「だだいま戻りました!」
意を決した陽二は、玄関扉を引き広げ、屋敷の中に踏み入った。
ガシッ!
「へっ?」
その陽二に素早く
「とりゃー!」
そのかけ声とともに、彼の体は綺麗な放物線を描くと、床の上に叩き付けられた。
「うげっ」
その一本背負いは、オリンピックに出場すれば、金メダルを狙える程の実力を思わせた。
と、そこへ。タンッと軽く飛んでからの、ゴスッ!
「うげぇ!」
彼の腹部に、唯のエルボードロップが
さらに桜は、掴んでいた右腕に腕ひしぎ逆十字固めを
「やはり!
故障など真っ赤な嘘。非通信モードに変更してあった事が、あっさり見破られてしまった。
「成敗ぢゃ!」
ギシギシと肘関節が伸ばされ、悲鳴を上げた。
「痛ったたたたたっ! ギブギブッ!」
彼はバンバンと桜の足をタップして、降参の意を告げるが
「
この世界には、先輩異世界人より伝わった言葉が無数にある。なので、その意味を知っている桜は、喜々とした表情で肘関節を伸ばし始めた。
「違う違う!
彼は『ギブアップ』もしくは『降参』と言わなければならなかったのだ。
その間にジャージ姿の唯は、次の狙いを定めてシュタッと場所移動。彼の足首を掴むと、クルっと回転しながら四の字固めだ。そして、広げた両手で床をバンバン叩きながら言った。
「
「痛たたたたた、や、やめてぇー!」
対パールに備え気合いを入れていたランスロットは、その姿を唖然と見ている事しかできなかった。突然の出来事だった事もあり、完全に出遅れてしまったのだ。
すると
「やめてなの! パールのために、争わないでなの!」
少し固い表情のアスモデウスにお姫さま抱っこされ、その場に駆け付けた人魚姫パールが叫んだ。実は勘違いでも何でもなく、そのセリフを、言ってみたかっただけのようだ。
それを訊いたランスロットも、再起動を果たすと叫んだ。
「おまえのためではない。私のためだ!」
「どっちも違うからぁぁ! 見ていないで助けて!」
激痛にあえぐ彼の頭上では、軽い言い合いが続いていた。
△△
関節技から解放され、終わりを迎えたかに見えたお仕置きだったが、場所を移した食堂でも続いていた。
「この
バシッ! バシン! バシィィ!
椅子に座る唯の膝の上で、うつ伏せ状態の彼はお尻を叩かれていた。
「人を
バシィィーン!
―― そりゃそうでしょ。俺のおかんじゃないんだから
彼は苦痛に耐えながらも、心の中でそんな減らず口を叩く。その反面で、おかんに成りきる唯に逆らわず、この大波に便乗すればお仕置きも早くが終わるのでは? と、まったく反省の色を見せない考えに至った。
「母さんごめんなさい。つい出来心で……本当にごめんなさい」
彼は唯に顔を向けると、誠意を込めて謝った。その時、お尻の激痛で本当に涙がポロリと流れた。
―― グッジョブ俺。でかした!
この思っても見なかった偶然に、彼も心の中で自画自賛。唯の目から見ても、
「誰が、
「ええっ!? そんな流れでしたよね?」
ならなかった。
「正座じゃ!」
唯の説教は続くのだ。
その間に、アスモデウスとランスロットによって食事の準備が進み、着席できないパールには、足を伸ばして座るスタイルの、低いテーブルの特別席が準備された。
「ねえ陽ちん。お話しするの!」
その特別席の隣には、説教中の彼が居たのだ。
「まだ説教中じゃ。おとなしく待っておれ」
彼とパールは、帰ってきてから1度も話が出来ていなかった。何度もチャンスを狙うパールだが、唯の鉄壁ディフェンスを抜ける事ができなかったのだ。
「昨日今日と大変でしたが、お疲れさまでした。今日は、かわいいお客様もお見えになりましたし、まずはお食事をいただきましょう」
結局1度も会話する事なく、アスモデウスの言葉で食事が始まってしまった。
―― おいしいの! 唯ちんは……
チラリ
唯の動向を探りながら、会話のチャンスを狙うパールだが、テーブルの上に並んだ温かい料理は、それすら忘れさせそうな魅力があった。
パクパク。
―― これもおいしいの! お魚じゃなくて、唯ちんは……
チ、チラッ
パールは、ものの見事に胃袋を掴まれかけていた。しかしそれでも、何とかチャンスを狙うが……
「おかわりは沢山ありますので、遠慮なさらずに食べてくださいね」
―― もう、食べ終わってからでいいの!
