※この作品はR-18です。

Araneae - 銀聖女、変態す   作:眼珠天蚕

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Part 1

 ◆ ◆ ◆

 

 ルグニカ王国の次代国王を選出する一大行事、その名も『王選』。その場に銀髪を戴くハーフエルフの少女、エミリアが出馬を表明した事は――彼女自身にとっては真に不幸極まりないことであるが――王国に悪い意味での衝撃を走らせた。

 その要因は、大きく2つ。その内の1つは、彼女が持って生まれた容姿にある。

 "銀髪のハーフエルフ"と聞けば、ルグニカ王国の民ならば須(すべから)く、とある悪しき存在を思い浮かべる。即ち――400年前に封印されし忌むべき『嫉妬』の魔女、サテラである。

 「この娘、魔女の再来じゃないのか!?」

 「再来ってのは言い過ぎにしても…いい気分じゃねぇよな。縁起悪すぎだろ」

 「もしも潔白な身の上だとしても…あの姿の所為で相当な苦労をしてきたでしょうよ。そんな娘が玉座に座ったら…今までの恨み辛みを発散させて、暴政に走るんじゃないのかしら…!」

 民はエミリアの人柄も良く知らないと云うのに、好き勝手に噂を囁き合う。そして噂とは、時を経るほどに誇大に膨れ上がるものだ。その果てに、エミリアは謂(い)われのない悪評を張り付けられ、人々の不満の捌け口とされるようになってしまった。

 

 さて…王国に悪い衝撃を与えたもう一つの要因。それは、魔女教団の動向への危惧である。

 教団が信奉する『嫉妬』の魔女に瓜二つの少女が王選という大舞台に出馬するとなれば、必ずや教団は何らかの反応を示すだろう。

 そして、その反応は十中八九、血生臭い行動の引き金となるだろう。

 何せ、エミリアが掲げるのは『嫉妬』とは真逆の、平等なる平穏さだ。それは教団にとっては、戯れ言としか捉えられないことだろう。そして、魔女と似た姿形をしながらの戯れ言を、魔女への冒涜と見なすことだろう。

 となれば、エミリアに肩入れする陣営は、魔女教団の凶刃に掛かる羽目になるのでは?

 その危惧は民のみならず、王選に携わる騎士達の間にも広まっていた。

 「全く、厄介な娘が立っちまったモンだ」

 「四方八方から叩かれるって分かってンだからよ、辺境伯の収める片田舎でヒッソリ暮らしてりゃ良かったんだ」

 「教団と一戦交えるとなれば、大事になるぞ。我ら騎士は覚悟を決めているものの、市民は至ってはそうではない。多大な無辜(むこ)の犠牲が出るのは、心苦しいことだ…」

 こうして、魔女教団への危惧は、結局的にはエミリアの出馬への愚痴となり、騎士達の間にも広まってしまうのだった。

 

 ――だが、市民や騎士の危惧は、不幸にして的を得ていたのだ。

 エミリアという存在を引き金に、穢(けが)れた暗い陰謀が蠢き始めていたの――だ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 魔女教団の大罪司教が一人、『怠惰』のペテルギウス・ロマネコンティ。彼が活動の拠点としている洞穴の深奥にある会議室にて、今まさに陰謀が膨らんでゆくところだ。

 「なるほど、なるほどなぁ。

 それで大罪司教様は、遥々(はるばる)オレを呼び寄せたと云うワケか」

 "病んだ漆黒の宣教師"と云った風貌のペテルギウスとテーブルを挟んで会話するのは、着古して薄汚れた該当に身を包んだ男。外套から唯一露出した顔は、戦闘あるいは拷問の痕なのか、盛大な傷跡が浅黒い肌の顔面に袈裟斬りに走っている。

 「そう、その通り!」

 ペテルギウスは狂人めいた見開いた眼で外套姿の男を眺めながら、唾をまき散らしつつ、大声を張り上げる。岩盤に周囲を囲まれた室内に、ペテルギウスの声がエコー掛かって幾重にも響く。

 「私は正直、あなたの怠惰な技術を快くは思っていないッ!

