「マモンよ。約束どおり、司のことを話すのじゃ」
ボロボロのドレス姿になった唯は、ピンヒールに足を通しながら言う。少し離れた場所には倒れているアスモデウスと、治療のためと駆け付けたランスロットが居た。
実はこの賭け試合、終了と同時に試合開始前の8割まで回復する効果が組み込んである。消耗後を狙って襲われたら、目も当てられない。その備えだった。なので、あえて見える範囲は回復させずに、唯は消耗しているフリをしていた。それは、倒れているアスモデウスも同じだ。
「アスモ、無事か?
そして、賭け試合を知らないランスロットの心配する行動のお陰で、信憑性は増し増し。マモンや黒マントたちも、
笑いが止まらないとは、この事か。
とは言え唯が見上げる観客席の、興奮冷めやらず黒マントたちに話しかけている桜と、頬づえをつき、足を組みながら見下ろしているマモンは、今も結界に守られている。破壊は可能だが、その時間があれば、娘の命も容易に刈られる。
なので、辛抱強く機会を待つのだ。
すると、唯の声に気付いた桜もマモンに問いただした。
「そう言えば、お主には訊きたい事が山盛りぢゃった。
魔法を使った桜は、取り出した魔道具をスタンドライトに見立てると、その光をマモンの顔に向けた。まるで、刑事ドラマの取調室のようだ。
何故だか豊が用意した食べ物が、カツ丼に見えるではないか。実際に取調室で、カツ丼が出されるのかは置いといて。
「おまえがやったんだな?」
ダンッ! 桜はテーブルを叩く。ノリノリだ。
「はい。僕がやりました」
組み足を止めたマモンは桜に向き直ると、
「バカヤロー。田舎のおふくろさんが、泣いているぞ!」
ダッダンッ!
「契約なので、仕方がなかったんです」
―― 何時まで続くんだ、これ?
黒マントたちは呆れながらも、桜の事を『魔王にも臆さないすげぇ子ども』と驚愕していた。
一方、薄目で桜のやり取りを見ているアスモデウスは
―― 桜ちゃんお願いですから、あまり調子にのらないでください。それと、少しは私の心配をしたらどうなんですか!?
怒っていた。累積イエローで、レッドカードだ。
そして唯は、結界のせいで手を出せない状況にやきもきしながらも
―― さすが妾の娘!
任せてみようと考えていた。
△△
「桜! まずは司の居場所と、妾たちを襲った理由じゃ!」
ママ、任せといて! そんな感じで、桜は頷く。
「で、どこにおるんぢゃ? 生きてるのは分かってるぞ!」
ダンダンッ! とテーブルを叩く桜
「つ、司くんは――」
圧迫に屈したのかノリがいいのか、確実に冤罪ではないマモンは、居場所を簡単にゲロったのだ。
その場所はサラデインの近くで、桜たち実力者なら、1日もあれば往復できる場所だった。唯は当然すぐにでも飛び出したい衝動で一杯だろう。しかし桜と目を合わせた唯は、続きを促すように頷いた。
「500年前、被害者を襲った目的はなんだ!」
ダーン! 証言を吐かせて調子に乗りまくりの桜は、ひときわ大きくテーブルを叩くが――
「もう約束は果たした。これ以上話す気はないね」
スタンドライトを桜に向けたマモンは、遊びは終わりだと、意思表示を見せた。
「なんぢゃと?」
桜は素に戻った。それを無視したマモンは、立ち上がると唯を見下ろす。
「それにしても、アスモデウスにはガッカリしたね。まさか、ユリシーズ
薄目をしていたアスモデウスが、ピクッと反応をするが
「ほう。それは、妾にボコられたいという事じゃな?」
任せておけ。と言わんばかりに唯が立候補。マモンを
「今まで何処に隠れていたのか知らないけれど、その生意気な性格は変わらないよね。ボッコボコにして、ゴブリンキングの子供を産ませてやるよ」
「なんぢゃ。妾にふれるな!」
「君は人質なんだよ? おとなしくしてよ」
ジタバタと暴れ、マモンに
その桜を抱きよせたマモンは、結界を消し去ると唯の目の前にジャンプ。その後に、黒マントたちも続く。
すると桜は、いかにも取って付けたような事を言った。
「ママ! 助けて」と
