※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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潜入だよ、ゼラニオン!

 

 

 翌日の早朝。

 アスモデウスに起こしてもらった陽二は、窓の外にある人魚たちのプールに驚きの目を向けると、何時ものようにランニングへ出掛けた。

 

 そのプールの水面には、大量の泡が浮かんでいた。そして、こんもりとしているその泡からは、彼女たちの尻尾や手足が、生えるようにはみ出していたのだ。

 この泡は、彼女たちのお布団だ。

 土台は、各々で作り出した人魚の休憩所(マーメイドエリア)で、パールを中心に守るように眠っている。その土台を覆い隠す泡の正体が、姫の心得(スキル)で覚えた『人魚姫治癒(プリンセスキュア)』の効果だ。ハヅキの治療にも使用されたこの魔法は、仲間を包む癒しの布団にもなるのだ。

 

 暑ければ少なく、すやすや睡眠を

 寒ければ多めに、ほかほか快眠を

 人魚姫治癒で作り出した泡は、弾力性が高く保湿性も高い。この中で一晩ぐっすり眠れば、かっさかさのお肌も、瑞々しくプルンッとしたお肌に大変身! 効果には個人差があります。

 ―― 人魚のリラクゼーション。銀貨1枚から~

 

 彼は、そんなコマーシャルみたいな妄想を膨らませつつ、桜やランスロットの後方を走っていた。屋敷前に戻った彼らは、軽めの朝練を済ますと、早めの朝食を摂る。

 本日は、ゴブリンのダンジョンに攻め入る決行日だ。そのため本日の朝練は、軽めの調整程度のようだ。

 

 本日の予定は、まず王都に転移してパトリックと合流する。そして、陽二の仲間の腕輪(ゼラ・ブレスレット)をパトリックに貸し与え、サラデインに転移。そこで待機しているジェームスと合流して、ダンジョンの入り口近くまで案内してもらう手はずだ。

 ゴブリンダンジョンの内情は、捕虜ゴブリン将軍の情報からある程度は判明しているものの、攻略にどれだけの時間が掛かるのかは未知数だ。

 という訳で陽二は、桜たちが不在の間よからぬ行動をしないよう監視を兼ね、イノゾミラとカリンに預けられる事になった。全く信用のない彼である。

 

 実は昨日。ゴブリンの付き添い役として、ハヅキが暮らしていた洞窟へ同行していたパトリックに、唯は『決行日』を伝えに行っていた。そして一緒に戻った王宮で、たまたま訪問していたイノゾミラとカリンに出会う。

 強者と強者は引き合う運命にあるのか、はたまた何かの因果なのか、自然と世間話に発展した事で、彼が、イノゾミラに剣の教えを受けている事実を知ったのだ。

 イノゾミラは、話し方や身振りから身持ちの固さが見てとれた。そして、かなりの実力者なのも見抜いていた。なので、彼に押し倒される心配もなければ、押し倒す心配もない。

 そこで唯が彼の面倒を頼むと、イノゾミラは快諾してくれたのだ。

 

 唯は、それとは別にパールたち人魚にも、お願いという名の命令を下していた。それは、彼女たちが帰ってくるまで、屋敷階での待機命令。軟禁に近いが、メロン記念日首謀者の言葉は重く、渋々ながらも了承していた。そもそもパール以外は、勝手に押し掛けて来たのを、多忙なのに招待してあげた形だ。なので、お礼を言われるならまだしも、文句を言われる筋合いはない。

 ちなみに昨晩。プールは、川へ出入りが自由にできるように、桜の手によって改造されている。

 そのお陰で行動範囲は格段に増えており、暇つぶしとして、田んぼの泥を撹拌する仕事も与えてある。さらに、保存の効く食べ物やおやつも準備済みだし、漁の許可まで出してある。

 待遇としては、及第点以上だろう。

 

 チームゼラニオンと唯は、パールたち人魚を起こす事なく、プールの縁に朝食を準備して、王都へ出発したのだった。

 

 △△

 

 王宮に到着すると

「皆さんおはようござます。お待ちしておりました」

 と、待っていたパトリックが挨拶で出迎える。

「うむ」

 そのパトリックに、代表して応対したのが唯だ。

 ―― 討伐隊のリーダーは、唯さんなのか?

 彼はふと思った。

 ランスロット以外なら誰でも音頭を取れるだろうが、今回は、パトリックと距離の近い唯が、適任者として選ばれたようだ。

 

 そして彼は、どうしても目に付いてしまうグラウンドに目を向けた。そこには、大勢の王国兵士が整列していたのだ。

 ―― まさか一緒に行くわけじゃあないし……盛大な壮行会とか?

