※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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広がる戦闘/棒使いとホームラン/黒ローブ

 

 

 右側へ飛び出した唯は、空中でニ丁拳銃(ダブルニードル)を準備すると、両腕を伸ばして照準を合わせる。そして、弓を引くように右腕だけを引く。その間に生まれたのは、圧縮された魔力で、それはまるで細長い矢のようであった。

「狙い撃ち(スナイパーニードル)!」

 ズピュッ! 

 そんな空気が弾けた音がした瞬間、王城要塞(キングキャッスル)を狙っていたゴブリン将軍の頭を、何かが貫く。

「ぐべっ」

 それが、ゴブリン将軍の最後の言葉になってしまった。貫かれたゴブリン将軍は、その衝撃で後ろに吹っ飛ばされ、坂道をゴロゴロと転がり落ちて行った。

 

 吹っ飛ばされた先はダンジョンの壁際で、そこには急な坂の先に穴があった。穴は再処理装置であり、所謂ゴミ捨て場だ。ここに廃棄される全ての不要品は、ダンジョンのエネルギー源として再利用されるのだ。

 

「今のは何だ!?」

 設置型の発射装置で、安全かつ一方的に攻撃していたもう片方のゴブリン将軍は、突然の強襲に驚くと、すぐさま寝転ぶように発射装置の影に身を潜めた。そして、何かが飛んできたと思われる『音』がした方向を確認。

「あれかっ!」

 ゴブリン将軍の目は、おおよそ400m先の空中に居る、赤いドレス姿の唯を、ハッキリと視認した。

 

「くそがっ」

 完璧に予想外だった。彼らの思惑では、この距離は絶対的なものであり、反撃の可能性は全くないと踏んでいたのだから。とは言え、このまま手をこまねくゴブリン将軍ではない。

 反撃を狙い、発射装置に隠れながら唯に照準を合わせ始めた。しかしながら、こちらに向かってくる唯は、ゴブリンの頭を踏み潰しては、ピョンピョンと跳び跳ねていた。

 

「駄目だ、全く当たる気がしねぇ……。ゴブリンナイト、そこで足止めだ! ボブゴブリンは結界を張って侵入を阻止しろ!」

 ゴブリン将軍が指示を出したのは、50mほど下った先にある待機場所だ。そこには、ゴブリンナイト30体とボブゴブリン5体の後衛部隊がいるのだ。ピョンピョンと、トビムシやノミのように跳ねるなら、後方部隊で足止めして狙い撃てばいい。

 その待機場所の目と鼻の先に、そんな事などつゆ知らない唯が近づいてきた。ゴブリン将軍は当てる気まんまんで、狙いを定めるのだった。

 

 △△

 

 アスモデウスと阿吽(あうん)の呼吸で飛び出した唯は、先制パンチングならぬ先制狙撃で、王城要塞を攻撃していたゴブリン将軍の1体を、遠方からいとも簡単に撃ち抜いた。

 通常の指鉄砲でも十分届くが、この距離では精度も威力も落ちてしまう。なので、確実に仕留められる狙い撃ちに切り替えた。その意図は当然、王城要塞から唯へ注意を引き付けるためだ。

 

 彼女は一体、その正確無比な射撃の腕前を、どこで身につけたのか? それは謎だが、むやみに彼女の背中を取ろうとすれば

『妾(わらわ)の後ろに立つでない』

 と、撃ち抜かれてしまうかもしれない。また

『どうすれば、正確に射貫けるのですか?』と質問すれば

『運が40%じゃ!』

 と答えるかもしれない―― あの超A級スナイパーみたいに

 

 それはさて置き。

 捕虜ゴブリン将軍の情報で、筒を扱えるのはゴブリン将軍だけと知っていた唯は、その使い手(発破役)を先に狙ったのだ。

 

 唯はそのあとゴブリンの頭を足場に、ピョンピョンと跳び跳ねながら近付く。もう1体のゴブリン将軍が、あわてて照準を合わせにきている事など承知の助であったが、そんな彼を狙い撃ちにしないのは、発射装置を無傷で回収するためである。

 勿論、ゴブリンナイトたちが待ち構える、その動きも見えている。

 やる気なら殺(や)る。

 パトリックの意思も尊重している彼女だが、ハヅキのおとしまえ(・・・・・)には、前回倒した数程度では到底足りない。彼女は前から宣言しているが、牙を剥く者には容赦しないのだ。自分から、ケンカを売りに行ってるように見えるのは置いといて

 

 スタッ

 華麗に月面宙返り(ムーンサルト)を披露した唯は、ゴブリンナイトたちの目の前に着地を決めると

 タンッ

 もう1度ジャンプ。次は前方宙返り3回ひねり(シライ2)を披露しつつ、ゴブリンナイトたちの中央に舞い降りた。

 

「おおおおっ!」

 避けるように、彼女の着地地点から距離を取っていたゴブリンナイトたちは、拍手喝采で出迎えた。素晴らしい技の前には、敵も味方も関係ないのだ。

 しかし次の瞬間には、サッとヤリを向けて包囲網を完成させる。拍手喝采はどこへ行ったのやら。

 その包囲網を見る、ドヤ顔で拍手喝采を受けていた唯の表情は、落胆の色に変わった。

 ―― やはり殺り合わねば(・・・・・・)ならぬのか

 と

 

 ドンッ!

