風呂場から出た陽二は、風呂を沸かしてくれたアスモデウスに「いいお湯でした。ありがとうございました!」
とお礼を伝えていた。この一言。よその家でお風呂をいただいた時に伝えると、絶大な効果を発揮する。
彼は、それを狙った訳ではないが――
そして今、彼はパールとランスロットの3人で話をしていた。
「パールは、陽ちんの事をもっと知りたいの!」
「私も訊きたいぞ!」
2人からの要望で自身の話をする事になった彼だが、いざ自分の話となると、なかなか思い浮かばない。なので
「難しいなぁ。質問形式に変えない?」
と提案。
「陽ちん質問たーいむ、なの!」
彼の提案を受けて、即座に反応したのはパールだ。彼女は、用意されたマットに寝そべり、立て肘を付いて彼の顔を眺めるスタイルだ。普段、どのような姿勢で人魚たちが眠っているのかは分からないが、今夜は、そのマットの上で就寝するようだ。
その彼女と目の高さを合わせるため、彼とランスロットは正面の床に座っていた。そのランスロットが慌てて口を開く。
「質問は、私と交互にだぞ!」
好きな食べ物から始まり、好きな色、好きな髪形や長さ。そして、好みの目の大きさや性格などなど。彼は、好みのタイプに関する事柄をあらかた質問されるのだ。その度に2人は
「パールはねぇ――――」
「私は――――」
と話を広げていた。
桜と唯は、その和気あいあいとする世界を邪魔する事なく、ただ静かに見守っていた。
△△
本日は色々あって、流石に疲れたのだろう。いつの間にかパールが寝落ちしてしまった事で、おしゃべり会は自然とお開きの流れへ。風呂に向かう桜と唯を見送った彼も、部屋へ戻った。そのあと、眠り姫に優しく掛け布団をかけていたのは、ランスロットだったりする。
ベッドに飛び込んだ彼はその数分後、
この世界に来た当初の彼は、表面上楽しんでいるように見えて、心の内では『もうどうでもいい』と投げやり気味だった。“浮気現場の目撃”と“裏切られたショック”は根強く、元の世界には居場所など無い。と思っていた。
そんな時に、降って湧いたような別世界である。元の世界に見切りを付け、この世界で気ままに暮らす。そんな考えすら持っていた。
ところが。
ひょんな事からゼラニオンに引き込まれ、良い経験をさせてもらっている。正直、出来過ぎと思える程の環境だ。
そして、目的ができた。
1つ目は、セナドゥースを
そのためには、力が必要。
幸いな事に、アスモデウスから魔技を教わり、その元となるステータスの改造も施してもらった。そして、戦い方を教われる人材も、桜やランスロットを筆頭に、彼の周囲にはたくさんいる。
特に、スマホを介して戦闘の助言や話し相手をしてくれるあーしさんは、強力な味方の1人。その他にもあーしさんの言葉では、2つの人格が彼の中に存在していると言う。その人格とも、そのうち話す機会が訪れるだろう。
「まずは、セナの穢れを冥土の
魔法の練習をしながら、彼は叫んだ。セナドゥースの姿を見ると、何故かふつふつとやる気が生まれてくる。
これは、冒険の書にクエストを受注したせいなのか。
口約束をするよりも書類にサインをした方が、形だけとはいえ、責任感に似た何かが生じる。そんな感じなのかもしれない。
「陽二、がんばる!」
言葉だけ聞くと、レヴィアタン自身が頑張る事を宣言しているようにも聞こえるが、これは彼を応援してくれているのだ。
「ありがとう。レヴィから教わった『黒水』も忘れちゃいないぜ!」
いまだによく分からない魔法だが、黒水とは『粘度のある黒い水を出す、水属性魔法』のようだ。彼は、それを飛ばす事もできるようになっていた。しかしそれだけで、他者にダメージを与えるほどの威力は皆無だ。なので闇魔法と同様に、この魔法も使い続けて強くなるタイプなのだろう。
その証拠に前回、レヴィアタンが
△△
練習を一通りこなした後は、クエストの時間だ。このクエストは、セナドゥースの穢れ除去と彼の実戦経験を積むのを同時にできるのでお得だ。
