デート、とユーフォリアは言葉にしたが、要するにその内容はただの買い物だった。
これまでの仲間には彼女程度の年頃の相手が存在しない。最低でも高校生程度の見た目の少女。だからこそ、ユーフォリアのサイズに合う服というものが物部学園にはなく、その気になれば他の友人たちから服を借りることができた学園の生徒や神剣使いに比べて、買わないといけない日用品というのは多かった。
その荷物持ちを称して、けれど男女二人で出かけることには変わりないのでデートという言葉をユーフォリアは使用していた、ということだった。
やってきたのは「魔法の世界」のデパート。
行き過ぎた科学は魔法と見分けがつかないということを称して「魔法の世界」と呼び名を与えられたこの世界。当然、そこにある品物は久遠たちがもともといた世界に比べて、比較することすらおこがましいほどの技術力によって製作されている。
よって、なぜか久遠たちにとっての元の世界。ユーフォリアが一度も行ったことのないはずの世界なのだが、なぜかそこと同じ程度の技術力を基本としているユーフォリアは、大層悩んでいた。
「えへへー」
「どうした」
不気味だぞ、とは口にしない。悩んでいるせいで一つ目の日用品、コップについては久遠がこっちの方がらしいだろ、と口にして、青色と桃色で悩んでいた中から青色を勝手にとって購入した。その後からこんな風に幸せな表情をして、手をつないでいる。
ぴこぴこと揺れる羽飾りは幸せそうに。表情からも幸せです、とはっきりと見て取れる。なぜか指を絡めてきたユーフォリアに、逆らうのも面倒なのかされるがままになっている。
「おにーちゃん、次は服を見に行きましょう!」
「はいはい」
ふわり、と物部学園の制服、その短いスカートをたなびかせて、少女はつないでいた手を離して走り出す。
物部学園の制服というわかりやすい指標はあるとはいえ、ユーフォリア自身の背丈が小さいせいで、人混みに紛れてしまったら見失いそうだ。
少し離れたところでこちらを振り向いて笑顔で手を振るユーフォリア。久遠のことを待っているのかその場から動く気配は見えない。
わざわざ待つ必要はないだろうに。そう思って苦笑して、けれど彼女は久遠がたどり着かないとそこから動くつもりはないんだろうな、と思って少し小走りになった。
女の買い物は長い。そんな言葉を久遠は聞いたことはある。けれど本当の意味で知っていたとは言い難い。なぜなら、彼にとって女と呼べるような相手はそうおらず、彼の人生で関わったことがあるのは母親と、
よって、女性と一緒の買い物、それも男女のお出かけと聞いて皆が想像するようなものを実行したのは初めてだった。
そしてその結果───
「あー」
そんな間抜けな、気の抜けた声を漏らす程度には、精神的に疲弊していた。ユーフォリアの頼みを聞いてやってきたことを後悔する程度には。
女の買い物は長い。昔から戦々恐々と伝えられ続けるその言葉には、男には理解できないほどの情念を一つ一つの小物に対してまで向けている女に対する畏れを込めた言葉なのだと、ここで初めて久遠は理解した。
「ねぇねぇ、おにーちゃん。こっちとこっち、どっちの方がいいと思いますか?」
「……両方買えばいいんじゃないかな」
それだけのお金はもらっている。しかも、ただ施されるのではなく、彼女が覚えていないことではあるが俺たちが元の世界に戻るためにどうしても必要となる、元の世界の座標を算出する、しかもこの世界の中心でもある支えの塔を守ったことに対する正当なお給金なのだ。彼女が好きなように使えばいいだろう。
「むー。それじゃ意味ないじゃないですか。おにーちゃんはどっちがいいのか聞いてるんです。そんなてきとーじゃ困ります」
「いや、なんでだよ…………なら左で」
文句を言っても聞きそうにない。グイグイっと両の手に持ったそれぞれの帽子を押し付けてくる。麦わら帽子とベレー帽。どちらであっても
帽子一つ取っても色々な種類がある。結局、最終的に買ったのは数種類程度。ただ、そこに至るまでに数時間程度かかったことで、ようやく女性の買い物は長いと理解したのだった。
「なら、こっちとこっちだったらどうですか?」
───まだ終わってはいないのだが。
「に、してもたくさん買ったな」
「えへ」
誤魔化すような笑い。
ユーフォリアにもたくさん買った自覚はあったらしい。
買ったものはひとまとめにして久遠が右手で持っているのだが、左手ははユーフォリアが両手で抱えるようにしているので、結局両手は埋まってしまっている。
純粋にすぎるスキンシップ過多。他の連中に見られたらおしまいだな、とわかりやすく
服装が二人揃って制服のままなのは、今いる場所がザルツヴァイだから。
学生証を携帯しているか、あるいは制服姿であるか。
どちらかであればわずかではあるがサービスを受けられる。
それだけの価値が、支えの塔の防衛という事実にはあったのだ。
「ま、いいけど。……それよりも、どっか他に見て回りたいところはないか?」
歩く二人は仲睦まじく。時間を確認すれば今はまだお昼時。
ユーフォリアが朝に宣言したデート、という言葉の割にはやっていることは物足りないが、買い物を終えたのですでに予定は終了した。
なのだが、久遠には今変えればきっとまだユーフォリアのことを妹にしたい連中の目が怖いので、もう少し時間を置いてから帰りたい。
そういう理由で、久遠はそんな言葉を口にしていた。
「連れていってくれるんですか?」
とは言っても、ユーフォリアはそんな裏の意味までは汲み取れない。
ただ純粋に、デートだーと喜んでいる。久遠の腕を握る力が多少強くなり、表情はより楽しそうなものに。
えへーと言いながら、グイグイと引っ張り始める。
「まあ、先に昼食をとってからな」
「はーい」
そんな言葉を口にして、二人は雑踏の中に消えて行った。
「それで」
どうしてこうなってるんだ?
