※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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犬の躾は難しい

 

 

「だだいま戻りました!」

 意を決した陽二は、玄関扉を引き広げ、屋敷の中に踏み入った。

 ガシッ!

「へっ?」

 その陽二に素早く掴(つか)みかかったのは、隠れて待ちかまえていた、ジャージ姿の桜だった。

「とりゃー!」

 そのかけ声とともに、彼の体は綺麗な放物線を描くと、床の上に叩き付けられた。

「うげっ」

 その一本背負いは、オリンピックに出場すれば、金メダルを狙える程の実力を思わせた。

 と、そこへ。タンッと軽く飛んでからの、ゴスッ!

「うげぇ!」

 彼の腹部に、唯のエルボードロップが炸裂(さくれつ)した。流石は母娘(おやこ)、息の合った見事なコンビネーションプレイだ。

 

 さらに桜は、掴んでいた右腕に腕ひしぎ逆十字固めを極(き)めると、手首を捻り仲間の腕輪を調べた。

「やはり! 謀(はか)ったな、陽二!」

 故障など真っ赤な嘘。非通信モードに変更してあった事が、あっさり見破られてしまった。

「成敗ぢゃ!」

 

 ギシギシと肘関節が伸ばされ、悲鳴を上げた。

「痛ったたたたたっ! ギブギブッ!」

 彼はバンバンと桜の足をタップして、降参の意を告げるが

「ギブ(くれ)? この、欲しがり屋さんめ!」

 この世界には、先輩異世界人より伝わった言葉が無数にある。なので、その意味を知っている桜は、喜々とした表情で肘関節を伸ばし始めた。

「違う違う! ギブ(降参)だって!」

 彼は『ギブアップ』もしくは『降参』と言わなければならなかったのだ。

 

 その間にジャージ姿の唯は、次の狙いを定めてシュタッと場所移動。彼の足首を掴むと、クルっと回転しながら四の字固めだ。そして、広げた両手で床をバンバン叩きながら言った。

「妾(わらわ)を騙(だま)した、罰じゃ!」

「痛たたたたた、や、やめてぇー!」

 

 対パールに備え気合いを入れていたランスロットは、その姿を唖然と見ている事しかできなかった。突然の出来事だった事もあり、完全に出遅れてしまったのだ。

 すると

「やめてなの! パールのために、争わないでなの!」

 少し固い表情のアスモデウスにお姫さま抱っこされ、その場に駆け付けた人魚姫パールが叫んだ。実は勘違いでも何でもなく、そのセリフを、言ってみたかっただけのようだ。

 それを訊いたランスロットも、再起動を果たすと叫んだ。

「おまえのためではない。私のためだ!」

「どっちも違うからぁぁ! 見ていないで助けて!」

 

 激痛にあえぐ彼の頭上では、軽い言い合いが続いていた。

 

 △△

 

 関節技から解放され、終わりを迎えたかに見えたお仕置きだったが、場所を移した食堂でも続いていた。

 

「この戯(たわ)けが、嘘は泥棒の始まりじゃ!」

 バシッ! バシン! バシィィ!

 椅子に座る唯の膝の上で、うつ伏せ状態の彼はお尻を叩かれていた。

「人を騙(だま)すような人間に、育てた覚えはないのじゃ!」

 バシィィーン!

 ―― そりゃそうでしょ。俺のおかんじゃないんだから

 彼は苦痛に耐えながらも、心の中でそんな減らず口を叩く。その反面で、おかんに成りきる唯に逆らわず、この大波に便乗すればお仕置きも早くが終わるのでは? と、まったく反省の色を見せない考えに至った。

 

「母さんごめんなさい。つい出来心で……本当にごめんなさい」

 彼は唯に顔を向けると、誠意を込めて謝った。その時、お尻の激痛で本当に涙がポロリと流れた。

 ―― グッジョブ俺。でかした!