「陽二、腕輪」

「んっ? ああ」

 ぽけーと考えていた彼は、桜の声かけで気付くと、パトリックに腕輪を渡し『気をつけて』と声をかけた。そのパトリックはとても落ち着いた様子であり、彼に礼を伝えると、受け取り腕を通す。

 ―― 先日会った頃に比べると、顔つきが全然違うな……

 

 彼が驚くのも無理はない。

 この数日間でパトリックが得た様々な経験は、彼では想像出来ないほど濃密と言える。それを糧に成長した男の顔が、目の前にあるのだ。とは言えだ、それは、彼を見るパトリックも同じ気持ちだったはずだ。彼とて、日々のうのうと遊び呆けている訳ではないのだから

 

「では行って来る。おとなしく待っておれ」

 そんな彼に桜は声をかけると

「妾(わらわ)は、面白い事を期待しておるぞ」

 と、小声で付け足した。

「勝手に期待すんなよ」

 実際の話。仲間の腕輪がなければ、転移はできない。転移ができなければ、行く方法を覚えていない彼では、ゼラニオン本部にすら行けない。そして、ゼラニオン本部へ戻れないと言うことは、桜の屋敷にも行くことはできない。つまり、パールたち人魚にも会う事は叶わない。

 結局、王都でおとなしく待つしかないのである。

 とまあそんな事、最初っから彼は理解しているので、桜の減らず口など真に受けず『心配するな』と捉えた。

「分かってるよ。俺は、ミラさんに剣を教わってるから……まあ、無理すんなよ」

 彼の面倒を任されたイノゾミラとカリンは、昨晩から王宮に宿泊していると訊いており、後ほど合流する手筈だ。

 

「くっくっく」

 彼の言葉で、相好を崩した様子の桜から目を移すと、全員に視線を送りつつ口を開く。

「ランス、アスモさん、唯さん、気をつけて」

「本当は陽二と一緒に行きたかったが、待っていてくれ」

「陽二くん、行ってきますね」

「陽二、イノゾミラに迷惑をかけるでないぞ?」

「わかってますって」

「魔法(ヒーロータイム)!」

 すると桜は、頷いた彼に魔法をかけた。

「なんでやねん。そんな必要ないだろうが!」

「念のためぢゃ。わーはっはっは!」

 

 結局、ただの見送りだったのか。彼は、大勢の王国兵士と一緒に、サラデインへ転移する桜たちを見送ったのだった。

 

 △△

 

 サラデインへ転移した桜たちは、待機していたキャロラインイグナスの背中に乗り、ゴブリンダンジョンの近くまで来ていた。その道中、巨大なキャロラインイグナスに搭乗しているお陰で、魔物に襲われる事は皆無だった。

 ―― ふむ……。やはりキャロラインイグナスに乗れば、非力な一般人でも、森の横断は比較的安全そうぢゃな。

 道中そんな事を考えていた桜は、手慣れた仕草で茂みから顔を覗かせると、ゴブリンダンジョンの入り口を偵察。

 なんと、見張りの1ゴブリンもいないではないか! なんたる無用心か!

 

 そんな桜に、案内を済まし帰ろうとしていたジェームスから声がかかった。

「ところで桜殿。昨日は、何の用で来たのでござる?」

 ギクッ!

 実は桜は、昨日もジェームスの案内で、この場を訪れていたようだ。

「下調べぢゃ! もうよいぢゃろう、さっさと帰れ」

 追い払うようにジェームスを帰した桜の姿に、一瞬『?』と、アスモデウスは疑問を浮かべるも、『!』と悟った。

「流石は桜ちゃん、偵察に来ていたんですね。ですが、ひとりでの危険な行動は、避けてください」

「わっ、分かっておる……。軽く。軽く調べに来ただけぢゃ」

 

 桜は、ジーっと見つめてくるアスモデウスの視線を、思わず逸してしまったのだった。

 

 △△

 

 その頃イノゾミラと再会を果たした陽二は、王都の町外れにある探索者用の施設を、彼女と2人(・・)で訪れていた。王宮では、大勢の王国兵士が忙(せわ)しく動き回り、建物全体がとても忙しく、邪魔になりそうな雰囲気があったのだ。

 そんな忙しい王宮を出る際に見たのは、グラウンドに集められた魔弾砲(パレット)や魔弾、弓など大量の遠距離武器。それを総出で、調整または整備する光景だった。

 

