「いやぁ、今日は随分ツイてましたねぇ」
芽亜里に紹介された相手、皇伊月はにこやかに笑って自分の勝ち金を回収する。
俺は今日の負け額……十三万円を伊月の元へと投げ渡した。
皇伊月は日本有数のトイメーカーの社長令嬢だ。
一般生徒の芽亜里とは違い数百万程度の負債では破滅させることが出来ない。
俺はここ数日、伊月が主催するギャンブルに参加し、撒き餌という名の現金を撒いていた。
勝率が三割前後になるよう適度に調整し、御しやすいカモであると認識させる。
珍しく勝ったクラスメイトにからかわれながら、俺は苦笑いの表情を作る。
露骨にならないよう勝った時は喜び、負ければ悔しがる。
無力なカモを演じ、笑みを張り付けることは忘れない。
芽亜里が上手く入れ知恵をしていたのだろう。
五日程繰り返せば、伊月の方から声をかけてきた。
「今日の放課後、よかったら一対一の勝負をしませんか?」
垂らした釣り糸に獲物がかかった気分だ。
「ゲームはレッドドッグ。ルールは知ってます?」
放課後。
人気の無い教室で俺と伊月、そして芽亜里は机を囲む。
「本来はディーラーとの対決ですけど、今回は二人の勝負ですしルールはシンプルに変えましょうか」
レッドドッグは簡単に言えば二枚のカードを表にし、その間の数字のカードを引けば配当になるというルールだ。
「一度模擬ゲームをしましょう。芽亜里先輩、ディーラーお願いします」
そう言って、伊月は自分の鞄から新品のトランプを二組取り出した。
自分の会社で取り扱っている人気の商品らしく、セールスマンのように褒め称えながらトランプを開封している。
「新品ですしサマの介入する余地は無いですけど……一応確認をどうぞ」
手渡されたトランプを調べるが、特に怪しい部分は無い。
まあ当然か、自社製のイカサマトランプなんぞ露見したら不祥事どころの騒ぎじゃない。
リターンにリスクが合っていない行為だ。
俺はそのまま、トランプを返した。
芽亜里が軽くシャッフルをし、二枚のカードが表向きで机に置かれる。
ハートの四とクラブの九。
「スートは関係ないので、見るべきは数字だけです。次に捲った一枚の数字が二枚の間だと思ったらベット、違うと思ったらフォールド。簡単でしょう?」
伊月が試しにベットと宣言した。
掛け金の一万円を机に置き、三枚目をオープン。
カードはダイヤのジャックだった。
「このゲーム、掛け金は累積します。ベットして勝てば場の掛け金は総取り、負ければベット額に加えて同額を追加で場に放出です」
例えば、今の累積金が五万円なら伊月は追加で五万円を場に置くこととなる。
とんでもないインフレルールだな、なにがシンプルだ。
そう思ったが無論顔には出さない。
他の特殊ルールは以下の通り。
・掛け金は最低一万、上限は無し。
・より多くの掛け金をベットした方が先行権を得る。
・最初の二枚が同数や隣り合った数字の場合は掛け金を場に累積してノーゲーム。
・五と七のように間の数字が一枚のみでベットして勝った場合は特別配当としてベット額×(累積金/一万)を相手が支払う。仮に累積金が十万でベット額が二万なら特別配当は二十万。
・勝負は全二十ゲーム。二十ゲーム目終了時に累積金が残っていれば、無くなるまで続行。
「じゃあ、早速始めましょうか」
一ゲーム目。
場代として一万円を互いに出し、累積金は二万円に。
そしてまず、お互いにベット額を決める。
「ふむ、随分慎重なんですね」
俺のベットは最小の一万。
伊月は三万だ。
ベットが終われば、ディーラー役の芽亜里がカードを二枚表にして机に出す。
数字は四と七。
「ありゃ、これは駄目ですね。フォールドです」
同じく後攻の自分もフォールドだ。
単純計算で十三分の二では勝負する気にはならない。
両者共に、ベットした金を場に置く。
第二ゲーム、累積金は六万。