 この思っても見なかった偶然に、彼も心の中で自画自賛。唯の目から見ても、真摯(しんし)さが増す一手になっただろう。

 

「誰が、己(うぬ)の母親じゃ!」

「ええっ!? そんな流れでしたよね?」

 ならなかった。

「正座じゃ!」

 唯の説教は続くのだ。

 

 その間に、アスモデウスとランスロットによって食事の準備が進み、着席できないパールには、足を伸ばして座るスタイルの、低いテーブルの特別席が準備された。

「ねえ陽ちん。お話しするの!」

 その特別席の隣には、説教中の彼が居たのだ。

「まだ説教中じゃ。おとなしく待っておれ」

 

 彼とパールは、帰ってきてから1度も話が出来ていなかった。何度もチャンスを狙うパールだが、唯の鉄壁ディフェンスを抜ける事ができなかったのだ。

 

「昨日今日と大変でしたが、お疲れさまでした。今日は、かわいいお客様もお見えになりましたし、まずはお食事をいただきましょう」

 

 結局1度も会話する事なく、アスモデウスの言葉で食事が始まってしまった。

 ―― おいしいの! 唯ちんは……

 チラリ

 唯の動向を探りながら、会話のチャンスを狙うパールだが、テーブルの上に並んだ温かい料理は、それすら忘れさせそうな魅力があった。

 パクパク。

 ―― これもおいしいの! お魚じゃなくて、唯ちんは……

 チ、チラッ

 パールは、ものの見事に胃袋を掴まれかけていた。しかしそれでも、何とかチャンスを狙うが……

「おかわりは沢山ありますので、遠慮なさらずに食べてくださいね」

 ―― もう、食べ終わってからでいいの!

 バクバクバクッ!

 そんなアスモデウスからの願ってもない一言に、大きく目を見開いて喜びを爆発させてしまったパールは、食べ物を詰め込んだ口のまま頷きまくっていた。

 ―― 桜ちんのおうち最高なの!

 

 △△

 

 パールが食事に首ったけになっている頃。

 アスモデウスは、フジヤマでランスロットに起こった出来事を、唯に説明していた。そして、さっさとゴブリンの件に終止符を打つ『早期襲撃論』を唱えると、桜とランスロットのレベルアップを、早急に図りたい考えを明かした。

 

「そうぢゃのう……」

 桜も、アスモデウスの『早期襲撃論』には概(おおむ)ね賛成だ。しかし心の中では、もっとゼラニオンを絡めた撮影を狙える、小出し感的な解決が理想だった。

 所謂、ストックとネタ集め目的で。

 たが、この状況でそのような事を口走ると、のちに開催されるであろう『魔技強化合宿(アスモキャンプ)』で、鬼教官アスモが爆誕するのは確実である。

 なので桜は、肯定の相づちにとどめた。

 

「ゴブリンの件はどうでもいいだろう。なんなら私が先陣を切ろう。それよりもパールの」

「ランスちゃん。どうでも良くないです!」

 ランスロットの言葉は、アスモデウスによって遮(さえぎ)られた。その普段と異なる強引さを見せたアスモデウスは、未知なる敵の存在に焦っているのだろうか、今この場でゴブリンダンジョンへ、攻め込む日時まで決めてしまいたかったのだ。

「なっ!? どうでも良くは……」

 そう口を開きかけたランスロットを、ゴブリンの話が終わり次第、次の議題は人魚姫の案件にします。と、目配せで静止させると宣言した。

 

「私は明日にも攻め込み、早期に終わらせるべきだと思います。まず先に本陣を落としてしまえば、森での行動も比較的安全になるでしょう。それなら各個撃破も森の捜索も、王国兵士や冒険者の方々にお任せできるかと」

 それを訊いた唯は、待ったをかける。彼女は実際に森へ入り、魔物の強さを確認しているのだ。

 

「待てアスモ。森の魔物もなかなか手強い。もし、ゴブリンナイトクラスの魔物が出れば、あやつらでは手も足も出るまい」

「そ、それなら私が、1人でダンジョンに攻め込みます。なので桜ちゃんたちは、森の捜索をお願いします」

 

