おもちゃの腕輪を付けたイノゾミラ・エスぺナイン(27)は、陽二とカリンの目の前で、年甲斐もなくゼラニオンの変身ポーズを決めた。
しかし、本物のゼラニオンみたく派手に光源が出る訳でもなく、彼が腕輪で、装備を換装するのと全く同じなので……当然のごとく、その変身シーンは『シュッ』と一瞬で終わりしょぼかった。
とは言えだ。彼の期待度は、とても高かった。
ゼラレッドの『セーラー服』タイプなのか、ゼラブルーの『メイド服』タイプなのか―――― 大人の色香を漂わせる彼女が、そんなコスプレスーツを着たら……そう考えると、堪らない。もちろん痛い意味ではなく、良い意味の方向で。
しかし彼女の装備は、彼とカリンが想像していた『
特に『同士ができたわ!』と喜んでいたカリンの落胆は大きく、表情に出てしまうほどであった。
勝手に期待して、勝手に失望する。全く、失礼極まりない者たちである。
変身ポーズを決めて、一時の高揚感に包まれたイノゾミラは、ふと、そんなカリンの表情に気づいてしまい、申し訳ない気持ちになってしまった。
彼女だって、期待には応えたかった。
何を言われようと、
そう。実は彼女、特注レプリカの乙女戦闘服にも換装はできたのだ。
できたが、流石に寄る年波には勝てなかった。……もちろん体力や気力の事ではなく、周囲の目にだが――――
まだまだ25歳。若いと言っても、四捨五入すれば
そんな感じで、
「期待させたみたいで……ごめんね」
「いえいえいえ」
―――― ごめんなさい、ごめんなさい!
心の中で謝罪を繰り返した2人は、両手をつきだし誤魔化すような仕草しか、できなかったのだ。
異名にもなっている、晴れ渡った青空のような装備は、探索者の特権をフルに使い倒し、特別に作ってもらったものだ。ちなみに、この装備に替える前は、ゼラ・ブルーの乙女戦闘服と、全く同じデザインのものを愛用していた。イノゾミラは、ゼラ・ブルーの大ファンなのだ。
カチューシャみたいな頭防具に、胸当てと肩パット。
右手のガントレットは魔物の革製で、小さな盾付きの左手は、魔鉄に魔銀を練り込んだものだ。
両方の手の平部分には、剣柄を接合できる細工が施してある。これは、武器を手離さないようにする意図もあるが、本来の役割は、ロスなく魔力を伝わり易くするためだ。これの発案は、イノゾミラである。
腰当てはミニスカートみたいな形状で、その下には絶対領域を完備しつつ、ナーガの革製である長いソックスを装備。このソックスには、俊敏性能を向上させる効果がある。
そして、膝まである魔物の革製ブーツにも、様々な付与が施されている。
防具が着いていない部分に見える黒い革製のインナーは、伸縮性抜群で、動きを全く阻害しない。また、これ単体での防御力も高い。
彼女のメイン武器は、2本の剣。長さは80cmで薄い両刃剣。その剣を、両腰に1本ずつ、ナナメに装備している。状況に応じて背中に装備する事もあるが、収納スペースや腕輪に入れた状態で、その
ちなみに、
△△
その後、戦闘指南を兼ねたイノゾミラも加わり、地下4階で魔物の討伐を始めたものの、相手は所詮ランクHの魔物である。彼女の魔法剣を、お披露目する相手としては少々物足りない。
そのような理由から彼女は、探索者たちが普段使っているダンジョンへの移動を、彼ら2人に提案した。
そのダンジョンとは、魔王のダンジョンだ。
新人/練習用ダンジョンも魔王のダンジョンに含まれるが、実は、新人/練習用ダンジョン全19階層がある上層部と、その下に広がる魔王のダンジョンの往来ができるのは、管理権限を持つ魔王のみ。
そのため、両方のダンジョンの入り口は、全く異なるのだ。当然、地上で暮らす人びとの多くが、魔王のダンジョンへの入り口は、新人/練習用ダンジョンだと思い込んでいる。これは別に騙している訳ではなく、万が一の保険であり、入り口以外にも、秘匿されている事例はあるだろう。
ちなみにチームゼラニオンである彼は、転移でダンジョンの中に入っているため、入り口の場所は知らなかったりする。
ともあれ。
彼ら2人は、それを知る彼女の案内で、魔王のダンジョン地下31階へとやって来ていた。