今回はスマホを忘れずに持って来ている。なのであーしさんのサポートもバッチリだ。彼は前回の反省を糧として、寝る前収納を身に付けたのだ。
クエストを開始する前にゼラブラックへ変身した彼は、セナドゥースに黄金指を使い、漆黒の魔物を呼び出した。もちろん
さて。漆黒の魔物の強さは、セナドゥースとレヴィアタン以外の人物に左右される。そんな法則を前回発見していた彼だが、今回も新たな法則を発見していた。
変身の前と後では、呼び出される魔物の強さは全く異なり、後に呼び出した魔物の方が3倍ほど強くなる。これは、変身後のステータスに魔物の強さが準じている。そんな証拠になるだろう。
ところがだ。
魔技で
なので、わざわざ身体強化の解除なく呼び出せる。と判明したのは大きい。ベストではなく、ベターな戦法になるが、これを知っているのと知らないとでは、魔力的にも時間的にも雲泥の差が出るだろう。
そんな漆黒の魔物の強さをスマホで測定すると、150~200のランクDだ。ゴブリンナイトを軽く
彼は、イノゾミラに教わった剣術と魔技を組み合わせ、ここだけの必殺技『
流石に疲れが出て動きも鈍くなってきたので、クエストは終了だ。無理は禁物である。できる範囲でコツコツと頑張っていけば、自ずと結果は付いてくるはず。明日できることは、明日やればいい。時と場合にもよるが、無理して取り返しのつかない失敗を生むよりは良い。
チラッ
時間を意識すると、まだ0時過ぎだった。眠った時間を覚えていないが、箪笥に入った当初から時間の流れは3倍に延ばされていたのだ。
△△
部屋のすぐ外には、彼が設置したテーブルセットがある。解放感もあり、そこで食べるご飯は最高だ。また、室内で響くセナドゥースの声も届く範囲とあって、コミュニケーションにも事欠かない。
そこに座っている彼の膝の上には、手遊びに夢中のレヴィアタンがいた。彼は、そんなレヴィアタンの頭を撫でつつ、テーブルの上の野菜に立て掛けられているスマートフォンに耳を傾けていた。
所謂、反省会である。
彼とあーしさん。時にはセナドゥースやスーパーアドバイザーのレヴィアタンの意見を参考に、反省点や改善点、今後の戦闘方針などを話し合っているのだ。
それが終わり、待っていたレヴィアタンに料理をお願いされた彼は、レヴィ草入りの卵焼きと野菜炒めに挑戦だ。
ちょうどテーブルのすぐ近くには、彼の作った
―― これもガンネの材料にできるのかな?
そんな事を考えつつ彼は、炒めた野菜を皿に一旦取り出すと、適当な大きさに切ったキャベツと肉を炒める。ある程度火が通ったら、取り出した野菜を加えて炒める。
すると、ファイヤー!
「おおー!? もえる、陽二」
萌えるなのか、燃えるなのか。はたまた、陽二なのかフライパンの中なのか。
「ふっ、レヴィさんよぉ。これは、フランベと呼ばれる料理の技だっ!」
「ふ、腐乱、べえ!?」
得意気に語る彼だが、もちろんフランベとは違い、ただ単に引火しただけのファイヤーだ。当然、腐乱兵衛でもあっかんべーでもない。
等々。冗談を混ぜつつ会話に花を咲かせた彼は、皿に盛り付け、
さあ、実食!
彼は、あえてスコップにはツッコまなかった。そう。レヴィアタンのノリツッコミを期待していたのだが……
パクッとひと口。次の瞬間レヴィアタンは『!?』ひと口も噛むことなく、苦虫を噛み潰したような表情で吐き出した。
「盛ら、れた。毒、この、野菜、にがいぃぃ」
「毒じゃないから!」
しかしレヴィアタンには、彼の言葉は届かなかった。だって、苦いんだもの。これは毒でしょ? 毒、だよね? 毒のはず! そんな感じでせかせかと、とても上手にスコップを操り、ピーマンだけを皿の端に寄せ始めたではないか。
―― めちゃくちゃスコップの使い方が上手だな……。これは、日頃からスコップで食べてるとか? いかん! このままだとレヴィは、立派なレディにはなれないぞ!
普段レヴィ草を掘り起こしたり、遊びに使ってスコップ達者なレヴィアタンを知らない彼は、そんな思い違いをするのだ。
―― それとピーマンは、栄養が盛り沢山でおいしく、体に優しい野菜だ。断じて、毒などではない!
