「ここ、おにーちゃんの世界に似てるんですか?」
「おう、本当にそっくりだ」
多少の違いはあれど、大体は同じ。
俺たち二人は、そんな地球そっくりな世界にやってきていた。
あまりにもそっくりすぎるためにつけられた便宜上の呼称は『写しの世界』というもの。
通貨なども、おそらくは同じだろう。無銭飲食などになったりしたらたまったものではないので試すつもりにはならないが。
そんな中を、ユーフォリアと二人で手をつないで歩く。
髪の色とか、目の色とか。色々と違いがありすぎるせいで兄妹っぽくはないのだが、周囲からは特に何か言われることもなく、それどころかユーフォリアの満面の笑みに微笑ましいものを見るような目で見られている。
「どうかしたんですか、おにーちゃん?」
「いや……今日はどうするかね、と思っただけだよ」
探し人が見つかる気配もなく、そもそも神剣使いだった場合は俺には一切感じ取る力はないのだ。
なので、結局見て回るときに
世刻が夢でナルカナなる女性に会いに来いと言われたらしいのだが、逆に言えばそれ以外には何も手がかりが存在しないのだ。
その状況ではナルカナとやらを探すしかないわけだが、そもナルカナとやらがどんな容姿なのかを知らない、そもそも人間であるかどうかすら知らない以上は、俺たちには探すことなど不可能と言っても過言ではない。
俺も、ユーフォリアのおまけとして話を聞いただけなので、特に役立つとは考えられていないようだが、それでも聞いてしまった以上は自分だけ遊ぶのはちょっと、という気持ちもある。
「とりあえず、いろんなところを見て回りましょう! もしかしたら何かあるかもしれないですし!」
ニコニコと、俺の手を強く握りしめて引っ張り出すユーフォリア。
苦笑しながらもそれに付き添おうとしたところで、別のところから声が響いた。
「その必要はありませんよ」
「え……?」
反応したのはユーフォリア。だけどそれは見知らぬ相手に対する警戒ではなく、どこか呆然としているような様子で、これまでよりも動揺しているような気配すら感じる。
「初めまして、久永久遠さん。それと、久しぶりですねユーフィー」
「えっと、あなたはユーフィーの知り合い、なんですか……?」
それは、たおやかな女性だった。
こくりと頷いたことで風にさらりと揺れる栗色の毛。整った顔立ちは二人に向けられているようで、俺ではなく隣のユーフォリアにのみ向けられていた。
どうして俺の名前を知っているのか。そのことを問わねばならない状況でもあるはずなのに、それよりも先に”記憶喪失になる前のユーフォリア”を知っていることに対する動揺が出てきた。
「ええ。私は彼女の両親と知り合いですので」
写真もありますよ、と言われてしまえば納得するしかない。それを見せようとしている、見せることができることそのものが、彼女がユーフォリアの知り合いだという証拠になる。
ユーフォリアが記憶を取り戻してくれればそれが一番手っ取り早かったのだが、そうではない形ではあっても彼女のことはどうにかなりそうなのだから、それは祝福するべき事柄だろう。
これでお別れだと思えば寂しくは感じるが、それでも彼女が両親と再会できる、記憶を取り戻すことを目的として、この旅に同行させた経緯を考えれば、ここでお別れにならない方がおかしい。
「えっと……」
そういえば、まだ名前を聞いていない。そのことに気がついて、なんと呼べばいいのか一瞬悩んだ。
そのことに気がついたのか、その女性は倉橋時深という名前を名乗ったので、倉橋さんと呼ぶことにした。
「倉橋さん。それじゃユーフィーのこと……」
「いえ、そういう話にはなりませんよ?」
「……はい?」
「ユーフィーがこの世界にやってきたことにはちゃんと理由がありますから。ですので、その目的を果たすためにも、そちらにいてもらった方がいいのです」
それって。話の流れを理解できていなかったユーフォリアが、倉橋さんのその言葉でようやく今の話の流れを理解したらしい。つまり、ここでお別れになりそうだったということを。
「あたし、おにーちゃんから離れるつもりはないですよ?」
ぎゅうっと抱きついてきての一言。
その言葉は、明確な別れに対するカウントダウンが見えてきたことも相まって、わずかに切羽詰まった様子を見せている。
「ですが、いずれ別れは来ます。私たちはエターナルなのですから」
「……エターナル?」
新しい単語。それを理解できるほどの知識はないが、それでもこの状態で使われる言葉にいい気はしない。
そして、ユーフォリアもそれであるという。
どことなく、不穏な気配を感じた。
「ええ。……まあ、長命種のようなものと思ってください。詳しい説明は後でしますので」
「長命種……」
倉橋さんも、もしかしたらこんなに可憐な見た目をしているのに八十歳を超えていたりするのだろうか。……いや、ないな。そんなに歳いってるとは思えない。だって、どう考えてもこれは八十歳近い落ち着き方には見えない。普通なら知り合いの娘さんが記憶喪失になっているのだから慌てるはずなのに、冷静なままでいるという時点で、その驚きを隠しているのだろう。となると今の落ち着き具合も本性ではない。多分、もっと若々しいはずだ。
「で、でも! おにーちゃんが死ぬまで一緒にいることはできるはずです!」
「それをしたところで、私たちはこの世界に存在しなかったことになる以上、あなたがそばにいたことで”誰かに常に世話をしてもらっていた”という事実は残ったままになり、他の誰かと一緒だったことになるかもしれませんよ?」
「……いなかったことになる?」
呆然と呟いたのは、その言葉の意味が理解できないから。
けれどユーフォリアも倉橋さんもその呟きを意に介さない。
二人してヒートアップし始めているせいで、俺のことを放置しだした。いや、別にそれは大して重要なことではないのだが。
正直、何が何だか今もまだわかっていない。でも、いなかったことになるというのは気にかかる。
「それって、どういう……?」
「……ええ、そうですね。あなたも当事者ですし、知っておいた方がいいでしょう」
エターナル。
それは第三位以上の上位永遠神剣に認められ者達の総称。生命体としての寿命が無くなり、殺されない限り死ぬことは無い。
一度世界から出てしまうと、その世界で接してきた人々の記憶から消えてしまう。
そんな存在。そして、ユーフォリアは永遠神剣第三位「悠久」の契約者。つまりはエターナル。
「そんな……」
呟いたのはどちらが先か。
けれどどちらもその言葉に思考は停止して、お互いに対してどう接すればいいのかがわからない。
彼女の目的が何かを知らないままではあるが、それが終わってしまえば最後、俺たちは永遠のお別れだ。たとえもう一度出会うことがあったとしても、それは今こうして関係を紡いだ俺たちではなく、ユーフォリアのことを知らない俺と、俺のことを知っているユーフォリアの出会いでしかない。
ならば、どうするのが最善なのだろうか。後腐れのないように関係を終わらせてしまうべきか。それとも、このまま最後の瞬間まで全てを見ないふりにしてしまうべきか。
答えなんて、わからない。
気がつけば、倉橋さんはすでにいなくなっていた。
どれくらい考えていたのかはわからないが、普通に日中だったのに、すでに夕日が出てきているので結構な時間を考え事に使っていたのだろう。
「ユ……」
声をかけようとしてためらった。どうするのが正解なのか。その答えがわからないために。
それでも彼女には十分だったらしい。こちらを向いて、少し寂しげな笑顔を浮かべて手を差し出してくる。
「……帰りましょう?」
「……そうだな」
握った手は、これまでよりも深く、強く、複雑に。
決して離さないと言わんばかりの気持ちがより強く現れていた。