 開戦の合図は、1発の砲弾だった。

 見事な着地を決めたドヤ顔の彼女を見たゴブリン将軍は、今だ! 筒の尻にハンマーを振り下ろした。

 しかし、彼女を狙って斜め下へ発射された砲弾は、彼女の掌打によって軌道を変えられると、そのまま3体のゴブリンナイトを貫いた。そして

「ショットガン・フォーメーション!」

 ナイト弾丸(パレット)で突っ込んでくるゴブリンナイト第一班は、残らず蹴り上げられてしまい、二丁拳銃の蜂の巣。

 ドサッ。ドサドサッ

 瞬く間に半数以上のゴブリンナイトが、その場を1歩も動いていない彼女に、始末されてしまったのだ。

 

「まだやる気なら、手加減はせぬが?」

 そう言った彼女は、『ふ』っと指先に息を吹きかけ、絶妙な間を空けると

「妾(わらわ)の相手は、筒を扱うゴブリン将軍のみ。おとなしくしておれば、見逃してやるんじゃがのう」

 と言ってみた。既に賽(さい)は投げられており、どうせ歯向かってくるものと理解していたが、皆殺しにする前のこの一言の有無は、後々大きな意味をもつ。世間的にも体裁的にも。

 

「う、うわあああ!」

 すると、彼女の言を訊いたゴブリンナイトたちは、蜘蛛の子を散らすようにその場を逃げ出すと、一目散に丘を登り始め、反対側にあるゴミ捨て場手前の坂道目指して逃げて行ったではないか。

 

「「あっ、ちょっ」」

 その姿に、思わず漏れてしまった彼女とゴブリン将軍の声は、見事にハモってしまい、微妙な空気に包まれる。

 その空気を入れ替えようと彼女は、『キッ』と結界を張っていたボブゴブリンを睨(にら)みつけた。

 すると

「すいやせん!」

 ガバッと頭を垂れたボブゴブリンまでもが、ゴブリンナイトのあとを追うように逃げ出したのである。

 

「やる気も、失せてしもうたのう」

 毒気を抜かれてしまった彼女は『どうするのじゃ?』とゴブリン将軍に目で迫った。ダラダラと冷や汗を流すゴブリン将軍は、そそくさと発射装置を分解すると、彼女の近くに筒を放り投げた。そして『ごめんなさい』と一言だけ告げると、逃げた仲間の元へ走って行ったのだった。

 

 ちなみに今回、逃げる選択をして坂道に隠れたゴブリン将軍たちは、数少ない生存者ゴブリンになるのである。

 

 △△

 

 右側のギャグパートはさて置き、左側へ向かったアスモデウスには、一切の躊躇(ちゅうちょ)と温情はなかった。彼女は、トパンの村で女性を救助した当時の状況を、刻銘に覚えているのもあるが、こんな面倒事はさっさと終わらせて、次(合宿)に進みたいのだ。

 

「煉獄灼熱(ヘルフレイム)!」

 ひとっ飛びでゴブリンの大群を抜け、ゴブリン将軍の目の前まで移動した彼女は、スーパーヒーローの醍醐味でもある『前口上(名乗り)』も無視して、上級魔法を発動。一瞬にしてゴブリン将軍2体を、火だるまにしてしまったのだ。

「あぢぃー」

「あぎょー」

 高さ10mを超えるとぐろの炎も、2体のゴブリン将軍を丸呑みにして大満足だ。そして、あっけなさすぎた。この光景を桜が見れば、間違いなく残念がる案件になるだろう。

 さらにその炎は、王城要塞を攻撃していた発射装置もドロドロに溶かしており、内部にあったイグナス種のフンの結晶であろうか、小規模な爆発の光を生み出していた。

 

「よくも将軍を!」

 突然現れた立ち上る炎に驚き集まってきたのは、後衛部隊のゴブリンナイトたちだ。その数はなんと、100を超えていた。火だるまになったゴブリン将軍は既に消し炭で、事切れる瞬間には立ち会えなかったが、殺されてしまった。という事実は、何となく理解していた。そして、その犯人も。 