 しかぁしながらッ! 今回の企てを全うするにおいて、私の脳はあなた以上の適任者を思い至らなかった!

 ゆ・え・にッ! 不本意ながらも、あなたを呼び寄せたというワケです、"蟲遣い"のハリト!」

 ハリトと呼ばれた外套の男は、ペテルギウスの褒めているのか貶(けな)しているのか分からぬ言葉に、クックッと苦笑を浮かべる。

 「オレが怠惰、ねぇ…。

 ってぇことは、アンタは釣り人を怠け者だと見なすクチか」

 「そうではないのですか?」

 ペテルギウスはキョトンとした顔で即座にハリトに答えると、ハリトの笑みをますます大きくなる。

 その態度が気に食わなかったらしく、ペテルギウスは眉間に皺(しわ)を寄せて藪睨みしつつ、グチグチと語り出す。

 「そりゃあ、そうでしょう!

 自らの手足を忙しく動かし、汗水流すことなく! ただ網を張って、茫然と待っているばかりでしょう!

 その何処に勤勉さなどが見受けられますか!?」

 この文句にハリトは、気を悪くするどころか愉快そうに、ハハハ! と声を上げて笑う。その笑い声は、教団の幹部たる大罪司教を前にして、彼を見下し切ったものだ。

 「確かに、オレが使役する造巣性のクモって奴は」

 言いながらハリトが外套の内側で腕を上げて伸ばすと、その裾がモゾモゾと動き、内側から成人男性の手のひらほどもある、巨大なクモが現れる。クモは胴体と比較して細長い手足を持った、正に造巣性といった外観を備えた個体だ。

 このクモを外套の上を這わすがままにし、それを愛おしそうに見つめながら、ハリトは言葉を続ける。

 「アンタの言う通り、待ちの態度が基本さ。巣の上のコイツらを見りゃ確かに、殆ど動くことなく、その場にへばりついてるだけに見える。

 …だがな、アンタは知るべきだ。"待ち"って態度が持つ勤勉さを、な」

 ペテルギウスはハリトの意見を受け入れられず、怪訝そうに眉をしかめる。ハリトは外套の中から浅黒くゴワゴワした手のひらを出すと、這い回るクモをその上に載せてチョンチョンと突き回しながら言葉を続ける。

 「"待ち"と"棒立ち"は違う。

 "棒立ち"ってのは、何も考えず、茫然とその場に立ち尽くしていることを言う。この態度はアンタの言う通り、怠惰だ。時間をひたすら無駄に消費してるだけなんだ。

 だが、"待ち"ってのはその真逆だ。"棒立ち"と共通しているのは、見た目には動きが無いってことだけさ。

 "待ち"――いや、クモでも釣り人でも"待ち伏せ"って言った方がしっくり来るな――は、見た目の動きこそ無いが、その神経と精神は常にフル稼働してる。

 組み敷くべき獲物が油断してくれるよう、気配を殺して静寂と一体化する。それでいながら、獲物が掛かった時には、何時でも全力で飛びかかれるように、神経を尖らせて身体を緊張させ続けねばならない。それは、静的な行動でありながらも、非常に心的エネルギーを使う行動だ。

 釣り人は、浮きがピクリとでも沈む瞬間を、精神を尖らせて待ち続ける。クモも同じだ、巣に獲物が掛かる瞬間を、文字通り全身を神経の塊にして待ち受けているのさ。

 ――どうだい、アンタの尊ぶ勤勉さそのものだろう?」

 その解説を聞いて、ようやくペテルギウスは険しい疑問の表情を解き、ニンマリと狂気の笑みを浮かべる。

 「なるほど、なるほど!

 私には蟲など意に介すような暇がありませんでしたからね、見た目だけで全てを判断していたようです! 私とあろうことか、なんたる怠惰!

 思慮深く鑑みれば、なるほど、貴方の言葉を一々尤もだ!」

 そして、ペテルギウスは机から身を乗り出すと、ハリトの外套に包まれた肩をバンバンと叩きながら続ける。

 「良かった、良かった! 貴方のような勤勉な方を招いて、正解であった!