 それはまずい。と桜は思った。

 確かにアスモデウスに任せれば、何事もなく(・・・・・)終わるだろう。

 そう。面白みも見せ場も何もなく、一方的な殺戮(さつりく)が行われるだけだ。焦っている今のアスモデウスでは、下手すれば撮影(ヒーロータイム)などそっちのけで、終わらせてしまう可能性も、無きにしもあらずだ。

 ―――― むむむ。

 だが、アスモデウスを説得できる材料を、桜は持ち合わせてはいなかった。なのでここは、母の出番だ。

 

「待つのじゃアスモ。手を結べるかもしれない相手まで殺(あや)めてしまう気か?」

「それは、どう言う意味でしょうか?」

「実はのう――――」

 

 唯も『早期襲撃論』には納得の構えである。

 昨日のゴブリンとの一件。ならびに、安全な洞窟とはいえ、匿(かくま)っているゴブリンたちの事も気になる。彼らは、ハヅキが身を挺(てい)して救った命といってもいい。なので唯としては、これ以上失わせる訳にはいかないのだ。そのためにも、脅威となるゴブリンダンジョンは、さっさと潰した方が良いだろう。

 

 がしかし。凶悪なゴブリンでも、ハヅキの母親である卯月の力で、共存できるゴブリンに生まれ変われるチャンスがある。魔石がどうなるのかは不透明だが、ハーフのゴブリンは、人に戻れるのが判明している。なので、なるべく無駄な殺生は避けたいところである。

 実はこれ、パトリックの意見を組み込んでの事だ。

 パトリックは、卯月の能力を見て可能性を感じていた。魔物でも、共に歩める道があるのではないかと――――

 セナドゥースへ卯月たちを送る道中に、その事を唯や保護した女性たちと話していたのだ。

 唯が最も信頼する人物である司も、どちらかと言えばそのような思考の持ち主だった。なので唯は、パトリックの意見を尊重しようと考えたのだ。だが当然、こちらに牙を向ければ容赦はしない。

 

「―――― と言う訳じゃ」

「そのような能力が……」

 魔物化の改善。この事実は、とても大きい。火の精霊ナーナと同じ方法で、ゴブリン化の予防方法は検討がなされていた。しかし、ゴブリン化してしまえば終わりで、手遅れだ。それを戻す方法など、誰も、欠片も考えすらできなかったのだから。

 

 さらに唯は、拘束したゴブリン将軍から、ダンジョン内部の情報まで訊き出していた。

 その情報が真実ならば、ゴブリンダンジョンは地下11階まで。

 各階ともに同じ作りで、各階を往来する階段付きの、縦横3mの長い直線通路と、その通路の奥に広がる大きな空間で構成されている。その空間が、ゴブリンたちの共同生活空間である。

 その空間はそこそこ明るく、中央の広場以外には植物も多く生え、新鮮な果物なども豊富に獲れる。流石に川はないが、ため池が設置してあり食料となる魚が獲れる。また、空間の一画には柵で囲まれた場所があり、そこにも食料となる魔物が生産されている。

 火を使って調理ができる場所もあるため、空気の循環もスムーズに行われていようだ。しかし、家と呼べるものはなく、適当な場所で雑魚寝のスタイルだ。とは言え、生活環境はまずまずのようだ。

 他には、魔物の素材で武器や道具も製造しているという。つまりこの空間は、簡単にいうとゴブリンの町になる。各階には500ゴブリンほどが暮らしており、その階層を指揮するゴブリン将軍が、フロアボス的な立場になっている。

 

 ダンジョンで暮らすゴブリンたちは、階段をほとんど使わないようだ。それは、各階の直線通路の行き止まりから、外に出るのが可能となっているからだ。また、どうやって認識しているのか仕組みは不明だが、外からダンジョンに入ると、自身が暮らす階層へ戻れる。

 当然ながらそれは、住人のゴブリン以外には適用されない。なので侵入者(桜たち)は、ダンジョンの入口から侵入したあと、階段を使わなければならないだろう。

 

