───気がつけば、そこは暗い宇宙だった。
意識は朧に、今にも眠りに落ちてしまいそう。
暗い宇宙にはわずかながらも光源がわりに星の光がある程度で、それらを掴もうと、己の目で見ようと体を動かそうとしても、何も体が反応しない。
そう、動かない、見えない。自分の体が何も反応をしていないのに、けれど周囲の状態はなぜか理解できてしまう謎があった。
───失敗、ですわね。知■はある。肉■の■度も十分。けれど───
声が、どこからか聞こえてくる。その出所など、目を開けられない自分にはわかるはずもない。けれど、名前も知らぬ、姿もわからぬはずのその女性の声。それの持ち主がどういった存在なのかはわかっていた。
それは白く幼い少女だった。その少女の声はノイズがかかってはっきりとは聞き取れず、目も閉じられているために表情など伺えるはずもない。けれどその声に宿った失望の色だけは確かに感じ取れていた。だからだろうか。
自分はいらない存在であり、このまま捨てられるのだと理解したのは。
───神■を持っていない。この■■■は失敗と言わざるを得ませんわ───
再び聞こえた少女の声は、すでに俺に対して一縷の興味すらも持っていないことを実感させられる声で。
けれどその声はすでに遠く。意識が覚醒に向かっていることの証拠なのだろうか。もうそういうことなのだと理解して、そのまま流れに任せる。それは意識の浮上であり、この
───■■に■■る■! 何があろうと、絶対に……!!───
その直前、どこか他人事とは思えない、聞いたことのない声を聞いた気がした。
「夢……か……」
意識が覚醒する。呟いた声で、目覚めたことを自覚する。どこか頭に残った痛みはすでに慣れたもの。覚醒しながらも未だはっきりとしていない意識のまま、周囲のことをぐるりと見回す。
部屋の中には男の衣服、俺が普段から着用している衣服の数々が散乱し、それとは真逆に女物の衣服、もう一人の子の部屋の持ち主が着用している衣服がきちっと折りたたまれて一箇所にまとめられている。
体を起こす。意識が半分寝ぼけたまま身体中にマナを一巡させる。戦闘のための行為。これを以ってして意識を戦闘思考に切り替えることで強制的に目覚めさせる。
───
言葉と共に思考が冴え渡る。この行為を行わないと、自分の寝ぼけた頭を切り替えることができない事実が、どうしようもない己の未熟を理解させるのがとても恥ずべきことである。けれど今はそうするしかない。己の存在意義をそうして確かめる。
俺はソラ。永遠神剣第一位「天命」と契約したエターナル。エターナルとしては今はまだまだ
「ん……」
いつものように、起き上がろうとしたところで右腕に重みを感じる。この重みはいつものことであり、その重さこそが俺に生を実感させてくれる。そちらに視線だけ向けると、一人の少女の姿があった。
「ユーフィー……」
その少女───ユーフォリアの愛称を呟く。最愛の、幼き眠り姫。俺のことをエターナルに導いた張本人。俺の
その身には何も纏わず裸身を晒していたが、シーツによって秘められるべき場所に関しては全て隠されている。別に性行為をしていたわけではない。ただ、ユーフィーはいつも眠る時には裸になっているというだけのことであり、これもすでに慣れたものだった。彼女は純真なままの少女。そんな、俺の身勝手な欲望で穢すことが許されるはずもない。
ただ、彼女が隣で眠っていることについてはもうすでに慣れ親しんだものなので何も問題はないのだが、こうして抱きつかれていると、女性的な膨らみに乏しいながらも多少は存在することがわかる胸や、俺の腕を抱きしめる彼女の体の柔らかさ、そしてその生命を示す熱が直に伝わってきて、こちらに関しては幾度繰り返していてもどきりとしてしまう。
「……ソラ?」
そんなことを考えていると、俺が目覚めて起き上がったことが原因か、ユーフィーが目を覚ましてしまった。彼女は俺の姿を認めてふにゃりと笑う。おはよう、と耳を打つ愛らしい声音の後、ユーフィーが抱きつく力が強くなる。
「ん……」
気がつけば、キスをしていた。
たっぷり五秒程度。それで満足したのか、ユーフィーは顔を離して、俺もそれ以上追いかけることはしない。
「おはよう、ユーフィー」