「皆さんどうしたんですかね? すっごく忙しそうでしたけど」

 錆びているのか、建物の鍵に悪戦苦闘を続けるイノゾミラに、彼は訊ねてみた。

「そうですねぇ、何かあるんですかね……」

 彼女も、王宮全体が忙しい理由は知らないようだ。

「カリンもいなかったし、シアもナーナも、ダグもいなかったし……どこに行ったんだ……?」

 

 彼はイノゾミラと再会する前に、ナーナを引き取ろうとパトリシアの部屋に寄ったのだが、不在。王ダグリオスもそうだったのだ。そして、イノゾミラと食堂で再会するも、カリンの姿はなかった。イノゾミラの話では、昨晩から会っていないようだ。

「考えても仕方がないですよ。皆さん色々と、やる事が、あるのでしょうね……やっと開きました!」

 解錠に成功したイノゾミラは、扉を開けて中に誘う。

「そう、ですね。お邪魔しまーす」

 

 建物の中は、スノームの建物と同様に空間拡張の技術が使われているのか相当広い。とは言え長期間使われておらず、ホコリが目に見えて、cm単位で積もっていた。

「まずは、お掃除をしましょうか」

 困ったような表情のイノゾミラだが、その声はやる気に満ちていた。

「ですね」

 

 ここにやって来たのは、王宮だと邪魔になりそうだったのもあるが、剣の練習ができる広さと、他人が寄り付かない場所が理想だったからだ。それならば、ここを掃除して場所を確保した方が、風通し的なメンテナンスを兼ねると、一石二鳥である。

 また、本日中に桜たちが帰って来るかは不透明であり、忙しそうな王宮で世話になるのも、迷惑になりそうで気がひけていた。

 そんな理由もあり、気兼ね要らずのこの場所は、好条件なのだ。

 また、食材さえ仕入れてくれば、料理も問題なくできる。寝るのだって、野営の練習だと思えば、床でも寝られる。

 そんな風に、イノゾミラは考えていた。

 

「折角ですから、遊びながら掃除をしましょう」

 彼にそう告げたイノゾミラは、部屋の隅に水の壁(アクアシールド)を作り出し、それに向かって風の攻撃(ウィンドニードル)でホコリを飛ばし始めた。

 

 △△

 

 現在、ゴブリンダンジョンに潜入した桜たちは、地下3階まで進んでいた。ゴツゴツとした岩肌に囲まれたダンジョン内は、ゴブリン将軍の情報通りだった。縦横3mの通路に、その奥にある広大な生活空間。その痕跡も発見していた。

「情報は、本当じゃったな」

 ゴブリン将軍の情報通りだったのを確認したチームゼラニオンは、広場から通路に戻ると、上下に続く階段の前に居た。この階段は、高さも広さもバラバラな天然の階段で、下手な刺激を受ければ簡単に崩れ落ちそうだった。ボロボロなので、普段はあまり使われていないのだろう。

 

「では次の階からは、敵に遭遇する。と考えて、慎重に行動した方がいいでしょうか?」

 情報を元に考えたパトリックは、唯に確認を取る。それを訊いた桜は

「挟まれると面倒ぢゃ! ゴブリンたちが出て来る前に、広場に続く通路は塞いでしまえばどうぢゃ?」

 ゴブリン側の被害を、出来るだけ少なくしたいと考えているのか、アスモデウスにそんな提案をした。

「次の階から、私が広場を偵察に行きます。襲ってくるなら返り討ち、襲ってこなければ出口を塞いで閉じ込めましょう」

「まてアスモ、妾も当然一緒に行くのぢゃ」

「で、ですが……」

 

「それは乱暴だな。わざわざ姿を見せてしまえば、襲ってくるのは道理ではないか?」

 アスモデウスの提案に納得できず、話し合いに割り込んできたのは、ランスロットだ。

 ゴブリンが集まっている広場に姿を見せるよりも、さっさと頭を始末するため、先に進んだ方が良い。そう考えての事だ。

 この意見に、唯も納得の頷きを見せると

「それでは他の階は全て無視して、地下10階に直行しましょう。広場まで進んだら、私の王城要塞(キングキャッスル)で、後ろから攻撃を受けないように、通路を塞ぎます」

 と、パトリックが案を出した。

「う、うむ……。妾は、パトリックの案で良いと思う。アスモはどうじゃ?」

「わかりました。では急ぎましょう」

 渋々ながらも桜が納得の構えを見せたことで、パトリックの案が採用され、アスモデウスを先頭に、階段と言えば階段に見える岩肌をピョンピョンと下りていく。パトリックは、慎重に足場を確かめながら下りていたが、正直その他のメンバーは、飛び下りると言った方が近かった。