 この"神聖なる企て"、我らが教団の悲願とも云える企てを成し遂げるに当たって、怠惰な者ではいかんと再三考えていた!

 これで安心です、安心して成し遂げられる…!

 ああ…脳が、震える!」

 ペテルギウスは言葉の最後で立ち上がると、感極まったようにビクビクと痙攣しつつ、頭頂が床に着くほどのブリッジをしてみせる。肉体の柔軟性も驚きだが、何よりもその行動の唐突さと異様さに目が向くことだろう。

 ペテルギウスは弾けるように上体を起こして再びハリトと向き合うと、満面の笑みと共に興奮して語る。

 「それでは、早速参りましょう!

 冒涜を悲願へと変じるための、神聖なる儀式のために…!」

 「ああ、ちゃっちゃと言って、済ませようか」

 ハリトは席から立つと、洞穴の岸壁越しにとある方向を見つめて呟く。

 「メイザース辺境領に…銀髪のハーフエルフの娘、か…」

 そして傷跡凄まじい顔に下卑た笑みを浮かべる。カサカサにひび割れた唇からは涎が流れ、濁った瞳には鈍く汚れた輝きが灯る。

 「ああ…滾(たぎ)るなぁ…!

 無抵抗になった者を蹂躙するのは、いつでも心躍る…だが、今回の獲物は、最高の上玉だ…!

 滾る、滾りまくって…もう独りでイッちまいそうだ!」

 熱に浮かされたような、蕩けた声を挙げる、ハリト。彼の外套の下では…安っぽいズボンの越しに、股間のイチモツがギンギンに勃ち上がっている。

 しかし、その事実は対面しているペテルギウスにも感知されない。尤も、万が一感知されたとしても…ペテルギウスが彼を叱責するような事はなかっただろうが。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 時と場所は変わり――陰謀の的となった場所、メイザース辺境領。

 その中心地、統治者ロズワールが住まう館を抱いた村。そこでは今、とある騒動が起きていた。

 魔獣から村を守るための結界の一部が、破壊されていたのだ。

 この事件は、村人達に昔日の恐怖の記憶を思い起こさせる――今と同じく結界が破れたその時、魔獣が村の子供達を連れ去った時の事を。

 この時は、ロズワールに使えるメイド2人と、ロズワールの客人であったユウキ・スバル、そしてロズワール本人も出て魔獣を討伐し、事態を収束させたのだが。

 王選の時期を迎えたこの時期、事件を収束されせた人物の内、メイドが1人ラムしかこの地に留まっていない。他には王選出馬の当事者であるエミリアが戻ってきているものの、村人たちはエミリアの外観を懸念し、彼女を頼ろうという気にはなれないでいた。

 だが、結界を欠損したまま数日が経過すると、村人たちの魔獣への恐怖はエミリアへの懸念を越えた。

 そこで村人たちはようやく、卓越した精霊魔術師であるとも聞くエミリアに、事態解決の相談を持ちかけたのである。

 

 とは云え、エミリアは村人の話を聞かずとも、結界の欠損については既に知っていた。

 それでも行動を起こさなかったのには、2つの理由がある。

 まず、村人たちがエミリアの存在を快く思っていないという状況だ。領主ロズワールに客人として扱われていようとも、領民の目に映る銀髪ハーフエルフの姿は、『嫉妬』の魔女を想起させずには居られない。

 そんな彼女が領主ロズワールが居ない状況下で勝手な行動を取ってしまうと、領民から不審がられるだろう…その懸念が強かった為に、心苦しくも行動を起こせなかった。

 そしてもう1つの理由は…気落ち、だ。

 その発端は、王都の出来事に遡る。"待機"という指示を無視して王都に付いてきたスバルとの間に、ギクシャクした軋轢を生んでしまったのである。

 騎士に対して無茶な決闘を挑み、ボコボコに腫れ上がった顔で、泣き出しそうにも嘲り笑いそうにも見える歪(いびつ)な表情を浮かべて、彼らしからぬ恩着せがましい言葉を激しくぶつけてくる光景…あれが脳裏から離れない。

