ネタバレはありません。
「行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい、六連先輩」
今日は休日出勤だ。風紀班という定休を取るのが難しい仕事ゆえに、こういう日もままある。が、今日の俺はいつもよりも憂鬱だ。
美羽が休みで、俺が仕事。休日なのに二人で過ごせないというのがもどかしい。いっそ二人とも仕事だったなら……なんて考えてしまうが、こればっかりはどうしようもない。
仕方ない、と自分に言い聞かせる。そうして、少しばかり気落ちしながら扉を開けようとした時、声をかけられた。
「佑斗、ちょっと待って」
「美羽? どうかしたのか?」
「ええ。佑斗、これを持っていきなさい」
そう言って美羽が渡してきたのは、何やら四角い物体。全体が布で包まれていて、中に何が入っているかは分からない。
「なんだ、これ?」
「お弁当よ」
なるほど、これは有難い。というか、嬉しい。愛妻弁当みたいなものだろ、これ。そう考えると、自然と笑みが零れてきた。
「なんか俺達、夫婦みたいだな」
「なっ……何を言ってるのかしら、佑斗は。これくらい普通よ、普通」
そんなこと無いと思うが。というか美羽、顔が赤いな。どうも満更でもないみたいだ。
「まあいいや。行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
出発前に、思わぬ元気を貰った。今日は、何だか頑張れそうだ。……特別頑張らなきゃいけない仕事は、これと言って無いけど。
パタン、と閉まるドアを見て、溜息をつく。どうにか、渡すことは出来たわね。
「良かったですね、矢来先輩。六連先輩、嬉しそうでしたよ」
「ええ。でも、これからよ」
稲叢さんはキョトンとしているけれど、まだ終わりじゃない。ちゃんと食べたのか、確認しなきゃ。
「あの、矢来先輩? 何だか怖いですよ?」
「気のせいよ、気のせい」
さて、後を追わないと。
「……ん?」
繁華街の巡回中。妙な視線を感じ取った俺は、辺りを見回してみる。だが、特に異常は見受けられない。
「六連君、どうかした?」
「いえ。誰かに見られてた気がしたんですが……」
「ふーん……。でも、不審人物はいなかったわよ?」
同行していた隊員さんもそう言うのだから、恐らくは本当にいないのだろう。
「多分、俺の気のせいですね」
「そう。じゃあ、行こうか」
「はい」
やり取りを終えると、また巡回を再開する。錯覚に気を取られていては、本当の危険人物を見過ごすかもしれない、集中しなければ。
「ジー」
「…………??」
まただ。誰かに見られている感覚。どこから見られているかは分からないが、確実に見られている。
しかし、今俺がいるのはカジノの一角。丁度賑わう時間であるため、候補になり得る人物は多数存在している。この中から見つけるのは至難の業だ。
仕方ない、一度支部に戻るか。
「ジー……」
「おお、六連。いい所に」
尾行を撒くべく支部に戻ってきた、まさにそのタイミングで、主任が声をかけてきた。
「何ですか?」
「戻ってきてすぐの所悪いが、こいつを淡路の所へ届けてきてくれ」
そう言うと、主任は小さい封筒を渡してきた。淡路さんというと、アレキサンドか。
「分かりました」
俺は短く答えて、踵を返した。
「ジー…………」
「あら六連君、いらっしゃい」
アレキサンドには案の定、淡路さんがいた。俺は手早く用件を伝えると、預かっていたものを渡す。
「じゃあ、俺はこれで」
「もう帰るの? 折角だから、一杯飲んでいけば?」
「そうもいきませんよ、仕事中ですから」
「あら、真面目ね。でも、真面目過ぎる男はモテないわよ?」
「俺はそれで構いませんよ」
だって、俺には美羽がいる。他の女性にモテたいとも思わない。
そこまでは言葉に出来ないのが、美羽に言わせれば「素人童貞」たる所以かもな、なんて考えて店を出た。腹が減った。早く戻って、美羽の弁当を食べたい。
「ジー………………」
支部に戻った俺は、出る時に美羽から受け取った弁当を机に置く。
「……ふふ」
嬉しくて、勝手に笑いが出てしまった。誤魔化すようにして包みを解き、蓋に手をかけた――。
その瞬間。一つの疑問が頭をよぎった。……美羽って、料理できたっけ?
