前に上げた短編『ある冬の影法師』の続きで、トゥルーエンド後の話です。
「ねえ、そー太。今日の夜、時間ある?」
昼の休憩中、由比子がそんなことを聞いてきた。
「夜? あるけど、なんで?」
「五郎が、花火しないか、って」
「花火? そういえば、今年はまだやってなかったな。ってことは、参加するやつもいつも通りか」
「ううん。上坂さんも誘ってるって」
「上坂さんも?」
突然出てきた名前に、つい反応してしまった。ここ最近、ずっと彼女の事を考えているからかもしれない。それがバレてないといいけど……。
「そう聞いたよ」
「……なるほど、分かった。今日の夜だな?」
「約束だからね」
「ああ」
言われずとも、だ。上坂さんに会える機会を、すっぽかすつもりなどある筈もない。
そうして、待ちに待った夜。海岸に集まっていたのは、予想通りの面々だった。その中には当然――
「あっ、朝倉さん」
「上坂さん。こんばんは」
「はい、こんばんは。来てくださったんですね」
「うん」
上坂さんがいるから……などとは言えず、そこで言葉が止まる。改めて意識すると、こうして話すことすら恥ずかしく思えてくるから不思議だ。
とはいえ、黙りこくっていても仕方ない。何か話題を切り出さないと。
「えっと……上坂さんは、こういうのは初めて?」
「はい。私、あんまり体が強い方じゃなくて」
「そうだったんだ」
なら、今日はめいっぱい楽しんでもらわないと。
「うおおおお!? ちょっ、タイムタイム!!」
「まだまだ。くらえ、ゴローっ!!」
双葉のロケット花火の群れが、五郎に次々襲い掛かる。紙一重でそれを躱す彼を笑いながら、俺達も花火を手に取った。
「最初はこれにしようか」
手持ち花火を、上坂さんに手渡す。彼女はそれをしげしげと眺めると、徐に火へと近づけた。――逆向きで。
「待って上坂さん。それ、向きが逆だよ」
「あっ、そうなんですか。ごめんなさい、私ったらドジで」
「仕方ないよ、初めてなんだから」
そんなやり取りの間に、花火の先に火が灯る。パチパチという小さな破裂音と共に、四方八方に飛び散る眩い閃光。それを見て、上坂さんはぱっと明るい笑顔を浮かべる。その姿に密かに胸を高鳴らせていると――
「ほら、見て見てそー太! 二刀流!」
その言葉通り、両手に手持ち花火を握り締めた由比子が呼んできた。相変わらずだな、まったく。
「よし、じゃあ俺も」
興が乗ったので、もう一本手持ち花火を手に取って、両方ともに火を点けた。ぶわり、と火花が飛ぶ。熱気を感じながら上坂さんの方を見ると、彼女は驚いたような顔をしている。
「すごい……私もやってみます」
謎の感動に突き動かされたらしい上坂さんが、花火を手に取る。しかも、三本。
「大丈夫かな、それ」
という俺の心配は杞憂に終わった。片手で器用に二本の花火を持ち、もう片方に一本。これは二刀流すら超える、三刀流だ。三又の火花が、夜の海で一際強く輝く。
「むむっ、やるな……ならば俺もっ!」
対抗心を燃やす五郎が、四本手に取り火を点ける。しかし四本は流石に多かったのか、
「おわっ、熱っ、熱ちちちち!!」
案の定、花火自体の熱に苦しんでいた。
「あはは、何やってんだか」
「ふふっ、本当ですね」
俺と上坂さん、二人の笑い声が重なる。そんな些細な事ですら、何だか嬉しい。ダメだな、どうしても顔が緩んでしまう。
上坂さんの火花が治まるのを待って、俺は花火の溜まり場から一つの缶を取り出す。
「じゃあ、次はこれかな」
俺が選んだのは噴出花火。ドラゴンとも呼ばれる代物だ。なかなか見応えがあるので、是非見せてあげたい。
地面に置き、火種を近づける。そこで、上坂さんがすぐ隣に来ていることに気付いた。
「ストップ、上坂さん。これは地面に置くタイプの花火だから、離れないと火傷するよ」
「へぇー……」
好奇心はあるようだが、素直に従ってくれた。それを確認すると、導火線に火を点ける。すぐさま俺も距離を取った。