 「オレが居なくちゃ、何もできなかったくせにッ!」

 あの言葉が耳の中をグルグルと渦巻いて離れない。

 あの時、エミリアは極力平静を装っていたものの…本当は泣き崩れたい衝動に駆られいた。目頭に熱い悔しさこみ上げて来ていた。それらの激情を必死に振り払って、スバルに背を向け…そして、ここに帰ってきたのだ。

 都合の悪い出来事から逃げて来た…と評されても過言でない。そしてその評価は、エミリア自身がよく自分に言い聞かせ、責めている。

 それで彼女は部屋に籠もりがちになり、王選という大事を控えながらも、鬱々とした気持ちで時間を無為に過ごしていた。

 

 その点で言うと、村人達からの頼みは、エミリアにとってある種の気晴らしになるものだった。

 

 「分かりました。

 結界は修復します。

 それと、前の事件の事もありますし、結界がどうして破られてしまったのか。その原因についても、少し調べてみます」

 「ああ…よろしく、頼みます」

 村人達の代表は、真摯な面持ちを作りながらも、嫌悪の念が滲み出る微妙な雰囲気を纏(まと)いつつ、ぎこちない礼をしてみせる。

 だが、エミリアはそんな村人に対して嫌悪を念を抱いたりはしない。

 (…これは、戒めなんだ)

 むしろ、エミリアはそう自分に言い聞かせて責める。

 (人の気持ちも分からない私が、人から信頼なんて得られるワケ、ないもんね…)

 エミリアは胸にトゲを抱きながら、少し重い足取りで館を後にする。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 結界が破れていた位置は、前回の魔獣騒ぎの時と同様、村の中でも人目に付きにくい場所である。また、鬱蒼とした森と隣接している点でも同様だ。

 一つ、相違点を挙げるとすれば、子供達の遊び場になっているワケではない、という事だ。とは言え、前回の事件以降、子供達も魔獣を怖がり、人目の付かない場所で遊ぶことを避けるようになっている。

 さて、人目を忍ぶフードを被って現場へとやってきたエミリアは、早速結界の破れを検分し…直ぐに、眉を顰(ひそ)めて首を傾げる。

 前回の事件の後、ロズワールは村の結界を修復すると共に、強度を増していた。知性を持たぬ魔獣の力技では決して破れない複雑さも兼ね合わせている。仮に悪意を持った人間が結界を破ろうとした場合は、その複雑さが障害となり、秘密裏に結界を破壊するのは非常に困難だ。その行為が呼び子となり、ロズワールを初めとする館の住人に検知される仕組みになっている。

 だが…破壊者は結界の複雑さをまんまと潜り抜け、何事もないような静寂の内に結界を破壊してみせていた。

 しかもその痕跡は…物体に例えるならば、堅固な岩の城壁に鋭利で完璧な直線を描く斬り傷を刻んだようだ。

 (どう考えても、人為的としか考えられない…。しかも、相当に腕が立つ人物によるものね…)

 エミリアは早速、"一体誰が何のためにこんな事を?"と云う疑問符を頭上に浮かべる。そして…心当たりが多過ぎて答えが絞り込めず、首を傾げる。

 第一に考えられるのは、前回の結界を破った犯人そのもの、またはその仲間。彼の真の目的は分からないが、この領地を滅亡させたいのは確からしい。前の仕事がやり遂げられなかった事を悔やみ、更なる力を得て逆襲しに来た可能性がある。

 次に考えられるのは、王選の他候補者自身、またはそれに縁ある者だ。村を滅亡させるつもりでなくとも、混乱に陥れることで王選への集中を乱しに来た、という可能性だ。これを計画したのが候補者自身だとすれば、なんとも姑息で卑劣極まりないと行為であると嘆かざるを得ないが…一国の王という巨大な権力を手に入れるために、手段を選ばない者が居ても可怪(おか)しくはない。

 そして第三に――魔女教団の仕業である可能性。

 (…だとすれば…"やっぱり"、と言うべきなのかも知れない…)

 エミリアは、『嫉妬』の魔女に似る自身の容姿が魔女教団を刺激するであろう事は、重々承知していた。その上で――いや、だからこそ、魔女教団のような存在を国から駆逐するためにも、敢えて王選に立ったのだ。

 (でも…それならば、尚更、屈していられない…!)

