放課後の教室は、どこもギャンブルの喧騒が騒がしい。
だというのに、芽亜里が選んだ教室には人が一人もいない。
「ここなら落ち着いて勝負できるでしょ」
胡散臭い笑みと共にそう口にする芽亜里の姿に、俺はイカサマを確信した。
できるだけ平静を装いながら、俺はギャンブルの内容を確認する。
「特殊なギャンブルだと不公平だし、シンプルにポーカーでどう?」
前もって用意していたのだろう。
芽亜里は自分の鞄からトランプを取り出した。
イカサマの内容も分からない今、断る理由もない。
了承し手近な椅子に座ると、詳しいルールが芽亜里から説明された。
俺は適度に頷き、時折口をはさんでルールを自分好みに変換していく。
数分の話し合いの結果、ルールは以下の通りになった。
・勝負は五枚づつ配ったカードで勝負するシンプルなドローポーカー。
・カードチェンジは一回まで。
・場代は一万円、掛け金の上限は無し。
・流れはベット→カードチェンジ→ベット→勝負。
・取れる行動は以下の三つ。思考時間は一手につき一分。
‣同額を賭けるコール。
‣掛け金を上乗せするレイズ。
‣勝負から降りるフォールド。
・お互いに掛け金が釣り合えば勝負。一回毎に現金で精算。
「じゃ、早速始めましょうか」
芽亜里は慣れた手つきでカードをシャッフルし、こちらにデックを差し出した。
俺はそれを軽くシャッフルし、机の中央へ置く。
場代である一万円を机に出し、勝負開始だ。
「……さて」
配られた五枚のカードに規則性は見えない。
ランダムに混ざっていると判断してもよさそうだ。
流石に芽亜里が自由自在にデックの順序を操作できるとも思えないが。
まあ、情報の足りない開幕にあれこれ考えていても仕方ない。
不自然な動きをしないことが先決か。
「コール」
「同じく」
お互いに掛け金は一万円のまま。
俺は三枚、芽亜里は二枚カードチェンジし、再度ベットの時間だ。
「コール」
「消極的ね。ベット、一万」
メアリが掛け金を追加した。
さて、降りるか、勝負するか。
「じゃあ、コール」
同じく一万を机の上に追加。
これで掛け金はお互いに二万円だ。
「コール」
メアリのコールで掛け金が釣り合った。
いよいよショウダウン、勝負だ。
「あら、ラッキー」
俺の手は四と六のツーペア。
芽亜里もツーペアだが、二とキングだから俺の手より強い。
掛け金が芽亜里の元へ移動し、俺はマイナス二万円。
現状、芽亜里に不審な動きは無い。
だが、カモである俺を狩るためにこの部屋を指定し、己のトランプでポーカーを提案したのだ。
なにかしら自分が有利になるような細工をしているはず。
そのタネを見破ってからが勝負だ。
十回戦が終了した。
結果は俺の十八万負け。
芽亜里はこちらが高い手だと即座に降り、勝負する際は必ずこちらより強い手を作っている。
あまりにも露骨で、笑いをこらえるのが大変なくらいだ。
「まだやる?」
「大丈夫。芽亜里さんと勝負する前に有り金かき集めてきたから、まだ手持ちも二百万くらいはあるよ」
勝負はここからだと、何も気づいていないように演じる。
芽亜里はとんだ馬鹿だとでも思っているのだろう。意地の悪い笑みが隠しきれずに透けて見えていた。
十一回戦。
配られたカードは、初手でクイーンのスリーカードが完成していた。
やはりイカサマはデックを弄る類ではないようだ。
こちらの手を覗いているというのも考えたが、この教室には誰もいない。
背後には黒板があるだけで、誰かが覗いている様子もない。
となると考えられるのはガンカード。
カードに区別用の傷か印があるのだろう。
相手の手が見えていればポーカーなど必勝だ。
「レイズ、二万」
「強そうね、コール」
降りてこない。
向こうの手がそれ以上に強いのか、それとも。
二枚交換。こちらの手はフルハウスにまで昇格した。
チェンジが一回きりのルールではほぼ勝ちの手と言っていい。
向こうは三枚交換……つまりスリーカードではない?
「レイズ、五万」
「受けるわ。レイズ、重ねて十万」
こちらの五万に追加で十万。
計十五枚の万札を追加する芽亜里。
これは、勝負所か……?
