「おにーちゃん、待たせちゃってごめんなさい……」
パンフレットを確認して学園内部を回っていれば、別れてからそう遠くない時間帯にユーフォリアと合流することができた。
それでも申し訳なさそうな表情をしているのは、彼女の終了時間からしたら時間がかかっているからだろうか。
「別に問題ないだろ」
「でも……」
ユーフォリアはそれでも自分が悪いと譲ろうとしない。
ユーフォリアの仕事終了時間を聞いていない、終わった後の待ち合わせ場所を決めていない、そんな状態では待ち合わせも何もあったものではないし、それを聞かなかったという点では久遠も同罪ではあるのだが、根が良い子なユーフォリアからすれば、そこは自分が悪いということになるらしい。
譲らないユーフォリアにため息をつきそうになるが、そんなことをすれば余計に話がこじれそう。そう思って、言葉を選ぶ。
「ユーフィーに終わる時間を尋ねなかったのは俺も同じなんだし、お前だけが悪いわけじゃない。……こういう時は全部”おにーちゃん”のせいにしとけ」
「あうあうあうあうあう……」
頭を多少乱雑に撫でていると、やめてくださーいとユーフォリアが怒ってくる。が、それで多少は調子を戻したらしい。
ぷりぷりと怒るユーフォリアに苦笑しながら手を差し出すと、ころっと機嫌を直して以前と同じように右腕に抱きついてくる。ふにゃあ、と声を漏らしながらも頬を擦り付けてくる様はまるで猫のようで、微笑ましいものを見る目になってしまう。
「で、どこに行きたい?」
「えっとえと……それなら、ここで!」
パンフレットを開いて尋ねると、彼女が指差したのは天文部の出し物。
簡単なプラネタリウムをしているらしい。郷愁の念に囚われそうではあるが、
「でも、なんでプラネタリウムなんだ?」
「だって、デートっぽくないですか?」
「デートっぽいことがしたいのか……」
「はい!」
そんな簡潔な言葉。これが
なので、彼女の思い描いているであろう、”定番のデート”に当てはまりそうな代物をパンフレットの中から選ぶ。
クラスごとにやっているテナントもあれば、部活ごとに何かやっているテナントもある。
運動部は全員集まっての体力測定。一位になれば何かしらの特典がつくらしいのだが、それについてはあとで確認にでも行くとしよう。
「おにーちゃん。大丈夫ですか……?」
天文部のプラネタリウムは、学園が異世界に飛ばされる前の時点でかなりできていたのか、思っていたよりも本格的だった。それが、見に来ていた生徒たちに故郷を思い出させて、涙を誘ってしまった。その中にはもちろん俺も含まれていて。それが、ユーフォリアが心配そうな瞳でこちらを見上げる理由だった。
「ああ、うん大丈夫大丈夫。それで、次にどこに行くんだっけ?」
「えっと、ですね。……次はお化け屋敷に行こうかなって」
「お化け屋敷ね、了解」
お化け屋敷は、運動場のそれとは真逆の理由で作られた代物。
運動場が運動部の有志によって作られた体力測定の場であるのなら、お化け屋敷は人数、あるいは時間が足りないせいで元々……この旅が始まる前にやる予定だったものができなくなった文化系の部活が集まって作ったものだ。
例えば、人数が足りない上に、新しく仕込むには下地が存在しない人物ばかりなので元々の予定であった『ロミオとジュリエット』をできなくなった演劇部とか。
そうやって、本来一つの出し物に対して使われる人数の約二倍ほどの人数、しかも小道具などのエキスパートまでいる上に、
「ふにゅうっ!? お、おにーちゃぁん……」
それこそ、いろんな相手に斬った張ったを繰り返して来たであろうユーフォリアも怯えるレベルで。
元々、
ビクッと怯えてこちらの腕に抱きついて、涙目でこちらを上目遣いで見つめるユーフォリアの姿は、ろりこんではない俺もドキッとしてしまいそうになるほどに愛らしい。
「ほら、大丈夫だから……」
「ほんとですか?」
「本当本当」
ユーフォリアを慰めながら進んだので多少時間はかかったが二人でお化け屋敷を終えて、未だに怯えている彼女のことを落ち着かせながら、次はどこに行く、と尋ねる。
ユーフォリアの状態的に一旦休んだほうがいいかとも思うが、彼女がまだ回りたいのであればそこは任せるべきであろう。俺は来年も学園祭はあるが、ユーフォリアに関してはあるかどうかわからないのだ。