言葉にならないまま、視線はユーフォリアに向いている。
久遠の姿があるのは、ユーフォリアに割り当てられた部屋。ここに彼はユーフォリアの手で連れ込まれた。
連れ込んだのがヤツィータ、あるいはクリスト族であったなら、久遠も男の子ということで何かを期待したかもしれないが、さすがにユーフォリアという見た目も精神年齢も相応であるただの少女が相手ではそういった感情も湧いてこない。
「おにーちゃんは今日からあたしと一緒です!」
「……いや、なんでさ」
今日購入した部屋着にする服。それを着たユーフォリアのあまりにも唐突な発言に、思わず突っ込む。
年齢に見合った……すなわちは貧相な胸を張って堂々と語るユーフォリアはやってやったと言わんばかりの表情で。
多少現実逃避したい気分の久遠はひらりと舞った、今日買ったワンピースの裾。それを見てやっぱり似合ってるなーなんてことを思う。
「えっとですね。さっきサレスさんから言われたんですけど、おにーちゃんを起こしに行くことになってから、おにーちゃんのクラスメイトの人たちが起きるの遅くなったらしいんです。そのことについて苦情が来ていたらしくて、なんでかおにーちゃんを隔離することになったんですよ」
「…………ああ、なるほど」
理由を理解した。
本来なら起床時間が遅くなったという程度の苦情なのだろうが、そこに宿っているのは「お前らだけ起こしてもらえるのはずるい」というものなのだろう、とあたりはつく。
元々は、ユーフォリアに起こしに回って欲しい、というようなものだったのではないだろうか。
「それで、理由はわからないんですけど、それならおにーちゃんだけ別にすればいいってことになって、そのままあたしのところにおにーちゃんがくることになったんです」
「……ユーフォリアが起こしに来なければいいんじゃないか」
「えー」
ぽすんと抱きついて来たユーフォリア。その表情には不満の色。そんなに起こしに来たい理由がわからない。
その髪から漂う青空の匂いが鼻腔をくすぐり、少女の蒼穹の髪色と合わさって、空の下にいるような気にすらなる。柔らかい肢体と子供特有の高い体温。抱き枕には快適な気もするが、それについては今はいい。
「なら、早く起きて全員を起こしに行くのは?」
「……迷惑にならないか不安ですもん」
本心から不安なのだとわかる表情。腹芸ができないであろうユーフォリアなので、これは本心からの言葉なのだろう。
……そんな表情をさせたいわけではなかったので、侘びの代わりにぽんぽんと頭を撫でる。
その気配を察したのか、自分が撫でられて気持ちのいい、相手が撫でやすい位置にまで頭を移動させるのは、やはり撫でられ慣れているからだろうか。
「お前が起こしに行って怒るやつなんていないだろうよ」
「本当ですか……?」
おにーちゃんも、と聞き返してくるのには曖昧に返して、後日全員を起こしに行ってみることを提案。
今から戻ろうにも、きっとそれは許してもらえないのだろうと理解して、仕方がないのでそのまま眠りにつく。
───後日。
朝、ユーフォリアが起こしに行こうとしたのはいいのだが、朝早くという条件が重なったためか途中で寝落ちするという事態が発生し、その企画は倒れたのだった。