 意気込むエミリアであるが、拳をギュウッと痛むくらいに爪を立てて握り込んだところで、ハッと我に返る。

 現時点では、どの可能性が正解なのか、判断することは出来ない。判断材料が少なすぎる。そんな事よりも、今すべき事を確実に成し遂げねば。

 何よりもまず、結界の修復。それから、出来うる限りの調査だ。

 エミリアは結界の修復を行うべく、村の内外を区切る策を踏み越えて、鬱蒼とした森の縁へと踏み込む。

 その途端――。

 「わぷ…っ!」

 エミリアは、顔に絡みつく粘着質に不快感を覚える。そして、絡みついた粘着質を取り除くべく、顔の周囲に手を持ってくると、掻き回すように指を立てて動かす。

 暫(しばら)くすると、"それは"顔からピロピロと剥がれて、細い指に粘り付いてくる。顔の違和感が完全に取れてから、さて正体は何か? と指の先に視線を向けると…。

 「蜘蛛の…巣」

 指先に絡みついているのは、少し黄色がかった極細の糸の塊。造巣性の蜘蛛が網を構築するために作り出す糸そのものだ。

 「紛らわしいなぁ、もっと別の変なものかと…」

 苦笑しながら視線を指から逸らし、破けた結界の周囲へと動かした、転瞬。エミリアの表情が凍り付く。

 密に生えた木々の枝の間には、木漏れ日に照らされて浮かび上がる、非常に多くの儚(はかな)い銀光が見える。髪の毛よりも細いその光の正体は――蜘蛛の巣だ。大小様々のそれが、まるでデタラメなタペストリーを織ったように、エミリアの眼前に立ち塞がっているのだ。

 (何これ…!? まさか…魔獣の仕業!?)

 恐れるよりも嫌悪するよりも前に、エミリアは責任に突き動かされ、浮かべた表情よりも冷静に状況を分析する。

 エミリアは蜘蛛の生態には詳しくない。だが、教養豊かな知識で分析するに、この状況の不自然さを覚える。

 蜘蛛の巣が一カ所に大多数固まるというのは、考えにくい。蜘蛛は巣を張って獲物を待つ蟲だ、巣が高密度に集まっては自分の巣まで獲物が来る確率は下がる。蜘蛛は本能でそれを覚(さと)り、自然とバランスの取れた間隔を空けて巣を張る…はず。

 この見解が正しいとすれば、蜘蛛に異常行動を起こさせる原因があるはず。その原因として真っ先に浮かんだのは、前回の事件を引き起こしてる魔獣だ。現に、前回の事件では魔獣が別の魔獣を呼び寄せる行動を行っている。蟲を呼び寄せる魔獣が居ても不思議ではない。

 (蜘蛛の巣を集めて、これ以上先に進ませないように妨害しているのかしら!?

 だとしたら、この先に結界を破った犯人――いや、犯獣かも――が居る!?)

 エミリアはゴクリと固唾(かたず)を飲んで意を決すると。危険が待ち受けているだろうことを予測しつつも、状況を確認すべく、ゆっくりと蜘蛛の巣の"壁"の方へと歩み出す。

 エミリアは正直、蟲は苦手な方だ。だから、蜘蛛の巣を破く時には、思わず顔が引きつってしまう。それでも責任感を奮い立たせ、腕をゆっくりと大きく動かして巣を破きつつ、森の奥へと進む――。

 村の柵が木々と下草に阻まれて見えなくなった頃の事――。エミリアの足が、ピタリ、と止まる。

 何かを見つけて足を止めたとか、そう云った類(たぐい)の行動ではない。

 意図せずして、足が動かなくなってしまったのだ。

 石のように固まってしまったと言うよりは――何かに絡みつかれて、動きを封じられた感じだ。

 (何…!?)

