※この作品はR-18です。

異世界生活 冒険譚~   作:すったふ

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ゴールドの正体/対話

 

 

 桜たち一行が王宮へ戻ると、ゴブリンダンジョンを脱出した王国兵士たちは再度呼ばれるのを想定し、戦闘準備を整えグラウンドで待機していた。

 パトリックは、そんな彼らを頼もしげに思いながら、王ダグリオスに終わった事を報告する。

「そうか、無事で良かった!」

 その報告が広がりをみせると、至るところで歓喜の声があがる。そして、いつの間にか大量の酒や料理が準備されると、兵士たちを労う大宴会に変わっていた。

 その中には桜の姿もあった。彼女はカリンとパトリシア、そしてナーナと一緒に楽しんでいた。

「ちと、陽二を迎えに行ってくる」

 王ダグリオスを含む主要なメンバーでの話合いに参加していた唯(ゆい)は、何故か珍しく彼の事を気にかけ、率先して迎えに行くと立ち上がった。その横には当然の如く、ランスロットの姿もあった。

 

 △△

 

 ―― その日の深夜

 

「来たか」

 そう呟いたのは、薄明るい空の下で海を見ながら、崖の上で佇(たたず)む2つの影の片方だった。

 唯はベッドの少女に軽く声をかけると、外のテーブルに座る。

「見ない間に様変わりしたのぉ」

 つい先日まで無かったはずの、ヤカンの乗った手作り感満載の竈(かまど)やテーブル。そして、まるで工事現場のような大量の資材類と、部屋の片隅には大量の食料が備蓄してあった。

「あやつは、何をしとるんじゃ?」

 レヴィアタンのためだろう。彼が彼女のために彼なりに、一生懸命、環境を整えようとしているのは理解した。それを感じた唯は、呆れるでも感心でもなく、ただただ

 ―― あほじゃのう

 と、杜撰(ずさん)な素人仕事に笑みを見せていた。

 

 そんな彼女の元に、両手を広げて駆けてくる女の子が居た。

「おい、うんこー」

 怒りを彷彿させるほど醜かった存在だったのに、ふっと、笑みを浮かべてしまうくらいの女の子になっていた。

「全く、不思議なもんじゃのう」

 その女の子レヴィアタンことレヴィは、とてとてーと到着すると、隣の席にピョンと飛び乗った。そしてひと言。

「おい、うんこ」

「誰がうんこじゃ!」

 笑みが溢(こぼ)れるくらい可愛(かわい)くても、躾(しつけ)は大事である。決して悪口を言った罰(ばつ)の意味ではなく、拳骨を落とした。

「あうっ、あううううう」

「仮にも真魔王のくせに、アホな事をぬかすな」

 頭からぷしゅーと煙を出しながら『うんち』と捨て台詞を呟いたレヴィは、ヤカンを手に取ると部屋の中へ逃げて行った。

 どうやら彼の英才教育が、花を開きつつあるようだ。

 

「さて、何から話そうか」

 そう言ったのは、唯の対面に腰をおろした金色の戦士ゼラ・ゴールドだった。

「ふむ……」

 どうやってここに来たのか、入ったのか。それに繋がる疑問は、当然ある。するとそこへ、3人分の飲み物をお盆に乗せたレヴィが、よたよたと戻ってきた。コトンコトンと湯気の立ち上るコップを配膳すると、唯の隣に座る。

 それを見届けた唯は、口を開く。

「セナとレヴィには?」

「ある程度は説明してある。まあ、半信半疑みたいだ」

 さて、何を問うべきか。時間はたっぷりあるので、焦る必要は全くない。マモンの目的や襲った理由、ゼラゴールドの目的等々、問うべき事柄は多いが……

 

「おぬしの正体じゃな」

「……」

「妾(わらわ)に打ち明ける決意をした。じゃからこの場に呼んだ。そうじゃろう?」

「……」

「おそらく全てが繋がっておる。妾はそう見ておるのじゃが」

 ゼラ・ゴールドは腕を組み、何かを考えているようだ。唯の隣に座るレヴィは、『ふーふー』とコップの表面に息を吹きかけている。そして、ズズーと啜(すす)る。嫌がらせだろうか、彼女が何をしたいのか分からないが、はっきり言って邪魔でしかない。

 

