驚くほど簡単に、話題の転校生である蛇喰夢子はこちらのギャンブルに乗ってきた。
転校初日からギャンブルを繰り返し、その全てに勝利したせいで対戦相手がいなくなったとは聞いていたが、なるほど噂通りの賭博狂いらしい。
つまりは彼女の強さも噂通りと見るべきだろう。
勝つには必勝の手筋で、イカサマが露見する前に速攻で潰すしかない。
ギャンブルの内容はシンプルなサイコロ勝負。
二つの六面ダイスをお互いに振り、より大きい目が出た方の勝利だ。
勝者は金ではなく、敗者を個人の家畜とすることができる。
サイコロの出目に文字通り全てを賭けた一発勝負。
無論、通常の神経であればこんな勝負受けるわけがない。
「まあ、素晴らしいですね!」
だがこの女なら話は別である。
彼女は相手のイカサマを暴いてなお必勝を嫌い、スリルを求めるほどの賭ケグルイだ。
このギャンブルにも当然乗ってくるだろうと予測はしていた。
俺は懐から四つの六面ダイスを取り出した。
どこにでも売っているような市販の、未開封の新品だ。
区別がつくように、赤・青・黄・緑と色分けがされている。
使用するダイスを先に選ぶよう促すと、夢子は数秒だけ悩み、赤と青の二つを手に取った。
余った二つを俺が取り、開封する。
無論、これは伊月に頼んで作らせたイカサマダイスだ。
重心が弄られており、普通に降れば決まった目が確実に出る。
夢子が選んだ二つは、一と四の出目が。
残った二つは、三と六の出目が出るようになっていた。
つまりこの時点で必勝だ。
俺は鞄から教科書を取り出し、机の周りに並べて柵を作る。
サイコロを振るのは机の上。
もし落ちたら出目は零として扱うとルールを定め、夢子から了承を取る。
もしも夢子が高い出目の出るサイコロを選択していれば、俺は重心の歪みを無視できる円形の茶碗を取り出しサイコロを振る場所にする予定だった。
だが運が良い、他に仕込んでおいたイカサマの出番は無さそうだ。
再度ルールを確認し、カウントダウンの合図と共に同時にサイコロを振る。
「三、二、一……」
零。
万が一にも落ちないように、俺は慎重にサイコロを振った。
「――えっ」
気の抜けた声が、俺の喉から漏れる。
夢子は勢いよく……振るのではなく投げつけるように二つのサイコロを投擲した。
お互いのサイコロは机の中央でぶつかり、四方に飛び散っていく。
教科書で作った柵に当たり、さらに机の上を縦横無尽に転がっていた。
「ずいぶん大掛かりな仕掛けですね、まさか専用のサイコロを作るなんて」
――見抜かれていた。
冷や汗が俺の頬を伝い、緊張が俺の喉を乾燥させる。
「これだけ重心が違えば手に持った段階で気づきます、サイコロはギャンブラーが手に持ち続けている道具なんですから」
そんなわけがない、常人には絶対に分からない差だ。
こんな小型のサイコロ、いったい何グラムの重さを区別しているというのか。
「ですがわざわざ平らな場所を指定したということは、素直な振り方にしか対応は出来ない様子」
完全に見抜かれている。
しかし、ならどうして俺の不正を告発しない……?
「さあ、これでどの目が出るかはまさに神のみぞ知る」
そうか。
俺はこの女のギャンブル好きを甘く見ていた。
こいつは必敗も必勝も嫌う、正真正銘の賭博中毒者だ。
不正を告発すれば必勝になる。
だからイカサマを無効化して、運の勝負に全てを預けた。
怖い。
俺は今まさに、目の前の女に恐怖を感じている。
徐々にサイコロは勢いを失い、今にも止まりそうになっていた。
こんなサイコロで、俺の人生が破滅するかもしれない。
心臓の鼓動がうるさい。
頭が痛い。
うまく呼吸が出来ない。
だというのに、目の前の夢子は恍惚の表情を浮かべていた。
勝負を売る相手を間違えた。
そう後悔するも、既に遅すぎる。
気を失いそうになる緊張の中、ついにサイコロが止まり出目が確定した。
「あら、残念です……」
がっくりと肩を落とす夢子。
彼女の出目は二と四。
俺の出目は、一と六。
「か、勝った……」
腰が抜け、俺はその場でへたり込んでしまう。
勝った側が震え、負けた側が楽しかったと呟く光景は、どちらが勝者なのか分かったものではない。
だが確かに、俺は勝った。
それが運に恵まれた物であったとしても、勝ちは勝ちだ。
俺は無事に、五人目の家畜を手に入れた。