夜の校舎へ
「はぁ…あの時出したかったなぁ…」
夕方にウサギと閉じ込められてからずっと俺はそんなことを思っていた。
ユキの乱入により寸止めされたのでムラムラした感情が俺の中で渦巻いていた。
しかし俺はユキの命令で一人で抜いてはいけないし…
それを律儀に守ってる俺も俺なんだけど。
とにかく出したくて出したくてうずうずしながら夜を迎えていた。
「お兄ちゃんいる~?」
と、ふいにドアをノックする音とユキの声が聞こえた。
こんな夜中に何事かと俺はドアを開ける。
「お願いお兄ちゃん!一緒についてきてほしいところがあるの!」
「は?ついてきてほしいところ?」
俺にそう言ってきたユキはいつもより切羽詰っているように見えた。
その後の話を要約してみるとこうだ。
どうやらユキは教室に忘れ物をしてきたらしい。
それがどうしても必要なモノなので今から取りに行きたいとのこと。
しかし夜の校舎は怖いので俺にもついてきてほしい、と…。
「ね?いいでしょ、お兄ちゃん…ほんとにちょっとだけだからさ…」
「ったく…しょうがねぇな…」
妹にここまで言われればついていくしかないだろう。
いや、妹じゃなくてユキだからついていくのか?
そんなことを考えながら俺はそそくさと部屋着から私服へと着替えを済ませた。
「うぅ…夜の学校って不気味だよね…怖いよぉ…」
校舎内に入ってみるとそこには電気一つついていない暗黒の場所だった。
普段は人が溢れかえっているそこも今は人っ子一人いない、それに騒音も何も聞こえない。
それがかえって恐怖心をあおっていた。
「離れないでね、お兄ちゃん…」
「わかってるよ…」
ユキはまるで幼子のように俺の腕にべったりと張り付き離れようとしない。
「そう言えば…昔もこんな感じでお兄ちゃんにべったりだったなぁ…あの頃はずっとお兄ちゃんの後ろにぎゅってしてたっけ」
昔を懐かしむようにそう言ったユキはどこか寂しげだった。
もう兄をぎゅっとできずに悲しんでいるのか、それとも俺と記憶を共有できないのか…
もしくはおれ自身が記憶の欠乏により変わってしまったからか…
どんな理由であれユキは今寂しがっている。
それをどうにかしてやらないのは兄失格だ。
「ほら、もっとこっちこいよ」
俺はユキの肩に手を置きグイッと俺の体の方へと引き寄せる。
突然のことに驚いていたユキだがすぐにうれしそうに俺の体にギュッとまとわりついてきた。
まるでもう俺をどこにも行かせないという風でもあった。
「ありがとね…なんだかお兄ちゃんにギュッとしてるとね不安とか怖いのとか全部吹っ飛んでいく気がするんだ…だから、たまにでいいからこうやってぎゅっとさせて…」
少し切なげにそう言ったユキに俺はどきりとする。
俺の隣にいるのは気の強い妹なんかじゃない、寂しがり屋の女の子、俺がいないとどうにかなってしまうほどに脆い妹なのだ。
そう意識した瞬間心臓の鼓動がやけに早まる。
さらには今まで感じなかったユキの匂いが俺に鼻孔をくすぐってくる。
甘い、匂いだった。
それにユキに触れられているところからちりちりとした刺激が襲ってくる。
その刺激は一か所に、欲求不満状態の俺の分身へと向かっていく。
(だ、ダメだダメだ…!これで興奮したらユキに可哀想だろ…!)
俺を必要としてくれて抱き着いてきてる女の子に興奮を示してしまうのはいろいろとまずい。
必死に頭の中の煩悩を振り払おうと努力する。
「あ、そ、そうだ!そういやどうして俺が体育倉庫に閉じ込められてるってわかったんだ?」
苦し紛れに出た言葉はそれだった。
だがそれで気がまぎれるならばと俺は早口にそうまくたてていた。
しかしそれが見え透いた地雷だということに俺は言ってから気が付いた。
ユキの顔が一気に不機嫌にゆがむ。
(あ、そういう事か…)
ウサギとの情事を見てしまったからだろうな。
「ウサギがいつまでたっても帰ってこなかったから先生たちに聞いて回ったの、それで最後に体育倉庫付近で見たって聞いてまさかと思って行ってみたんだけど…」
そこで一呼吸おいてから俺をキッと睨んでユキは言葉を紡いだ。
「お兄ちゃんがウサギとあんなことしてるなんて思わなかったよ…そりゃ妹とするより健全だけどさ…」
ぶすっとした表情でこちらを見つめるユキ。
明らかに不機嫌モードだ。
「お、も、もう教室についたみたいだぞ?」
怪しくなる会話の雲行きを変えるように俺はわざと明るい声でそう言った。
「そうだね、じゃあ探してくるね」
ユキはまだ語気に不機嫌さを隠し持っていた。
だがそれもすぐに収まるだろうと俺は思った。
俺の兄の感というか、そんなものがそう告げていた。
俺はユキが探し物を見つけるまでの間自分の席に座って待っておくことに。
一番後ろの窓際という特等席に座り教室を見渡す。
暗がりに照らされた教室に俺とユキ以外の人はいない。
教室内が虚無感に包まれている気がした。
さらに俺は校庭へと目を向ける。
夜の月明かりに照らされたグラウンドは青白く輝いて見えた。
やけに神秘的な光景だった。
「お兄ちゃん何してるの?」
ぼぉっと校庭を眺めていた俺にユキの声がかかる。
その手の中には星形のキーホルダーがついたポーチが握られていた。
ま、まさか女の子の秘密のポーチを忘れたのか?
マジマジとそれを見つめる俺の視線にどうやら気づいたようだ。
「あぁ、これ?これペンケースだよ。机の中にしまってたこと忘れちゃってて…」
ユキは嬉しそうにそう説明してくれる。
が、俺はそこで疑問をおぼえた。
ペンケースを忘れたからといって何か困ることはあるのだろうか?
筆記具なら同じ部屋のウサギに頼めば貸してくれるだろうし…
「あ、お兄ちゃんなんでこれを取りに来たのか気になってるでしょ?」
少し意地悪く微笑みながらそう言ってくるユキ。
俺の気持ちをよんだのか、それとも俺の顔にそう書いてあったのか。
とにかく図星だった。
「実際探してたのはペンケースじゃなくてそれについてるこれだよ」
そう言ってユキは星形のキーホルダーを指差した。
「これね、昔お兄ちゃんがくれたんだ…俺とお揃いだからちゃんと持ってろよって言ってさ…」
また俺の知らない俺の話だ。
だが昔の話をするユキの顔はさっきの寂しそうな顔よりどこか嬉しそうに見えた。
「お兄ちゃんってさ、昔からいろんなものくれるんだけど全部お星さまなんだよね。このピン止めだってそう、願い事が叶うからって言って…それでなのかな、私もお星さまが好きになって…」
大事そうにいつもつけているピン止めを触りながらそう言ったユキ。
嬉しそうに、懐かしそうにそう呟いていた。
「ユキ…」
「あ、ごめんねお兄ちゃん。こんなこと言ってもお兄ちゃん覚えてないもんね…早く思い出してほしいなぁ…それで昔みたいにお兄ちゃんにくっついていっぱい甘えるんだもん!」
ユキは嬉しそうに楽しそうにそう言った。
その時のユキの顔は俺の心に深く根を下ろしていた。
いち早く記憶を取り戻す理由が出来たな…。
俺はふとそんなことを思っていた。