 焦燥と不安に冷や汗を浮かべながら、慌てて下を見ると。長く生えた下草の中に沈んだ自らの両脚、その足首をガッチリと捉える大きな"絹玉"を見つける。木漏れ日を反射してキラキラした銀光を放つそれは、上等な真珠のように美しい。真珠と違うのは堅さを感じさせず、むしろ強靱なまでの柔軟さがギチギチと感じられることだ。

 この"絹玉"からは、エミリアの腕よりも一回り太い位の糸束が延びている。この糸束を視線で辿ると…下草を分けて、辿り着いた先にあるのは、大樹の根本だ。雨風に晒されて無骨に育った、黒々とした樹皮の上に、エミリアはモゾモゾと動く"何か"を見つける。

 初めそれは、風に揺れる木漏れ日の加減で動いているように見えた、樹皮状の苔か何かだと思った。だが、よくよく目を凝らせば――樹皮と至極似通った色彩の体表を持つ、長い脚を四方八方に延ばした蟲である事を知覚する。

 木漏れ日を反射してギラリと輝く小さな赤い眼球が、幾つも幾つも無感情にこちらを睨んでいる。その蟲の正体は――エミリアの顔面ほどのサイズを持つ、大きな蜘蛛だ。

 (蜘蛛型の、魔獣!?)

 エミリアは滲み湧く恐怖感を振り払い、勇壮な闘争心を奮い立たせると。精霊パックを呼び出し、氷の魔法で大蜘蛛を退治しようと試みる。

 しかし――!

 シュルルッ! シュルルッ! シュルルルルッ! 空を切る微かな音が3度、エミリアの鼓膜を素早く震わせたかと思うと。木陰に紛れた銀光の流れがエミリアの両腕と口の辺りに絡みつく。

 「!!」

 あっと言う間に、分厚い包帯で口を塞がれたような形になると共に、四肢を封じられて大の字に立ち尽くす、エミリア。これでは精霊パックに指示を出すことも出来ない!

 (早く…脱出しないと…!)

 エミリアは手足で玉を造る銀糸の塊を振り払おうとモゾモゾと四肢を動かすが――糸は、全く切れない! それどころか、強靱なゴムのように延びてはバネのようにギリギリと縮み、エミリアの動きを更に制限してゆく。

 それでもエミリアは諦めず抵抗を続けていたが…その動きがピタリと止まったのは、森の奥の方から投げかけられた、邪(よこしま)な揶揄をタップリと含んだ言葉の所為だ。

 「お嬢さん、聞いたことないかな?

 蜘蛛の糸ってのは、鋼よりも強度があるって話。

 か細い一本一本なら、人は乱暴にも引きちぎれる。だが束ねれば、伝説の竜さえ繋ぎ止められる…ってね」

 (誰!!)

