公式戦。
それは家畜に唯一許された権利であり、たった一度だけだが任意の相手と自由にギャンブルを行うことが出来るというものだ。
家畜の証である名札を首から下げ、俺は生徒会長である桃喰綺羅莉へと公式戦を挑みに来た。
生徒会室の机を挟み、綺羅莉は無言でこちらを見定めるように目を細めている。
「ギャンブルの内容を説明します」
俺と綺羅莉の間に立つディーラー役の五十嵐清華が、静かな空間でゆっくりと言葉を紡ぐ。
生徒会書記であり桃喰綺羅莉の秘書でもある彼女が説明した内容はこうだ。
・勝負内容はドローポーカー、カードチェンジは一回。
・掛け金は一万円単位で、下限は一万円、上限は無し。
・持ち時間は一ゲームにつき一分。
・一分以内にコール・レイズ・ドロップのいずれかを宣言しない場合は自動的にコールしたと見做す。
・一ゲームの流れは掛け金の提示→カード配布→カード交換→コール・レイズ・ドロップの宣言→勝負。
・どちらかがギブアップを宣言するか一時間の経過でギャンブルは終了。
ポーカー自体は経験があるが、こんな破滅的なインフレルールは初めてだ。
下手をすれば十分も持たないで破滅の可能性があるというのに、綺羅莉は微笑みながら秘書の入れた紅茶を飲んでルールを聞いている。
俺の前にも同じ紅茶が置かれているが、緊張で震えた手はカタカタと音を鳴らしながらでないと紅茶を持てなかった。
第一ゲーム。
お互いに初期掛け金である一万円を場に置き、配られたカードを手に取る。
「……コール」
「コール」
両者コールで、手札を交換。
俺は三枚、綺羅莉は二枚チェンジ。
「コール」
「レイズ、十万」
「……フォールド」
流石に四のワンペアに十万は賭けられない。
お互い小手調べのような一戦目が終了。
次のゲームへ移行しようとした時、綺羅莉の瞳がすっと細められた。
「あなた、奇妙ね」
必死に平静を装うも、ビクリと跳ねた体は正直だ。
たった一戦で何かを見通された……?
「意識がこの場に向いていない……まるで別の何かと戦っているような」
ゲームを進行しながらも、綺羅莉は俺という人間を見定めていく。
心の中を直接覗き込まれているような感覚に、俺の背中に冷や汗が噴き出していた。
「……コール」
口を開いた瞬間に全てが暴かれるような感覚に襲われ、俺はゲーム進行に必要な単語以外を発することが出来ない。
威圧感とはまた違う、静かで冷たいプレッシャーが俺を襲っていた。
一分が一時間以上にも感じられる。
引き伸ばされた体感時間、心臓を握りつぶされるようなおぞましい錯覚。
永遠にも感じられる心理的重圧から解放されたのは、ゲーム開始から僅か二十数分後のことだった。
「──はっ」
綺羅莉が意識を取り戻したころには、既にゲームは終了していた。
何が起こったのかを理解しようとする綺羅莉に、清華はゆっくりと口を開く。
「会長は九回戦目の途中で意識を失っていたのです。九回戦目の十億レイズに対し、時間切れにより自動でコールが成立。会長が敗北し、一億円の移動が行われました」
「二十億、四十億、八十億、百六十億……以降行われた全てのオールインは会長の時間切れにより自動でコールが成立、敗北しています」
清華の声は震えている。
目を伏せ、目には涙さえ浮かんでいた。
「最終戦の五千百二十億円を含め、結果は会長の約一京二百三十億円負けです」
綺羅莉が驚愕の表情を浮かべたのは一瞬だった。
意識は既に明瞭なのか、彼女の意識は過去の思考へと移行している。
「……薬、睡眠薬でも盛られた……? でも、そんな物を仕込めるのは……清、華?」
視線を向けられ、清華は泣きそうな目で綺羅莉を見る。
「申し訳、ありません……!」
その言葉だけで、綺羅莉は全てを察したらしい。
「そう、あなたは既に負けていたのね」
これは読めなかったと、綺羅莉は薄く微笑んだ。
恨みも怒りもなく、その表情はどこまでも穏やかだ。