「レイズ、重ねて百万!」
俺の宣言に、芽亜里はニタリと気味悪く笑った。
「レイズ、重ねて三百万!」
ドサリ、と。
分厚い札束を四つ机上に作り、芽亜里は笑う。
「確か残金二百万だっけ? 残念、それじゃあコールできないわねぇ!」
「え、だって、そんなの……」
「ルールはお互い確認したでしょ? 上限なしの青天井。取れる行動は同額を賭けるコール、上乗せのレイズ、降りのフォールドのみ。そして勝負が成立するのは、“掛け金が釣り合った時”。つまりあんたは追加で三百万積むか降りるかのどちらかしか選択肢が無いのよ!」
勝利を確信し、芽亜里は上っ面の優しい笑みを捨てて醜悪に笑う。
嗜虐者としての視線は、彼女がいつも家畜に向けているそれと同一のものだった。
「でも私は優しいからね、特別に勝負してやってあげてもいいわよ?」
「……え?」
突然、芽亜里の表情が優しい笑みへと戻る。
無論、それが虚飾であることは明白なのだが。
「勝負はこの一戦で終わり。その代わりに最終戦だけ借金をしてのコールを認めましょう」
「ほ、本当に?!」
救いの手を受け取るように、俺は叫び声を上げる。
同時に、内心で俺はこの女の強欲ぶりに爆笑してしまう。
最後の一滴まで、いやそれ以上を搾り取るつもりか。
まさかここまでうまくいくとは。
言質を取り我慢の必要がなくなった俺は、ようやく笑うことを許された。
「レイズ、重ねて五百万」
「――え?」
文字通りの札束。
百万円の札束を八つ鞄から取り出し、俺は机に放る。
「ちょ、え、なに、それ」
「レイズ、五百万だ。勝負に乗るのか、降りるのか?」
「いや、おかしいでしょ。だってあんた、残金は二百万ちょっとって……」
馬鹿かこいつは。
青天井のルールで馬鹿正直に懐具合を明かす人間がどこにいる。
相手の所持総額より高い金額をレイズすれば確定で勝てる欠陥ルール。
わざわざそうなるように口をはさんでルールを“調整”したのだ。勿論、芽亜里にも気づいてもらわなければ困っていた。
イカサマをしているという絶対的優位と、相手の資金が透けているという錯覚。
その両方が芽亜里の瞳を濁らせ、偽りの必勝へと迷い込ませた。
弱者を相手にしているという油断をしてもらい、一度の失敗で破滅するだけの金額を賭けさせるのが俺の勝利条件だった。
数百万の大金など、軽く放課後にギャンブルをするような人間が持っているはずもない。
「十、九、八、七……」
「乗った、コールよ」
だが、芽亜里はすぐに勝ち誇った表情に戻った。
合計九百十八万円の大勝負。
簡易なポーカー勝負程度ではありえない掛け金。
この学園の生徒がいくら金持ちとはいえ、負けた方は人生が狂いかねない額だ。
だというのに、芽亜里はどこまでも得意げに笑っている。
そして己の手を机の上に叩きつけ、公開した。
その手はハートのフラッシュ。
スリーカードを超える大物手だ。
「残念、これで私のか……え?」
芽亜里の表情が、呆然とした驚きに変わる。
俺の手はフルハウス。
芽亜里のフラッシュよりも強い。
「な……なんで、あり得ない?!」
「やはりイカサマはトランプにあったか」
俺の指摘に、芽亜里は露骨に動揺した。
ばれていないと本気で思っていたらしい。
恐らくはマークドトランプ。
一見何の変哲もないように見えるこのトランプには、芽亜里だけが区別できるなんらかの印があるのだろう。
なら、イカサマにはイカサマをぶつけるだけだ。
勝ち誇った瞬間、俺の五百万レイズに動揺した瞬間。
すり替えのチャンスはそれこそいくらでも存在した。
捨て札置き場からカードをすり替え、己の手をスリーカードからフルハウスに昇格。
あとは勝ちが見えて油断している芽亜里から有り金を引っ張り出すだけだ。
「ぐ、くぅっ……!」
ようやく芽亜里も俺のすり替えに気付いたのだろう。
しかし証拠はなく、手が変わったと主張するのは己がイカサマをしていたと暴露するのと同義だ。
そして勝負は終了。
芽亜里は大敗以上の敗北に震えていた。
涙を浮かべながら、芽亜里は俺の足元へと縋り付く。
負債は彼女のキャパシティを四百五十万円ほどオーバーしていた。
途中の三百万レイズは、ほぼ彼女の有り金全てだったらしい。
「お願い、支払いを待って、いや待って下さい……このままじゃ私、上納金も払えない……」
想定通りだ。
この学園において最も避けたいのが、家畜に成り下がること。
今まで何人もの家畜を虐げてきた芽亜里には、余計にその未来が耐えがたいのだろう。
俺は吊り上がりそうになる口端を抑え、平静を装って芽亜里へ提案する。
芽亜里に与える選択肢は二つ。
学園の家畜になるか。
それとも、一発逆転に賭けて更に勝負をするか。
芽亜里は悩みに悩んだ末に、後者を選択した。
四百五十万程度の借金では破滅には足りない。
文字通り全てを奪い尽くしてやろうと、俺は新たなギャンブルを芽亜里に突きつけた。