バクバクバクッ!
そんなアスモデウスからの願ってもない一言に、大きく目を見開いて喜びを爆発させてしまったパールは、食べ物を詰め込んだ口のまま頷きまくっていた。
―― 桜ちんのおうち最高なの!
△△
パールが食事に首ったけになっている頃。
アスモデウスは、フジヤマでランスロットに起こった出来事を、唯に説明していた。そして、さっさとゴブリンの件に終止符を打つ『早期襲撃論』を唱えると、桜とランスロットのレベルアップを、早急に図りたい考えを明かした。
「そうぢゃのう……」
桜も、アスモデウスの『早期襲撃論』には
所謂、ストックとネタ集め目的で。
たが、この状況でそのような事を口走ると、のちに開催されるであろう『
なので桜は、肯定の相づちにとどめた。
「ゴブリンの件はどうでもいいだろう。なんなら私が先陣を切ろう。それよりもパールの」
「ランスちゃん。どうでも良くないです!」
ランスロットの言葉は、アスモデウスによって
「なっ!? どうでも良くは……」
そう口を開きかけたランスロットを、ゴブリンの話が終わり次第、次の議題は人魚姫の案件にします。と、目配せで静止させると宣言した。
「私は明日にも攻め込み、早期に終わらせるべきだと思います。まず先に本陣を落としてしまえば、森での行動も比較的安全になるでしょう。それなら各個撃破も森の捜索も、王国兵士や冒険者の方々にお任せできるかと」
それを訊いた唯は、待ったをかける。彼女は実際に森へ入り、魔物の強さを確認しているのだ。
「待てアスモ。森の魔物もなかなか手強い。もし、ゴブリンナイトクラスの魔物が出れば、あやつらでは手も足も出るまい」
「そ、それなら私が、1人でダンジョンに攻め込みます。なので桜ちゃんたちは、森の捜索をお願いします」
それはまずい。と桜は思った。
確かにアスモデウスに任せれば、
そう。面白みも見せ場も何もなく、一方的な
―――― むむむ。
だが、アスモデウスを説得できる材料を、桜は持ち合わせてはいなかった。なのでここは、母の出番だ。
「待つのじゃアスモ。手を結べるかもしれない相手まで
「それは、どう言う意味でしょうか?」
「実はのう――――」
唯も『早期襲撃論』には納得の構えである。
昨日のゴブリンとの一件。ならびに、安全な洞窟とはいえ、
がしかし。凶悪なゴブリンでも、ハヅキの母親である卯月の力で、共存できるゴブリンに生まれ変われるチャンスがある。魔石がどうなるのかは不透明だが、ハーフのゴブリンは、人に戻れるのが判明している。なので、なるべく無駄な殺生は避けたいところである。
実はこれ、パトリックの意見を組み込んでの事だ。
パトリックは、卯月の能力を見て可能性を感じていた。魔物でも、共に歩める道があるのではないかと――――
セナドゥースへ卯月たちを送る道中に、その事を唯や保護した女性たちと話していたのだ。
唯が最も信頼する人物である司も、どちらかと言えばそのような思考の持ち主だった。なので唯は、パトリックの意見を尊重しようと考えたのだ。だが当然、こちらに牙を向ければ容赦はしない。
「―――― と言う訳じゃ」
「そのような能力が……」
魔物化の改善。この事実は、とても大きい。火の精霊ナーナと同じ方法で、ゴブリン化の予防方法は検討がなされていた。しかし、ゴブリン化してしまえば終わりで、手遅れだ。それを戻す方法など、誰も、欠片も考えすらできなかったのだから。
さらに唯は、拘束したゴブリン将軍から、ダンジョン内部の情報まで訊き出していた。