 ―― やり過ぎてしまいました……

 アスモデウスは、後悔していた。注意を集めるのは一向に構わないが、ゴブリン将軍の見せ場が全くなかった事に、今さらながらに気が付いてしまったのだ。

 普段の彼女なら、まず起こさない失敗である。多分。

 ―― 大丈夫です、まだまだ挽回のチャンスはあります。やり過ぎずに適度に手を抜いて、相手の良いところを引き出す感じで……

 

 魔法がガス抜きになったのか、それとも溜飲が下がったからなのか。彼女は自身の役回りを確認するように、脳内でシミュレーションすると、刃が1m以上もある大きな鎌を取り出した。この鎌の名前は『死神鎌(デスサイズ)』と呼び、アスモデウスが魔技で具現化させた武器だ。

 そのついでに変身も済ませ、魔法(ヒーロータイム)での撮影も忘れていない。この魔法も元は、彼女が桜のために創造した魔法なので、使えるのが道理だ。

 

「行きます!」

 彼女は片手で、軽くビュッと死神鎌で空を斬ると、ゴブリンナイトの群れに向かって駆け出す。

「将軍の敵討ちだっ!」

 集まったゴブリンナイトたちは、彼女を中心に誘い込むように動き出したのだった。

 

 △△

 

 変身しながら乙女指弾(ゼラバスター)。着地地点のゴブリンを撃ち抜いた本条桜ことゼラレッドは、華麗に着地を決めると

「乙女戦闘棒(ゼラステッキ)!」

 いつ拾ったのか忘れてしまった武器を取り出した。そこら辺に落ちている、なんの変哲もない木の枝に似ているが、それは気のせいで、魔物にも通用する立派な武器である。しかしながら流石に酷使し過ぎたようで、物持ちが良いと定評のある桜ちゃんでも限界に近かった。

 

「うむ、今までよく耐えてくれた! おぬしには、桜丸の名前を贈ろう!」

 木の枝に見えなくもないこの武器が、どれだけ彼女の危機を救ってくれたのか……彼女なりに、感謝の気持ちを込めて名前を贈ったのである。

 そして……ていっ!

 命名したばかりの桜丸を用済みとばかりに、ゴブリン目掛けて投げ捨てやがった。なんて酷(ひど)い奴だ。

 いや、そうではない。そうではないのだ。彼女は、最期の攻撃に使ってあげたのだ。最期の晴れ舞台。見事に散らせてやろうじゃないか、という彼女の心意気だ。まったく泣ける話である。

 

 桜丸は、猛スピードでゴブリンの体に激突すると、その体を貫くと思いきや、見事に砕け散ってしまった。桜丸に纏っていた魔砲を解除してから投げたので、当然といえば当然の話なのだが……それを見た桜は、わなわなと震え怒りを露(あらわ)にすると

「よくも桜丸を、敵討ちぢゃ!」

 と、言い出し始めた。

「おまえが言うな!」

 ゴブリンのツッコミは至極当然であり、この場に陽二が居れば、同じようにツッコンだだろう。

 

 頭のおかしい子の行動は不思議なもので、桜は突然走り出す。当然のごとく、ゴブリンは捕まえようと追いかけ始めるのだが、群れを撹乱するように走り回る彼女は、すばしっこい。実は、このとき彼女は迷っていて、考え事をしていたのだ。

 ―― 倒してもよいが……

『待つのじゃアスモ。手を結べるかもしれない相手まで――――』

 アスモデウスに言った唯のひと言が、頭の隅に引っかかっていた。

 ―― スーパーヒーローとしてどう行動すべきか……

 

 その最中だった。彼女は逃げ回る途中で、運命的な出会いをする事になる。なんと彼女は、ゴブリンナイトが落としたであろう良さげな槍を拾ったのだ。

 その瞬間ピーンと、インスピレーションを感じた。

 ―― 2代目桜丸、爆誕ぢゃ!

 初代桜丸の命名は最期の最後だったのに、2代目は手に入れた直後とは……初代桜丸が、不憫でならない。

 とは言え、良さげな武器を入手した彼女は、腹を決めた。

 ―― 命までは取らぬ、半殺しで

 

 方向性が決まれば、あとは行動に移すだけである。走りながらスッと身を屈めた彼女は、その勢いを利用しつつ2代目桜丸を横向きに構えたまま、低空飛行でジャンプした。彼女の考えでは、バッタバッタと転ばして進むつもりだった。しかし実際は、ゴブリンたちの足を、スッパリ切断する事になってしまった。

 これは、2代目桜丸に魔砲を纏(まと)わせたのが原因だ。

 ―― やってしもうた……

 しかし、失敗しても切り替えの早いのが、彼女の良いところだ。

 