テーブルマナーなど知らない彼だが、一応スコップにツッコんでから、こんこんと尽きる事なく、ピーマンの素晴らしさを語るのであった。
アレルギーなどは別にして、苦手な食べ物をその相手に食べさせるのは、並大抵の事ではない。下手すれば、いじめのように見られる側面も孕んでいるからだ。なので結局ピーマンは、彼がおいしく頂いたのである。
その後、箪笥の中で眠りに落ちた彼は、アスモデウスによって起こされた。
そそくさと練習用ジャージに着替えた彼は、薄暗い外で準備運動。体を温めながら、メンバーが集まるのを待っていた。
―― 箪笥の中に入っている時って、眠っているように見えるんだなぁ
ふと、アスモデウスに起こしてもらった場面を思い返していた。すると
「陽二おはよう」
黄色いジャージ姿のランスロットが出て来た。
「おうランス。おはよう」
そのランスロットを皮切りに、続々とメンバーも集まると、ランニングからの朝練が始まった。
△△
朝練も終わり食堂にメンバーが揃い出すと、マットの上で熟睡していたパールも、物音に気付いて目を覚ました。
「陽ちん、みんなちんー。おふぁようなの~」
「おはようパール。よく眠れたようだね」
一応、パールの部屋も準備してあったのだが、部屋間の移動が大変! との理由で、彼女は食堂で寝起きを希望した。アスモデウスが『私がお手伝いしますので』と尋ねるも断られた。その代わりとして、就寝用のマットが準備されていた。
おそらくパールは、気を使っているのだろう。
食堂に居座られると、邪魔になるって? そんな事を考える者は、誰1人としてここにはいないのだ。
その後みんなで朝食を食べていると、桜の腕輪に本部から緊急の連絡が入る。
『姫。ヴァイオレットさんという
桜は、詳しい話を尋ねた。
深夜、ヴァイオレットと名乗る美しいセイレーンが、冒険者協会を訪問した。その場に立ち会わせた者たちは、初めて見るセイレーンの美しい容姿に驚きを隠せず、特に、胸の貝殻に男性陣はメロメロだった。
対応した職員が彼女に話を訊くと、
あいにく時間帯も悪く、買い取り魔物の査定確認は、早朝からとなった。指定された川岸へ協会職員と雇われた運び屋たちが向かうと、
グリンズリーとは、魚や小動物、魔物などを狩って生活している熊みたいな外見の魔物だ。そのほとんどの個体は、群れで暮らしている。生息地は、スノームからさらに上流にある湖に隣接する森で、人族にとっては、とても珍しく貴重な魔物である。実はあまり知られていないが、1頭だと臆病風を吹かす傾向が強く、その反対に群れでいる時は、かなり凶暴な性格だ。
そんな凶暴なグリンズリーたちに、ヴァイオレット含む人魚たちは襲われた。
そんなグリンズリーの全身は薄い緑の体毛で覆われており、成体は2~3m。鋭い爪と
結界路によって破壊されているので、魔石が得られた事は1度たりともないが、グリンズリーの体に廃棄する部位は無し! と言われるほど貴重な素材の塊である。神の両手と比喩される部位を筆頭に、ほとんどの部位は高価な薬の材料に。毛皮は肌触りが良いのに防御力も高く、防具にもおしゃれな服にも使える1級品だ。その肉も、極僅かな臭味が逆にアクセントの高級食材。なので魔石にも、特別な効果があるのでは? と、考えられていた。
そんな希少素材の塊であるグリンズリーが、30頭も山積みにされていたのだ。頭を撃ち抜かれて絶命した個体が多いものの、山積みの下段には息のある個体もちらほら確認できる。そして、結界路の外で山積みになっているので、体のどこかに魔石が残っている可能性が非常に高い。
驚かない訳がなかった。
しかしである。このまま結界路内に運び込むと、魔石の破壊は免れない。そのため協会職員は、このような事態に対応出来うる者に要請を出したのだ。対応できると言う事は、ある程度『国の事情』を知る事に繋がり、それは、桜たちにも近しくなると言うこと。その要請はヴァイオレットの依頼とともに、ゼラニオン本部で働くスタッフの耳に入り、桜に繋がるホットラインによって、緊急連絡とあいなったのである。
「あの人魚ども……川を上って来おったのぢゃ!」
桜は少し吹き出すと、その内容を全員に伝える。
「ここまでとはのう、あの
ツボに入ったのか、唯は最後まで言い切る事なく、楽しそうに笑いだした。
ゴックン
「姉さまたち! ……パールの事が、そんなに心配なの」
