久永久遠という人物は、何をどう取り繕っても普通の人間としか言いようがなかった。
その人生は平々凡々と言わざるを得ないものだったし、なんなら今彼が巻き込まれている異世界渡航にだって、彼は一般人として巻き込まれるだけで、生徒会長をはじめとした中心人物とは違い、ただその恩恵を享受するだけ。
きっと、どこにでもいる
そんな彼に一つ。たった一つだけ人とは違うところを挙げるとするのなら。
それは彼が幼い頃から見ていた一つの夢。世刻望を始めとした永遠神剣の担い手たちが見るような、前世の夢なんてものではない。ただ、幼い頃の自分が、見たことのない少女と共に遊んでいる姿。
けれどそんな夢が何かに役に立つなんてことはあるはずもなく、飢餓感のような、満たされない感覚を抱えながらも一端のモブキャラとして、物部学園二年生、神剣使いのうちの二人である世刻望、および永峰希美と同じクラスという、ありふれたどこにでもいる生徒の一人として過ごしていた。
それは、今日も同じこと。
学園祭の準備をしている最中、当時放課後だった物部学園に準備のために残っていた生徒たちは、突如襲ってきたミニオンと呼ばれる生命体に襲われたが、当時ミニオンたちと同じ、けれどミニオンたちよりも強い永遠神剣を持っていたクラスメイトや生徒会長たちの力によって学園ごと異世界に逃げ出すという荒技によって今ここにいる。
その最中、「元いた世界の座標を割り出す」ことを目的として訪れた『魔法の世界』と呼ばれる世界にたどり着いた物部学園一行は、その世界に攻め込んできた、この世界を本拠地とする旅団。それと敵対している「光をもたらすもの」という、これまでの旅路にも、そもそも旅路の始まりにすら関わっている集団との戦いの時に、一般人は民衆の避難の手伝いをしていた。
久遠もまた、同様に。
そしてその戦いから数日が経って、今日にでも元の世界の座標が出そうな時のことだった。
「あれ? 戦いは終わったんじゃ……」
その日、久遠は座標を出すという、この世界の中心点、彼らが元々いた世界、その座標を割り出すための機構である支えの塔から放たれたとても巨大な弾丸……彼の乏しい知識で言うのであれば、魔法の弾丸とでも言うべき代物を目撃していた。それが跳ね返ってくる様も。
あれ、さすがにこれはまずいのではないか。そう思う。破壊力とか、防げるのかどうかとか。彼は戦えない以上はそんなことは全くもってわからない。
ただわかるのは、あれがなんだかやばそうだと言う感覚的な代物。それすらも、平和ボケした日本人の一人である久遠の感でしかない以上、大した意味もなさない。が、今回に関してはその感がぴったりと正解に当てはまっていた。
「まっず……!」
逃げようとする。逃げる場所なんて彼にもわからない。けれどあの塔から離れれば離れただけ届く衝撃は小さなものになるのではないかと考えたところで。
「ーーーん!」
何か、声が届いたような気がした。
どこから届いたものなのか、それが本当にこの耳に届いたのか。その事実はわからない。
けれど、彼が足を止めたのはきっと。その声が、昔から見ている夢に出てきている声にそっくりだったから。
他のどんな声だろうと無視して逃げ出すことができただろうに、その声だけはたとえ幻聴だったとしても無視することはできなかった。
「なっ……」
視線を、その声が聞こえてきたと思わしき魔力砲撃の方向に向けると、何者かがその攻撃を受け止めている。
決して人間では受け止めきれないと思われるものを受け止めている何者かが確かにそこには存在する。
それに怯えるように、けれど同時にそこに向かわなければと思うように。二つの感情が重なって足を動かすことができていない。
「え……あ……えっ?」
それが消え失せる頃、受け止めていた何者かも同時に落ちていく。
その地点は幸いといってもいいのか、それとも不幸と言うべきか。彼がいる場所からそう離れていない。さすがに受け止めたら、落ちてくる高さと、見える範囲でのその生物の大きさからして久遠が地面のシミになるだけだろうからどうしようもないが、回収という意味では一番優れた場所にいるのは間違いなく久遠だった。
ドゴン!