 大きくジャンプして、悲鳴と怒号が渦巻くゴブリンたちから距離を取ると、槍の刀身部分を手刀で切り落とし、纏わせている魔砲を少し弱めると、ブォンブォンと肩慣らしを始めた。

「うむ。いい感じぢゃ。では早速、魔技の棍法捌き(クンポー)を見せてやるのぢゃ」

 くいくいっと、まるでブルース・リーのような仕草で『かかってこい!』と、ゴブリンを挑発するのだ。

 

 そして赤い髪の小さな女の子は、達人のような棒捌きで、ゴブリンたちを殺さない程度に、棒打していったのだった。

 

 △△

 

 変身しながら左側に飛び出したランスロットは、空中で乙女大剣(エシャロット)を具現化し、ゴブリンの大群へ飛びこんで行った。

「纏え、風の壁(ウィンドシールド)!」

 着地と同時に乙女大剣を振り回すと、ゴブリンを弾き飛ばし、適度なスペースを確保する。

「当たり所が悪ければ、死んでしまうな」

 そう呟(つぶや)いた彼女は、最近起こっている面倒ごとを払拭(ふっしょく)するかのように、次々と襲いかかってくるゴブリンを、乙女大剣の平地部分でホームラン。

「パールも」

 ブオンッ 「あー」

「ヴァイオレットも」

 ブオンッ 「うぎゃー」

「残りの人魚どもも」

 ブンッブンッ 「ひー」「ぐぼへー」

「まとめて、飛んでいけー!」

 ブンブンブォォーン! 

 

 彼女に近付くゴブリンは、次から次に立ち上る炎の後ろ、反対側の壁と同じく『ゴミ捨て場』に向かってふっ飛ばされていく。飛距離は軽く150mを超えており、間違いなく大ホームランだ。飛ばされたゴブリンたちは、乙女大剣に乗せるように飛ばされているため、おそらくダメージは軽微。しかし、着地の衝撃は別なので、上手に着地できるのを願おう。

 

 まだ、このホームラン製造機ランスロットの勢いは止まらない。

「あの、リンメルとかいう犬耳っ娘(こ)に」

 ブオン!

「イノゾミラという、美しい金髪女性に」

 ブオン!

「カリンと言ったな、あの黒髪の娘に」

 ブオン!

「陽二の周囲は、どうして」

 ブオン!

「どうして、女ばかりなーのーだぁー!」

 ブオーンと、回転するランスロット。その姿はまるで、開けても止まる事を忘れた2層式の壊れた脱水槽のようであり、その回転よって、竜巻が発生しそうな勢いだ。

 

 その光景を、王城要塞の上から見ていたパトリックは、見てはいけない物でも見たかの表情をしている。

 ―― 私は何も聞いていないし、聞こえない。

 声が届くはずもないのに……彼はそっと顔を反らすと、正面を見据えた

 

 △△

 

「お兄様。ただいま!」

「流石に手強わかったわね」

 ゴブリン将軍を倒して、筒を回収してきたパトリシアとカリンが、王城要塞の頂上に帰ってきた。ナーナは暴れ足りないのか、下から2段目付近で、ゴブリンを牽制していた。

 

「シア、見事だった。ワシも父親として鼻が高い!」

「お父様――」

「カリンさん、本当に強くなりましたね。魔法も剣の腕も―― そして強い心。あなたの先生だった事は、私の誇りです。卒業おめでとうございます」

「先生っ! ありがとうございます」

 初めて目にする娘と生徒の実戦は、ハラハラと気を揉まされる思いだったが、無事に戻って来てくれれば、自然と褒め言葉も漏れる。特にカリンは、恩師に認めてもらえた。自主退学した身でありながら『卒業』の言葉を贈られ、『誇り』とまで言われたのだ。

 どれほど嬉しかった事か……カリンの頬には、キラキラと輝く何かが流れた。

 

 △△

 

 唯は、ゴブリン将軍が投げ渡した筒を回収すると、念のため彼らが逃げた場所を見に行った。そこは、そこそこ急な勾配になっているが、座っていれば滑り落ちる程ではなく、その証拠に、逃亡したゴブリン将軍たちは、身を寄せ合いながら座っていた。

 これからの身の振り方を相談しているのか、まるでお通夜のようではないか。その、完全に戦意を失った姿を目にした唯は

「刃向う気概がなければ、捨て置いてもよいじゃろう」

 と振り返った。

 

 現在、彼女が立っている場所は、もともとゴブリン将軍2体が王城要塞を攻撃していた小高い丘のてっぺんだ。

 そこから周囲を見渡すと、王城要塞の近くに、彼女と同じく赤い髪の女の子が、危なげなく戦っている姿が見えた。その時ふと、ゴブリンナイトが集合していた場所から視線を感じた。