地下31階は、これぞダンジョン! と呼べるような迷路だ。しかし内壁は、人工的な白い発光材質で構成されており、そこそこ明るい。道幅のほとんどは3mと均一で、高さもそれなりにある。そのためか、どこかの建物内に居るのでは? と、勘違いしそうな感覚に囚われてしまうだろう。
彼は、アスモデウスと共に訪れたことのある階層なので、ある程度は知っていた。しかしそれを、自慢気に口にするような真似はせず、彼女の説明に耳を傾けていた。
「―――― 勝手に動き回ると、迷子の危険もありますからね」
―― 確かこの階の敷地面積は、結界路に囲まれた面積と同じたったっけ……
アスモデウスに訊いた話だが、彼はしっかり覚えていたようだ。
「出現する魔物は――――」
―― そう言えば、クマっぽい魔物がいたな……
この階に出現する魔物は、結界路の外に生息する『獣型』だ。その強さは、当時の彼が変身して、やっとのこと辛勝できるレベルに弱体化されている。ランクで例えるとGの下位。強くてもFの中位程度だ。
あーしさんの数字で例えると、ランクGが8~20。ランクFが10~50なので、各町にあるダンジョンの、地下2階に相当するだろう。その強さの魔物が、ダンジョン内を1体で徘徊しているのだ。運が悪ければ、2体同時に相手取る事もあるが……
「ふっ!」
「グオオオオー」
ダンジョン内に響く断末魔が示すとおり、鉢合わせする前に、彼女が魔物を察知して奇襲するので、全く危なげなかった。
「ミラさん凄いっ!」
「瞬殺してごめんなさいね。カリンさんと陽二くんにも戦わせてあげたいですけど……今日は見学ですね」
「はいっ!」
「はい」
彼女の言う通り、スライムより強敵とは言え、相手の魔物はほぼ1体だけである。なので、彼とカリンがタッグを組めば、内容はどうであれ、倒せる算段は高いだろう。しかしながら、ここは新人/練習用ダンジョンではない。つまり、ダンジョン専用蘇生薬を当てにできない以上、危険な真似をさせる訳にはいかないのである。まあ、2人とも変身すれば、全く問題ないのは言うまでもないが。
そんなやり取りの間に、倒された魔物が、ダンジョンへ吸収されるように霧散すると、ドロップアイテムである『肉』が残った。この階の魔物は、倒すとダンジョンに吸収されたのち、再生して違う場所に復活する。なので、魔石や素材を得ることはできないが、代わりに肉などをドロップするのだ。
さて、人が暮らすダンジョンなのに、なぜ、このような危険な場所があるのか? その答えは、ダンジョンの『成長と維持』に、魔物の生産が必要不可欠だからだ。
確かに、この魔王のダンジョンには、数百万の人族が暮らしており、その余剰魔力は膨大である。なので、ダンジョン用の魔力も潤沢のはず……ではないのだ。
魔物は、その環境に合わせて産み出せばいいが、人の場合は、生活できるように、ダンジョンの環境を合わす必要が生じる。例えば、酸素濃度や温度、そして日光など。流石に、カツカツのやり繰り下手ではないが、もしもの貯金を、念頭に入れるくらいの運営をしたいではないか。
それと大事なのが、魔物を生産するのは、魔力の生産目的以外に、
では、復活しない魔石持ちの魔物は? さらに下層部へ進むと存在している。上層部の魔物と比較するまでもなく格段に強く、ダンジョンに吸収される事もない。なので、魔石や素材を得ることができる。このような狩り場は、ダンジョン内で暮らす様々な種族の生活に、必要不可欠となっている。
△△
ほとんどの階には、フロアボスの部屋がある。しかし、その部屋へ訪問する者は少ない。フロアボスは、弱体化など一切ない強力な魔物なので、危険を犯してまで行く場所ではないからだ。
ある階層の成人祭りでは、成人の証として、フロアボスを倒しに行く種族も居るが、それはまた別の話。
地下31階のフロアボスは、溶岩の中に住み、高い炎耐性を持つマグマタートル。そのランクは、脅威のAだ。
そんな高ランクの魔物が、こんな浅い階層に居る訳もなく――― 待っているのは、マグマタートルの甲羅の欠片である、亀甲形のファイヤーシェルだ。