「ママ? ユリシーズの子どもなのか?」
「今さら何を言っている。さっき『ママとアスモが試合』と言っていただろう?」
と黒マント2号
「そうか! だから、必死になってたのか。面白い!」
「どうでもよい。相手は妾であろう? さっさと桜を離せ」
「そうだね。じゃあゲームをしようか」
と言いながらもスキを見せないマモンは、指をパチンと鳴らした。すると観覧席の土台が消え去り、高さ2mほどの黒い十字架が現れた。
「あの黒い十字架がゲームの主役。そして――」
突然桜の姿が目の前から消えたと思ったら、十字架にTの形ではり付けられていた。しかも目を閉じており、意識がないようだ。
「何をしとんじゃああ」
すぐさま助けに動こうとした唯だが
「止まれ。娘がバラバラになってもいいのかい?」
「なんじゃと?」
桜に目をやると、首や肩など体の至る所に、それは指の先まで何百もの輪っかで固定されているのが見えた。
「ゲームって言ったはずだ。ちなみに勝手に触れたら作動するようになってる。あと、今から僕と戦って、ユリシーズがダメージを受ける
「な、何じゃと……」
「それじゃあ君たちは、勇者を捕まえて来て」
スッと消え去った黒マントたち。その姿が現れたのは、パトリックが作り出した『城の壁』の前だった。
「アスモ!」
叫ぶ唯。それに反応したアスモデウスは、パチッと目を開けると
「ランスちゃん!」
その声が、ランスロットの耳に届くか届かないかの
「暗黒魔術!」
「暗黒魔剣!」
黒マントたちの容赦ない先制攻撃が『城の壁』の両方から襲いかかった。
ガン、ズシュ、キン、ミシ
城の壁は『暗黒魔術』を防いだが『暗黒魔剣』には斬られてしまった。内側に出していた『城の盾』で何とか防いでいるが、ヒビが入っていた。
「駄目ですか!」
「中まで届かなかったか、もう1度だ」
「お兄様どうしよう」
パトリシアはピュアスターを構えているが、その声は不安で震えていた。
「すぐに
パトリックは、すぐ隣に突撃門を開いた。しかし突撃門を開いてしまったので、新たな『城の壁や盾』を使う事はできない。
「早く、次は耐えられない」
「うん分かった。カリン行くよ」
「ええ、そうね」
ナーナを抱きかかえたカリンとパトリシアが、突撃門に入ろうとした瞬間だった『城の盾』に暗黒魔剣が突き刺さったのは。そしてそのわずかなスキマから、瞬間移動で黒マント1号が侵入を果たし、パトリシアたちの退路を、つまり突撃門を暗黒魔術で塞いでしまったのだ。これでは逃げられない。
「逃がしませんよ」
その次はパトリシアを狙って暗黒魔術を―― と見せかけてそれは、助けに飛び出したパトリックに向けられたのだ。
「今度はこっちの番です。暗黒魔術!」
「狙いは、最初から私だったか!」
アスモデウスとランスロットは『城の盾』に剣を突き刺している黒マント2号のすぐ後ろだった……間に合わない。
その時だった。突撃門の中から、突撃門を塞ぐ暗黒魔術を破壊しながら影が飛び出してきたのは。
「シイ流四段。
ドンッ!と鈍い音が2回した。
すると、城の壁を内側から突き破り黒マント1号が、剣を持ったまま黒マント2号が、天井まで吹き飛ばされ、突き刺さった。
それは突然の出来事で誰も思考が追いつず、黒マントたちを止めるため駆けつけた、アスモデウスやランスロットも同じだった。彼女たちは、黒マントたちが飛んでいったと思った瞬間、後方から何者かの攻撃を受け、突撃門に押し込まれてしまったのだ。
その後パトリシアとカリンは、何者かに優しく背中を押され、突撃門に入っていったのだ。
「今だパトリック・クルシュナイン。門を閉じろ」
「えっ? は、はい」
言われた通り、パトリックが突撃門を閉じると。
トンッ。パトリックの意識は遠のいていったのだ。
「ありがとう。お前のおかげだ」
天井を見上げ何者かが
△△
その光景を背にしていた唯には見えていなかったが、マモンには何が起こったのか、ハッキリとではないが見えていた。
「ゴ、ゴブキンっ!