 そちらへ目を向けると、全身を黒いマントで覆い隠した黒いマスク姿の人物が、仁王立ちしていた。身長は彼女と同じくらいだろうか。

 

「何者じゃ?」

 声をかけるも、返答はなし。

 彼女は軽くジャンプすると、その黒マントの前に舞いおりた。

「怪しさしかないのう。うぬは何者じゃ?」

 訊いたのと同時だった。その黒マントは、持っていた瓶を地面に投げつけた。

 バリンッ 

 割れた瓶から白い煙が発生すると、一瞬で彼女の周囲は、消火器を撒き散らしたかのように、様変わりしてしまったのだ。

「ふむ」

 視界は、ゼロと言ってもいいだろう。だが流石は唯だ。そんな状況に慌てる事なく、黒マントを確かに捕まえていた。ところがその感触は、まるですり抜けるように消えてしまったのである。

「転移か?」

 白い煙が次第に晴れると、次は真っ暗な闇に包まれていた。しかし自分の姿だけは、鮮明に見える不思議な空間だった。

「なんじゃここは?」

 罠に嵌(は)まってしまった事に気が付いた彼女は、ただ静かに周囲を見回すのだった。

 

 その少し前。

 アスモデウスは、ゴブリンナイトの技量に合わせ『死神鎌』を振り回していた。はたから見れば、白熱した好勝負に見えるだろう。

 だが実際は違う。

 じりじりとゴブリンナイトの数は、半分近くにまで減っていた。その戦いを、離れた場所から観察していた黒マントの男は呟く。

「恐ろしいな。あれは、相手にしてはダメな生き物だ。パッと見だと、スキも多く勝てそうな気を起こしてしまうが……俺は騙(だま)されないぜ!」

 ゴブリンナイトのいいところを上手く引き出し、『倒せる』と誤認させる戦い方をする彼女を、黒マントはそのように分析した。しかしながら、アスモデウスの情報を事前に知っていなければ、この黒マントも同じ轍(てつ)を踏み、戦いを挑んでいただろう。

 

「さっさと終わらすか。幸い俺には目もくれないしな」

 黒マントは、あらかじめ地面に仕掛けてあった罠を発動させる。アスモデウスを含むゴブリンナイトたちが、真っ暗な空間に囚われてしまったのは、そのすぐ後の出来事だった。

 

 △△

 

 ホームランを量産して、ホームラン王をほぼ手中に収めたランスロットと、カンフー映画のように立ち回りしていた桜が、気付いた時には遅かった。

 唯とアスモデウスが居た場所は、黒い半球の結界に包まれていたのだ。

 

「アスモ!」

「ママ!」

 もしも、このダンジョンが真っ暗だったとしたら、結界の存在に気付く事はできなかったであろう。ドーム型の黒い半球は、別の空間と錯覚するほどの巨大な闇(・)だったのだ。

 

「これは……いったい何ぢゃ?」

 桜は半球の外壁を、2代目桜丸で破壊を試みるも

 バイーン!

 固いのに柔らかい。そんな感触で弾き返されてしまった。

「桜、これは何だ? アスモと通信ができないぞ。そっちにも同じ物が見えるが―― もしかして、唯さんも巻き込まれてしまったのか?」

 ランスロットから、そんな通信が届いた。桜は話の内容から、反対側に見える半球の中に、唯と同じくアスモデウスも、閉じ込められている事を知る。取りあえず破壊を試みるも不安が的中し、桜やランスロットの攻撃では、キズひとつ着ける事も叶わず弾き返され、全くと言っていいほど通用しなかった。

 

「ランス。アスモと母様なら、自分たちで何とかしてくれるはずぢゃ。取りあえず、王城要塞で合流ぢゃ」

 ゴブリンの仕業にしては、唯とアスモデウスを捉える程の結界は高度すぎる。桜はそう判断を下すと、2人が何くわぬ顔で、あっさり半球を破壊して脱出してくれる期待を胸に、まずは未知の攻撃に備えて、王城要塞へ戻る事を決めたのだ。

 

 その頃、アスモデウスを閉じ込めた結界の後ろでは、『煉獄灼熱』が、エネルギーとしてダンジョンに吸収されていた。実はダンジョン内で使った魔法や死んでしまった魔物やゴミなどは、ダンジョンに吸収されてエネルギー源になるのだ。

 つまりダンジョンの『放出された魔力を吸引する能力』を極限まで高めれば『魔法を使えないダンジョン』も、作成可能になるのだ。ただしその環境では、生存可能な魔物も少ないだろう。

 