「正体を明かそう。ただ、ある約束をして欲しい」

 ―― ふむ

 唯は返事をする前に、コップの液体をひと口。すぐに返事をするのではなく、間を空ける。これ大事。

 ―― なっ、なんじゃあ? この甘ったるい味は

「レヴィ草茶(そうちゃ)」

 レヴィ草茶を啜りながら言う彼女の横顔は、自信作なのかちょっとドヤ顔だった。この彼女特製のレヴィ草茶は、冷やして飲むとスッキリとした甘さがとても良い感じだ。だがしかし、温かいとその清涼感は台無しになり、甘みが主張しすぎてくどくなる。

「よ、よかろう。約束する」

 何とも言えない甘テロを飲み干した唯は、なんとか威厳を保ちつつ返答。頭の中で『水』を欲しつつ。

 

 その言葉を受けたゼラ・ゴールドは、仲間の腕輪(ゼラ・ブレスレット)を操作すると変身を解く。

 ―― なっ!?

 短く驚く唯の目の前。その正体は、陽二だった。予想だにしていなかった。その事に少しだけ動揺した唯だが、それを表に出す前に、彼の黒い瞳の奥から並々ならぬ覚悟を感じ取っていた。

 ―― ふむ……

 そのお陰で冷静になれた。凛とした表情で驚きを隠し通した唯は『続きがあるんじゃろう? 続けよ』と深紅の眼(まなこ)で問いかけた。

 

「この姿を見せてもおくびにも出さないとは……さすが唯です」

 そう語る彼の雰囲気は一変しており、片方の瞳が金色に変わっていた。

「私たちは、時空の旅人(ジプシー)。5年後の未来から、マモンの『時間』を破る方法。それを探すためにやって来ました」

 見た目は完全に陽二だ。しかし彼が発する2つの声は、ゼラ・ゴールドのモノでも彼のモノでもなく、それこそが本来の声なのだろう。何度も何度も入れ替わって発せられるその声は、とても聞き覚えのある声音だった。

 そう。その声音は、桜とアスモデウスのモノだったのだ。

 

 △△

 

「説明しますね」

 未来から来たアスモデウスの説明は、この異世界に陽二が訪れた所から始まる。

 

 この世界に訪れた彼は、海沿いを南下。そして魔物と戦闘中だった青紫軍を見つける。小高い崖の上からその様子を見ていた彼は、不注意で滑り落ちた。それが偶々、仲間を庇ってケガをした青紫軍のリーダー『マサムネ』を狙う魔物、それを蹴り飛ばし助ける形になった。

 それが切っ掛けとなり、マサムネの勧めで青紫軍に入団する流れへ、そのままセンダイで活動を開始する。そして徐々に実力を付けていった彼は『勇者』として中心的な存在へと成長するのだが……彼とゼラニオンが初邂逅(かいこう)するのは、この世界に訪れてから3カ月後になる。

 

 そして様々な事件が勃発する。

 彼とパトリシアが出会った事で起こった出来事。ナーナとの出会いや王妃の救助だが……それが起こらなかった結果、ゴブリンたちの発見が成されなかった。つまり、エルフが秘密裏に誘拐され、その1年後サラデイン襲撃事件が発生した。セナドゥースもボヤ程度の戦火に包まれ大混乱に陥る。

 当然の如く桜とアスモデウス、そして唯が出動し、ゴブリンダンジョンは灰塵(かいじん)と化す訳だが……そこから1年後、町にあるダンジョンから魔物が大量に溢れだす原因不明の事件が発生する。その混乱の最中、マモンの手によってスノームの魔王が討ち取られダンジョンが奪われてしまう。

 

 センダイとマツサを除く全ての町はマモンの手中となり、桜とアスモデウス、そして彼は、人族から追われる逃亡者になってしまう。逃げる彼と桜は、その途中ソラマンで合流を果たすのだが、その頃には数多くの仲間を失っている。

 合流した桜と彼は、センダイへ逃亡。そこを拠点に力を蓄えた彼と桜とアスモデウスの3人は、マモンを倒す寸前まで追い込んだのだが……時を止められてしまった。

「その時、止まった世界に囚われていた時の聖霊の助けで、過去へ飛びました」

 

 ジプシーアスモデウスは、未来から来たと語った。突拍子もない話であり、唯は理解に苦しむ。しかし、元の世界へ戻る司を見送りに行った部屋で、いつの間にか斬られていた昔の経験と、王妃マナリシアの時間を巻き戻して、体の状態を復活させた豊の魔法を目の当たりにしている。