 そして地下1~3階層は、卯月の捜索に出た部隊の居住空間だったので、安全なもぬけの殻だ。またその構造上、地下4階以降の階層でも、広場を無視して階段を下りれば、ゴブリンたちと遭遇する事なく地下1~3階層と同様に、安全に地下10階まで行けるだろう。

 ただ、最下層の地下11階へ下りる階段だけは、地下10階の広場奥にあるので、戦闘は避けられない。

 

 ちなみに、ダンジョンの外で暮らしているゴブリンたちは、意外と優秀な個体のようだ。その証拠に、外で活動するゴブリンには、女性を攫(さら)って集める仕事の代わりに、子どもを作る権利が与えられているからだ。

 

 △△

 

 その情報を話し終えた唯は、手にした骨付き肉をパクッとひと口。次の瞬間、骨付き肉が左側の床に落ちてしまった。

 カン、カラカラ、カラーン。

 骨付き肉は、真下にあった薄い鉄製の皿淵に当たり、音を奏でた。そして床に落ちる事なく、偶然にも皿の上に着地を決めた。

 

 その皿は、正座をしていた彼の目の前にあった。

 実は、食事が始まる前からこの状態で、唯の折檻(せっかん)は継続中だったのだ。

 そして皿には誰が書いたのか、ご丁寧に『ようじ』と名前まで書かれていた。

 まあ、桜の仕業なのは言うまでもないが……

 その折檻中だった彼だが、正座のまま、しっかりと話を訊いていた。

 

 フジヤマの件。その犯人は、豊かマモン。

 ―― 豊くんはあり得ない。まあ、マモンだろうな……

 それと、アスモデウスの話に出てきた、謎の第三者。その事件があった事で、アスモデウスが、今まで以上に危機感を覚えていると言う事。

 ―― アスモさんの言う通り、第三者は敵の可能性は低いだろうけど、マモンや第三者に対する強化は、必須だよな……

 ハヅキの怪我と母親の卯月。

 ―― ハヅキさん無事でよかったな……まさか、その母ちゃんが異世界人だったとはな……

 そしてゴブリンダンジョンの構造。実際彼も、間抜けな作りだと思っていた。最下層まで、邪魔も入らず下りていけるじゃんと……

 ―― まあ、そんな訳がないよな……挟み撃ちを想定した罠か?

 

 口には出さずとも、色々と自分なりに考えていると

「飯じゃ、食え」

 そんな唯の声で、目の前の皿にある骨付き肉に気付いた。

 ―― んんっ!? これって食べかけ……?

 一口カプッただけなので、まだまだ肉がたくさん付いていて食べられる部分は多い。今日の夜、唯の枕元には『もったいないオバケ』が出て来るレベルだ。

 唯の手によって、もったいない星に送り返されてしまうか、桜の手によって捕らえられてしまうかもしれないが……

 チラッとアホな考えを持ってしまった彼は、骨付き肉を見つめながら、唯の言葉の真意を探る。

 

 ―― これは罰の一環なのか? いや、まさか。流石にあの唯さんが、お仕置きとは言え、こんな人の尊厳を汚すような真似をするか? ……ないな。ではこれは……もしかして、ご褒美か!?

「なんでやねん!」

 彼は、どうするか眺めていた唯の太ももに、ツッコミを入れた。

「冗談じゃ。たまたま手が滑って落ちただけじゃ。本当に食い付いておったら間接チューじゃしのう……。今気付いたが、考えただけでも気持ちが悪――」

 その言葉が耳に入った彼は

 ―― 間接チューだと? ふっ馬鹿な。その程度の事で、この陽二さまが動く訳がないだろう! 男女間でのジュースの回し飲みなど、当たり前のクラッカーよ!

 

 サッと、素早く骨付き肉へ手を伸ばした彼は、唯がカプッたと思われる部分にパックンチョ。実際には、上手に隠して違う場所だが。

 それを目にした、唯お姉さまは

「キャーー!?」

 本人すら予想もしない、かわいい叫び声を出して驚いたではないか。

 バシッ!