このファイヤーシェルは、襲ってくる訳でもないので、魔物と呼んでいいのか議論を呼びそうだが、そのランクはEと結構高い。
目的地であるこの部屋に到着した彼は、部屋の中央に『デーン』と置かれているファイヤーシェルに目を向けた。その大きさは彼の背丈と同じくらいで、とにかくカッチカチだ。
「こんなのが、フロアボスなんですか?」
彼の疑問に、カリンも
「このまま持ち帰って加工すれば、いい防具になったりして?」
厚さは2cm程と薄いが、重さは40kgオーバーである。また、常に60度以上の高熱を放っているのが特徴だ。
それに気付き、彼の考えは
「ミラさん。ここで、何をするんですか?」
「その前に、まずは『魔法剣』と『真法剣』の違いを考えてみましょうか」
「違いですか……」
ここに至るまで、イノゾミラの魔法剣を観察していた彼は考える。
―― カリンの真法剣と、ほぼ同じに見えたけど……
「わかったわっ!」
はてな? と腕を組む彼の横で、カリンが閃いた。
「属性魔法を使えるのが前提で、自身の発動した魔法を、剣に付与するのが、真法剣よ」
―― なるほどね。その考えだと、魔砲を纏わせる方法と似てるかなぁ
「じゃあ、魔法剣は?」
「ス、
―― それって、違うのか? どっちも同じなんじゃない?
と彼は思ったが、全く違うのだ。
パチパチパチと、正解の拍手をカリンに送ったイノゾミラが、補足の口を開いた。
「流石は、真法剣の使い手であるカリンさんですね。そこまで理解していれば、ほぼ正解です。真法剣とは逆に、属性魔法を扱えない人でも発動できるのが、魔法剣です。ちなみに、青紫軍のリーダーであるマサムネも、魔法剣の使い手ですよ」
更に補足すると『真法剣』はスキルではなく『技』だ。なので、方向性は魔砲を纏うのと全く同じ考えだ。そのため、属性魔法さえ使えれば、魔力操作の鍛練次第になるが、習得は可能だろう。
変わって『魔法剣』は、技ではなく『スキル』だ。なので、自身の閃きや職業経験、プラス教えを乞う事によって、覚えられる可能性がある。また、そのバリエーションは見聞で、比較的容易に広がる可能性がある。
△△
「それでは『真法剣』と『魔法剣』の違いを見てもらいますね」
そう言ったイノゾミラは、ファイヤーシェルの前に立つと
「このファイヤーシェルは、ドロップアイテムこそありませんが、決して襲って来ません。さらに、この部屋には他の魔物が侵入して来ないので、私たちは、良い試し斬りの場所として利用しています。前置きはここまでとして、このファイヤーシェルを斬る事が出来れば、この周辺やセンダイでも、斬れない魔物はいない! と言われています」
そう告げた彼女は、まずはお手本とばかりに「はあぁっ!」と上段から斬り下ろした。
すると、キィィーン! カン高く響く金属音とともに、剣はあっけなく弾き返されると、彼女は、とても素敵な笑顔を持って言ったのだ。
「ねっ!」
「何が」
「ですか?」
『?』を頭に浮かべながら返した、2人の連結された呟きは当然だろう。全く、彼女の意図がわからない。
彼女は痺れる手を振りつつ、笑みを絶やす事なく説明し始めた。
「ファイヤーシェルはとっても頑丈なので、普通に剣で斬ろうとしても、今みたいに簡単に弾き返されます。なので、魔法剣で強化します。カリンさんが扱える属性は、水と火でしたよね?」
「ミラさん。私、風と土も大丈夫です」
パトリシアにコツを教わったカリンは、イメージもバッチリだ。そのお陰で、風と土の属性魔法までも、あっさり使えるようになっていた。尚且つそれを、真法剣にまで昇華させる優等生ぶりである。
その言葉を耳にした彼は
「ちょっと、覚えるのが早くない? 俺の持ってたアドバンテージが、どんどんなくなっていくんだけど……」
それを聞いたカリンは、ふふんっと腰に手を当てたまま挑発するように、人差し指を立てると振る。
「あらっ? 陽二のアドバンテージなんて、最初っから
―― ぐぬぬ……この、アマめ
このとき彼は、カリンの首をキュッ……そんな衝動に駆られた。しかしながら、相手はガラスの十代である。
―― 陽二、大人になれっ!
