った。
そして遊び疲れたパールは、水面に浮かびながら振り返っていた
―― 唯ちんと桜ちんの笑顔、とっても良かったの!
と