目を開ける。鉄格子で四方を囲まれた4畳ほどの狭い檻、その外は……無限に続くタイル地。
ここへどうやって来たのか、また来る前に何をしていたのかすらも思い出せない。気絶する直前の記憶は飛ぶことが多いというのでそれだろう。
檻の外、何もない地面にひとつの扉が現れる。木枠に板を嵌めただけのような簡素なものだ。
「おお、目が覚めたか」
扉から男性が出てくる。いや入ってくる、か?見た感じ25歳くらいの、健康的な体つき。歯ごたえがあり味もいいので、このような者を食事の際に好んでリクエストしていた。
鉄格子を開け、フランドール自身の、なんと呼ぶべきか……パーソナルスペースにずかずかと踏み入ってきた。
それにさっそく嫌悪感を抱き後ずさる。
「君は何も知らなくていい。ここへ連れてこられた経緯も、俺が何者かも。ただ俺のおもちゃにさえなってくれれば、殺しはしないよ」
落ち着き払い話す様子がなんとも気持ち悪い。
男に殴りかかるが、片手でいとも簡単に拳を止められてしまう。強靭な肉体も含め、吸血鬼としての能力などは奪われているようだった。
「おもちゃ」
いきなりこちらの衣服を剥がしにかかる。乱暴な手つきの先に見えた眼差しは、完全に色欲と嗜虐心に支配されていた。
「やめて、何のつもり!?こんなことお姉さまに知れたらどうなるかわかってる?!」
「おもちゃのクセにうるさいな、反抗せず、ただ啼いてくれればいい」
相手の吐く歪んだセリフの中に苛立ちの波が見え隠れする。それを悟り、抵抗をやめた。
身ぐるみ剥がされ、これから受けるであろう穢れの数々を想像し震える。そうこうしている間に、男も下を脱ぎ準備を終わらせていた。
郷へ来て初めて相対する、生きた男のそれは、彼女の体とは釣り合わないほど太く巨大であった。
状況を呑み込みきる前に、男がフランドールの腰を後ろから押さえる。
「え、待ってお願い!そんなのいきなり入るわけ───」
意に反し二人の腰が容赦なく密接する。前戯なしにどうなるか、簡単に予想がついた。
「い、たい……っくぅ…………む、無理、だってば……!」
血がにじむ。見た目10才前後の彼女の器のキャパシティを完全に超えていた。強烈すぎる信号が一気に流れ込んだせいで、頭も限界だった。
「さすがに浅いなっ……もっと入ってくれなきゃ」
「え、どういう……っぎぃ!」
もう入りきったと思っていた。もういっぱいだった。なのにまだ押し込もうとしてくる。
「──────!!!」
この責め苦から逃れようと必死に身をよじるが、相手は大の大人、簡単に抜けられるはずもない。結局、この嫌悪、痛み、恐怖にひたすら堪えるよりほかはなかった。
「……ふぅ」
いくつもの体液が混ざった深紅の粘液が、自身の股から流れ出る。一方的な欲望を強引に押しつけられ続けた結果、フランは完全に生気を奪われていた。事後の虚無感がつけ入る隙もなく、意識を保つのに精一杯で、ヒューヒューとただ浅い呼吸を繰り返すばかり。
「お前の血で俺のモノが汚れたんだからきれいにしろよ、……反応がないな、さすがにやり過ぎたか?」
肉体を極限まで蹂躙していた矛を彼女の眼前に持ってくると、頭を鷲掴みし、むりやり口に押し込んだ。
「んむ!?」
複数の不快極まりない臭いと味、感触が襲う。頭を離そうとするも、男がそれを許さない。呼吸を試すたび汚れた液体が鼻腔を占拠する。
「ッがは、はぁ……は……」
あらゆる体液でできた不浄極まる 水たまりの中心で。
それをまるで死体でも見るような目で一瞥し男は出ていった。
「さ、咲夜さん、これ……」
美鈴が手渡したのは一枚の写真。今朝、門の前で見つけたという。
「……え、これって」
写真に映る少女。まさしく、一昨日散歩へ出かけたあと消息を絶ったフランドール・スカーレットであった。
シンプルな鉄格子の内側で倒れる彼女。無造作に打ち捨てられた衣服や映る身体の具合からして───
「なんて事……ああ、妹様…………」
「これ、お嬢様に伝えないほうが……わずかな進展、とだけ言っておきましょうか」
「ええ、そうして……写真は私が持っているわ」
妹の惨状を知ればレミリアの精神状態すら危ない。
しかしこの写真一枚では、フランの居場所を知る大きな手がかりにはなり得ない。それどころか生死すら判断しかねるような状態である。
もし生きていれば、今この瞬間にもまた何かされているかもしれないのだ、一刻も早く彼女を見つけ出す必要がある。
牢から出され、あの扉の向こう、男の家の二階部分にいた。外へ通じる場所は結界で封鎖されているので、逃げられそうもない。
畳にちゃぶ台、至ってシンプル。一階に水場がある。
「いちいちあの部屋に行くのも面倒だから出した。逃げようなんて考えるなよ、結界に触れようもんなら、歳の数だけ炒り豆食わせるからな」