たちまち、大量の火花が上へ、上へ、と轟音を伴って噴き出す。その高さは2メートルをゆうに超えていた。
「……迫力あるんですね。手で持つのとは大違いです」
「でしょ? 意外と侮れないんだよね」
火傷しやすい、という意味でもだが。昔は、五郎なんかが火傷してたっけ。
しばらくして、噴出が止まる。それを確認して次の花火を取りに行こうとしたのだが――
「ねえ、朝倉さん。私、あれをやってみたいです」
上坂さんに呼び止められた。彼女が指さしているのは、ロケット花火だ。
「うん、やってみようか。これも、火を点けたらすぐに離れないとだから」
「はい、わかりました」
そう言って、何本かのロケットを取り出す。そしてその矛先を、当然のごとく五郎へと向けた。
「…………おい、壮太? 一応聞くが、何してる?」
「何って。ロケット花火の正しい使い方を教えてるんだよ」
「だからって俺に向けるんじゃねえよっ!!」
「いやほら、昔はよくやっただろ? さっきだって双葉がやってたし」
「あれは不意討ちで――」
「ほら上坂さん、離れて離れて」
狼狽える五郎を無視して、点火する。同時に、上坂さんを連れて距離を取った。
「おいちょっと待て……って、熱い!! 熱い!!」
悲鳴を上げながら逃げ惑う五郎。うん、何度見ても面白い光景だ。
さて、次のロケットを……と振り向いた瞬間、俺の体は一瞬凍り付いた。
「あ、あの……上坂さん?」
そちらにいたのは、意味深な笑顔を浮かべた上坂さん。その足元には、こちらに矛先を向けたロケットの数々。
「だって、これが正しい使い方なんですよね?」
無邪気に言いながら、それらに火を放つ。先程の試し打ちでやり方は覚えたらしく、彼女はすぐに安全圏へと距離を取っている。
「いやそういうわけでは……あ、これヤバいやつだ」
呆けている猶予などなかった。全力で足を動かし、迫りくる猛威から全力で逃げる。
「あはははは」
上坂さんは楽しそうにこちらを見ていた。彼女、ああ見えて意外とイタズラ好きなのかな?
息も絶え絶えになりながら砂浜にへたり込む俺。そこへ、何かを手に持った由比子が近付いてきた。
「ねえそー太。これやろうよ」
「線香花火か」
ちょうどいい。今は動く気になれないし、少しクールダウンしよう。
由比子は二本つまむと、一本を俺に手渡す。そして点火しようとしたとき――
「すみません。私もやっていいですか?」
上坂さんが、目を輝かせながら尋ねてきた。由比子は何故か一瞬だけ微妙な表情を浮かべていたが、すぐにそれを消した。笑顔でもう一本つまんで、上坂さんへと渡す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そのやり取りが何だかぎこちなく見えたのは、多分俺の気のせいだろう。そう考えて、説明と共に花火を火種に近づける。
「どれだけ花火が長持ちするか、競い合うんだよ、これは」
先程までと比べると、規模も音量も小さい花火。だが、高揚し過ぎた気分を落ち着かせるには効果的だった。
三人とも、何も言わない。静かに、小さな火花を見つめる。波の寄せる音、火花の弾ける音、五郎と双葉の声。今この海岸にあった音は、それだけだった。
「あっ」
上坂さんの小さな声。勢いをなくした花火の先端が、ぽたりと落ちたらしい。それと全く同じタイミングで、俺の花火も砂へと落ちた。
「これは……同着ですね」
「そうみたいだね」
偶然の一致。だというのに、気が合ったような気がして、凄く心が躍った。気を紛らわすように足元を見ると、一つだけ残っていた花火が。
「ってことは、由比子が一番だな」
「えっ? ああ、うん……やった」
言葉とは裏腹に、表情は明るくない。悲しそうにも見えるその顔を見ていると、心配になった。なので声をかけようと思ったのだが、
「さっ、二回戦よ、二回戦」
由比子はすぐに、元の調子に戻ってしまう。うーむ、これも俺の気のせいだったんだろうか?