その情報が真実ならば、ゴブリンダンジョンは地下11階まで。
各階ともに同じ作りで、各階を往来する階段付きの、縦横3mの長い直線通路と、その通路の奥に広がる大きな空間で構成されている。その空間が、ゴブリンたちの共同生活空間である。
その空間はそこそこ明るく、中央の広場以外には植物も多く生え、新鮮な果物なども豊富に獲れる。流石に川はないが、ため池が設置してあり食料となる魚が獲れる。また、空間の一画には柵で囲まれた場所があり、そこにも食料となる魔物が生産されている。
火を使って調理ができる場所もあるため、空気の循環もスムーズに行われていようだ。しかし、家と呼べるものはなく、適当な場所で雑魚寝のスタイルだ。とは言え、生活環境はまずまずのようだ。
他には、魔物の素材で武器や道具も製造しているという。つまりこの空間は、簡単にいうとゴブリンの町になる。各階には500ゴブリンほどが暮らしており、その階層を指揮するゴブリン将軍が、フロアボス的な立場になっている。
ダンジョンで暮らすゴブリンたちは、階段をほとんど使わないようだ。それは、各階の直線通路の行き止まりから、外に出るのが可能となっているからだ。また、どうやって認識しているのか仕組みは不明だが、外からダンジョンに入ると、自身が暮らす階層へ戻れる。
当然ながらそれは、住人のゴブリン以外には適用されない。なので
そして地下1~3階層は、卯月の捜索に出た部隊の居住空間だったので、安全なもぬけの殻だ。またその構造上、地下4階以降の階層でも、広場を無視して階段を下りれば、ゴブリンたちと遭遇する事なく地下1~3階層と同様に、安全に地下10階まで行けるだろう。
ただ、最下層の地下11階へ下りる階段だけは、地下10階の広場奥にあるので、戦闘は避けられない。
ちなみに、ダンジョンの外で暮らしているゴブリンたちは、意外と優秀な個体のようだ。その証拠に、外で活動するゴブリンには、女性を
△△
その情報を話し終えた唯は、手にした骨付き肉をパクッとひと口。次の瞬間、骨付き肉が左側の床に落ちてしまった。
カン、カラカラ、カラーン。
骨付き肉は、真下にあった薄い鉄製の皿淵に当たり、音を奏でた。そして床に落ちる事なく、偶然にも皿の上に着地を決めた。
その皿は、正座をしていた彼の目の前にあった。
実は、食事が始まる前からこの状態で、唯の
そして皿には誰が書いたのか、ご丁寧に『ようじ』と名前まで書かれていた。
まあ、桜の仕業なのは言うまでもないが……
その折檻中だった彼だが、正座のまま、しっかりと話を訊いていた。
フジヤマの件。その犯人は、豊かマモン。
―― 豊くんはあり得ない。まあ、マモンだろうな……
それと、アスモデウスの話に出てきた、謎の第三者。その事件があった事で、アスモデウスが、今まで以上に危機感を覚えていると言う事。
―― アスモさんの言う通り、第三者は敵の可能性は低いだろうけど、マモンや第三者に対する強化は、必須だよな……
ハヅキの怪我と母親の卯月。
―― ハヅキさん無事でよかったな……まさか、その母ちゃんが異世界人だったとはな……
そしてゴブリンダンジョンの構造。実際彼も、間抜けな作りだと思っていた。最下層まで、邪魔も入らず下りていけるじゃんと……
―― まあ、そんな訳がないよな……挟み撃ちを想定した罠か?
口には出さずとも、色々と自分なりに考えていると
「飯じゃ、食え」
そんな唯の声で、目の前の皿にある骨付き肉に気付いた。
―― んんっ!? これって食べかけ……?