 そして彼は、唯お姉さまからの、ありがたいビンタをいただいたのだ。

 

 その光景を目撃していた桜ちゃんは

 ――なぜ妾は、撮影していなかったのぢゃ!!

 と、『かわいい唯』を逃した悔しさを、爆発させていた。

 

 ようやく彼にも食事が振る舞われた。唯お姉さま特製のぶっかけご飯だ。『ようじ皿』の上にご飯をよそって、その上から、あふれんばかりのスープをかけただけの物だ。

「妾の手作りじゃ。心して食すがよい」

 見た目を強いて言うなら、田舎のおばあちゃんが、飼い犬に与えるために作るご飯。そんな感じだった。

 

 その唯の手作り(自称)ご飯を目の前にして、彼は思う。

 ――どこが手作りやねん! ご飯に汁をぶっかけただけやん!

 だがしかし、せっかく与えられた食事に罪はないし。もったいないオバケに出てこられても困る。

 なので、米がスープを吸い込んで、味が落ちる前に食事を始めた。

 ―― 見た目はあれだけど、うまいな!

 と彼が正座をしながら、ガツガツ食べている間に、ゴブリンのダンジョンへ攻め込む日時が決定していた。

 

 アスモデウスが、強く明日を提案していたが、唯はパトリックも連れて行くべきだと主張。結局、1日空けて明後日の明朝が決行日に決まった。

 攻め込むメンバーは、彼を除いたゼラニオンメンバーと唯、そしてパトリックの計5人だ。

 

 △△

 

 さて、次の議題は、ランスロットお待ちかねのパール問題だ。

 議長を務めるのは、唯だ。

 興味がない訳ではないが、ゴブリンの事に一応の目処が着いたため、アスモデウスはあと片付けを始めた。桜は撮影(ヒーロータイム)がてらの傍観者。口を出す気はないようだ。

 

「ではまずは、互いに言いたい事を述べよ」

 

 ランスロットは、パールの近くに椅子をもってきて座る。

 彼は、唯の隣で正座中なので、彼とパールそしてランスロットの位置関係は、車座に近いだろうか。桜1人は、テーブルの反対側から見ている構図だ。

 

 まずは、パールが主張した。

 人魚界の正式なペロペロの儀式を経て、子種を授かった。この行為は結婚と同義である。すでに、仲間の人魚たちにも種を分け与えており、妊娠しているお姉さまもいる。(嘘)

 人魚界を救った英雄として迎えるのは当然であり、お姉さま達も大賛成している。

 パールは陽ちん大好き! だから結婚、なの! 

 以上。

 

 そして、ランスロットの主張だ。

 本人の意思も確認せず、寝込みを襲って既成事実を作った。当然、結婚は認められない。

 人魚の妊娠は、仕方ないから認めてやる。がしかし、認知は絶対に認めない。おとなしくサラデインへ帰れ、なんならサラデインまで蹴り飛ばしてやるから覚悟しろ!

 陽二の嫁は、私だ!

 元世界の嫁のところへ、付いて行く事も約束しているんだ! あとから来て、しゃしゃり出るな。おまえよりも、私の方が陽二を愛しているのだ!

 以上。

 

 2人の主張を聞いた唯は、頭が痛くなった。

 こんなものが主張と呼べるのかと。そして、ベストな位置にあった彼の頭を小突くと、出会いのなり染めや、いつ頃から意識をするようになったのか、などを聞き出した。

「ふむ……」

 もう1度、彼の頭を強めに小突いた。

 そもそもの話、何も知らない純朴な乙女に、イタズラをした事から始まっていた……2人とも(・・・・)だ。

 

 警戒心や嫌悪感を抱くのなら納得もできる。だがしかし、心を動かされるなど、普通に考えてもあり得ない。

 つまり2人は、イタズラをされた事で、好きだと認識違いをしているのだ。悪く言えば、すり込みだ。

 

