「おにーちゃん、おにーちゃん」
ユーフォリアに名前を呼ばれる。
今日一日ずっと展開されている、いつもよりも甘えるような声に少々の疑問を抱くが、それでも名前を呼ばれたことには変わりなく。
そちらを振り向くとえへーという声にも、普段よりも嬉しさを宿しているように思えた。
今朝は起きた時、唇周りになんだかベタつく感覚はあったのだが、それからだろうか。ユーフォリアが甘えてくるようになったのは。
「どうした、ユーフィー?」
「えっとですねー」
歯を磨いてください、と。ニコニコ顔で言ってくる。
それぐらいは自分でもできるだろう、と流石にそこまではやって上げる気にはならないので断ったのだが、断ったら断ったでしょんぼりとされるのは卑怯な気がする。
「そ、そうですよね……」
しょんぼりと落ち込んだユーフォリアの姿に、周囲からは無言の圧力。
悲しませてやがるな、と言う視線の男子たちに、おにーちゃんでしょと言う視線の女子たち。
そのどちらもが、最終的には『ユーフォリアの願いを叶えろ』と言う一点に収束しているために、ため息をつく。
「わかったわかった」
「ほえ……?」
「それぐらいでいいなら、いくらでもしてやるから……」
そう言葉にすると、ユーフォリアはわーいと喜び始める。
ただし、それはここですることではない。
ユーフォリアを見てほんわかしている学園の生徒たちには悪いが、部屋に戻ってからするとしよう。
「それじゃあ、お願いしますね!」
「はいはい」
そう言って、ユーフォリアは、んあーと口を開ける。
久遠の手には歯ブラシ。ユーフォリアからの頼みを聞いたことにより渡された、彼女の愛用の品。
以前一緒に買いに行った、彼女のお気に入りの一品だった。
それを、精一杯開かれた、ちっちゃな口の中に入れていく。
小さな口の中からは白い歯と舌が覗き、それが以前に吸われたことを思い出させてゴクリと息を飲む。
そのことは隠して、ゆっくりと奥の上の方の歯に毛先を当て、そっと前後に動かす。
「……ん、ぁう、う、……っは、……」
ユーフォリアの悩ましい声が響く。
くすぐったいだけなのかもしれないが、そんな声を出されるとこちらは変な気分になってしまうのでやめてほしい。
自分でやるのと人にしてもらうのでは違うと聞いたことはあるが、それも本当だったということなのだろう。
「う、ひぅっ、あぅ、……ぁえ、っ、……っふ、」
「……」
「ぇうっ、ぁ、えぁ、……ひっ、ぅ、……」
色っぽい、と感じてしまうのは自分が煩悩に溢れているから。そうでもなければ、こんなに幼い女の子に対してそんなことを思うはずがない。思っていいはずがない。
無心になれ。彼女が自分に対してそれを任せたのは信頼しているからで、それを裏切っていいはずがない。
そう言い聞かせることでどうにか理性を過剰労働させる。
歯ブラシを走らせる。小刻みに、丁寧に。しゃこしゃこ、規則的な小さい音が断続的に鼓膜を揺らしている。
いつの間にか半開きになった目はとろんとしていて、いつもの天真爛漫な様相は形を潜めていた。目元には涙、上気した頬に浮かぶ玉のような汗。謎の緊張感で、俺の額にも同じように汗が滲んでいる。
「ひ、ぁ……っうぅ、んくっ、……ぇう、あぇ、……っ、ひ、……っく、うぅーっ」
普段、口の中を他人に弄られる機会なんて皆無に等しい。恋人同士の深いキスならば、相手に口内を委ねることもあるけれど、今の俺たちはそういった関係ではない。それなのに俺は一方的に彼女の口内を暴き、嬲っている。
「ぁ、くひぃ…っ、ひ、ぇあ、っ!ぅ、〜〜っ」
「……っは、……!」
ユーフォリアがびくんと体を跳ねさせたところで終了させる。それ以上は何か、まずい気がする。
ゆっくりと歯ブラシを引き抜く。ユーフォリアは口を閉じることができないのか、惚けた顔でぽーっと天井を眺めていた。だらん、と力なく投げ出された手足が、完全に俺に預けられた彼女の体が、彼女の身を襲った快感がいかに強いものだったのかをこれ以上なく明瞭に示している。
「ほら、ユーフィー。最後はちゃんと自分でな」
「ふにゃぁ……は〜い」
ぼうっとしながらも、俺の言葉に返事だけは確と返し、コップに入れた水を持って洗面台の方に向かう。
結局、彼女がこんなことをしてきた理由はわからない。予想はできても、実際のところはわからないままだ。
旅の終わりに、謎な思い出が一つ増えた。その程度にでも認識しておけばいいのだろう。
明日は、ついに暁を連れ戻すための最後の世界だ。これが、本当に最後の旅。これ以降は本当にただ帰るだけなのだから。
沈黙が重たい。