一口カプッただけなので、まだまだ肉がたくさん付いていて食べられる部分は多い。今日の夜、唯の枕元には『もったいないオバケ』が出て来るレベルだ。
唯の手によって、もったいない星に送り返されてしまうか、桜の手によって捕らえられてしまうかもしれないが……
チラッとアホな考えを持ってしまった彼は、骨付き肉を見つめながら、唯の言葉の真意を探る。
―― これは罰の一環なのか? いや、まさか。流石にあの唯さんが、お仕置きとは言え、こんな人の尊厳を汚すような真似をするか? ……ないな。ではこれは……もしかして、ご褒美か!?
「なんでやねん!」
彼は、どうするか眺めていた唯の太ももに、ツッコミを入れた。
「冗談じゃ。たまたま手が滑って落ちただけじゃ。本当に食い付いておったら間接チューじゃしのう……。今気付いたが、考えただけでも気持ちが悪――」
その言葉が耳に入った彼は
―― 間接チューだと? ふっ馬鹿な。その程度の事で、この陽二さまが動く訳がないだろう! 男女間でのジュースの回し飲みなど、当たり前のクラッカーよ!
サッと、素早く骨付き肉へ手を伸ばした彼は、唯がカプッたと思われる部分にパックンチョ。実際には、上手に隠して違う場所だが。
それを目にした、唯お姉さまは
「キャーー!?」
本人すら予想もしない、かわいい叫び声を出して驚いたではないか。
バシッ!
そして彼は、唯お姉さまからの、ありがたいビンタをいただいたのだ。
その光景を目撃していた桜ちゃんは
――なぜ妾は、撮影していなかったのぢゃ!!
と、『かわいい唯』を逃した悔しさを、爆発させていた。
ようやく彼にも食事が振る舞われた。唯お姉さま特製のぶっかけご飯だ。『ようじ皿』の上にご飯をよそって、その上から、あふれんばかりのスープをかけただけの物だ。
「妾の手作りじゃ。心して食すがよい」
見た目を強いて言うなら、田舎のおばあちゃんが、飼い犬に与えるために作るご飯。そんな感じだった。
その唯の手作り(自称)ご飯を目の前にして、彼は思う。
――どこが手作りやねん! ご飯に汁をぶっかけただけやん!
だがしかし、せっかく与えられた食事に罪はないし。もったいないオバケに出てこられても困る。
なので、米がスープを吸い込んで、味が落ちる前に食事を始めた。
―― 見た目はあれだけど、うまいな!
と彼が正座をしながら、ガツガツ食べている間に、ゴブリンのダンジョンへ攻め込む日時が決定していた。
アスモデウスが、強く明日を提案していたが、唯はパトリックも連れて行くべきだと主張。結局、1日空けて明後日の明朝が決行日に決まった。
攻め込むメンバーは、彼を除いたゼラニオンメンバーと唯、そしてパトリックの計5人だ。
△△
さて、次の議題は、ランスロットお待ちかねのパール問題だ。
議長を務めるのは、唯だ。
興味がない訳ではないが、ゴブリンの事に一応の目処が着いたため、アスモデウスはあと片付けを始めた。桜は
「ではまずは、互いに言いたい事を述べよ」
ランスロットは、パールの近くに椅子をもってきて座る。
彼は、唯の隣で正座中なので、彼とパールそしてランスロットの位置関係は、車座に近いだろうか。桜1人は、テーブルの反対側から見ている構図だ。
まずは、パールが主張した。
人魚界の正式なペロペロの儀式を経て、子種を授かった。この行為は結婚と同義である。すでに、仲間の人魚たちにも種を分け与えており、妊娠しているお姉さまもいる。(嘘)
人魚界を救った英雄として迎えるのは当然であり、お姉さま達も大賛成している。
パールは陽ちん大好き! だから結婚、なの!