 ヒューン

 ヒューン 

 ヒューン

 ゴブリンの相手を止めた桜とランスロットが、王城要塞へ駆け出した時、天井から何かが落ちてきた。

「む?」

 桜が目にしたのは、ゴブリンの頭ほどの物体。というか、ゴブリンの頭部だった。その頭部が地面に衝突すると『ボンッ』と爆発した。その有効範囲は直径2mほどで小規模のようだが、たまたま巻き込まれたゴブリンが、バラバラに吹っ飛ばされているのを考えると、威力は高そうだ。

 仲間が爆発に巻き込まれても関係ないのか、次から次に天井から落ちてくる。それはまるで絨毯(じゅうたん)爆撃のようだ。

 

 この攻撃は小鬼爆弾(ゴブリンボム)と呼ばれるもので、魔石は持っていないものの、魔物の一種だ。誕生したと思ったら、すぐに爆発して生涯を終える。ある意味かわいそうな魔物だ。

 しかし爆発した小鬼爆弾も、巻き込まれて死亡したゴブリンも、すぐにダンジョンへ吸収され新たなエネルギーになる。そして少しのエネルギーロスだけで、新たな小鬼爆弾が誕生するのだ。

 

「こっちへ来い!」

「こっちだ。早く中に逃げ込め!」

 ゴミ捨て場のある壁際と正面のゴブリン要塞周囲には、小鬼爆弾は落ちてこないようだ。要塞の上に居たゴブリン将軍のカクや、壁際に避難したゴブリンたちは、必死に仲間へ呼び掛けていた。

 

 そして当然のごとく小鬼爆弾の影は、王城要塞の上空にも現れた。 

「全員、速やかに撤退です! 王も早く撤退を」

 ライブスは王ダグリオスにも、有無を言わせぬ迫力で王国兵士に避難指示を出す。出撃扉(ゲート)の準備は、とっくの昔にできているのだ。

 ボンッボンッ、グラグラグラ

 ボンッ、ドゴーン、グララ

 小鬼爆弾の爆発で、王城要塞全体に激しい振動が起こり、通路内部でも、パラパラと壁が剥がれ、ヒビが走り始めた。このままでは、王城要塞が破壊されるのも時間の問題だろう。しかしそれでも、全員が撤退する時間を稼がねばならない。

 

「落壁(シューティングスター)!」

「水塊の大攻撃(アクアカノン)!」

「嵐の防壁(ストームバリアー)!」

「ナーナ!」

 頭上に落ちてくる小鬼爆弾を、パトリックやカリン、ナーナが迎撃する。そして、パトリシアは全員を守る。王城要塞は大きいだけに、全てを守るのは不可能。

 

「父上、ライブス、早く撤退を!」

「とおー」

「はっ!」

 そこへ桜とランスロットが戻り、援護を始める。

「乙女指弾(ゼラ・バスター)!」

 桜の乙女指弾で、上空に爆発の花が咲き乱れた。

「風の壁(ウィンドシールド)!」

 パトリシアの隣に立ったランスロットは、嵐の防壁を補完するように手助けだ。その間に王ダグリオスや王国兵士たちの撤退が完了。残りは、ライブスだけだ。

 

「パトリック様。撤退完了です」

「分かった。ライブスも早く撤退だ。シアとカリン、2人も一緒に撤退を、すぐに出撃門を閉じる」

「私は残るわ」

「シアも残るよ」

「ナーナ!」

「駄目だ危険すぎる。王宮へ戻るんだ」

 

 しかし、3人とも頑として戻る気はないようだ。

 悠長に言い合いをしている場合ではない。そう感じたパトリックは、出撃扉を閉じると、王城要塞の操作を解除した。

 解除してもパトリックが消さなければ、王城要塞はそのまま残るのだ。

「城の壁(キャッスルウォール)! 桜殿、ランスロット殿!」

 桜たちは、パトリックの作戦をすぐに理解する。

 王城要塞の上から城の壁で作った通路は、正面の要塞に向けて伸びていた。つまり避難と地下11階への進軍を考え、この通路を使って要塞に辿り着こうと考えていたのだ。

 

「ランスが先頭ぢゃ。シアたちはランスのあとに続け!」

 桜が指示を出したその時だった。今の今まで、沸きだすように落ちてきた小鬼爆弾が、ピタッと止まったのは。

「終わりなのか?」

 ランスロットが呟くと、最後の爆発音のあと静寂が訪れる。そして、土煙が去ったダンジョン内には、負傷したゴブリンのうめき声が響いていた。

 

 ダンジョン内のほとんどの場所がボコボコになっており、バラバラになった無残なゴブリンが散乱していた。難を逃れた壁際や要塞の上に居るゴブリンたちも、その光景には、さすがに唖然(あぜん)としている。