「どうした、何が起こったんだ? 女どもはどうした?」
「早くしろ!」
「わ、分かりました」
焦るようにゴブリンキングへ命令したマモンに
「何をぶつくさ
唯は桜を取り戻すべく、攻撃を仕掛けた。
「君と遊ぶつもりだったけど、状況が変わってねぇ」
マモンは瞬間移動で攻撃をかわすと、背後から唯を短剣で刺した。
「ぐっ!?」
だがしかし、地面にキスをするように倒れていたのは、短剣で刺したはずのマモンだった。
「えっ? どうして僕が……」
その前に仁王立ちした唯は、虫ケラを見るような目で見下ろしながら口を開く。
「さっきから黙って訊いておれば、軽々しく妾の名を呼びおって……3000万年早いのじゃ!」
グシャっとマモンの左手を、踏み潰した。
「ぎゃあ!?」
―― どうしてだ? 何故だ? 何でこんな事になってる?
マモンは事態が飲み込めず、軽いパニック状態だ。
だが、唯は待たない。もう十分待ったのだ。ピンヒールのつま先が、マモンの口を閉じるかのように飛びこんできて、振り抜かれた。
「があっ」
―― なんだこれ? 嘘だ。嘘だろう?
マモンには唯の攻撃が、全く見えていなかった。つい先ほどまで唯やアスモデウスの動きは見えていて、全く
そんなマモンを放置した唯は、桜を守るように十字架の前に立ち、1歩も動かず天井へ視線を向けた。
ゴゴッ。ゴゴゴッ。ゴゴゴゴッ。
すると天井から、100mはある巨大な物体が、出て来ようとしていた。
あれが超絶小鬼爆弾で、小鬼爆弾など、子どものおもちゃだ。アレがもし爆発すれば、この階は壊滅どころかダンジョンの復旧に数百年を要するレベルだ。流石の唯でも、三途の川へまっしぐらだ。
「くっくっくっ、あーはっはっ! ざあまみろ形勢逆転だ! 僕が解除しない限り、娘はそこから逃げられない。しかもだ、あれが爆発したら、その衝撃で仕掛が作動して全身チョンパだ! まあそのついでに、お前も死ぬけどな!」
マモンは立ち上がり、完全に回復した状態で唯を煽る。
「少しは黙れザコが! その前にぬしをボコボコにして、桜を助ければよいだけの事じゃ」
「本条唯、少しは冷静になれ。その方法ではどちらかが死ぬ事になる。あなたも知っていると思うが、マモンは時を操る。焦るな!」
突然、天井から声がした。
「誰じゃ!?」
姿が見えなくても、間違いなく会話が成立するのだろう。そう理解している唯は、天井に向かって叫んだ。
「私の名はゼラ・ゴールド。後片づけがあるので、少し待っていてほしい。超絶小鬼爆弾もこちらで処理するので、心配しなくてもいい。それとパトリック・クルシュナイン以外は、突撃門で脱出済みだ」
そう言われれば――。唯は、アスモデウスたちの姿が見えない事に今頃気づいた。よほど頭に血が上って周囲が見えていなかったようだ。
「おいお前! どうしてお前が話せるんだよ。ゴブキンは―― もしかして奪ったのか!?」
「そう言う事だな。私の言いつけを守っていれば、このような事態にはならなかっただろうが。それと、ポイントを無駄にはしたくないだろう? おとなしくこの場を去れ、今回は見逃してやる」
「くっ! どこまで知ってやがる……」
「と言うわけだ本条唯。少し訳ありで、今マモンを倒されると困る」
「勝手に決めるでない。何が『と言うわけだ!』桜が囚われておるんじゃ。それに妾たちを襲った目的も訊いておらん」
唯はキッとマモンを睨むが、マモンの意識は全て天井に注がれており、それどころではないようだ。
「桜の事も私に任せてほしい。その代わり、マモンが桜に近付かないよう守っていてくれ。それと、知りたい事があれば、私も情報を持っているから教えよう」
すると、天井から
「我々を仲間にしてくれ。絶対に裏切らない忠誠を誓う」
「ゴブキンのやり方には、心底嫌気がさした」
等々。複数の声が聞こえ始めた。
―― ほう。
と、唯は思う。理解し合えるゴブリンが残っていたのかと。唯の察しの通り聞こえる声は、仲間の事を考えられるゴブリン将軍スケ、そしてその仲間たちの声だった。
「おいっユリシーズ」
「ユリシーズじゃと?」
「そんな目を向けるなよ、僕たちはもう帰るからさ。それと、ついでに解除するけど?」
「信用できん、近寄るでない」
「ああそうかい。まあ、司くんの居場所は本当だから、再会をお楽しみに――。ああそう言えば、陽二って知ってるよね。会ったら、薬をありがとうって言っておいてよ」
「薬? 何の事じゃ?」
「娘の解除は本当に……」
「さっさと去れ」
「わかったよ。でも勝ったと思うなよ? 次は本気だ」