以上。
そして、ランスロットの主張だ。
本人の意思も確認せず、寝込みを襲って既成事実を作った。当然、結婚は認められない。
人魚の妊娠は、仕方ないから認めてやる。がしかし、認知は絶対に認めない。おとなしくサラデインへ帰れ、なんならサラデインまで蹴り飛ばしてやるから覚悟しろ!
陽二の嫁は、私だ!
元世界の嫁のところへ、付いて行く事も約束しているんだ! あとから来て、しゃしゃり出るな。おまえよりも、私の方が陽二を愛しているのだ!
以上。
2人の主張を聞いた唯は、頭が痛くなった。
こんなものが主張と呼べるのかと。そして、ベストな位置にあった彼の頭を小突くと、出会いのなり染めや、いつ頃から意識をするようになったのか、などを聞き出した。
「ふむ……」
もう1度、彼の頭を強めに小突いた。
そもそもの話、何も知らない純朴な乙女に、イタズラをした事から始まっていた……
警戒心や嫌悪感を抱くのなら納得もできる。だがしかし、心を動かされるなど、普通に考えてもあり得ない。
つまり2人は、イタズラをされた事で、好きだと認識違いをしているのだ。悪く言えば、すり込みだ。
「ぬしらの好きは、勘違いじゃ。よって、陽二と結婚どころか、付き合う事すら許さん!」
そう勝手に決めつけた唯に、2人は抗議の口火を切る。
「唯ちんには、関係ないの!」
「唯さんに反対されようとも関係ないし、勘違いでもない!」
「あ、おなかの子が蹴ったの!」
「ウソをつくな! 人魚姫は、種を授かって仲間に渡すだけと言ったではないか!」
「姉さまの、おなかの中で蹴ったの!」
「そんな事が、なぜ分かるのだ!」
2人は、やいのやいのと言い合い始めた。
「ん? そう言えば、捨て置けない事がランスロットの口から出たのじゃが」
唯のその一言に『?』を浮かべて、3人は話を聞く姿勢で唯に向き直った。
「陽二」
キッ! と見おろしながら唯は言う。その言葉は、とても冷たく、肌に突き刺さる感じがした。
「元の世界に、嫁がおるじゃと? うぬは、何をしでかしとるんじゃ!」
そう言いながら立ち上がった唯は、彼の正面で仁王立ちになると
パンッ、パンッ、パパンッ
と平手打ちを食らわせた。
「この
彼は、じんじんと熱を帯びた頬を擦りながら言葉を選ぶ。
「で、ですから、ランスには話したんですけど、付き合うとかそういうのは、けじめを付けてからって――――」
彼は、妻である麗香との夫婦関係や状況等、赤裸々な事柄を洗いざらい説明した。しかしそれは、男側から見た一方的なものだ。
「なーにが、けじめじゃ! 都合のいい事ばかり吐きおって、自分の連れ添いを、悪者に仕立てるでない!」
唯はこの中で、
その結果いつの間にか彼は、強制的に唯の
なので唯の許可がないと、結婚はおろか、付き合う事すらできないのだ。
パールはぶーぶーと文句を垂れたが、結局唯に押し切られる形で幕を閉じた。ランスロットとしては、もともとケジメの話をしていた事もあり、問題の解消を待つ姿勢だったので、パールを
そして最後に唯は、2人へ向けて言葉を投げかけた。
「おぬしらは、陽二しか男を知らんのじゃろう? 特にパールに言える事なのじゃが、もっとたくさんの男と知り合い、見聞を広めてからでも遅くはないのではないか? 次はランスにも言える事じゃが、うぬらの世界は狭い。それが間違いだとは言わんが、短絡的すぎる。良いか? 結婚に至るには、
2人は静かに
「ふむ……。王都の町並みも様変わりし、正確な場所は不明瞭じゃが……司たち勇者が使っておった『魔法陣』の場所を、探しておくべきじゃのう」
「はい」
その提案は彼にとって、まさに渡りに船だった。しかし場所を特定しても、往来するにはクリアすべき問題が2つある。
ひとつが起動方法。これは、魔法陣を作成した司のみが知っている。もうひとつが、時間軸を同調させる豊の協力だ。