だから、彼女のやりたいことを第一にするべきだ、という思いがある。
「だったら、運動場に行きましょう!」
「ぶーっ」
運動場。ユーフォリアのやりたいことというのは運動部有志による出し物。
体力測定に関しては神剣使い……戦うために鍛え上げて来た面々の名前が上位に燦然と輝いていたが、今の目的はもう一つの出し物。
学生プロレス。
常に殺しあう、本当の意味での戦闘を行う神剣使い。その彼ら彼女らからすれば競技としての、殺さないための戦いが珍しいのか、その会場には神剣使いの姿もあった。
タリアと同時期に仲間になった男性、ソルラスカ。そしてその次にたどり着いた世界、『精霊の世界』と呼ぶ世界で仲間になったルプトナ。
その二人が、特別マッチの相手として存在していた。
ホワイトボードには、彼らとのアームレスリングで勝利した場合の報酬。『俺達に勝ったら貰えるぜ! 生徒会長の膝枕券!!』やら『+カティマ』やら『+ナーヤ』やら『+永峰』やら。
それらに惹かれてアームレスリング対決に参戦したせいで、ユーフォリアが頬を膨らませてぶーたれているのだった。
「おにーちゃんなんか嫌いです」
「いや、だから悪かったって……」
「それぐらいのことなら、あたしが後でしてあげます!」
さすがにユーフォリアと一緒に回っている最中に他の女性に気を取られているのは悪かったと思う。
それはそれとしてユーフォリアからの膝枕に関しては、別にそこまで欲しくはないが。
とはいえ、他の生徒たちからすればそれはとても羨ましい物。よって、ぶわっと吹き上がる殺意の視線。
ふん、とそっぽを向いて歩いて行くユーフォリアについていき、どうにかして機嫌を直してもらわないといけないなと頭をフル回転させる。
結果、思いついたのはよくあること。
「あとで一つ、なんでもいうこと聞いてやるから……」
「本当ですか!?」
ただ、それに対する食らいつきはよくあるパターンよりもよかった。
何をして欲しいんだ、と尋ねるとえっとと悩むユーフォリア。なんでもいうことを聞いてもらえるということに対する食らいつきはよかったけれど、実際にやってほしいことは思いついてはいないようだ。
けれど悩むこと十分程度。どうやら思いついたようで、同時に少しだけ冷静になったのか、恐る恐るといった雰囲気で。
「えっと、それなら……」
そう言って、彼女が口にしたお願いというのは、思ってもみなかったことで。
そんなことでいいのか、と聞き返してしまうようなものだった。
学園祭は一日だけ。そして一日は二十四時間。
どれだけ恋しかろうとその時間には終わりがやってくるし、すでに俺たちの異世界学園祭は終わりの時間を迎えていた。
そのことを示すように校庭ではキャンプファイアーが行われているし、その周りでは生徒や神剣使いが入り混じって今日という日の思い出話に花が咲いている。
俺も、少し離れたところでユーフォリアと一緒にその光景を眺めている。あぐらをかいた俺の膝の上にユーフォリアがちょこんと座り、頭を擦り付けてきていた。
「それで、満足したか?」
「えへー」
ご満悦、と言ったその表情を見れば聞くまでもないことなのだが、一応は尋ねる。
彼女からのお願いは、今日一日全力で甘やかしてほしいというもの。ゆえにこそ、今もこうして彼女を膝に乗せて好きなようにさせているし、永峰のライブの最中も彼女の要求に応えて手を握っていたり、周囲からロリコンに見られたり。いろいろなことがあった。
「明後日には新しい世界に到着するんだっけ?」
「はい、そうらしいですね」
そんな中、真面目な話に立ち返る。
この学園祭は、次の世界に向かう最中に行われたもの。
支えの塔が修復されるまでの間に、隣のクラスの暁を連れ戻すことを目標として次の世界に進むことになったために行われた、”本来なら旅路を終わらせても問題ない状況”であったのにも関わらず、一人の我儘でさらなる旅路を続けることになったことで、その当人が抱いたであろう罪悪感を、祭りの雰囲気で忘れさせてしまおうというもの。
たどり着いてしまっては、きっとこんなに心休まる時間は得られない。そう思って、ユーフォリアのお腹に回した腕に、より力を込めるのだった。