 

 地下9階の通路に到着した時、とうとう感じていた違和感をランスロットが口にした。

「静か過ぎるな」

 全くその通りで、今までどの階の通路に下り立った時も、広場の方からゴブリンの気配は一切しなかったのだ。

「情報とは違いますね……」

 ポツリと、アスモデウスは疑念を含むように呟(つぶや)く。その時チラッと、桜に目を向けていた。

 

 階段も終わりをつげ、地下10階に到着した。そのまま通路を広場へと進むと、その方向から明らかに、待ち伏せしている気配がヒシヒシと伝わってきた。それは、ゴブリン将軍の情報が嘘と言うよりも、まるで、事前に乗り込んで来るのを知っていた。そのような違和感だった。

 

 さらに疑念が強まったアスモデウスは、桜に問いかけた

「もしかして桜ちゃん……情報を流しました(リーク)?」

 桜は、ヒューヒューと風笛を吹いた。その行動を見たアスモデウスは、黒と断定した。

 ―― でも、どうしてですか? 桜ちゃんは、無駄な争いを避けようと振る舞っていましたのに……

「もしかして、撮影をしたかっただけ、なのですか?」

 単純明快、ビンゴだった。

 

 桜は昨日、ジェームスの部下だった者の名前を使い、入り口を守るゴブリンに情報を流した。そして最下層で待ち構え、一気に返り討ちにする作戦をそれとなく伝えていたのだ。

 まさかここまで、ゴブリンたちが伝えた作戦通りに、行動するとは思ってもいなかったが……。

 彼女は、偵察部隊やら待ち伏せその他諸々、途中で起こるであろう小競り合いやドンパチに、過分な期待を寄せていたのだ。

 そう。途中でアスモデウスが、1人で偵察に行くと言い出したのに同行を申し出たのは、ドンパチを期待して一緒に行きたかったから、ただそれだけだった。

 なので今の桜は、情報を流したことを後悔していた。アスモデウスにバレてしまったので、なおさらである。

 バレちまったらしょうがねぇ! 彼女の心境を語ると、そんな感じだろうか。ここまで来たら、開き直るに限る。

 

 怒られる! 桜が、アスモデウスの雷を覚悟したその時だった。突然、通路が! 桜たちを広場へ追いやるように、出口側から崩れだしたのは。

 

 これは罠だ。通路を崩して、広場に誘い込む作戦である。さらに階段も崩れ落ちて、上の階に戻る事もできなくなってしまった。桜たちが侵入した事など、とっくの昔に知っていた地下11階のダンジョン制御室。そこに居るゴブリンキングの仕業である。

 とは言え、別に桜たちなら問題なく登って行ける。パトリックには無理だろうが……

 

「よし、広場まで競走ぢゃ!」

 楽しくなってきたからなのか、雷を免れたからなのか、桜はいの一番に駆けだした。

「ずるいぞっ!」

 競走と訊いて、争うように走り出したのはランスロットで、その次が、パトリックの首根っこを掴(つか)んだ唯だ。

 そして最後に駆け出したのが、釈然としないアスモデウスだった。

 何はともあれ、最後は全員が、横並びで広場に突入したのだった。

 

 △△

 

 チームゼラニオンが駆け込んだ広場には、無数のゴブリンが満を持して待ち構えていた。そこは、広場といっても広大であり、縦横は優に1000m以上、高さは30m以上もあった。

 

 通路から広場に入り、最初に飛び込んできた光景は、乱雑に踏み荒らされた土の大地だ。この土道(つちみち)は広場の真ん中を縦断し、左右を別つように存在しており、戦闘や行進の練習などをしている場所で、幅は100mほど。それがそのまま、広場の奥まで続いている。

 

 土道の右側には、石積みされた10m以上の石壁がそびえ立ち、左側には、木材や動物の骨などで組まれた高さ5mほどの足場が立っていた。その足場は、家の外壁塗装とかビルの修繕などで見かける足場と同じような作りだ。

 その足場は4段で構成されており、格段には、弓や杖を携(たずさ)えたゴブリンが、人壁のように待ち構えている。その反対側の石壁には狭間(さま)が無数にあり、矢じりの先が見えていた。