パールは、追って来たヴァイオレットたちの行動に感動してか、高速
「人魚さんがいらっしゃったのですか?」
言葉尻が弱く、呟くように漏らしたのはアスモデウスだ。
明日は、ゴブリンのダンジョンに攻め込む決行日である。もしかしたら、人魚たちがやって来る事によって、決行日にズレが生じるのを心配しているのか。
「こんなのが増えるのか?」
と、パールに指を差したのはランスロットだ。こんなの呼ばわりされたヴァイオレットご一行であるが、ある意味的を射ていた。
口を出さず、そんな話の流れを見守っていた陽二は思った。
―― 屋敷に連れてくるのは前提なんだな。
それもそうだろう。完全に裏をかかれたとも言えるヴァイオレットたちの行動は、面白いし賞賛に値する。そんな相手を追い返すなど、彼女らの辞書には載っていない。
「ふむ。魔石を回収がてら、ちと迎えに行ってくるのぢゃ」
桜の声を耳にしたランスロットは、同行があたり前のように席を立った。それを察した彼は、桜に問う。
「なあ、俺も一緒に行ってもいいか?」
川もそうだが、グリンズリーなる魔物を、彼も見ておきたいと思ったのだ。
「パールも、一緒に行くの!」
彼が行くと言い出したからなのか、はたまた姉さま達を迎えに行きたいのか。しかしながら、パールの願いは一蹴された。一緒に行っても歩けないパールでは、邪魔にしかならないからだ。
△△
桜とランスロット、陽二の3人は、魔王のダンジョンから派遣された魔石回収班。そんな名目で川岸までやって来た。桜だけは身バレしないように
川には橋がかけられていた。
この川の流れは、結界路の外からスノームの結界路内を通り抜けると、再度結界路外に流れ出て、ソラマン、セナドゥースを経由して海へ流れ込んでいる。そのため、この橋も結界路の発生装置になっており、川からの魔物流入を防いでいる。そんな橋を渡った向こう岸に、グリンズリーが積まれていた。
少し話は逸れるが、桜や唯が訪れた川とは別物である。あの川は、スノームとシノフィールの中間地点が源泉地であり、その水は、王都や周辺に広がる水田、ため池などで利用されている。
その川岸では現在、ヴァイオレットたちが見守る中、解体職人の手によって魔石が取り出されていた。取り出されたグリンズリーは川に投げ入れられると、橋をくぐり抜けた結界路内の反対側に、人魚の助けを借り引っ張り上げられる。
その場所には多くの人が集まり、熱気と活気に溢れていた。珍しく高級な素材という事もあり、誰もが手に入れようと集まっていた。
―― 川幅は10mくらいかな……あれ? あのグリンズリーは、どうして川に漬けられたまま放置されてんだ? もしかして、なんかの処理とか?
川岸を一通り見渡した彼は、そんな疑問を持った。その他目に付いたのは、ズラリと並べられた解体済みの部位や、綺麗に剥ぎ取られた大きな毛皮、何かの処理を施される頭部や内臓類、そしてなんと、血液まで集められていた。
全て、貴重な素材だ。
その解体品の中には、犬っぽい魔物も混ざっていた。グリンズリーの死体を狙って近付く魔物を、ヴァイオレットたちが倒して回収していたのだ。行き掛けの駄賃的なものだろうか。
―― あっ、あれかー。
目を凝らして確認すると、遠く離れた場所から虎視眈々と、魔物が狙っている様子が見えた。彼が気付かないだけで、きっと近くにも身を潜める魔物が居るのだろう。
―― ヴァイオレットたち人魚って、結構強いのな
ヴァイオレットたちが魔物に目を向けると、怯むようにその場を離れては戻るを繰り返す。魔物たちも学習しているのだ、むやみに近付けば、素材の仲間入りだと。しかしプレッシャーを与える行為を、止める気はないようだ。
そんな中、グリンズリーの魔石を探す解体職人は、生きた心地がせず、ハラハラしながら作業をしている事だろう。魔石の場所は千差万別。素材を痛めず探し出すのは腕の見せ所だが、こんなストレスマッハな環境では、精神の消耗がデカイ。
そんな光景を見ながら彼は、桜のあとに続き橋を渡りきった。そこはもう結界路の外だ。彼らはあっさり外に出たが、度胸だめしで橋の半分も進めれば、ヒーロー的扱いだ。
何はともあれ。川岸に下りた彼は、遠くに警戒の目を向けるヴァイオレットに声をかけた。
「おーい!」
「陽ちん殿!?」
「陽ち~ん!」