「ぬしらの好きは、勘違いじゃ。よって、陽二と結婚どころか、付き合う事すら許さん!」

 そう勝手に決めつけた唯に、2人は抗議の口火を切る。

「唯ちんには、関係ないの!」

「唯さんに反対されようとも関係ないし、勘違いでもない!」

「あ、おなかの子が蹴ったの!」

「ウソをつくな! 人魚姫は、種を授かって仲間に渡すだけと言ったではないか!」

「姉さまの、おなかの中で蹴ったの!」

「そんな事が、なぜ分かるのだ!」

 

 2人は、やいのやいのと言い合い始めた。

「ん? そう言えば、捨て置けない事がランスロットの口から出たのじゃが」

 唯のその一言に『?』を浮かべて、3人は話を聞く姿勢で唯に向き直った。

「陽二」

 キッ! と見おろしながら唯は言う。その言葉は、とても冷たく、肌に突き刺さる感じがした。

「元の世界に、嫁がおるじゃと? うぬは、何をしでかしとるんじゃ!」

 

 そう言いながら立ち上がった唯は、彼の正面で仁王立ちになると

 パンッ、パンッ、パパンッ 

 と平手打ちを食らわせた。

「この戯(たわ)けが! 恥を知れ!」

 彼は、じんじんと熱を帯びた頬を擦りながら言葉を選ぶ。

「で、ですから、ランスには話したんですけど、付き合うとかそういうのは、けじめを付けてからって――――」

 

 彼は、妻である麗香との夫婦関係や状況等、赤裸々な事柄を洗いざらい説明した。しかしそれは、男側から見た一方的なものだ。

「なーにが、けじめじゃ! 都合のいい事ばかり吐きおって、自分の連れ添いを、悪者に仕立てるでない!」

 唯はこの中で、唯一(ゆいいつ)の人妻だ。麗香の気持ちが理解できるのだろうか。とにかく、彼が悪いと説教を続けた。

 

 その結果いつの間にか彼は、強制的に唯の下僕(しもべ)扱いになってしまった。ここで言う下僕とは、己の意思で付き従う者という意味ではなく、彼女の管理下に置かれ、行動の判断を仰がねばならないとの意味を持つ。とは言え、ガッチガッチのがんじがらめではなく、彼の自主性に任せたゆるい感じで、管理下の主な目的は、当然のごとく女性関係だ。

 なので唯の許可がないと、結婚はおろか、付き合う事すらできないのだ。

 

 パールはぶーぶーと文句を垂れたが、結局唯に押し切られる形で幕を閉じた。ランスロットとしては、もともとケジメの話をしていた事もあり、問題の解消を待つ姿勢だったので、パールを退(しりぞ)ける事ができただけでも、とりあえずはひと安心だった。

 

 そして最後に唯は、2人へ向けて言葉を投げかけた。

「おぬしらは、陽二しか男を知らんのじゃろう? 特にパールに言える事なのじゃが、もっとたくさんの男と知り合い、見聞を広めてからでも遅くはないのではないか? 次はランスにも言える事じゃが、うぬらの世界は狭い。それが間違いだとは言わんが、短絡的すぎる。良いか? 結婚に至るには、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、しっかりと考えるべきじゃと、妾は思う。その後、それでも陽二と一緒になりたいと結論を出したのであれば、止めはせぬ」

 

 2人は静かに頷(うなず)いた。

 

「ふむ……。王都の町並みも様変わりし、正確な場所は不明瞭じゃが……司たち勇者が使っておった『魔法陣』の場所を、探しておくべきじゃのう」

「はい」

 その提案は彼にとって、まさに渡りに船だった。しかし場所を特定しても、往来するにはクリアすべき問題が2つある。

 ひとつが起動方法。これは、魔法陣を作成した司のみが知っている。もうひとつが、時間軸を同調させる豊の協力だ。

 

 △△

 