 その石壁と足場は、土道を挟む形で正面の奥に見える、要塞らしき建物まで続いていた。つまり、両側を挟まれており、逃げも隠れも出来ない1本道に立たされている。そんな状況だった。

 

 桜たちが競争してきた通路は、当然のごとく崩れ落ちているので退路はない。両側から囲まれており、袋のネズミならぬ袋のゼラニオン! 桜は口に出したりしないが『おいしい!』と思っているに違いない。撮影の準備は万端だ。

 

「ふむ。おそらくあの建物の後ろに、下への階段があるのじゃろうな」

 唯は、こんな絶体絶命の状況下においても、大物の態度と余裕を持って、予想を口に出した。もちろん大当たりだ!

 

「よく来たな、情報通りだ! チームゼラチンだったか? 待ちくたびれたぞ!」

「そうそうコラーゲンたっぷりで、体に良い。食用の他にも薬にも使えるって、たわけ! チームゼラニオンぢゃ!」

 唐突に天井から響く声に、桜はノリツッコミだ。声の主に届いたのか分からないが……

「威勢がいいな、つるつるぺったんこのくせに。ゼラチンでもゼラリオンでもどっちでもいいが、おまえら……タダで帰れると思うなよ!」

 会話が成立している!? どうやら桜の声どころか、姿まで見えているようだ。ちなみに桜以外のメンバーは、空気を読んで桜に任す構えを見せており、パトリックは天井を唖然と見上げていた。

 

「ほほう。タダでないとすれば、いくらもらえるのぢゃ? 言っておくが……妾は、はした金では動かんぞ? それとな、ゼラニ(・)オンぢゃ!」

 ガルルルーと、桜は天井に向かって吠えた。ノッているように見えるが、言葉の最後に伸ばした決めポーズの指先は、天井のどの辺りを指したらいいのか、困っているようにも見える。相手の声は、天井全体から響くように耳に届くので、目標がないのだ。

 

「ふっふっふっ舐(な)めるなよ、絶っぺったんが。訊いて驚く超破格、ゴブリン石50個でどうだぁ!」

 天井の声は、自信満々で言った。ゴブリン石とは、この町で流通するお金の事だ。

 ザワザワ ザワザワ

 それを訊いた石壁の向こう側や足場にいるゴブリンたちが、ざわめき驚き始めた。相当の価値が、ゴブリン石50個にはあるのだろう。

 だがしかし桜は一蹴、切り捨てるのだ。

「ゴブリン石など、いらんわ!」

 左手を腰に当て、右手で『あっちに行けしっしっ』のジェスチャー付きだ。

 

「なっ、なんだと?」

 声の主は、まさか断られるとは思っていなかったのだろう。『嘘だバカ。この強欲ぺったんこめ!』とセリフまで準備していたのに……驚愕と失意の混ざった声を出した。

 そして、桜の言葉を耳にしたゴブリンたちは、より一層ザワザワと響(どよめ)きだした。

 

 ―― ほう……。

 やり取りを訊いていたランスロットは、思う。

 ―― 意外と話が通じる相手ではないか。不毛な争いなどしなくても、話し合いでどうにかなるのではないか? そもそもの話『タダ』とは『無料』という意味ではなく『無事に』という意味ではないのか?

 

「このぉゴブリン石の価値も分からぬ、オーブタにつるつるめ! スケさん、カクさん。やっておしまいなさい!」

 ゴブリン将軍には、序列がある。その上位ふたりには、ありがたいお名前が授けられるのだ。

「はい、ゴブキン様!」

 返事をしたのは、カクさんだ。スケさん派の人が激怒して抗議の声を挙げるかもしれないが、ここではカクさんがわずかに勝っていた。

 そして、ゴブリンキングを略してゴブキンだ。少し違えば、黒いGである。ゴブリンキングは間違いなく真っ黒で、油を塗ったような艶々(つやつや)した肌をしているのだろう。

 

 それはさて置き。

 奥の建物の上に2体のゴブリン将軍が姿を見せると、片方が合図を出した。合図を出したのが『スケ』で、隣に立っているのが『カク』だ。

 ギリョリリョ ギリョリリョ ギリョリリョ

 合図を出されたゴブリンが、2mはあるタバコのパイプのような楽器を吹き鳴らし始めた。

 ギリョリリョ ギリョリリョ

 その音を合図に奥の建物やその周辺から、ボロボロの武器を持った数百を超えるゴブリンが、土道に集まり陣形を組み始めると、足場や狭間の向こう側にいるゴブリンたちが武器を構えた。