 それならば、過去に行く事もできるのではないか? 彼女はその考えに至った。

 

「初めて過去に飛ばされた私たちは、見ている事しかできませんでした」

「初めて……?」

 

 時の聖霊の力で過去へ飛んだ。しかしそれは、デロリアンのように過去へ行き、何かしらの行動ができる訳ではなく、彼の中にジプシーの意識を飛ばすものだった。その飛ばす起点は彼がこの世界に刻まれる前、フェリーから地上に降りるまでの間だ。そして『時間』を破る手立てがなければ、同じように時を止められてしまいループとなる。

 しかしこのループは、簡単なものではなかった。実体を持たず話しかける事もできなかった2人は、ただただ傍観者。同じ結果を見せ付けられる数百のループ。しかし諦めなかった彼女たちジプシーは到頭、彼の中に在る人格『異世界人(スキル)』との接触に成功するのだ。

 その後『異世界人』を通して彼と接触に成功した2人は、彼と協力して対策スキルを作り上げた。その試行錯誤のループは、両手でも足りない。

『時間』の対応策と時の聖霊を救う手段は揃った。しかしその一方、ジプシーとなった2人が見てきた事象の影響力は強く、2人の願いでもある『仲間の死』それを変える事はできなかった。

 

「マモンのポイントもなくなり、あと1歩の所だったのですが……マモンは奥の手を隠し持っていました」

 マモンには仲間が居た。

 唯も知る黒マントの2人とは別に、もう1人居たのだ。

 その人物は、ほとんどの時間をあっちの世界で暮らし、表舞台にはまず現れないが『この世界に転移させる』という能力を持っていた。

 その能力で転移させこの世界に刻まれると、転移した人物の職業やスキル等の情報は、マモンと共有しているスマホ端末へと送られる仕組みだ。そしてその情報を見たマモンは、その人物を放置するかマークを付けて管理下に置くのだ。

 管理下に置くのは、珍しい職業や強力なスキルを持っている者。そして熟した時に『管理者権限』の力で操ったりスキルを強奪するのだ。全員を管理下に置かないのはリソースの問題であり、帰還魔方陣でもスキルの回収はできるので問題はない。

 

 追い詰められたマモンには余裕があった。『管理者権限』を使えば、彼を自分を守る盾にも変えられるからだ。

 そしてマモンは実際『管理者権限』を発動させた。ところが、鍛え上げた『勇者』の力は『管理者権限』を跳ね返したのだ。

 

 これでループは終わる。そう思ったのがフラグだったのか、マモンは今度こそ最後のカードを切ったのだ。

 それは『強制送還』のカードだ。その瞬間彼は、中山陽二は、この世界から弾き出されてしまったのだ。

 

 △△

 

 真剣な表情の唯の隣でレヴィは、ちびちびとレヴィ草茶を啜(すす)りながら話を訊いていた。そしてもうひとり前もって話を訊いていたセナドゥースは、彼に闇魔法を教え精神支配に対する抵抗力を付けようとしていた。その彼女も一切口を出さず、静かに聞き耳を立てていた。

 

「陽二くんは強制送還で消える瞬間、『異世界人』を通して力を託してくださいました。おそらく陽二くんは『管理下にある』事に気付いていて準備していたのでしょう。過去に戻されたとき、その力が発動したのです。陽二くんは、この世界に刻まれる前に、自分で自分を召喚したのです」

 それが本当なのか、確かめようはない。しかしその結果、彼の第1歩は反対側へと歩きだし、青紫軍と出会う事なくバリソンと出会い、大きく過去を、未来を変えたのだ。

 そしてこの変化は、未来から来たジプシーにとっても大きなものだった。彼がマモンの管理下から逃れた事実も大きいが、仕方なく諦めてしまった願い、希望、未来。その全てに手が届くようになったのだ。

 

 さらに、今までは何をやるにしても『異世界人の人格』を通して、彼に頼むしか方法がなかったが、『箪笥』を得た事で生まれた『意識の居場所(箪笥の人格)』と、魔技を導入するため大量に流れ込んできたアスモデウスの魔力のお陰で、彼の体を借りて動けるようになった。