激しい音がした。何者かが墜落した音。本当に無事なのか、そのことは気になるものの、神剣使いとやらが異常なレベルの耐久力を持っていることは久遠だって知っている。だから無事なのだろうと勝手に判断して。だからこそ、問題となるのはそれが敵なのか、それとも味方なのか。たったそれだけのこと。あれは、その存在の命を狙うために放たれたわけではないだろうが、落ちた何者かからすれば殺されかけたのだからそんなことは知ったことではない。
怖い、という感情がないわけではない。死にたくない、という生への執着も人並みにはある。
けれど、それらを通り越して、あの場所に行かないといけない。あの声の持ち主を知らないといけないという脅迫じみた心に体が突き動かされていた。
「…………え?」
たどり着いた地点。そこで目を回しながら気絶している少女。
目を奪うほどに美麗な、長い
幼さに彩られながらも───いいや、だからこその妖精。その、世に二つとない容貌は、どうしようもなく久遠の心をかき乱す。
「なんだよ、これ……」
頭が、痛い。
思い出せ。思い出すな。
記憶から消えてしまったその愛に、かつての過去を想起させるその髪の色。
そんな過去は存在しない。
けれど───。
『ありがとう、くーちゃん。あたし、くーちゃんのこと、だーいすき! おおきくなったらくーちゃんと結婚する!!』
そんな、
「……って、何考えてんだ俺。今、そんなことを考えてる場合じゃないだろ」
そこで頭を一度横に振って、その少女のことを抱える。
自分は過去、この少女と出会ったことはない。それだけが事実だ。
おんぶは、少女が最初から気絶しているので落としかねないし、だからと言って俵のように担ぐのは女の子相手にはどうかと思う。結果として取れる手段が、久遠に思いつく限りではお姫様抱っこだけ。
見られることが決まっている以上は、どうあがいてもからかわれる。最悪、幼女誘拐犯と言われる可能性だってある。あるが───
「この状況で放置は流石にできないよなぁ……」
よっこいせ、と少女を抱き上げる。運動部でもない久遠は、流石に幼いとはいえ小学生程度の見た目ではあるこの少女を抱き上げるのは少々の苦労をした。
とりあえず、途中で神剣使いが誰か来たらそこで少女を渡そうと決めて、久遠はこの異世界旅行の際の拠点。物部学園をその背に乗せたものベーという巨大なクジラのいる場所にまで歩き始めるのだった。
「久永くん、何を考えてるの!!」
久永久遠がその少女を連れ帰ったところ、まず最初に受けたのはお説教だった。
内容としてはなんてことはない。
久遠は、生徒会長であり、また神剣使いでもある斑鳩沙月にお説教を受けながらも、その少女を
「いい? 相手は神剣使いなのよ。普通の神剣使いからすればただの雑魚でしかない”ミニオン”だって、最初に学校が襲われた時に見たように、金属をバッサリと切れるの。それよりも強い私たちですら防げないような代物、それを防いだ相手に接触するなんて、死にたいって言われても仕方ないことよ!」
「はい、すみません……」
そうしてお説教を受けていて。
気絶している以上はいつかは目覚めるもの。その目覚めの時がやってきたという、クラスメイトである森信助からの報告によって、お説教は終結した。
「えっと、あたし、ユーフォリアって言います。この子はゆーくん」
保健室。眠りから目覚めた少女の元へと向かうと、そんな自己紹介を受ける。
記憶喪失。保険医の代わりをしているヤツィータにそう告げられたことにわずかに落胆の感情が久遠の胸の内に湧き出るが、それも一瞬。誰かに気がつかれることはなかった。
(ユーフォリア、ね)
もしかしたらこの既視感の正体を知っているのではないかと思ったが、彼女の言葉を信じるのであれば、記憶喪失らしいのでそれについては期待できないのだろう。
心の中で唱えたその名前。既視感に執着しているという現実に、久遠は気がついていなかった。