そんな強がりを残したマモンは、ひょいひょいとグロッキー状態の黒マントたちを黒い渦に回収すると、同じく黒い渦の中に消えていったのだ。
「お、おい止めてくれ」
「ギャー」
途端に天井が騒がしくなる。
「どうしたのじゃ?」
唯の声に反応する者はいない。
「お、俺たちは、本当に心を入れ替える。絶対に裏切らない。だ、だからっ!」
「――――! や、やめ」
「――――!」
「どうしたのじゃ!?」
唯の声に反応する者は、誰ひとりいない。ただ静かになったダンジョン内には、少しずつ姿を見せていた超絶小鬼爆弾が、巻き戻しでもしているかのように、天井へ吸い込まれる音だけが響いていた。
その頃、要塞の側に何のために残っていたのか謎となったゴブリン将軍カクの死体が、地面に沈んでいた。いっぽう地下11階でも、ゼラニオンの前に姿を現すことも魔王に進化する事もなく、ゼラ・ゴールドによってあっさり倒されたゴブリンキングと、ゴブリン将軍スケを含む全てのゴブリンの死体が、地面に沈んでいた。
―― 絶対に裏切らないか……残念だが、カクとスケ。お前たちは必ず裏切る。それも最悪な形でな――――
もしかしたら、裏切らない未来があるのかもしれない。しかしその可能性は、極めて低いだろう。なので不安の種は、なるべく残さない方が良いのだ。
「2枚舌のカクと欲望のスケ……」
彼らゴブリン将軍をそう称したゼラ・ゴールドは、彼ら以上に彼らを知っているのだ。
「よし、終わった。すぐにそちらへ戻る」
ダンジョンのエネルギーを十分に貯め込んだ『
「済まない待たせたな」
「その前に誰の許しを得て、妾の名を呼んでおるのじゃ?」
彼女は相当お怒りのようだ。しかし娘が目の前で、こんな状態なのである。散々またされれば、怒り知らずの菩薩さまが居たとしても、血管が切れるのではないか。
「小さい事を言うな。それなら唯さんでいいか?」
陽二なら訳もわからず土下座で謝罪するレベルだ。しかし素肌が一切見えない金の全身スーツに身を包み、正直な所あまりかっこよくないゼラ・ゴールドは、ランスロットより少し高いくらいの身長と、中肉中背で特にムキムキではない普通の体型を持って、唯の怒りを含む言葉を受け流す。そして、提案まで言ってのけた。
腕に着けている腕輪はゼラニオンの物とそっくりだ。声は中性的で男女の判別は難しいが、胸がない事から男性と推測できる。そしてどこから拾ってきたのか、小脇にパトリックを抱えていた。
―― こやつがゼラ・ゴールドか。妾が知らぬだけで、他にも仲間がおったのかもしれぬ……が、敵の可能性もあるのう。
「まて、それ以上近づくでない。まずは変身を解いて、正体を見せよ。でないと信用はせぬ」
「それは困る。変身も何も、これが私の姿だ」
「ならば、力ずくでも正体を見てやるのじゃ」
「やれやれ。わかった試合で決めよう」
「試合じゃと? 笑わすでない。お主も魔技が使えるとでもいうのか?」
「それは見てのお楽しみだ」
頭に血が上っていて、唯は全く信用していない。そもそも魔技を使えるのは唯の他に、アスモデウスとその弟子3人のみである。なのでその判断も間違っていないのだが、平常心の唯ならば、ゼラ・ゴールドの些細な体の使い方に疑問を抱いたはずだ。
「練習試合で良かったかな?」
ゼラ・ゴールドと拳を合わせた唯は、半信半疑で呟く。
「本条流弐段。唯」
「シイ流四段。ゼラ・ゴールド」
―― シイ流? 訊いた事もない。やはり
合わせた拳が発光し、練習試合が始まった。発光した時点で間違いなく魔技の流派である。それに気が付いていない唯は、初っ端から必殺技を出した。
「本条流弐段。紅蓮・魔神掌」
「本条流三段。
ゼラ・ゴールドは、唯の性格をとても良く理解しているようだ。
正面でぶつかり合った結果、アスモデウスの時と同じくお互いの技が嘘のように消え去った。それに唯は、思わずにやけてしまった。
「からの紅蓮・魔神掌
この技は、ぶつかった瞬間にあえて引き、その押される相手の威力まで利用して流し撃つ『魔神連掌』という、唯の隠し玉だ。意表を突く大技の後の大技なので、初見で対応するのはまず不可能である。それなのにゼラ・ゴールドは、うん知ってた。と言わんばかりに、見事な対応を見せたのだ。
「シイ流四段。
桜花とは、相手の攻撃を踏み込んでかわし、体当たりする技だ。八極拳の
「な、なんじゃあ、その技は」
魔神連掌をするりと避けたゼラ・ゴールドは、無防備の唯に桜花を炸裂させる。だが、唯は耐えた。耐えてみせたのだ。なのでまだ終われない。続けざまに最大の敬意と共に
「シイ流奥義。
を炸裂させたのだった。
ゆさゆさ
―― ん?