中身は立派なおっさんである彼は、自分に言い訊かせた。だけど、小さな抵抗が勝手に口をつく。
「流石はカリンさんッス。素敵ッス、憧れるッス!」
リンメルの真似をして、大人の対応をした気になっていた彼であったが、言われたカリンにしてみれば、おちょくっているようにしか聞こえない。
「あらっ。負け犬の遠
「負けとらんわ! たぶん……」
「えっと、話を進めたいのですが……お邪魔でした? 本当に、仲が良いですね」
「良くないです!」
「こっちのセリフや!」
△△
「では、次は魔法剣で斬ります。ファイヤーシェルの炎耐性は、並みの火属性では強化されるだけで、全く通用しません。なので、水の魔法剣で斬ります」
彼女が選択した魔法剣は、
『スキル技』水の剣は、斬った相手に鎮静効果を与え、戦意を喪失させる効果がある。また、一時的に剣の熟練度が、1段階上昇する。
この水の剣は、魔法剣の基本的な『スキル技』のひとつだ。魔法と同じく、経験を積むことで威力や効果などが上昇する。また、この『スキル技』はバリエーションとも呼ばれ、魔法剣のスキルを持っている者ならば、教わって覚えることも可能だ。MPの消費は15と軽めだが、効果は長時間持続する。まさに、上級職業ならではのスキルと言えるだろう。
この他の基本スキル技は
刀身は薄い赤色。斬った相手を燃やす事もある。刀身は50度の熱を持つので、グローブの着用を推奨する。MP消費は20。
刀身は薄い緑色。剣速は1番早く、俊敏性も向上する。
MP消費は15。
刀身は薄い茶色。剣速は遅くなるものの、1撃の威力が向上する。刃が欠けにくくなり、防御力も向上する。MP消費は20。
また、全てのスキル技は、重ねがけでの強化が可能。
剣を構えた彼女が、ファイヤーシェルの前に立つ。
「しっかり見ていてください」
剣を両手に持ち、右下に構え直すと「やあっ!」
左上へと、一気に斬り上げた。
ズッ。ズズッ。ズズズズッドーン!