今の今まで彼らに気づけなかったのは、桜みたいな幼女が橋を渡ろうとすれば、周囲が驚いて騒ぐのが道理。それを防止する『
魔法を解除された、彼に気付いたヴァイオレットが驚きの声を上げると、川の中の人魚たちも彼に気付き、喜びの声を上げながら飛び跳ねた。
「うおぉぉぉ! ヤバイ!」
ぼよよーんと、揺れに揺れる大きなメロンと、チラリズム。人魚の姿を拝みに来ていた野郎どもは大歓声! キラリキラキラと、朝日に光る
「きれいねぇ」
野郎のみならず女性までもが、目を奪われてしまったのは無理もない。その光景は、エロも鳴りを潜める芸術的なものだったのだ。
「久しぶりヴァイオレット。会いに行けなくてごめんね」
「何を言うけぇ。泉より帰ってきたのはつい先日、ここに来てくれただけでもドキがムネムネじゃけぇ」
ヴァイオレットはそう言いながら、彼と再会の抱擁でご挨拶をば……ところがどっこい。鋭い女の感を発揮したランスロットは、邪魔するように立ちふさがった。
「それ以上近づくな! 陽二は、私のだ!」
ヴァイオレットは2mを超える長身なので、ランスロットは見上げる形で叫んだ。ガルルルー
「……誰じゃけぇ? 陽ちん殿は、パールと結婚してワシらの人魚王となられるお方。1人に縛られる方ではないんじゃけぇ」
鋭い眼光で見下ろすヴァイオレットは『眠いこと抜かしよると、磨り潰す!』そんな圧で言った。
「私の名はランスロット。陽二が愛する唯一無二の女だ!」
そんな圧など、ランスロットには通用しない。アスモデウスや唯の圧に比べれば、屁のカッパである。
「離れて、あっち行って! 水鉄砲!」
すると、川の中にいた人魚たちが川岸に集結して、攻撃を開始した。
ピューピュー
ランスロットの顔に水がかけられるが、当たった水は不思議と飛び散らない。なので、桜や陽二に被害はなかった。
水鉄砲とは、遊びで掛け合う時に使う技だ。とは言え、本気でぶっ放つと岩をも砕く破壊力がある。お察しのとおり、グリンズリーを絶命させたものだ。
水も滴るいいランスロット。ピクッと反撃開始! 動きだそうとした瞬間
「ランス、止めるのぢゃ!」
「止めろ!」
間一髪。桜と彼の手によって、戦争は回避されたのだ。
「んんっ? こんな場所に子どもとは、危ないけぇ」
「ぬっふっふ、この姿は仮の姿。その正体は……
ニヤリ。そんな桜に、ヴァイオレットは驚愕を隠せない。即座にキリリと表情を引き締めると、膝を付いた。
「屋敷の主人様だったとは……パールがお世話になってるけぇ。じゃけんど、先に仕掛けて来たのは……」
「まあ、待て。話は屋敷に戻ってからぢゃ。さっさと済ませて帰るの―― ってやめんか!」
彼に羽交い締めされて、ちょっと喜んでいるランスロットに、ピューピューと水を飛ばしている人魚の姿があった。
呆れからのため息を落とした桜は、魔石の場所をすばやく特定してさっさと魔石の回収を済ませると、驚く解体職人からも魔石を回収。そして
「言うことを聞かぬ者は、屋敷には招かん!」
そんな宣言をすると、テキパキと人魚たちに指示を出す。そして、あーらよっと! グリンズリーを次々と川に投げ入れた。その中に解体職人が混ざっていたが、気にしてはならない。それを下流で待ち構えていた人魚たちが、次々とグリンズリーに縄をかけては、集まっている人たちに手渡し始めた。一気に、作業効率がアップだ。
川へ投げ込まれた解体職人も、無事にたどり着いたようだ
「なあ桜。あの魔物の素材では、何が作れるんだ?」
彼は、人魚の仕事ぶりを見ている桜の隣へ
「毛皮は防具や服、布団や絨毯などかのう。手に肝や心臓は、万能薬用の素材が多いのう。その他の部位は、混ぜるだけで上位の薬になるのではないか?」
「へぇ。やっぱり凄いなぁ」
「ちなみにぢゃが……ダンジョンナマズは、さらに倍率ドンぢゃ」
「マジか!?」
「でっかいマジぢゃ! 他にもボッキンミミズ。ここらでは、あそこにしか生息しておらんスーパーな希少種ぢゃ!」
桜は嬉しそうに、かつ自慢げに胸を張った。集めた苦労も簡単に語り尽くせるものではないが、繁殖させる環境を整えるのだって、並大抵の苦労ではなかったのだ。
まさに、自慢の子ども達である。目に入れないし、素材になっちゃうけども。
「すげぇよ。その素材を使い放題とか。おまえ、マジ天使だな!」
「ぢゃろう? わーはっはっは! わーはっはっは! わーはっはっは! げほっ」
相変わらずである。