 今までのループでは、説得と説明を繰り返して動いてもらうしか手段がなく、取り返しのつかない事態も多々あった。しかし、彼の意識の有無の問題はあるが、自己の判断で迅速に行動できたのだ。

 

 そのひとつが、ランスロットの救助だ。豊と桜の初邂逅はスノームの町中と違うものの、アスモデウスが塔を破壊し、山頂へ修理に出向くのは同じだ。本来ならばランスロットは、フジヤマで死んでいたのだ。そして桜は、そのショックを引きずり幼い頃のように屋敷へ引きこもる事になる。

 それを立ち直らせるのが、扉を破壊して出て来る唯の仕事だ。しかしその彼女は、娘を庇い超絶小鬼爆弾を一身で引き受ける事になり重傷。その後行方不明なり、最終的には娘の目の前で息絶える。

 

 もう諦めていた。どんなに状況を変化させても、最終的には同じ結末を招く。何度も何度も、数えきれないほど試した、願った、泥をすする思いで。しかしその絶望は、嘲笑うように大切な者を簡単に連れ去った。その度に、小さな心は傷付いて抉られた。気も狂ったし、ジブシーの中で言い争いもあったし、異世界人の人格に悪態をつき、彼に見限られたループもあった。

 だから諦めて決めたのだ。せめて、彼の未来だけでも救おうと。その集大成が、前回のループだ。結果的には『強制送還』と言う新たな壁が立ち塞がり失敗に終わるのだが、コツコツと積み重ねてきた彼女たちジプシーには、彼から託されものが、プレゼントが贈られたのだ。

 

 そして今回。実際のところギリギリだったが、ランスロットを救う事に成功したし、唯も元気ピンピンだ。おまけに司の居場所まで判明している。

 失敗しても次がある。なんて、そんな考えでは駄目だ。2人のジプシーは唯に打ち明け、助けを求める事に決めたのだ。

「唯、力を貸してください」

 途中から完全に変化した話し方は、間違いなくアスモデウスだ。唯は、今までの話を頭の中で整理すると力強く言う。

「あたり前じゃ」と

 

 黒と金の瞳を持った陽二は、レヴィが準備してくれた唯と彼のコップを持って立ち上がった。

「えっ……」

 ぼさぼさ頭のレヴィは、その光景を見て悲しそうな表情に変わった。

「レヴィの心遣いは嬉しかった。じゃが、流石にあれは飲めぬ。すまぬな」

 慰めようと思ったのか、レヴィの表情を見た唯はそう声をかけた。

「うんこ」

 精一杯の強がりなのだろう。唯はその言葉を聞き流すと、優しく問いかけた。

「レヴィも、陽二に何か教えておるのか?」

「黒水。いずれは『絶対的な防御(アブソリュート)』までが視野」

 よくぞ訊いてくれました。一瞬キラーンと、レヴィの目が輝く。どうやらドヤっているらしいが、しかしながら『絶対的な防御』はもう古い、それすらを打ち破るのが、魔技なのだ。当然それを言う必要はなく、魔技以外が相手ならば重宝するだろう。まあ、覚えられればの話であるが。

 

「そうか、色々と世話をかけるが、宜しく頼む」

「上から、気に、入らない。陽二、マブダチ、目玉おいしい」

 その言葉だけ訊くと、陽二の目玉がおいしいのか? とサイコカニバっているが、彼の定番料理の目玉焼きの事だ。

「どうぞ、唯」

 コトっと、テーブルの上にコップが置かれた。

 

 △△

 

「して、マモンの目的とは何じゃ?」

 ジプシーアスモが用意したお茶をひと口。レヴィも用意してもらったお茶を啜り、驚愕の表情で『う、うまし』と漏らす。

「マモンの目的は、契約者である豊くんの望みを叶える事。つまり、力と技の勇者スキルです」

「つまり、あの2人を呼び戻す気か? じゃがしかし、あの程度の実力で勇者たちに勝てるとは……」

「勝てますよ。マモンは、時を止めるのですから」

 マモンの能力、時間停止。正確には豊の『時間』の能力だ。発動されれば、終わりと言っても過言ではない強力なモノ。しかし発動するには大量の『ポイント』が必要になる。これは豊と陽二の会話からも予想できるが、ジプシーアスモデウスは、戦いの最中マモンの口から、それを訊いていた。

 