なんとなく居心地悪そうにしていると、外から数人の男の声が近づいてきた。
「ああ、今日は俺の他に二人の相手も頼むよ。なに、昨日みたいな無理はさせないから大丈夫」
「───え、今日も……?」
昨日の傷が治りきっていない。こんなコンディションで三人もの相手なんかしようものならただじゃ済まないだろう。
「その……、昨日のがまだ痛むの。だから───」
「主人にたてつくのか?コトが済んだら一晩水牢行きな」
白い顔がさらに蒼白になっていく。吸血鬼に流水は大敵、ましてや乱暴されたあとに何時間も……
「お、いらっしゃい。早速始めよう」
へたり込む彼女をよそに、三人は紅いドレスをなんの躊躇もなく脱がしていく。
抵抗すれば地獄をみる。男たちの言うことは絶対なのだ。自分という存在を押し殺し、ただ目の前の客人をもてなすのみ───
地下には水路があるようだ。水路に突き落とされ、底からのびる縄で足首を固定される。おそろしく冷たい冬の水路に何も着けず立たされるのは、流水に弱くはない人間でも堪えるだろう。
「……やっぱり無理、あんなことされた後だもん……死んじゃうよ」
蚊の鳴くような声で恐る恐る抗議する。もちろん罰則覚悟で、それだけこれは無理があった。
「様子くらい見に来てやるから安心して気絶しな。こっちはあんたが死にさえしなければいいんだから」
「あ、行かないで───」
嘆願も虚しく、男は道を引き返し姿を消した。
「…………」
想像を絶する速さで体力が削られていく。ものの五分で立っているのがやっとになってしまった。
あれだけのことをされたのに、男に助けを求めてしまう。
パチュリーの本に書かれていた「ストックホルム症候群」ってやつだろうか。
とうとう脚に力が入らなくなり、全身が身を裂くような冷たい流水に浸かる。水面に顔を出すだけの体力もなく、そのまま意識を失った。
囲炉裏の傍、なんとか生きているようだ。この後にどんな仕打ちを受けようと、今この瞬間に生を確認できただけで満足だった。
同じく囲炉裏の傍で座りながら作業をしていた男が振り向く。睨むような、興味のなさそうな、よくわからない眼差しを受け困る。期待を裏切るような言動は死に直結するのだから、迂闊に発言もできないのだ。
しかし男は何もしてこなかった。視線を自分の手元へ戻し、もとの作業へ戻っていた。
とにかく休むなら今しかない。今何かされたら間違いなく生きては帰れないだろう。それに、疲れからくるこの強烈な睡魔に勝てる自信もなかった。
毎晩届く血みどろの写真たち。
これらをレミリアが見つける前に門前から回収し咲夜に渡すのが美鈴の仕事だった。
「……、これです」
「ありがとう……仕舞っておくわ」
あまりに残虐でとても直視できたものではないが、この写真の中にフランドールの居場所を割り出すなにかが写っている可能性を信じ全て咲夜のタンスに保存されていた。
今日もそのはずだった。
「咲夜……これ、なに?」
主が問い詰める。
しかし返す言葉が見つからない。
「どうしてこんなものが、貴女の部屋から出てくるのかしら?」
体液に塗れ放心状態で倒れ込む妹の写真。
男たちに囲まれ肢体を貪られる妹の写真。
真冬の水路に立ち、ただ耐える妹の写真。
すべて彼女の手中にあった。
すべて彼女の眼中にあった。
…………
すべて男の、手中にあった。
後ろ手に縛られアイマスクで正座、背中目掛けて熱湯がぶち撒けられる。
「っっっっっっああああああああ!!!」
のたうち回る。そこへ追い打ち。
彼の趣向は、本来の性処理ではなく加虐へ傾いていた。
度重なる極端に強力な信号により、いま自分がどんな感覚を味わっているのかよくわからない。
意識は遠くなり、また熱湯で取り戻す。
吸血鬼ゆえの異常な精神力が、この時ばかりは仇となった。
自分の身体が今どうなっているのか、もはや検討もつかない。知りたいとも思わない。ただこの数百年で一番の苦痛を受けていることだけは、文字通り痛いほどわかった。
血と熱で嗅覚も効かない。まともに残された感覚は聴覚くらいで、それすら自身の絶叫と喘ぎをただ拾うのみとなっている。
「お疲れさん」
そんな声を聞いた気がした。
空耳だったかもしれない。
しかしそれにすがる他なく、今度こそ安堵し、気絶したのか泥のように眠ったのか、そこで記憶は終わっていた。
目覚めたら見ず知らずの男たちに囲まれている。
その後は主人の嗜虐心を満たすのみ。
翌日には何事もなかったように、いつもの透き通るような肌が下衆共を迎える準備をする。
こんな生き地獄が幾度となく繰り返されたあと、救いの手と呼ぶべき変化が訪れた。
いつもは主人の家のどこか冷たい床で目を覚ます。けれども今日は、二度と満喫することはないとすら思っていた、分厚い布団にくるまれている。
これは……
どういった風の吹きまわしか?