 場所は変わって、風呂場。

 長い長い説教を受けた陽二は、湯船に浸かりながら考え込んでいた。

『自分に非があると言ってパートナーを立てれば、他人には良い目で見られるし、うぬも楽になるのじゃろう。じゃが夫婦として、それではいかんのう。2人の問題なのに、1人で勝手に解決して悦に浸るなどと――――』

 ―― 確かに言われてみれば、保身に走っていたとも取れる。俺は間違っていたのかなぁ……

 

 するとそこへ、ガラガラガラ

「パールも、一緒に入るの!」

 と、みんなが話をしているスキに、部屋を抜けだしたパールがやって来た。その道中は人魚のパールには険しく、腕はパンパン&スリ傷まみれだ。

 ところが、その努力も虚しく

「そうは問屋が卸さない!」

 

 ほふく前進のように、長い体を引きずるパールの行動は、バレバレだ。そのあとを、こっそり追跡していたランスロットが、ご丁寧に風呂場へ到着するのを待って、パールを捕まえたのだ。そのついでに偶然を装い、風呂場を盗み見ようなどと、決して考えていた訳ではない。

 

「ランちん。ここは休戦協定なの!」

「休戦協定?」

 

 ランスロットに腹を抱えられ、くの字にへにょーんとなったまま、パールは話を持ちかけた。ちなみにランスロットは、湯気の中にいる浴槽の彼を、見ようと必死になっていたので『ランちん』呼びはスルー。まあ実際、ランスロットは気にも止めていないだろうが。

 

「みんなで入れば楽しいの! あっそうなの! ランちんもパールも、お嫁さんにしてもらえば万事解決なの!」

 グッと親指を立てて、名案なの! とばかりにランスロットへ向ける。

 

 元々この世界の法律では、多夫多妻は認められている。一夫一妻制を維持するために共有されている価値観『浮気は最低』を持つ現代の人にとっては、ばかばかしい法律だと思うだろう。しかし、一妻多夫は珍しいが、一夫多妻は『優秀な遺伝子を残す』という観点から考えると、理にかなっているとも言えるのではないだろうか。

 事実ランスロットも、彼が既婚者と判明したその瞬間、結婚できるなら、それもやむ無しと考えた。まあ彼女は、自分だけ夢中にさせる自信も、自分が1番好かれているという自負があったのもあるが……

 提案を向けられた彼女は、争うよりも手を取り合い、唯に感づかれる前に既成事実を作ってしまえば――――

 そんな事を思い始めていた……その矢先

 

 バシッ! バシッ!

「なにが、解決なの! じゃ。見聞を広めろとゆうたじゃろうが!」

 パールとランスロットのお尻に、唯の平手打ちが火を噴いたのだ。もしやと考え、パールを追跡するランスロットのうしろを、文字通り無音でついて来ていたのだ。

 

「でも、でもなの! パールは陽ちんの事をほとんど知らないの。見聞を広めるためにも、一緒にお風呂へ入るの!」

「私も、見聞を広めると言うパールの意見は、妥当だと思います。ならば私も、見聞を広めるためにお風呂へ」

 必死に言い訳を繰り返す。

 しかし、パールの言っている事にも一理ある。唯は鉄壁のディフェンスを持って、話を一切させていなかったのを思い出した。

 

 しかしながら。何も知らないと言いながら結婚とは……種族の違いもあるのだろうが、唯から言えば浅はかすぎる。ランスロットの意見は見事にスルーされたが。

 

「陽二、早よう出よ。それから食堂で話をすればよいのじゃ。一緒に湯に当たるなど、ダメじゃ!」

 やっとお話しする権利を獲得したパールは、唯に引きずられながら、ランスロットと一緒に風呂場を後にした。

 

 結局、何ひとつ考えがまとまらなかった彼は

「もう、成り行きに任せようかなぁ……」

 と、風呂を出た。

 

 ちなみに、魚は人の手の平の温度でも火傷する。と聞いた事があった彼は、パールが一緒にお風呂へ入ると言ったのを耳にした時、ハラハラと正直びびっていた。

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