 そしてそれこそが、唯の夫であり、元勇者である司を襲った理由でもあった。2人の勇者がこちらの世界に戻るには、司の魔法陣(ゲート)に繋ぐ力が必要不可欠なのだ。なので、勇者たちが分断したあのタイミングで襲ったのだ。そう、ポイントを貯める時間を稼ぐために。しかし、それと同時に『穢れ』を送り込んだ行動には疑問が残る。

 残念ながらその意図は、ジプシーアスモデウスにもわからないようだ。

 

「では、今のうちにマモンを倒せば良いのではないか?」

 唯の言う通りだ。ポイントを貯める前に倒してしまえばいい。何も律儀に、相手の準備が整うまで待つ必要はないのだ。

「それは駄目です。勇者を囮にしてスキルを使わせないと、時の聖霊を救えません。それと、時間に対抗できる策は、陽二くんが覚えるのです」

 ポイントを貯めている最中だからと言って、時を止められるだけのポイントを持っていないとは言い切れない。なので、下手に追い込みを掛ければ、痛い目を見る可能性もあるのだ。

「ふむ。じゃが、ぬしらの世界か時間かは知らぬが、陽二は勇者じゃったのであろう? こっちのあやつは、ただのエロじゃ、少女にイタズラする変態痴漢野郎じゃ。果たして対応策を覚わるのか……期待は薄いじゃろう」

 

 それを訊いたジプシーアスモデウスの雰囲気が、落ち着いたモノから怒っているようなモノに変わった。

「母さま」

「桜か」

「確かに。こっちの陽二は、のぞき魔で変態痴漢スケベのエロティックまんぢゃ。あのたわけ者は、私と言う超絶かわいい連れ添いがおるのにも拘わらず、あっちこっちで浮気を繰り返し挙げ句の果てに、あの人魚といかがわしい行為をしよった。死刑ぢゃ! 樽に押し込んだのち、気持ち悪くなって嘔吐物が樽から溢れ出るまで回転地獄をお見舞いしてやるのぢゃ!」

 一気にまくし立てたジプシー桜の言葉には、聞き捨てならない物が含まれていた。

「つ、連れ添いじゃと……?」

 

 唯から見て彼の評価は、地に落ちているどころか埋もれているまである。その事を理解しているからなのだろうか、ジプシー桜はお馴染みの、音のならない口笛で誤魔化しながらアスモデウスとバトンタッチ。

 ダンッ!

 唯は、テーブルを叩きながら勢いよく立ち上がると、追撃の魔神の如(ごと)く詰め寄った。相手は、あの陽二だ。どんな言葉や行動で娘を毒牙にかけたのか、 思わず目の前の、金色の瞳を持つ彼の首をもぎ取る寸前だった。

 

「唯、桜ちゃんは逃げました」

 クスクスとかわいい仕草で笑っているが、姿は彼そのまんまである。なので、その仕草には気持ち悪さしかなく、火に油を注ぐ行為と断言してもよかった。

 ゴゴゴゴッ。

 大魔人・唯は、爆発寸前だ。しかし、その火山が大噴火する直前、ジプシーアスモデウスの発言が火口に蓋(ふた)をした。

「私と桜ちゃんは、唯と司くんを殺しました」

「!?」

 まさに衝撃の告白である。

 沈静化した大火山は、あげた腰をそのまま下に戻すと『話を続けよ』そんな態度で示すように、テーブルに肘をつき両手を合わすと、やや無表情の目で対面を真っすぐ見据えた。

 

「ゴブリンダンジョンで重傷を負ってしまう唯ですが、その翌日には行方不明になります。何度かループして判明したのですが、各町のダンジョンを攻略していたようです。その目的は不明ですが……。行方不明になった唯と私たちが再会するのは、マモンがスノームを襲撃する時期になります。つまり、敵としてです。その姿を見てすぐに気づきましたが、真魔王因子に飲み込まれて暴走している状態でした」

「ふむ、その妾と戦ったせいで、金のままなのか……」

「ええ。紙一重という物を体験しました―― 最終的に自分を取り戻した唯は……」

「―― 後継ぎを使って、桜に託したか」

 

 後継試合。

 最期を任せる代わりに、培ってきた魔技の全てを受け継がせる

(肉親、弟子に限る)

 

「つらい役を押し付けたようじゃのう」

「そしてその後、司くんも敵として立ちはだかりました」

「もうよい。起こってもいない事を言われても、かなわん。それを、これから変えるのじゃろう?」

「そうですね」

 