 唯とアスモデウスが閉じ込められている結界には、何の被害もなかったらしく、その姿は依然として残っていた。

 

 桜は通信を試みるが―― やはり応答はなかった。

「いったい何が目的なのぢゃ……」

 2人を閉じ込めた黒い半球の結界もそうだが、敵味方関係なく、無差別に降り注いだ小鬼爆弾。彼女は意味が分からず、呟いた。

「2人とも無事か?」

 通路に入ったすぐの所にいるカリンとパトリシアに、パトリックは気づかう言葉をかけた。その隣には、彼には見えていないがナーナの姿もあった。

「大丈夫です」

「大丈夫だよ」

 

 そのころ要塞の上では、ゴブリン将軍カクが天井に向かって叫んでいた。

「ゴブキン様。なぜ、このような事を……同胞が巻き添えになったではありませんか!」

 小鬼爆弾は作戦になく、ゴブリンキングの独断攻撃だったのだ。

「気にするな。そいつらの代わりは、いくらでも生み出せる」

「しかし!」

 納得のいかない将軍カクは、意外と仲間思いだった。

 

 △△

 

「酷(ひど)いねぇ。仲間まで巻き添えにするなんて」

 そんな声が、不意に桜の背後から聞こえた。

「!? 誰ぢゃ」

 振り向こうとしたその一瞬に、トンッ。首の後ろを襲った衝撃によって、桜はあっさり気絶させられてしまった。

 ちょうど城の壁で作った通路に、入るように指示した後の出来事だったので、桜は全員の最後尾に位置していた。その背後を何者かに襲われたのだ。

 

「桜! お前たちは何者だ!」

 コテンと気を失い、桜は捕まってしまった。それに気付いたランスロットが、救出に飛び出すも時すでに遅し。

 

「ちょっと、離しなさいよ!」

「離して!」

「動くなよ」

 気絶させられた桜の首筋に、顔をフードで隠した黒いローブ姿の人物が、短剣を突き付け言った。その隣には、黒マントで全身を覆った黒マスクが2人。そして、その2人に捕まっていたのが、パトリシアとカリンだった。

 すると黒マントの2人は、暴れるカリンとパトリシアの腕をねじり上げる。

「痛いでしょ、何すんのよ」

「痛っ」

「ナーナ!」

 

 パトリシアの腕がねじ上げられるのを見たナーナは、反射的に飛び出していた。精霊の加護がなければ、ナーナの姿は認識できない。なのでナーナならば、相手に気付かれる事なく攻撃が可能なのだ。 

 ところが見えていたのか、ナーナの強烈なファイヤーテイルは、黒マントの片手にあっさり止められてしまったのだ。

 ドスッ

 尻尾を捕まれ宙ぶらりん状態になってしまったナーナは、黒マントの蹴りを受け、ランスロットの胸元へと吹っ飛ばされた。

 

「だ、大丈夫かナーナ」

「ナーナ……」

 そのままナーナは、気を失ってしまったのだ。

 

 誰1人として桜たちに気づかれる事なく近づき、あまつさえ桜は気絶させられ、カリンとパトリシアまで捕まってしまった。そして、助けに飛び出したナーナも、蹴りの1発で気絶。

 相当な実力者だ。

 迂闊(うかつ)に手を出せば、助ける事もできずに、あっさりと返り討ちまである。

 その事実に気づいたランスロットとパトリックは、注意深く黒ローブたちのスキをうかがうのだが……

 

「やあ、君。元気にしてた?」

 顔見知りなのか、空気を壊すようにランスロットへ声をかけたのは、真ん中の黒ローブだった。その声質と話し方から男だと、それも成人前の少年だと予想できた。

 その軽い口調の黒ローブは、不気味な雰囲気を纏っていた。フードの中は何故か暗く、その表情は確認できないが、嘲笑っているような口元だけは見えた。身長は160cmほどで線が細く、決して力が強いようには見えなかった。

 しかし、あの桜を1撃で気絶させた人物だ。纏っている雰囲気もそうだが、ただ者の訳がない。

「私を、知っている? 初対面だと思うのだが」

「へぇー。なかった事になってるのか」

 黒ローブは、初対面だと言われても全く気にする様子はなく、どうしてそうなっているのか。それすら理解しているようだった。

 

 右のパトリシアを掴(つか)んでいる黒マントは、小柄で線も細い。こちらも異様な雰囲気に包まれており、男女の判断は難しい。

 左のカリンを掴んでいる黒マントは、身長180cm以上で、マントの上からでも相当鍛えているのが分かる。見えている腕の筋肉だけでも屈強そうで、カリンの腕など握り潰せそうだ。こちらも異様な雰囲気に包まれているが、それと同時に、歴戦の戦士のような風格を感じる。