ここにいる誰もが、たった一つのことが原因で意気消沈している。
その中でも特に悲痛な表情を浮かべているのは、生徒会長である斑鳩沙月と、そして悠久のユーフォリア。
「落ち込んでいても仕方あるまい。次にどうするのか、それを決めなければならない」
「サレス!」
そんな中、言葉を発したのはこの集団のリーダー、サレス=クウォークス。旅団のリーダーでもあり、今一番怪しさが爆発している人物でもある。
その理由はたった一つ。今回の意気消沈の原因を作り出した人物と旧知の人物らしき言動があったために。
そして、個人の感情を慮らぬ言動に、もう一人意気消沈していた世刻望の怒りが爆発する。
言葉にすればたったそれだけ。そこに、
「……聞かせてちょうだい、サレス。あの二人は何者?」
攫ったのは二人の神剣使い。世刻望の持つ破壊神ジルオルの力、『浄戒』を恐れて攫っていったことは彼らの言葉から十二分に理解していたが、攫っていった彼らが何者なのか、そのことについては知らない。
「あの二人は、理想幹神と呼ばれる存在だ」
その正体を告げたのは、新しく仲間になった暁絶。
曰く、三人いた管理神のうちの二人。その最後の一人こそがここにいるサレスであり、彼はすでにあの二人とは袂を別っているという。
「本当ですか? もしも嘘だったりしたら……」
ユーフォリアの目が据わっている。ブンブンと己の永遠神剣である「悠久」を振るい始めている。
それだけの怒りなのだと理解して、サレスは冷や汗を隠しながらも頷く。
今現在、サレスから得た座標でものベーは出立している。
よって、サレスが嘘をついている、あるいは非協力的……つまりは敵側であればその時点で決してたどり着くことはできないのだが、ものべーが動いている時点でその座標には確かに何かが存在しているということ。
ユーフォリアは、もしもの場合、彼が袂を別ったというのが嘘であり、敵である可能性も理解していて、その上でその時は殺すという絶殺の宣言をなしていた。
「それで、どうするかということだが……」
このまま話を続けていると何もなくとも殺されそうだと思ったサレスは、未来についての話に移る。
これまでの話は過去のもの。ここに至るまでの内容でしかなく、今必要なのは攫われた二人を助けるために何をするべきか。
「まず、大前提として。理想幹には”ログ領域”と呼ばれる場所がある」
「ログ領域……?」
サレスの言葉に誰かがポツリと呟く。が、それは誰もが思っていること。いきなりの謎の用語の登場に、全員が首をひねる。
「”ログ領域”とは、その名の通り、時間樹において起こったあらゆる事象の“ログ”が記録されている領域だ。本来ログ領域は、時間樹内のどこにでもあって、どこにも無いもの。すなわち、位相のずれた空間にあるのだが、理想幹の中枢であればそこに直接乗り込むことができる。……つまり、私たちのこれまでの戦いは全てログに載っているということだ。これまでの全てが対策を取られていると考えたほうがいい」
「そんなの関係あんのかよ?」
「あるに決まってるでしょ、馬鹿ソル」
「ああ、その通りだ。あの二人が攫われたのも、”理想幹神では敵わない相手”を封じ込めるためだろうからな」
「関係ないですよ」
どういう状況かを説明する言葉が、ユーフォリアの冷たすぎる一言で切って捨てられる。
しんと静まる生徒会室。据わった目をしたユーフォリアは、本気の殺意を漲らせて、理想幹神を倒すための力を練っている。普段であれば感知できるであろうに、一切のマナを感じさせないその姿にこそ、恐れを抱いてしまう。
「おにーちゃんたちを人質にする暇も与えなかったらいいだけの話です」
「それは……いや、それもそうか。望は『浄戒』を使えば希美……『相克』に殺害されるが、ユーフォリアに関しては奴らは何もできない。それどころか、ユーフォリアに本気を出させないという一点を遵守するには、何があろうと彼を守らなければならない。……そういう意味では、問題ないかもしれないな」
会話は終わり、あとはたどり着くのを待つだけに。
怒ったユーフォリア
一周目、難易度ノーマルのくせして一人だけレベルキャップが解放されているどころか上限までたどり着いている状態。要するにこの時期なら皆まだレベル20とかそのあたりのくせして一人だけレベル99。ついでにスーパーハードでないと手に入れられない技も全て開放済み。設定的にいうなら、思い切りがよくなった上にエターナルとしての全力を一時的に開放状態。とある章を過ぎると悠久のユーフォリアにユニットは戻る。敵はホッとする。