 セナドゥースが伸ばした時間の中で、これからの話し合いが始まった。

 まずは、あーしさんを唯に紹介だ。ここで、以前唯が脅した箪笥の人格は、異世界人と箪笥の間をうろうろしていた、あーしさんになる前の人格だったと判明する。

「勇者スキルの人格ってのは、本人からスキルが外れると消えるんだし」

 あーしさんの言葉から、箪笥の人格は消滅しているのが判明した。また人格は、スキル間の移動が可能のようだ。そして今、箪笥の中に居候しているのが、2人でひとつのジプシー桜とアスモデウスだ。

 

「これは、緊急時の保険だし」

 そう告げたあーしさんは、彼の体を動かしてコップを持つ。

 これを簡単に説明すると、2重人格または憑依みたいなものだ。勇者に意識がなく、危機に陥った場面で逃げるための緊急措置だ。この方法を使ってゼラ・ゴールドは、彼の体を拝借していたのだ。ちなみに、彼を意図的に眠らせ体を奪うのは簡単なようだ。

 

 △△

 

「それで、最初に言っておった約束とはなんじゃ?」

 あーしさんと交代したアスモデウスが応える。

 ―― いちいち交代とは、面倒そうじゃのう

「約束と言うよりもお願いですね。まずは、どのような経緯と理由で、マモンの仲間になるのか判明できなかった司くん。正直、敵になると厄介です。なので、マモンの接触を防ぐためにも、早急に連れ戻って下さい」

「任せておれ。その前に、司は妾の敵になど絶対にならん」

「司くんが敵として現れるのは、毎回、唯が亡くなったあとでした。なので、唯さえ無事なら大丈夫だと思います。あくまで推測ですが……」

 ―― 唯を死に至らしめたのは、間違いなく私です。もしかして、敵討ちだったのでしょうか……

 敵として現れた司は、1度も対話に応じてくれなかった。なのでその真意は測りかねる。

 

「唯の言う通りですね。それでは次のお願いなのですが―― あと1年足らずで魔王の魔力が切れます。なので回復の眠りに就く間、唯にはダンジョンの管理をお願いします」

「面倒じゃのう……アスモがやればよかろう」

「それではダメです。ループの中では私が代理を務めた結果、様々な事件が後手になってしまいました。唯には申し訳ありませんが、なるべく別の道を選びたいのです」

 ジプシーアスモデウスは、ループの中で何度も悲劇を目の当たりにしてきた。

 例えばパトリシアは、王宮で公開処刑される。

 カリンは、スマイルの力を得て王都を守るために戦う。そして、無惨な死を遂げる。

 その母親である楓は、ゼラ・ブラックになる。そして共に戦う事になるが、黒マントと相討ちする運命にあった。

 王ダグリオスやパトリックの消息は、早い段階でわからなくなる。そしてイノゾミラだが……最終的に彼女を斬るのは、陽二である。

 ちなみに、火の精霊ナーナや王妃マナリシア。闇の聖霊セナドゥースや真魔王レヴィアタン。そして、ハヅキやその家族とジェームスとは、会う機会はない。

 

「1年後じゃろう? 考えておく」

「お願いします。次は」

「まだあるのか? いくら妾(わらわ)が有能じゃから言うて、甘えすぎじゃ」

「重要なお願いです! 原因は不明ですが、唯が真魔王因子に飲みこまれる切っ掛けだと、私は確信しています。いいですか? 町のダンジョンには入らないで下さい。絶対ですよ!」

 桜たちと合流するまで陽二(ジプシー)は、別の事件に巻き込まれているため、実は唯と面識ができるループは少ない。しかしそれでも、町のダンジョンへ潜っている。という情報は掴んでいた。

 なので真魔王因子関連は、時期をみてもダンジョンの中で何かが起きた。と考えられる。

「4聖霊がおるのじゃろう? 封印もそうじゃが、何か手がかりがあるかも知れぬぞ?」

「手がかり? 司くんの居場所は判明しています。それに4聖霊のダンジョンはレヴィちゃんの件もありますので、陽二くんを鍛えながら攻略します。先程も言いましたが時間への対策は、陽二くんが覚えるのです。ポイントも必要になりますし」

「ふむ。桜やランスもおるしのう……わかった。妾は、町のダンジョンには入らぬと約束しよう」

「ありがとう唯」

 