斜めに斬られたファイヤーシェルは、ふたつに斬られ、ずり落ちるように倒れた。
「おおっ!? すっげー!」
「ミラさん、凄いです!」
ふたりの真っ直ぐな驚きの声を受けた彼女は、てへへ、と照れていた。その姿は、歳の割にかわいい仕草である。
「今のはカリンさんの真法剣と、同等の威力に調整して斬りました。ではカリンさん。私の剣を使って、真法剣で斬ってください」
―― なるほどな。
彼は、彼女の考えと目論見を見抜いていた。
―― おそらく、ファイヤーシェルに弾き返されるな。多分これは、魔法剣と真法剣の根本的な違いを、理解させるのが目的なんだろう。
3分程で、斬られたファイヤーシェルが復活した。早速カリンは、イノゾミラの剣で挑戦だ。
「真法剣!!」
イノゾミラの時と同じく、刀身が薄い青色に変化した。たが良く観察すると、何かが違うようだ。それに気付いた彼は、真法剣の刀身をジーッと凝視した。
その姿を見たイノゾミラは、もう1つの剣を取り出すと、水の剣を発動して声をかけた。
「カリンさん。ちょっと待ってください」
彼女は、カリンが持つ剣と自身の剣を地面に並べ置くと「良く見比べてくださいね」と、2人に刀身の観察を勧めたのだ。
その姿は、アリの行列を観察するが如く。
「並べて見比べると、一目瞭然ですよね」
「全然違うねぇ」
「本当ね。全然違うわね」
カリンが発動した真法剣の刀身は、薄い青い魔力の膜で覆われていた。対して彼女の発動した魔法剣は、刀身自体がうす青くなっていたのだ。
カリンと彼は、頷きあった。これが真法剣と魔法剣の見た目の違い。ならば、威力はどうなのかと。
剣を取ったカリンは、早速、ファイヤーシェルの上部に斬りかかった。
ガッ
カリンが振り下ろした剣は、ファイヤーシェルに弾かれるのかと思いきや……真ん中まで斬り進み、中途半端な位置で止まっていた。
そしてカリンは「斬れたわ。すごいでしょう」と得意気な顔を、後ろで見ていた2人に送ると、剣を引き抜いた。
「え、えっと、カリンさ……ん。凄いですね……」
彼女の予想では、キズひとつ付かず、剣は弾かれると思っていた。「これだけ違うのです!」そんな決めゼリフまで用意していたのに―――― それがまさか、そこそこ斬れてしまうとは……
そんな表情で、驚いていた。
―― ちょっカリン、どうして斬っちゃうかな……。そこは空気をよんで、弾かれる場面でしょ。あの顔見てみ? 先輩の顔を立てろ!!
「そ、それでは。体も温まって来ましたので、本番に行きましょう!」
少し固い表情の彼女は、練習! 練習でした!! という
彼とカリンは今の結果だけで、魔法剣のほうが優秀だと十分に理解できていた。なので、続ける意味はないだろう―――― ところがこの結果に、彼女は満足できないようだ。
―― 負けず嫌い?
負けてはいないだろう。
彼に、そんな誤解を受けているとは露知らず。彼女は、復活したファイヤーシェルに火魔法を使い、防御力をアップグレード。このファイヤーシェルは、火で硬化、水で軟化する事が判明している。この、素材としての扱い難さが、防具に向かない理由でもある。
次は、カリンが先手だ。
カリンの真法剣は、ものの見事に弾き返され、キズひとつ付けられなかった。
さあ、満を持して本命の登場だ。
本命は、左斬り上げどころか、逆袈裟斬り、左薙ぎ斬りと繋げタンッ! ラストに唐竹割りで締めくくった。
目にも止まらぬ早斬りで、崩れ落ちる前に、見事8つに斬り分けて見せたのだ。
「すっ、すんげえぇぇぇぇ!」
彼は魔法剣うんぬんよりも、その剣術に驚嘆を表し、その瞬間には彼女の事を、師と仰ぐ決心を固めた。
実は彼は、密かに考えていた事があった。
魔法剣は『呼称発動』で使えるのではないか? と。なので、少し
そんな彼の考えや気持ちは、彼女の剣捌きを見た瞬間、
「「師匠!」」
彼とカリン、2人の声が重なった。カリンも彼と同じく、彼女の剣さばきに、心を打たれたのだ。
師匠と呼ばれた彼女は、嬉しいやら恥ずかしいやら。だが、頼りにされるのは、誰だって嬉しいものである。
この瞬間から彼とカリンは、彼女に剣術を教わる事になったのだ。
△△
ハチャメチャな母娘と人魚が、周囲の人の表情を、驚愕の渦にざわつかせて帰宅した頃。ひとりのエージェントが、ある決意をもって出発した。
ここは、魔王のダンジョン地下31階にある、フロアボスの部屋だ。今ここで『