 尋ねたくとも、口が覆われて声が出ない。だが声の主は、ガサガサと音を立てながら下草を掻き分け、木陰暗き森の奥から浮かび上がるように姿を現す。

 ボロボロの外套に身を包んだ、賤(いや)しさの滲み出る外観。高い背丈のてっぺんにある顔は色黒で、拷問によるものなのか、凄惨な傷跡が縦横に大きく走っている。

 そして、外套の上には――何匹もの小さな蜘蛛が、外套の模様であるかのように、ワサワサと犇(ひし)めいていいる。

 その身形(みなり)から、エミリアは直ぐに感づく。この男こそが、今回の罠を張り巡らせた犯人であると。

 「いいねぇ、その表情。そそるよぉ」

 エミリアの険しい非難の視線を受けて、男は下卑た嗤いを浮かべる。

 「オレはね、そんな強気な顔をする女の子が堕ちちゃう姿を見るのが、スゲェ好きなんだよ。

 見てるだけで…ホラ、こんなに滾っちまうように、さ」

 男は外套の前を広げる。外套と同様、みすぼらしい有様の地味な服が露わになる。そして男は股を開き、股間をグイと突き出してエミリアに見せつける。

 そこには、ズボン越しにもクッキリと分かるほどに、ビンビンに勃起した男性の成す突起が見える。

 エミリアは恥ずかしさよりも気持ち悪さを覚えて、顔がサッと青くなる。

 「まぁ、でもよ、お嬢さん。

 こんな味気ない場所で、アンタの綺麗な身体を味わうなんて、勿体ない事はしねぇよ。

 然るべき場所で、ジックリと、もっと興奮を共有して、味わおうじゃないか」

 そう言った途端。エミリアの大の字に広げられた四肢が、急にピンと縮められ、軍隊の"気を付け"の姿勢のように一直線の直立不動の体勢となる。何が起きたのかと自身の身体に視線を投ずると…両足首の絹玉が纏まって一つの玉を作り、まるで足かせのようになっている。そして、手首の辺りから胴にかけてグルリと銀色の束が張り巡らされ、腕を完全に高速されてしまっている。

 エミリアへの拘束は、これに留まらない。いつの間にかに彼女の身体の上を這い回る4匹の蜘蛛が、尻から銀色の太い糸束を噴出させながら、エミリアの身体に巻き付けてゆく。それは柔肌に食い込む程に強烈な締め上げだ。

 「!!」

 エミリアは苦悶の声を上げたくとも、口の糸が邪魔して何も答えられない。ただ、モゴモゴと糸が少々動く程度だ。

 その内に蜘蛛達は素早く仕事を成し遂げてゆく。下から上へと、螺旋状にギチギチに糸を巻き付かせ、完全に拘束させてゆく。これはさながら、ミイラのようだ。

 「!!!」

 エミリアがビクンと身体を震わせ、特に強い反応を示すところがある。胸だ。彼女の形の良い胸を蜘蛛がギチギチと締め上げた時、その糸が乳首を刺激して、電撃的な性感をエミリアの脊椎に走らせたのだ。

 思わず燃えるような赤色に染まるエミリアの顔面。その瞳が情欲の衝動に濡れたのを見て取った外套の男は、ニタニタと嗤う。

 「ギッチギチに縛られるってのも、快感だろぉ?

 ホントは裸で拘束されるのが、一番気持ちいいのさ。直の柔肌に暴力的に食い込む糸の感触、そして敏感な部分の割れ目にまで入り込む、キツキツの質感…! これで濡れない女は居なかったぜ?

 服の上からの拘束で残念だろうが…大丈夫だ、安心しな。その内、味合わせてやるからな…拘束の生み出す、最高の快楽って奴を!」

 男が言う間に、エミリアの身体は残すところ顔の上半分だけとなってしまった。それ以外は、身体の柔らかな凹凸がクッキリと分かる蜘蛛糸の包帯で覆われてしまった。微動だに出来ない美しい曲線的なフォルムは、人の情欲に暗いフェティシズムを植え付ける。

 エミリアは身体の動かぬ絶望を味わいながらも、男に非難の視線を向ける。だが、拘束に性感を嬲られている彼女の視線には、抑えがたい情欲の濡れが含まれているのも事実だ。

 そんな視線をあざ笑いながら、男は粘っこい口調で語る。

 「ひとまずは、お休み、だ。

 今度会う時は――地獄ってよりは、天国さ。アンタにとっても、オレにとっても、な」

 その言葉が終わったと同時に。エミリアの頭はスッカリと蜘蛛糸に覆われてしまう。最早、彼女の非難の視線は男に届かない。

 男はピクリとも動かなくなった、蜘蛛糸によるミイラ状態のエミリアに近寄ると。クッキリと凹凸の付いた臀部や胸部を撫で回し、ハァー、と生温かい溜息を吐き出す。

 「ああ、楽しみだ…! 想像するだけで、溢(あふ)れてたまんねぇ…!

 こんな可愛い娘と、オレとが…!

 ああ、ああ…!!」

 男は外套を開き、ズボンの上から勃起した股間を蜘蛛糸の繭の上にこすりつけ、ズリズリと上下させると…己のズボンの中で盛大に射精したのであった。

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