 今回のループは、今まで起こっていない喜ばしい出来事が多い。

 例えば、桜たちゼラニオンとの早い段階での出会い、及び身近に居られる立ち位置。パトリシアやカリンと近しい間柄なのもそうだが、1度も登場しなかったナーナや人魚姫パールたち、王妃マナリシアやレヴィアタンにセナドゥースもそうだ。

 勇者は失ってしまったが、異世界人のスキルは残っている。そして何よりも大きな出来事といえば、豊と出会い良好な関係を築き『時間』というスキルと『時属性』を得られた事だろう。

 ジプシーアスモデウスは『異世界人(スキル)』の能力を知っている。彼の職業は、覚醒勇者(統)だった。その統べる者のスキル、異世界人の能力のひとつが、他の職業を統べそれを元に新たなスキルを生み出すこと。

 このチャンスは絶対に手放したくない。そのためにも、彼の成長は必須なのだ。

 

「話はそれだけか?」

 隣を見ればレヴィが、空っぽになったコップを逆さに持って、のぞき込んでいた。唯は、正面の考え込んでいる彼に問いかけた。司の元へ早く向かいたいが、やる事が残っていた。

「そうですね。今のところは大丈夫です」

「うむ。何かあれば、その都度言えばよい。では、桜に代わってもらえぬか?」

 先程ポロっと出た『陽二連れ添いの巻』を、母として問わなければならない。しかしながら、心の優しい愛娘の心中を察すれば、母親にトドメを差したことを、今でも悔やみに悔やんでいる事など想像に容易い。

 なので彼の話を緩衝材にして、顔を合わせにくい状況をそうでない物にすれば、その悔やみなどにも触れやすいというもの

 

「母さまお久しぶりです。またお顔を拝見する奇跡に巡り会えたこの瞬間に、感謝しています。頼まれたとは言え、実の母親に―― ママごめんなさい」

 表情を作っていた桜は、堪えきれず決壊した。

 しかし、その姿は彼である。なので、感動の場面になるはずが、正直微妙である。わんわんと大粒の涙を垂れ流し、憎々しい下僕に飛び付かれた唯の顔が物語る。

 気持ち悪い、妾に触れるな! と実の娘に、ひどい爆弾発言をできるはずもないだろう。

 ガバッと結構な衝撃を受けとめた唯は、両腕ごと熱い抱擁に捕まっていた。ゾゾゾッと背筋に走るイナズマにイレブンしながら我慢していると、そのまま持ち上げられジャイアントスイングか! と思うほどに回転させられた。

 

 △△

 

「ほう。ランスを失った心の隙間に、ずかずかと土足で踏み込んだ挙げ句、純粋無垢な娘を誑(たぶら)かして強引に婚姻を結んだのじゃな?」

「違うのぢゃ。わらわの陽二は、こんな男とは月とすっぽん。清廉潔白で優しく、頼りがい満載の男ぢゃった!」

 くるくると回転した勢いで、部屋からだいぶ離れてしまった草原の中。その場で彼を貶(けな)す唯に向かって桜は、やいのやいのと矢継ぎ早に、彼の良いところを口に出していた。

 唯は本音で言えば、娘の目が選んだ男なので、心配も否定もない。このやり取りも先程の続きで、母親に対しての重荷を少しでも取り除いてやりたい母心なのだ。

 

 その頃、放置されたあーしさんは、レヴィと何やら話をしていた。

「スコップ、スルー、された」

「次はボケてみるといいし」

 どうやらお勉強中のようだ。以前からあーしさんは、レヴィに色々と仕込んでいたようだ。灯台もと暗し、出所はここだったか。

 

「本当にこの男は、情けなすぎて目も当てられん。そう言えばママ! これを見るのぢゃ」

 ジプシー桜もだいぶ落ち着いたのか、らしくなっていた。そして草原に座り込んだ2人で、彼のダメ出しに盛り上がっていると、何を思い出したのかジプシー桜は、腕輪から玉を取り出す。

「ぽちっとな」

 《再生中》

『ぐっふっふっ。いつ見てもママの寝顔は――』

 《緊急停止》

 シュバッとジプシー桜は、玉を腕輪に投げ入れた。

「ま、間違えたのぢゃ」

「んん?」

 今のは桜ちゃんコレクションのひとつ『かわいいママを集めたよ』シリーズの寝顔編だ。本人なので、コレクションの隠し場所など笑止千万。こそっとダビングに勤(いそ)しみ、ちゃっかり回収していたのだ。勇者が他人の家のタンスや引き出しを開けまくって、アイテムを持ち出すようなものだ。深くツッコンではならない。