唯が目を覚ますと、隣には十字架から解放された桜が眠っていた。そのまま周囲を見回すと、少し離れた場所に生き残ったゴブリンが集められているのが見えた。
そんな唯に声がかけられる。
「起きがけで悪いが、私はここを離れなければならない。私の話が訊きたければ、今晩――に来てほしい」
「――じゃと?」
「来れば分かる。では私はアスモデウスが戻る前に去る。それと、私の事は秘密にしていてくれ」
「!?」
そう告げたゼラ・ゴールドは、唯にガバッと抱きつく。そして、ものの見事に不意をつかれ反応の遅れた唯から離れると、崩壊した通路の入り口に穴を開け、そそくさと行ってしまったのだ。
「頭がこんがらがりそうじゃのう……」
突然抱きつかれてしまった唯だが、不思議と拒絶反応は出なかった。その気持ちを取りあえず横に置いた唯は、気絶しているパトリックを起こすため立ち上がった。
△△
黒マント1号と2号が、パトリックたちを強襲した。それを阻止するべくアスモデウスは走り出したが
―― 間に合いません
あと1歩届かなかった。次の瞬間、彼女の目に飛び込んできた光景それは、2人の黒マントが吹き飛ばされる姿だった。
―― 何が起こったのですか?
そのとき彼女は、彼ら黒マントの姿を目で追ってしまった。その一瞬のスキを突かれた形になるが、彼女とランスロットは何者かの手によって、出撃門の中に押し込まれてしまったのだ。
相手の姿も気配も、全く感知できなかった。そして、何をどうやって押し込まれたのかも―――― あり得なかった。
すぐさま身をひるがえし、戻ろうとした彼女だったが、時すでに遅し。
出撃門は一方通行が仕様。
出撃門から転移空間へ、転移空間から繋げた場所へ出る。とワンクッションを経て、転移する仕組みになっているのだ。そのため、戻るのは不可能。(しかし、パトリックすら知らない裏ワザがあり、逆方向へ行ける)
転移空間に入った彼女は、その事に気づく。そして目の前には、同じく状況が分からず困惑しているランスロットが居た。2人の周囲、転移空間は真っ暗だが、出口と思われる縦長に光る場所があった。
そこから転移空間の外へ出ると、王宮内の部屋に出た。30畳ほどの室内には、破損した鎧や武器が乱雑に置いてあった。出てきた場所を振り返ると、長方形の光が空中に浮かんでいる。
これが、突撃門の見た目なのだろうか、こちらからは入れないようだ。
「ランスちゃん。私は戻ります」
いまだに思考が追いつかず『ここは、どこ?』とキョロキョロしているランスロットに、彼女は告げた。
するとパトリシアを先頭にして、3つの影が出撃門からでてきた。カリンとナーナだった。
「ランスちゃん。ナーナちゃんを看てあげてください」
窓を開けて飛び出した彼女は、グラウンドに集まり、何やら戦闘準備をする王国兵士たちを眼下に、王都の外へ走り出した。
△△
彼女は、桜やランスロットでも追い付けない猛スピードで駆ける。そんな彼女の髪の毛は、いち部分だが金色に変色していた。
あっという間にゴブリンダンジョンへ舞い戻った彼女の頭の中にあるのは、桜と唯の安否のみだ。そのため、サラデインまで転移して向かった方が早い。という事に気づいていなかった。
―― 油断しましたね
吹き飛ぶ黒マントの姿に、一瞬でも気を取られてしまった事を今さら悔いても遅い。あの場所に唯が残ってるとはいえ、愛する桜は
彼女はダンジョンに入ると、すぐに階段へ向け大きくジャンプ。ごつごつとした岩肌に囲まれた段差の歪な階段は、ゴブリンキングが通路を崩した衝撃なのか、あちこちと崩れて今にも崩壊しそうだった。
「いきます!」
ひとつ気合いを入れた彼女は、
「唯!」
誰が掘ったのか。崩落したはずの通路には穴が空いていた。そして、争っているような音もなく妙に静かだった。