それにこの布団といい部屋といい、主人の匂いが微塵も感じられない。それにあの汚い獣の息遣いも聞こえてこなかった。
代わりに、日本の商人特有の、線香と酢を混ぜたような匂いが漂ってくる。きっとそんな人が近くにいるんだろう。
起床を悟られたらまた何をされるかわからない。布団から少しだけ顔を出しあたりを探ることにした。
こたつに半身を突っ込んで黙々となにかを書いている小太りの男。さらに隣では火鉢まで焚いている。
煩雑に調理道具が並べられた台所や無造作に干されている衣類などを見るに、どうも独り身らしい。
男がゆっくりと振り返る。たったそれだけの動作を警戒し一気に緊張が高まるが、こちらを確認した彼が発した言葉は、そんな緊張とは一切無縁にも思える、間の抜けたものだった。
「おはよう……よく眠れたかな」
上目遣いに睨むこちらの心境を知ってか知らずか、なお落ち着き話す。
「ここにいる間、十分に休むといい。彼のことは忘れなさい」
「もう、いないの?」
「いや、いる。僕はあいつから、君を『借りて』いるんだよ。契約した時間だけ、君の面倒をここで見られる。無力な商人の、悪あがきさ」
とすると、こちらの様子を確認したうえで同情、少しでもあの男から離すべく契約した、ということだろうか?
「あの男から、これを飲ませるようにと。あんた、只者じゃないね」
渡された湯呑みに注がれていたのは、飲み慣れた紅茶などではなく、熱めの血液だった。久々の食事だが、あの男の指示となると怪しい。しかしどこからどう見てもただの温かい血なので、一気に飲み干した。
「───、ふぁ」
なんだろう、この妙な安心感。何百年も昔に忘れたと思っていたこの感覚。
もう顔も覚えていない、父に似た雰囲気だった。
これを感じると途端に強い睡魔にかかる。今回もその例に漏れず、彼の胴に背中を預け、静かに寝息をたて始めた。
それを離さじと抱き締め誓う。
必ずや、この子を元いた場所へ帰してやると。
「時間だよ、旦那さん」
「ん、ああ……わかった。契約は破れないものな」
自分を信頼しここに眠る少女を、この外道に渡す。
「時間外は俺のものだ。どうしても欲しけりゃ全額払うんだな」
この後彼女がどんな目に遭うか容易に想像できる。それだけに、胸が傷んだ。自分までこやつの悪行に加担しているという自覚もあった。
しかしどうにもできないのだ。
「んじゃ、また明日」
あの時間が帰ってきた。今日は主人ひとり、主人のやりたい放題というわけだ。こいつは人数が少ないときほど酷い扱いをしてくる。自分が人間だったら何度も死んでいるだろう。
自分がいま何を食らっているのか正確にはわかりかねるが、男のモノを限界まで喉に押し込まれながらオーバーサイズの張型で秘所を無理矢理拡げられているらしい。
羞恥心とかは、ない。
ただその瞬間を生きるのに精一杯で。
激痛に悶えながら、気道を確保するのに精一杯で。
感情なんて入る余地はなかった。
「ッガ、ハ……」
なんの前触れもなく口へ吐き出される精液を捨ててはならない。呑み込まなければ。彼はできるまでやらせる。
「ありゃ、鼻から出ちゃった。やり直し」
「ご、ごめんなさい…でもわざとじゃ───」
髪を鷲掴みし睨みつける。
「誰が主人に口答えして良いっつった?」
張型を抜きそこに挿入される。ついでに両腕で思いきり首を締められた。もはや一切の抵抗も認められない。
このまま死んでしまえばどれほど楽だろう。
毎晩思った。
吸血鬼の不死身性を存分に発揮しながら吸血鬼の尊厳を踏みにじられている今、私は一体なにになったんだろう。
ぼんやりと。
恐怖で萎縮したちっぽけな脳は考える。