 

「こっちぢゃった」

 《再生中》

「なっ!」

 そこに映し出された映像は、王宮の風呂場で女湯をノゾキ見する彼だった。たまにランスロットの姿が見え隠れするのは気のせいだ。ちなみに危ない部分は、都合のよいアニメばりの光で隠れている。

「ママ、これは良くないと思うのぢゃ。犯罪ぢゃ! スーパーヒーローたるもの、過去の罪も償うべきぢゃ!」

「あのたわけ者、ノゾキまでしておったとは……社会的に罰を受けねばならぬのう」

 

 王宮には週交代でメイドとして働く『大人のお店の女性』がいる。その女性たちの本当のお仕事は、のぞかれる事。裸を見られる事に抵抗感の少ない彼女らにとっては、給金も高く割のいいお仕事だ。その目的は、後に問題を起こすかもしれない人に罪を着せておき、問題が起こり始める前にそれを大義に、取り調べを容易にするためだ。簡単に言えば、とりあえず捕まえやすい理由をつけて置く訳だ。確かにスマートなやり口ではない、しかし強力なスキルを持つ者が多い異世界人が相手である。これは国を守るための方策と言えよう。

 そのような背景もあり、彼が窃視(せっし)罪に問われる可能性は低いと思われる。

「うむ、この玉はしかるべき場所へ提出するとしよう」

 

 その後3人は陽二育成計画を話し合うが、どうしても彼の師匠の協力が必要と分かる。

「アスモにも打ち明けるのはダメなのか?」

 そもそも、なぜ打ち明ける事ができないのか? 唯からすれば、当然の疑問である。

「1度、陽二くんを通して桜ちゃんに打ち明けた事があります。ですが話が終わって理解した頃でしょうか……私たちは突然、刻まれる前の場所に戻されていました。おそらくですが、存在をハッキリ認識されてしまうと、戻されるのでしょう。それ以来、ジプシーの事は内密にお願いしています」

「ふむ。その、戻されると言うのは、他にも起こる場合があるのか?」

「戻されるのは、時の聖霊の救出が失敗に終わった場合と、陽二くんの死ですね」

 

 時を止められると、時の聖霊への道が開く。そして、ループの起点までにマモンを打倒できなければ、救出は失敗になり再ループとなる。前回のループでは、あと1歩のところで彼が強制送還され失敗になった。強制送還は、この世界からの死に近い。実際それでループが起こったので、ジブシーアスモデウスは、彼の死も付け足したのだ。

 ジブシーアスモデウスは、影の落ちる表情で言う。幾度となく繰り返した長い月日を毎回必死に考え、試行錯誤を繰り返していたのだろう。

 

「『あーし』もおる。それに、当分はアスモの方針に任せておればよかろう」

 そうですね。

 そんな感じて頷(うなず)くジプシーアスモデウスは、ふと、思い付いた。

「唯! 本条流にも入門させてはどうですか? 導入してまだ日は浅いので、下がった熟練度もすぐに戻せるでしょうし」

「陽二のステータスは知らぬが、一応考えてみよう。それで思い出したのじゃが、シイ流とはなんじゃ?」

「立花流の桜ちゃんが、受け継いだ本条流と融合させた流派です。剛の立花と柔の本条との融和、その名は桜唯(しい)流です。本来は3人の名前が入った『桜雪唯(しせい)流』だったのですが、親子の流派にと私がお願いしたのです。桜ちゃんは本当に強くなりましたよ」

「じかに手合わせしたのじゃ。分かっておる」

 

 そう口に出すと、唯は立ち上がった。

 訊きたい事は訊いたので、司を迎えに出発するのだろう。行き先は、サラデインのすぐ先の山の中。唯にとっては、ちょっと散歩に出かけるようなものだ。

「ママ、次はいつ来てくれる?」

「次も何も司を迎えに行くだけ、すぐに戻る。それに、娘が会いたいと願うのであれば、毎日でも顔を出すのが親の勤めじゃ」

 唯は軽く胸で包むように抱き寄せそう呟くと、外へ出ていった。

 

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