期待の新人、中山陽二と
努力の才女、カリン・レットイルだ。
冒険者に転職したカリンは、近いうちにスキルとしての剣術も覚え、さらなる向上が見込めるだろう。変わって、彼が剣術を覚えられるのか不明だが、技術としての剣術なら磨く事はできる。
教わった事を、そのまま飲み込むのではなく、魔技の動きをベースに組み込む。これは、イノゾミラのアドバイスだ。
その臨時ダンジョン道場へ、突然やって来たエージェントが、ランスロットだ。どうやら彼女は、陽二を迎えに来たようだ。
彼女は普段のミニスカメイド服ではなく、白い長袖のブラウスと、足が細く見える黒いスラックスに、おしゃれな厚底のサンダル姿だった。
帽子は、前回と同じくキャスケット帽で、髪はおろしたストレート。その長い青髪を、耳から前と後ろに分けて流していた。
その見た目は、まるで
「おや? こんな場所に、似つかわしくない姿の女性が?」
いち早く、部屋に入ってきたランスロットに気付いたイノゾミラは、
フロアボスの部屋には、魔物の闊歩する通路を抜けないと、来られない。この階に出る魔物は魔石無しの弱い個体とはいえ、ランクFともなれば、町のダンジョンと大差ない強さである。その強さの魔物を退け、たった1人でたどり着くなど――――
探索者を除けば、冒険者の中でもそうはいないだろう。なので、イノゾミラの用心も当然だった。
その表情で『うん?』彼とカリンも、ランスロットの存在に気づいた。
「あれ? ランス。こんな場所にどうしたんだ?」
「ランスロットさん、カリンですっ! 覚えていますか?」
声をかけながら、ランスロットへ歩み寄ろうとする陽二を、カリンは『ドンッ』と押しのけ、出待ちのファンの如く、ぐいぐいと迫った。
「当然覚えているとも。カリンには、私の陽二が世話になっている。ありがとう」
―― お前は誰だ!? ……って
本当に、デキル女性の対応を、ランスロットは見せた。
「私のじゃねぇって。お前なぁ、誤解を受けそうな事をベラベラと……まあいい。それで、どうしたんだ?」
「客人だ。なので陽二を呼びに来た」
―― 客人……? ああ、パールたちか
「ええっと、陽二くん。そちらの女性は、どなたでしょうか?」
お礼を言われて少し舞い上がっている、カリンの隣にやって来たイノゾミラが尋ねる。
―― カリン。頼むから、余計な事を口走らないように
そう願いながら、彼は口を開く。
「仲間のランスロットです。で、この方はイノゾミラさん。今な、剣を教わっていたんだ」
彼は、簡潔にお互いを紹介をした。
「初めましてランスロットさん。イノゾミラ・エスペナインです。陽二くんに、こんなステキな女性の仲間がいたなんて、びっくりです。ここには、おひとりでお越しに? お強いですね」
イノゾミラは、スッと右手を差し出した。それを握り返したランスロットも、口を開く。
「貴殿こそお美しい。私の陽二が、お世話になっております。部屋の外には仲間が待機していますので、1人ではないです」
当然部屋の外には誰もいない。ランスロットは、フロアボスの部屋近くまで、転移してきたのだ。
何か思うところがあるのか、少し考え込んだイノゾミラだったが、ランスロットのある言葉に興味を移した。
「私の―――― と言う事は、お2人は、お付き合いを……?」
彼女も良いお年頃である。羨ましくないけど!? でも、興味はあるの! そんな気持ちが、透けて見えなくもない。
そこへ、突然の乱入をかましたのは、耳を疑ったカリンだった。
「ランスロットさん。
―― まったく……
その意図にマッハで気付いた彼は、要らぬ誤解を与えてはならないと、しっかり訂正だ。
「付き合ってないよ。仲間だよ。ただの仲間」
「私は嫁として振る舞っている。むしろ、私が嫁だ!」
と唐突に、誰に向かって宣言しているのか。ランスロットは、爆弾とも呼べる発言を投下した。こんな宣言。彼も、言われて嬉しいのは山々であるが、クリアしなければならない問題も残っている以上、この話を進展させる訳にはいかない。
それと、イノゾミラに勘違いされるのは別に構わないが、カリンに誤解されたままだと、当たりがキツくなるのは目に見えている訳だし、広められても困る。
なので『ベシッ』と軽くツッコミを入れた彼は
「ランスは、冗談ばっかり言って、俺をからかうんですよね」
と誤魔化した。と言うか、本当の事ではないのだが……。その行動に、一言物申す!
