東京に本部を置く中堅アイドル事務所に身を置いていた少女「森久保 乃々」は吸血鬼である。
遡ること22時間ほど前、来週行われるindividualsのライブの打ち合わせとプロデューサーとの対談が重なり帰宅時間はもう遅れもう22時になっていた、いつもの街にはピンクや紫といったなんだかいやらしいものを思わせる光が怪しく光り内気な彼女を脅しているように見えた。
普段なら一緒の二人は先に帰りプロデューサーは事務所で書類群と格闘しているため森久保は一人である。
彼女は慣れない空気にビクビクしながら駅まで歩を進めていた。それからしばらく進んで裏路地の突き当たりに辿り着いた辺りで刹那、背後から何か怪談めいたものを感じ、思わずしゃがんでしまう。
「暴漢」「酔っ払い」「過激なファン」「プロデューサー」色々なものが脳裏を過ぎる、どれもこれも彼女にとってネガディブなものだ。これは彼女の悲観的な性格から起因しているものなのだろう、日頃からそういうものと近い位置で生活を送っているわけではない。
彼女はしゃがんだ姿勢から更に背中を丸め小動物のような感じで体をぷるぷる言わせている。
しばらくそのままでいたが何もないので運動に適していない靴をカツカツ言わせながら帰宅を急いだ。
駅前に出る少し前、涙を流しながら裏路地を進んでいると眼前にこちらに向かって歩いてくる人影を見つける。黒を基調としたジャケットに色の淡くなったデニム、細くて白い首を誇示するような襟の広い丸首のカットソーに身を包んだの男だ、顔は暗いのもあり全く見えない。そのシルエットは同事務所の女の子でも通用するくらい細身だが森久保は彼が男だということが何故か直感で分かった。
その姿を見つけると森久保はビクリと肩を揺らす。失礼な話だが「襲われる」「攫われる」と思ったのだ、しかしこんな夜中で十数歳の小娘ならそう考えるのも無理もない。
親の寝ている隙を見て部屋を抜け出す子どものような感じで無言であえて目を合わさず、彼とすれ違いになる形で前に進む。
森久保の嫌な予感というのは大概その想定したものから大きく外れるのだが今回も同じだった、しかしそのベクトルは違った。彼女の想定から大きく悪い方向に外れた結果だった。
目を逸らし見ないようにしていた男とすれ違いざま、男のその細くて、血管の浮び上がった、真っ白な、端正な、ピアニストのような手で口元を塞がれる。手足をバタバタ揺らしながら抵抗するが相手は腐っても男、力で勝てるはずがない。
彼女は薄れゆく意識の中、メンバーの仲間、自分に嫌な仕事を持ってくるプロデューサーが脳裏を過ぎる。
「む〜りぃ〜」
首筋に生暖かいものを感じる、それっきりだった。彼女の視界は真っ暗になり意識を失う。
〜
意識を失ってからどれくらい経っただろうか、固くて冷たい床の上、見慣れない部屋で森久保は目を覚ます。
その部屋は暗闇に閉ざされ人工的な光が全くない、部屋の中、窓の付近だけをカーテンとカーテンの間から差し込む日光が薄らと照らしている。
森久保はいじわるなプロデューサーと小梅に半ば無理矢理見せられた映画で見た吸血鬼の部屋を連想する、暗闇が部屋を支配している窓から差し込む一筋の光だけを残して。
「夢じゃ、ないんですね…プロデューサー…もうむ〜りぃ〜」
森久保は尻もちをつく形でペタンと尻を地面に落とし涙を流す。
「逃げ…なきゃ…。じゃなきゃ…」
涙を流しながらも行動を起こそうとしばらく横になっていたため重くなった腰を上げる。
ドアは、案の定キツく閉められている、壊すのも手だが大きな音を立ててはあの男に気付かれてしまうだろう。
しかし周りを見てもそれらしい脱出口はまるでない、まるでない、普通の型に縛られていたようでは見つからない。窓だ、一筋の光を通している窓がある。ここは何階だろうか、二回程度ならきっと、降りられるはずだ。
森久保は希望に魅せられあの男のジャケットのような真っ黒なカーテンを引く、若干チャーニングポイントの困り眉が上がっていた気がする。
高さの確認の為カーテンを横に引く、その瞬間。太陽が日光に触れた森久保の腕を焼いた。
全部で五話くらいの予定ですw