彼女は、慎重に広場の手前まで近づくと中を
―― 桜ちゃん。唯。
彼女の目は、体力を消耗したのか地面に座り込んでいる唯と、その膝を枕に、すうすうと寝息をたてる桜を発見した。胸を
「アスモか、早かったのう」
唯の声質は平常通りで緊張感の欠片もなく、その事から終わっている事を感じ取ったものの
「マモンたちは
唯に説明を求めながらも、彼女は警戒を緩めなかった。
さて、彼女の質問に困ったのは唯だ。
マモンが何処にいったのか? それは逃がしてやったで済む話だが、アスモデウスは第3者の存在に当然の
―― なら、正体だけ伏せておけばよいな
そう考えをまとめた唯は、名前は訊いておらぬが、マモンと敵対関係にある人物が助太刀に来た。いずれ、何らかの形で接触してくるはずじゃ。マモンは逃げた。と一方的に説明。そして説明しにくい事は『知らん』で通しきったのだ。
「それじゃあ重要な事は、全然わからないじゃないですか!」
―― 面倒な事になったのう
そう思った唯は、彼女を宥めつつ桜の面倒を任せる事で、意識をそらすと逃げたのだ。
△△
「ママ、アスモ、探検ぢゃ」
目を覚ました桜は、すこぶる調子が良さそうだ。そんな彼女の提案で、降伏したゴブリンたちをパトリックに一任した唯たちは、地下11階を調査する事になったのだが
「
「おそらく、ダンジョンを維持する部屋ごと破壊したのでしょうね」
地下11階に続く階段は、均等な段差で側面の岩肌もでこぼこが少なく整備されていた。しかしその先地下11階は、崖崩れでもあったかのように崩壊していたのだ。なので、とんぼ返りである。
その後、消化不良気味の桜は地下10階を散策し、ゴブリンが使っていた『杖』を回収していた。この時点では判明していないが、この杖の先端の玉には、基本4属性『
「これで、よしぢゃ!」
外に出られないようにダンジョンの入り口を封鎖した桜は、日もだいぶ落ち始め、暗くなった周囲を見回した。木々を通り抜けてくる少し潮の香りが残る風が、彼女の髪を
思っていたのとは少し違ったが収穫はなかなかの物で、数話分のネタも集めた。映画とは関係ないが、唯とアスモデウスの試合を撮影できたのは嬉しい誤算だった。
ちなみに生き残ったゴブリンたちは、地下1階の広場に幽閉済みである。食料供給用のダンジョンエネルギーも、しばらくは持つとの判断での処置だ。今後のゴブリンの処遇とダンジョンの調査は、パトリックたち王国兵士の仕事になる。
「それでは帰りましょうか」
そう言ったアスモデウスは、次の事を考えていた。
「うむ。色々と疲れたのう」
唯も次の事を考えていた。ゴブリンの件は一応の終わりを迎えたが、ハヅキの洞窟に移り住んでいるゴブリンや内緒にしているゼラ・ゴールドのこともある。本当ならば、今すぐにでも司の元へ走りたい気持ちを押し留め、結界路内へと歩みを進める。
「あとはこの森全体をくまなく調査して、捕まってる人がいないかどうかを調べなければなりませんね」
パトリックの頭の中には、ゼラ・ゴールドと出会った記憶はなく、事の顛末を訊いてすぐ次の事を考えていた。流れで勇者になったとは言え、彼の双肩にかかる期待は大きく、森全体の捜索や魔物であるゴブリンとの折衝役など、人族の先頭に立つ仕事が山積みである。
「そうですね……」
何を考えているのか、パトリックの言葉にアスモデウスは相づちを打つ。
「アスモ」
桜はアスモデウスの目を見上げながら、何かを訴えるように唯と
「わかっています。最後までお手伝います」
本丸のゴブリンダンジョンを落としたからと言って、あとは王国兵士に丸投げとはいかないだろう。この森周辺だけではなく、他の町の近隣にも、ゴブリンの分隊が潜んでいるはずなのだから。決して『