「陽二、ランスロットさんに、変な事をしないでよ」
『ファン』と言う存在は、とても有難いものではある。がしかし、その愛情ゆえ、些細なしょーもない事で爆発するのも、言わなければ黙っていられないのよ! それもまた『ファン』である。
彼には、現在だけでなく『変なことを』これからもするんじゃねーぞ? オラァ! と聞こえた。
なので
「しねーよ」
と答えておく。
すると、ランスロットにも同様に聞こえたのか
「私はいつでも」と言い出したので、続きを封じようとする彼は
「おまえは黙れっ!」
と、カリンの鋭い目を牽制しつつ、言ったのだ。
△△
「ミラさん、今日はもう帰ります。良ければですけど、明日も剣を教えてください!」
針のムシロ程ではないが、カリンの目がトゲトゲしい。やっぱり女性と付き合うなら、気の強い性格はあり得ない。そんな事をこそっと考えた彼は、迎えが来た。そんな分かりやすい理由を持ち出すと、ランスロットが余計な事を言い出さないうちに、戦略的撤退を決め込んだ。
とは言え、イノゾミラは別れを惜しむ程の人格者であるのと同時に、もっと教わりたい事がてんこ盛りである。
なので、次の約束を取り付けておくのは、基本中の基本だろう。彼は、例え親が病床に臥していようとも、看病がてらスネをガジガジする男である。とまあ、冗談は流すとして。
イノゾミラに尋ねると、2週間は滞在できる休暇を取っており、王都にある
その話のついでもあり、カリンもイノゾミラの好意で、店に寝泊まりする事になった。
―― 黙ってれば最高なんだけどなあ。このタンコブめ!
と言いつつも、少し気が強いだけで、尊敬できる人物なのは間違いない。結局のところ彼は、接しやすいカリンの事を、けっこう気に入っているのだろう。
「それじゃカリン、練習がんばってね。ではミラさん。今日はありがとうございました」
もう少し練習を続けると言うので、彼はそう声をかけて、挨拶を済ませたランスロットと、フロアボスの部屋を出た。
―― そう言えば……。
約束を思い出した彼は、それをランスロットに告げると、スノームへ転移。そのまま一緒に、リンメルのお店へ向かった。
「あのさぁランス。付き合ってもいないのに、人前で、あんな事を言うのは止めてくれよ」
「別にいいではないか! 私はいつでもウェルカムだ!」
―― 何か様子がおかしいな。『ケジメ』にも納得してくれたはずなのに……強いて言えば、強引度が増したような……
取りあえず苦言は呈したので、この話題はもう良いだろうと、彼は、話題の転換を図った。
「その服装、似合っているし気合いが入ってるなぁ。何かあるのか?」
「陽二。客人とは、人魚姫パールだ。あの小娘が、ふざけた事を言っていてな――――」
1時間ほど前、桜が人魚姫パールを屋敷に連れて戻った。数日ほど、屋敷に泊まる予定だ。そのパールだが、ランスロットの顔を見た瞬間、精霊の泉でパールに種を授けた『儀式』。それは、結婚の約束と同等などなど。あの日の洗いざらいを、最初の自己紹介のあと、でっかい先制パンチとして食らわせてきたのだ。
ランスロットを牽制し、大ダメージを与えるのが目的だったのだろう。ところがだ。ランスロットは、あの日の事を彼に聞いて、既に知っていた。
「なにが結婚だっ! おまえは、陽二の寝込みを襲ったんだろう!」
ランスロットのカウンターブローが炸裂! パールの先制パンチは、不発どころかあっさり
すると唯に
「ランス、陽二を連れて来るのじゃ」