「そうですね。次は勝ちますよ」
上坂さんも同調して、再び線香花火を手に持った。ここで拘泥しても仕方ないので、俺も同じものを手に取る。二度目の小さな花火を眺めながら、次は誰が一番になるかな、などと益体もないことを考えていると、少し離れた方からくぐもった爆破音が聞こえた。
そちらに目をやると、大きな火花が上空を鮮やかに照らしていた。打ち上げ花火だ。五郎と双葉が上げ始めたようだ。二発、三発と、次々に火花の上る甲高い音が鳴り響く。
「凄いな。どう、上坂さんもやってみ――」
そこまでしか、俺は言葉を紡げなかった。目を見開いて空を見つめる上坂さんの姿、その存在感に、全ての言葉を失っていた。彼女の瞳越しに見る大輪の花は、この世の何よりも美しく、眩しかった。
ふと、視線を外した上坂さんと目が合う。見られていたことに気付いた彼女は、頬を赤らめると、
「凄く、綺麗ですね。…………朝倉さんと見られて、良かったです」
と呟いた。だから、俺も応えた。
「そうだね。俺も、上坂さんと見られて良かったよ」
楽しい時間は早く過ぎるもので、気付けばもう夜遅く。お開きとなった俺達は、各自の家へと戻っていた。一度由比子たちとペンションに戻り、それから上坂さんを送ることにした。これから話すことは、二人きりの方が都合が良いから。
しかし、勇気が出ない。気まずい沈黙が二人の間を満たす。言葉を交わすこともなく、気付けば上坂さんの家の前まで来ていた。
「……あの、朝倉さん。私はこれで。今日はありがとうございました」
丁寧にお辞儀をして、背を向ける上坂さん。…………黙って見送るわけにはいかない。
「待って、上坂さん」
勇気を振り絞り、呼び止める。声も、体も震える。だが、やるしかない。
「あの、俺は……」
彼女は振り返り、こちらを見ていた。静かに、俺の言葉を待っている。
「俺は、上坂さんのことが好きなんだ。だから……俺と、付き合ってください」
一度お辞儀して、また顔を上げる。見れば、上坂さんは眦に涙を浮かべている。
「嬉しい…………私も、朝倉さんのことが好きです。……これから、よろしくお願いします」
それ以上、言葉はいらなかった。二人の距離が見る間に縮まり、ゼロになる。
月明かりの下、俺達は口付けを交わした。最初は悩みの種だったものが、ついに恋という花を咲かせた。そんな実感があった。
「はっ、はっ……」
そー太の事が気になってこっそりついて行った先で、見てはいけないものを見てしまった。そー太は……上坂さんに告白してた。上坂さんも、それを受け入れて…………。それ以上は、見てられなかった。
「なんで、なんで……!」
涙が出てくる。終わってしまった。結局、どれだけ時間をかけても、振り向いてはもらえなかった。それどころか、会って間もない女の子と…………。
積み上げてきた何かが、崩れるような音まで聞こえた気がする。
「なんで、あたしじゃないのよ、そー太ぁ…………!」
暗い夜の中、ずっと泣くことしか、あたしには出来なかった。
『夏空カナタ』発売11周年、おめでとうございます。
ギリギリ間に合いました。危なかった。
やはり僕は茅羽耶が好きですね。なので、どうしてもハッピーエンドに行って欲しいと思ってます。が、そうもいかない話もあるわけで。
今回はそういう所も書いてみました。解釈違いならごめんなさい。
今回はこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字の報告、感想等お待ちしております。
ごめんなさい11周年とか言いつつ沙々羅出せませんでした