「うん、おはよう、ソラ」
ぎゅうっと抱きしめる力も緩くなり、ベッドから抜け出して着替えを行う。俺が部屋の外に出てからユーフィーもベッドから這い出てきて服を着る。それを部屋の前で待ってから二人してリビングの方へと向かった。
「あ、起きたんですね、二人とも。もうしばらくしたらご飯できるので待っててください」
リビングにたどり着くとキッチンの方から鼻歌が聞こえてくる。俺たちの気配を感じたのか、背中まで届く銀の髪を揺らした幼い少女がひょっこりと顔を出してくる。
少女の名前はアリス。永遠神剣第一位「天命」の化身。そして、家事がほとんどできない俺に代わって、この家における家事を全て一人で行ってくれている少女。ユーフィーも自分で家事を行わないといけない時期があったのである程度はできるのだが、それでもアリスには遠く及ばず、アリス自身が楽しんでやっているためにこの家の家事からは遠ざけられてしまった。
もともと化身としての名前はなかったのだが、ユーフィーが昔父親から聞いた”不思議の国のアリス”という童話の主人公に似ていると言ったことで、アリスと名付けられた。
最近では、アリスの服装を真似てユーフィーも戦士に近い服装から女性らしい服装になってきている。今日も彼女は真白のワンピースを着ていて、彼女は戦場に立つ、と知らない人に言ってもきっと信じてもらえないだろうと思う。
この家にいるのは俺も含めてこの三人だけ。恋人という関係性で繋がれた俺とユーフィー、契約によって繋がれた俺とアリス。そしてエターナルとなる前、俺をエターナルへと導く間に知り合い、親友となったユーフィーとアリス。この三人で擬似的な”家族”のような関係性になっている。
───そう、家族。
エターナルとなる前から出自がわからなかった俺。そもそもが永遠神剣なので家族なんて存在しないアリス。そして、
「そういえば、今日はどうするつもりなの?」
「んー、まだ決めてないんだよなぁ……」
「だったら、後でちょっとお買い物に付き合ってもらえない?」
朝食を食べながらの、ユーフィーの不意の問いかけに頷いて返す。
最近では本当にユーフィーは女の子らしくなった。いや、これまでも十分に女の子らしかったのだが、エターナルとして、戦士として、戦いに向かう人間としての気構えなどが多少減って、市井の女の子に近くなったように思われる。
彼女の持論は”笑顔は最強”というもの。
けれどその性質はかなり抑えられてしまった。
それはかつての戦い。両親を失い、知り合いを失い、そして助け出したかった親友すらも己の手で殺してしまった戦いの時。その絶望があまりにも濃かったがゆえに、現状維持を良しとしてしまったから。これ以上の絶望を味わいたくないと思ってしまったから。
これ以上の
そんな、彼女のことを否定するつもりはない。
たとえ考えが変わったとしても、俺の好きな人であることには変わりないのだから。
「……アリス」
そのタイミングでとあることに気がつく。アリスも、何を言いたいのか理解できたよう。こくりと頷いた姿は確認せず、その気配だけを理解して、その上で知覚範囲を広げてより鮮明に。感じた気配は永遠神剣の気配。多分、この世界におけるミニオンか何かだろう。俺たちだけでもどうにかできそうな程度の力しか感じ取れない敵なので、いつものように俺とアリスだけで削除しに行く。
「行ってくるよ、ユーフィー」
「うん、気をつけてね……」
その言葉に送り出されて、いつのまにか席を立って隣にまでやってきていたアリスの手を取る。瞬間、アリスの姿が解けて、二振りの剣と変わる。それを握ると、ラフな部屋着だった俺の姿が戦闘用の服装に変わる。永遠神剣の力によって構成された、俺が最も戦いやすい服装。謎の物質によって構成された、どの民族の武装にもまるで当てはまらない代物に。
「行くぞ……!」
『はい!』
アリスの声が脳内に響く。剣となった彼女の声が、契約のラインを通して響いている。慣れ親しんだその感覚に戦闘の気配をひしひしと感じながら、足に力を込める。
一瞬の後、俺の体は風となり、家の外、しばらく離れたところに存在する永遠神剣の気配に向けて駆け出していた。
触手「俺は!?」
もう少し出番をお待ちください