△△
場所は変わって、風呂場。
長い長い説教を受けた陽二は、湯船に浸かりながら考え込んでいた。
『自分に非があると言ってパートナーを立てれば、他人には良い目で見られるし、うぬも楽になるのじゃろう。じゃが夫婦として、それではいかんのう。2人の問題なのに、1人で勝手に解決して悦に浸るなどと――――』
―― 確かに言われてみれば、保身に走っていたとも取れる。俺は間違っていたのかなぁ……
するとそこへ、ガラガラガラ
「パールも、一緒に入るの!」
と、みんなが話をしているスキに、部屋を抜けだしたパールがやって来た。その道中は人魚のパールには険しく、腕はパンパン&スリ傷まみれだ。
ところが、その努力も虚しく
「そうは問屋が卸さない!」
ほふく前進のように、長い体を引きずるパールの行動は、バレバレだ。そのあとを、こっそり追跡していたランスロットが、ご丁寧に風呂場へ到着するのを待って、パールを捕まえたのだ。そのついでに偶然を装い、風呂場を盗み見ようなどと、決して考えていた訳ではない。
「ランちん。ここは休戦協定なの!」
「休戦協定?」
ランスロットに腹を抱えられ、くの字にへにょーんとなったまま、パールは話を持ちかけた。ちなみにランスロットは、湯気の中にいる浴槽の彼を、見ようと必死になっていたので『ランちん』呼びはスルー。まあ実際、ランスロットは気にも止めていないだろうが。
「みんなで入れば楽しいの! あっそうなの! ランちんもパールも、お嫁さんにしてもらえば万事解決なの!」
グッと親指を立てて、名案なの! とばかりにランスロットへ向ける。
元々この世界の法律では、多夫多妻は認められている。一夫一妻制を維持するために共有されている価値観『浮気は最低』を持つ現代の人にとっては、ばかばかしい法律だと思うだろう。しかし、一妻多夫は珍しいが、一夫多妻は『優秀な遺伝子を残す』という観点から考えると、理にかなっているとも言えるのではないだろうか。
事実ランスロットも、彼が既婚者と判明したその瞬間、結婚できるなら、それもやむ無しと考えた。まあ彼女は、自分だけ夢中にさせる自信も、自分が1番好かれているという自負があったのもあるが……
提案を向けられた彼女は、争うよりも手を取り合い、唯に感づかれる前に既成事実を作ってしまえば――――
そんな事を思い始めていた……その矢先
バシッ! バシッ!
「なにが、解決なの! じゃ。見聞を広めろとゆうたじゃろうが!」
パールとランスロットのお尻に、唯の平手打ちが火を噴いたのだ。もしやと考え、パールを追跡するランスロットのうしろを、文字通り無音でついて来ていたのだ。
「でも、でもなの! パールは陽ちんの事をほとんど知らないの。見聞を広めるためにも、一緒にお風呂へ入るの!」
「私も、見聞を広めると言うパールの意見は、妥当だと思います。ならば私も、見聞を広めるためにお風呂へ」
必死に言い訳を繰り返す。
しかし、パールの言っている事にも一理ある。唯は鉄壁のディフェンスを持って、話を一切させていなかったのを思い出した。
しかしながら。何も知らないと言いながら結婚とは……種族の違いもあるのだろうが、唯から言えば浅はかすぎる。ランスロットの意見は見事にスルーされたが。
「陽二、早よう出よ。それから食堂で話をすればよいのじゃ。一緒に湯に当たるなど、ダメじゃ!」
やっとお話しする権利を獲得したパールは、唯に引きずられながら、ランスロットと一緒に風呂場を後にした。
結局、何ひとつ考えがまとまらなかった彼は
「もう、成り行きに任せようかなぁ……」
と、風呂を出た。
ちなみに、魚は人の手の平の温度でも火傷する。と聞いた事があった彼は、パールが一緒にお風呂へ入ると言ったのを耳にした時、ハラハラと正直びびっていた。