確か、俺が来てすぐの頃、美羽は俺にトーストを用意してくれた。その時、稲叢さんは「使った覚えのない卵の殻や、黒焦げの食材がゴミ箱に入っていた」みたいなことを言っていたはずだ。
今更ながら、開けるのが怖くなってきたぞ。中には表現に困る何かが入っていたらどうしよう……などと考えてしまう俺がいた。そんな自分を戒める様に、小さく呟く。
「いや、開ける前にあれこれ考えるのは無粋だな」
そうだ。まだ何が入ってるかは分からないんだから、あれこれ考えても仕方ない。ええい、なるようになれ。
「…………」
恐る恐るふたを開けてみる。そこにあったのは、彩り豊かな料理の数々。見た感じでは、かなり美味そうだ。
「いただきます」
試しに、箸で煮物をつまんでみる。そのまま、一思いに口に放り込んでみた。
「あっ、美味い」
素直にそう感じた。出汁の味と素材の味が、程よくマッチしている。うん、美味いぞ。
謎の安心感を得た俺は、他の料理も食べてみる。……なんだ、ちゃんと美味いじゃないか。心配するだけ無駄だったな。
にやけるのを堪え切れず、口の端から笑い声が零れる。当然、周囲の奇異の視線を集めることになったが、全く気にならなかった。
「ふぅ……」
今日もつつがなく仕事を終えて、寮に戻る。そんな俺を、美羽が出迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
彼女はあくまでも平然としている。なので、ずっと疑問だったことを尋ねてみた。
「なあ美羽、今日はなんで俺を尾行してたんだ?」
「……………………何の事かしら?」
明後日の方を向いて白を切る美羽。うーむ……バレてないと思ってるのだろうか。
「とぼけるなって。仕事中、俺のことをずっと見てたろ」
「……どこで気付いたの?」
「最初に支部に戻った時だな」
繁華街やカジノはともかく、支部でも視線を感じたのは、流石におかしい。そうなれば、それが出来る者は限られる。支部に自由に出入りできる、同じ風紀班の者だと考えるのは、何らおかしいことじゃない。
「まあ、決め手はアレキサンドだが」
あの時、淡路さんと話しながら周囲に探りを入れてみた。そうしたら、店外に美羽の姿が少しだけ見えた。吸血鬼の目じゃなきゃ見つけられなかった辺りは、彼女の尾行技術の高さを称えたい所だが……。
「むっ、佑斗のくせに……やるわね」
「まあな。それよりも、理由だよ、理由。結局、なんでこんなことを」
「それは……仕事をちゃんとしてるか、見張ろうと思っただけよ」
嘘だな。そんなことの為に、わざわざ尾行するか?
あくまでも理由を隠そうとする美羽に対して、俺は僅かな苛立ちを覚える。寮の玄関に、緊迫感が漂う。そこに、エリナが顔を出した。エリナは意地の悪い笑みを浮かべながら、口を開く。
「むふふ。ミューってば、ユートがちゃんとお弁当食べてくれるか、心配だったんだよね」
「なっ、エリナ! 余計な事を――」
「だって、ホントのことでしょ?」
「っ!!」
美羽の顔が真っ赤に染まっていく。なるほど、そういう事だったのか。ようやくスッキリした。というか、それが心配で尾行って……。
「可愛いな、美羽は。大丈夫だって、文句なく美味かったから」
「はっ、はぁ!?」
「そんな心配をしてたとは思わなかったな。……うん、可愛い」
ぽんぽん、と頭を撫でてみる。……いや、ヤバいなこれ。可愛すぎだぞ。
「~~~~~~っ!?」
湯気が出そうなほどに顔を赤らめる美羽。あっ、これはまずいかも……。
「違っ、そうじゃないのよ! 勘違いしないで頂戴!!」
そう捲し立てると、美羽は早足で部屋へと戻ってしまう。ちょっとからかいが過ぎたか。
「後で謝りに行かないとな。……ああそうだ、ありがとな、エリナ」
「にひひ。お礼は体で――」
そこから先は、聞こえないフリをしておいた。今のやり取りを美羽に聞かれたら、どうなるか分かったもんじゃないからな。
逃げるように玄関を後にして、部屋へと戻ってきた。あのままあそこにいたら、恥ずかしさで死ぬところだった。
……でも、今日の尾行は結果としては良かったかもしれないわね。何せ……。
「美味い、って。言ってくれた……」
あの一言が聞けただけでも、血の滲むような練習を積んだ甲斐があったわ。あんなに美味しそうに食べてくれて、凄く嬉しかった。
「また、作ったら、食べてくれるかしら……?」
いつの間にか、次の機会を楽しみにしている私がいた。
ワンライのお題だったんですが、なにぶん遅筆なもので、また制限時間をオーバーしてしまいました。
美羽は料理できないはずでしたが、多分食べたいって言ったらめっちゃ頑張ってくれそうですよね。
尾行も、彼女らしくていいかなと思いました。こんな美少女にならつけられたいですね。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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