と言われて、今に至る。
―― なに、その修羅場? 帰りたくねぇ。
「この服は着替えたのだ。流石にいつもの服装では、勝負ができないからな」
とランスロットは、服装をチェックしながら
「勝負? なんの?」
「まずは、人魚姫をサラデインに蹴り飛ばすのだ!」
―― 物騒な話になってきたな……
そんな話をしながら歩いていると、リンメルの店に到着した。
カランカラン
「おーい、リンメルー」
彼は名前を呼びながら、店の奥へ向かった。リンメルは夕方から、見習いたちの腹を満たす食堂『星屑』を経営しているのだ。
「あっ陽二さん。お待ちしていたっ……す? 後ろの綺麗な女性は誰っすか?」
リンメルのかわいい耳が、興味津々とピコピコしていた。
―― こんな綺麗な人と知り合いっすか? ない。絶対にあり得ないっす。もしかして、騙されてるっすか? はたまた借金取り?
「哀れみの顔をするな。彼女は、世話になってる仲間で、ランスロットって言うんだ。ちなみに、あの弁当を作った人物でもある。んで、こっちは店の看板娘のリンメルな。縁あって、色々と助けてもらってさ――」
それを訊いたリンメルは、ランスロットに説明する彼を突き飛ばす勢いで、ダダッと走りだした。そして、お互いの自己紹介が途中にもかかわらず、ランスロットの手を握りしめると
「あのお弁当、本当においしかったっす。是非、作り方を教えて欲しいっす!」
食堂経営しているからなのだろうか。リンメルは、ランスロットの料理をベタ褒めしながら、教えを乞き始めた。
「陽二は、この娘にも食べさせたのか?」
キラキラとした目で、真っ直ぐ見つめるリンメルを横目に、ランスロットは彼に尋ねた。不満がある訳ではないが、ちょっとだけ納得しかねる様子だ。この返答は、ミスできない。
「ここで、昼ご飯をご馳走してもらうことになって―――― 折角だからさぁ、お前の作った弁当も食べてもらったんだ。でなあ、大絶賛だったんだぜぇ!? 俺も、お前が褒められたと思ったら嬉しくなってさ―――― て事で、一緒に食べたんだ。ランス遅くなってごめんな。すっごくおいしかったよ、ありがとう!! また作ってくれたら嬉しい!」
「しょ、しょうか……。そ、それこそぉ! 嫁の務めっ!」
ベシ
「黙れ。余計な事をほざくな!」
今のやり取りは都合よく、作り方を必死に訊ねようとしていたリンメルには、聞こえていなかったようだ。
落ち着け、どうどう。
「今日は用事があるから、ご飯はまた今度ね」
と彼はリンメルに伝えると、逃げるように外へ出た。
すると、店から顔を出したリンメルが叫んだ。
「陽二さん! 次来るときは、ランスロットさんも連れて来るっすよ! むしろ、ランスロットさんだけでいいっす!」
「おいいっ! まあいい帰ろっか」
日もだいぶ落ちて、外は真っ暗だ。
等間隔に並んだ木々を通り抜け、屋敷の玄関前に立った。
屋敷の中からは、パールの声だろう『なのっ!』そんな元気な声が聞こえていた。
―― ミラさんとカリンは、まだ剣の練習をしているのかな。それとも、店に戻って休んでいるのかな? 明日も教われるといいけどなぁ……。そう言えばシアとナーナは、母親と楽しい1日を過ごせたのだろうか……。ああっ!? レヴィの服と靴を忘れてた……。
さてと。唯さん、怒ってるんだろうなぁ。しばかれるんだろうな……
玄関前で立ち止まり、陽二はげんなりしていた。
その隣でランスロットは、服装を整えると、気合いを入れていた。