 

 敵とはいえ、相手側の準備が終わるまで攻撃するのは、ルール違反。これは、スーパーヒーローなら、絶対に遵守(じゅんしゅ)すべき約束事なのだ。

 あたふたするパトリックを尻目に、ゼラニオンメンバーと唯は、腕組みと仁王立ちでゴブリンの行動を見守る。時間にして約10分ほど、ゴブリンたちの戦闘準備が整った。

 

「待たせたなゼラなんとか。おまえら出陣だぁ! 半分は生け捕りにしろっ!」

「うおおおおお!!」

 ダンジョン中に響き渡るゴブリンたちの声は、大地を震わしパトリックの胃袋を刺激する。

「唯さんたちは、どうして平気なんですか? 私は胃が痛いです……」

 唯たち4人の後ろで、お腹を押さえるパトリックは、そんな弱音を漏らした。

「仮にも勇者の癖に、何を情けない事をゆうとる。それよりも、初っ端からやれるな?」

「もちろんです。王宮の準備も、ライブスがぬかりなく済ませているはずです」

 

 ザッ、ザッとゴブリンが歩いてくる音と、ヒュンヒュンと放たれる無数の矢。逃げ場なし!

 しかしながら、生け捕りと言いつつ矢を放つとは……

 

「みなさん。私の周囲に、お集まり下さい」

「パトリックの近くに集まるのじゃ」

 迎撃を開始しようとしていたランスロットと桜、矢を防ぐために防御結界を張ったアスモデウスは、唯の声でパトリックの近くに集合。

「守護の盾!」

 パトリックの左腕に盾が現れると、彼の意志を読み込んだように光を放つ。

「顕現(けんげん)せよ! 王城要塞(キングキャッスル)!」

 ゴゴッ、ゴゴゴゴッ

 進行中のゴブリンは、さぞ驚いた事だろう。いきなり目の前の大地がせり上がると、瞬く間に城が現れたのだから。

 

 この王城要塞は、迷宮地帯(ラビリンスフィールド)と同じく、唯との特訓で編み出したものだ。パトリックを中心とした半径70mの範囲内に、要塞を短時間で構築する事ができる。そしてこの要塞は、城の壁(キャッスルウォール)と異なり、彼と距離が開いても消えることはない。

 

 彼が短時間で作れる王城要塞は1種類のみになる。その形状は、上に少し小さな円柱を重ねていく、オーソドックスなウェディングケーキみたいなものだ。

 段は全部で5つ。

 高さは全て5mなので、要塞の高さは25mだ。そして直径は、1番下の段から100、95、90、85、80と5mずつ短くなる。これだけ巨大な要塞なので、土道を埋め尽くし石壁や足場をなぎ倒すほどである。

 

 王城要塞を出現させたと言う事は、パトリックを含む桜たちは、そのまま最上段に位置する事になる。その場でパトリックは、盾を掲げながら

「出撃扉(ゲート)、解放!」

 と叫んだ。

 これこそが、王城要塞の目玉だ。

 

 実は各段の円周内部は通路になっており、その幅は3mと広い。さらに、内部から外が透けて見える構造になっている。そう、『城の壁』と全く同じなのだ。なので、外から見えない内部から、安全に攻撃が出来ると言う事だ。当然『城の壁』と同様に、外からの攻撃はシャットアウトだ!

 

 そして各段の通路に設置されているのが、『出撃扉』と名付けた目玉の扉だ。この出撃扉は、あらかじめマーキングしていた場所と、塔の内部を繋ぐ不思議な扉で、片方は入口、片方は出口と一方通行が基本で、通れる者を制限する事も可能だ。進行方向を逆転するには閉める必要があるが、その開閉は設置者の彼にしかできない。

 

「慌てるなよ。昨日の練習通り、落ち着いて迅速に行動するのだ!」

「おおっ!」

 パトリックの叫び声を合図に、王宮要塞の内部から声が聞こえ始めた。声の正体は、王宮のグラウンドで出番を待っていた王国兵士だ。その王国兵士たちが、魔弾砲や弓矢などの武器を携え、出撃扉を通ってやって来たのだ。

 

 王国兵士たちが、王宮要塞の各段内部で陣形を整えていると、桜たちのいる最上段にも出撃扉が現れた。するとそこから、兵士の指揮官として王ダグリオス、その補佐を務めるライブスが現れた。

 

 そしてなんと、その次に現れたのはパトリシアとカリンで、ナーナの姿もあった。

 

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