ベットは同じく、一万と三万だった。
二枚のカードは三と十一。
「ここは、勝負ですね」
裏向きで配られた三枚目を、伊月は勢いよく表返す。
数字は九、伊月の勝ちだ。
「よっし! 累積金の六万とベット額の四万、頂きます!」
これだけで十万もの金額が動いた。
伊月からすれば大した額でもないのだろうが、こちらは気が狂いそうだ。
「さて、第三ゲーム行きますよ!」
伊月は満面の笑みを浮かべ、次のカードを催促する。
まあ、しばらくは普通に付き合うか。
計十ゲームが経過。
途中経過は伊月がプラス四十三万。
一方的と言ってもいい程に、俺は負けていた。
このゲームに必勝法は無いが、最善手は単純だ。
間の数字が七以上なら勝負、それ以外なら降り。
一から十三までの数字を使用する遊戯である以上、ベット時の勝率が五割を超えたら勝負という手法は単純で明快だ。
故に、このゲームは両者フォールドの場流れが非常に多い。
想像以上の速度で累積金は溜まる。
その恐ろしさを理解しているのかいないのか。
伊月の表情は勝負師ではなく、羊を狩る猟師の目だった。
「また流れですか」
十八ゲーム。
両者フォールドにより場が流れ、これで四ゲーム連続の勝負不成立だ。
累積金は二十六万円にまで上昇している。
十九ゲーム、場に出た二枚の数字は四と十二。
間の数字は八、ギリギリとはいえ勝負時だ。
「んー、累積金が多いと勝負が怖いんですよねぇ……降ります」
先行の伊月はフォールド。
大勝している伊月が無理をしての勝負を避けるのは、まあ理屈が通っている。
「……勝負で」
後攻に権利が移り、俺は勝負を宣言。
伊月が降りた時点で分かってはいたが、次のカードは二で外れだ。
最終ゲーム。
累積金は六十二万円。
「おぉ……!」
伊月の喉から思わず吐息が漏れる。
場に出た二枚の数字は三と五。
間は一枚だ。
「特別配当はベット額の六十二倍ですか……とんでもない大勝負ですね……!」
勝負時の最終戦。
両者のベット額は跳ね上がり、俺は二十万、伊月は五十万をベットした。
「よしっ! もちろん勝負です!」
自信満々に、まるで“次に四を引くことを確信しているかのように”伊月は配られたカードを勢いよく捲る。
振りかぶり、机に叩きつけられたカードの数字は、八。
「……へ?」
そこで初めて、伊月の瞳が困惑の色に染まった。
何度も何度も、芽亜里とカードの間を伊月の視線が行き来する。
「十三分の一を外しただけとは思えない動揺だな。まさか芽亜里と組んでイカサマでもやっていたとか?」
「ま、まさか。そんなわけないじゃないですか……芽亜里先輩は中立のディーラーですよ……!」
そうか。
なら問題はない、延長戦だ。
「うっ……」
伊月の表情が露骨に険しくなる。
ようやく、自分が陥った状況を理解し始めたようだ。
場に出るカードは七と九。
また、間は一枚。
累積金は合計で百九十四万円である。
「べ、ベット、二百万!」
「ベット、三百万」
「――はい?」
俺の三百万ベットに、伊月は間抜けな声を漏らす。
「――え、あの、ちょっと……?!」
デックに改めて視線を落とした伊月の表情が、みるみるうちに曇っていく。
俺が芽亜里に事前に指示していた仕込みが露見したのか。
それとも、おいまさか、本当にイカサマトランプだったのか?
良いカモがいるとでも言われて俺に声をかけたのだろう。
芽亜里の甘言に見事に騙され、相手を侮り、その結果がこれである。
本当にありがとう、俺を馬鹿なカモだと侮ってくれて。
当然勝負。
捲られたカードは見るまでもなく八だ、芽亜里がそうなるように仕込んだのだから。
「ひ、あ、ああぁぁぁぁぁ!」
伊月の絶叫が教室中に響き渡る。
特別報酬、五百万×百九十四=九億七千万円。
オマケにこちらにはイカサマトランプの物証まで存在する。
皇伊月は、この瞬間完全に破滅した。