翌日、散々もてあそばれたあとそのまま商人の家へ引き渡される。全身からにじむ血液もそのままに。
「この子……まだ、生きてるのか。あんた、とんでもないモノに手を出したな」
「こいつと遊べるんなら、殺されたって一向に構わん。こんな上物、初めてだ」
まだ息がある、それだけだった。何もかも吸い尽くされ、今この腕の中にいる。なんの反応もせず、なんの抵抗もせず。吸血鬼としての彼女は、すでに死んでいるのかもしれない。ただ、ここにいるだけ。
全身の汚れを洗い流すと、あちこちに開いていた傷口はすべて塞がっていた。その間も、彼女の身体に力が入ることはなく、ただこちらの所作に身を委ねるばかりであった。
そして昨日したように、厚い布団にくるんで完成。ついでに本来の色なのか血の色なのかわからなくなっていたドレスも洗濯しておいた。
ずっと一人での生活を送っていたため、日中、家に誰かいるとどうも落ち着かない。商売はすべて別の棟で行っていたが、どうしても吸血鬼のことが気になって集中できなかった。
夕方になって帰っても、布団の形は変わらぬまま。寝返りすらうたず滾々と眠り続けている。
「んん……」
モソモソと動き始めた。布団の端から顔が出てくる。昨日と同じ状況であることを確認すると、顔を出したまま、また眠り始めた。
ひとまずの安堵なのか、それとも動かない事態への諦念か。
あいつを殺せるだけの力が自分にあれば、こんなことも考えず、この子を救ってやれたのに。
ただの商人が、裏の人間に歯がたつわけがない。
「貴様か、妹様にあの様な仕打ちをよくも!」
何もない、文字通り虚空から現れたメイド服の女は、こちらに無限の殺意を込めた細いナイフを突き立て、叫ぶ。
「待て、俺じゃない。むしろ逆だ。俺があの子を奴から遠ざけてるんだ」
震える切っ先。少しでも対応を間違えれば、辺りは血の海となるだろう。
「奴……誰、誰がこんな写真を」
「写真?この子の写真か?」
困憊した表情で取り出したのは、きっとあの男が趣味で撮影したであろう、横で眠る吸血鬼が嬲られている最中を収めた写真の数々であった。
「とりあえず妹様は連れて帰るわ。協力ありがとう」
「待て、あんたにこの子を引き渡したなんてあいつに知れたら俺がどうなるかわからない……他人事なのはわかってるが」
感情の昂ぶりで今はそれどころじゃなさそうだ。この二人がどういった関係なのかはわからないが、とにかく大事な方らしく、状況のわからないまま居場所を掴んでしまい焦っているのがひと目でわかった。
先程の殺意とは打って変わって、今度はひたすら焦っていた。
「その……妹様の容態は、どうなのかしら?それ如何によっては今すぐあなたの安全を確保できる保証は無いわ」
「外傷はすっかり治ってる。ただ、気力のほうはわからないな、何日もあんな目に遭わされていたわけだし」
抱きかかえ、去り際に振り返る。
「まずは妹様を紅魔館へ連れて帰る。また戻るわ」
この時の、いやこれから先の咲夜にも、見ず知らずの他人の安全を確保する気など毛頭なかった。目の前のことに精一杯で周りなど見えていないのだ。
相対時間フェムトで紅魔館亭主の部屋にたどり着く。
「お嬢様……妹様を」
レミリアが力なく駆け寄る。ここ数日、妹のことでろくに眠れていなかった。いても立ってもいられず、日傘を持ち寝食も忘れて人里を奔走していたのだ。
「……ひとまず寝かせるわ。私に運ばせて。それで、犯人は殺したの?」
「いえ……見つけてすらいないのです」
「それじゃあ、フランには見張りもなく、一人だったってこと?」
「男が……商人が一人、妹様を匿う形で」
レミリアが大きくため息をつく。
「その男を何故連れてこなかったの……ただの商人が、吸血鬼を弄ぶような奴に太刀打ちできるわけ無いでしょう。そいつは紐付きよ」
相手の戦力は完全に未知数、下手に動けば痛い目に遭うのは明白だった。
しかし一人、目撃者ならいるではないか。