 

「おまえらは、何者だ?」

 このポジションで、味方と考えるのは難しいだろう。

「僕らは名乗るほどの者ではないけど、特別だよ? 右の彼は黒マント1号。左の彼が黒マント2号。そして僕が……黒ローブの貴公子でどうだい?」

 パチンと指を鳴らすと、手のひらで『どうぞ』。そんな仕草をランスロットへ向けたのだ。

 

「なるほどな。私にも名乗れと言うのだな?」

「いや、知ってるから。ランスロットでしょ」

 じゃあ今の指パッチンと手の仕草は何だったのだ? ランスロットは考えてしまったが

「私の名は、パトリック・クルシュナイン」

 ―― そういう事か

 と納得したのだ。

 

「黒ローブ貴公子殿。どうか、仲間を解放してもらえないだろうか?」

「いいよー」

 自己紹介を終えたパトリックが駄目もとで訊ねると、黒ローブはあっさり了承してくれた。

「ザーボンさん。ドドリアさん。彼女たちを離してあげなさい」

「それが、コイツらの名前か」

「違うんだけどね」

「なっ!?」

 困惑するランスロットを無視して、コクッと頷(うなず)いた黒マント1&2号は、2人を解放する。

 すぐに2人はとてとてと走り、パトリックの後ろに隠れた。

 

「桜殿も、解放してもらえないだろうか?」

「そうだ。桜もさっさと返せ!」

「桜ちゃんも返して!」

 黒ローブの腕の中で、桜は気絶していた。その扱いは非常に丁寧で、繊細な宝物を扱うが如く。

「タダでは返せないね。そうだねぇ、じゃあゲームをしようか」

 

 黒ローブの出した提案で、桜をかけたゲームが始まろうとしていた。

 

 ▲▲

 

「ルールは至って簡単。そこの女の子2人が黒マントと勝負して、どちらかが勝てば返してあげるよ」

「勝手に決めるな!」

 このまま相手が決めたルールで進むのは、非常に分が悪い。そう判断したランスロットは、少しでも有利になるように口を挟んだ。

 しかし

「ふーん。この子がどうなってもいいのかな?」

 黒ローブは、すうっと短剣を横に滑らせた。桜の首筋に浅い傷がつけられ、うっすらと赤い液体がにじみ出る。相手の方が1枚上手で、ペースを掴むことはできなさそうだった。

 

「桜ちゃんに酷い事をしないで。カリン、戦うよ!」

「当然だわ!」

 お友だちを傷つけられて、火の着いた2人の可憐ウィッチは、ランスロットを制するように前に勇み出た。相当頭にきてるようだ。そんな2人を見た黒ローブは、ボソッと呟く。すると、桜を優しく光が包み、首筋の傷どころか全身を癒したのだ。

 ごくり。一瞬、驚愕の空気が流れるも

「2人の代わりに、私では駄目ですか?」

 唐突なパトリックの提案によって、壊された。そして当然のごとく、提案は却下だ。

 

「大丈夫、ハンデをあげるから。こちらからは一切攻撃(・・)はしない。さらに、1度でも彼らに攻撃を当てられれば、君たちの勝ちでいいよ。それでいいよね?」

 自信しかないのか、それを訊いた黒マントたちは、頷く。

 とは言え、相手が攻撃してこないなら、最低でもカリンやパトリシアに被害が及ぶことはない。しかしそのルールだと、勝敗はどのように付けるのか

 

「制限時間を設けよう。10分ね」

「短いのではないか? 最低でも30分は必要だ」

 またまた口を挟むランスロット。少しでも好条件を引き出すため、引き下がる訳にはいかないのだ。

「いやだって、あまり長いと僕が暇になるしな……じゃあこうしよう。こっちは1mの円から出ない。出た場合も、君たちの勝ちにしよう」

 黒マントに相談もせず、黒ローブは勝手にルールを追加した。それだけ2人の実力を評価しているのか、それともカリンとパトリシアを舐めているのか

 しかし、これなら望みがある。

 ランスロットは、カリンとパトリシアに視線を送る。それを受けた2人は、力強く頷いた。

 

「決まりだね。じゃあキング、場所を作ってよ」

 その言葉を訊いた黒マントたちは、王城要塞の両サイドに別れると、ゴブリンの死骸や瓦礫が散乱する上に飛び降りた。すると2人を中心にして、半径10mの残骸などが見る見るうちに地面へ吸い込まれると、瞬く間に綺麗な土のリングができ上がったのだ。

 

「キングだと? おまえたちは、ゴブリンの味方か!」

 それ以外に何があるのか。まさかランスロットは、第3勢力と思っていたのか

「いまさら? まあ、協力者だね」

 

 

 

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