ネタバレはないです。
すっかり日が暮れて、町が静けさに包まれる頃。
仕事を終えて帰路に就くボクの下に、一本の電話がかかってきた。
「はい、もしも――」
「透ぅ。今すぐいつものおでん屋台に来るさね」
「は? いきなりどういう――」
「いいから、さっさと来る」
有無を言わさぬまま、ブツッ、という音と共に通話が終了してしまう。どうやら、ボクに拒否権は無いようだ。放っておいてもいいが、そんな事をすれば後でどんな目に遭うか分かったものじゃないし。
「はぁ……長い夜になりそうだ」
言われた通り屋台に着くと、見慣れた背中をそこに見つけた。のれんをくぐって隣に座ると、怒声が飛んでくる。
「遅い」
「無茶言わないでくれ。これでも急いで来たんだぞ」
「呼んだ瞬間に来なきゃダメさね」
とんでもない無茶振りをしてくる三刀屋の顔は既に赤い。電話での口調といい、既に出来上がってたな。
「ぷはぁ……。大将、おかわり」
「あいよ」
寡黙な大将も、止めることなく酒を注いでいく。このまま放置したら酔いつぶれるな、コイツ。早いところ本題に入ろう。
「……で、ボクは何をすればいいんだ」
「そうそう。聞いてよ透、今日――」
「セクハラ、か」
「ったく、腹立たしい話さね」
その言葉通り、見るからにご立腹な様子の三刀屋。刺々しく語られた内容を聞く限り、相当堪えたのは間違いなさそうだ。
「次からはもう契約しない、でいいんじゃない?」
「勿論そうするつもりさね。でも、それじゃ後手に回ってる。未然に防ぐ策が必要でしょ」
「それもそうだけど……じゃあどうするんだよ」
「それを考えるのが透の役目さね」
「どれだけボクの役割を増やせば気が済むんだ」
皿に置かれた卵を箸で割りながら、少しぼやいてみる。話を聞くだけかと思えば、難しい課題を与えられてしまった。
実際、セクハラを未然に防ぐとしてどうすればいいんだろう。そう思って三刀屋の方を暫く見ていると、不満そうに口を尖らせてきた。
「何さね、透。人のカラダをジロジロ見てきて」
「いや、別に。三刀屋は美人だから、事前に避けるのも難しいんじゃないかなって。……別に、セクハラを擁護するわけじゃないけど」
「……は? それ、どういう意味?」
三刀屋は呆気に取られていた。……何か変な事を言ったかな?
「いやだから、美人が来たら興奮するのが男の性なんじゃないか、ってことだよ」
「ふーん。じゃあ、アンタもアタシに興奮するの?」
「え? はは、まさか」
だって三刀屋だよ? 少なくとも、ボクは彼女に「女」を感じたことなどないわけで――
「本当に? こうしてみても?」
「なっ――」
不意に、こちらへと寄りかかってくる三刀屋。そのままボクの腕に絡みつかせて、体を密着させてくる。
「ほらほら、これでもか」
「ちょっ、なな、何をしてるんだよ!」
「何って、見て分からない?」
「いや、その……当たってるんだけど」
こうしている今も、腕にふにふにと柔らかい感触が。未体験の感覚に、鼓動が急激に早まる。
「当ててるんさね。……しっかしその反応を見ると、興奮しないってことはなさそうだ。そっかー、アンタもアタシで興奮するんだね」
「ぐっ」
悔しいが反論できない。あろうことか三刀屋相手に余裕を失うとは。って、そうじゃなくて!
「待て待て! 話はセクハラの対策じゃなかったっけ!?」
「そういえばそうだった」
「忘れるなよ……」
しかし、話を戻しても三刀屋の身体が離れることは無い。それどころか、むしろ接近している気がする。
「……おーい、離れてくれないかな」
「嫌だね。いいことを思いついた」
ボクの頼みに耳を貸してくれないまま、三刀屋は妖しく口を動かす。
「アタシとアンタが付き合っちゃえばいいんだ。うん、それで万事解決さね」
「は? ちょっと待て、今何て?」
「だから、透がアタシの彼氏になればいいんさね。彼氏がいるってだけでも、抑止力はあるでしょ」
「それはそうかもしれないけど……」
だからと言って、ボクが彼氏? いくらなんでも急すぎる気がするんだけど……。
「うん、決まりさね。それじゃ早速」
そう言うと、三刀屋は顔を近付けてきた。ボクは思わず顔を仰け反らせたが、逃がさないとばかりに彼女は追随してくる。
「え、ちょっと、本気か?」
「んー……」
今更のように、正面から目が合う。蠱惑的な輝きを湛えた瞳を直視できず、大将の方へと助けを求めて視線を飛ばすが――
「…………」
当の本人は、明後日の方を向いていた。妙に空気の読める所が、今回ばかりは悪い方に作用しているらしい。
「ほら、こっちを見る」
顔を掴まれ、再び正面から向き合う。最早言葉を発する時間すらないまま、
「ん、ちゅっ……んふぅ」
ついに、唇同士が触れ合った。柔らかな感触、仄かなアルコールの香り、それら全てが、ボクの理性を奪いつくそうとする。しかも、そこに止まらない。
「ちゅく……れる、くちゅっ、ちゅく……あむっ、ちゅるっ」
「んむっ、んぐっ!?」
三刀屋の舌がボクの口内に侵入し、余す所無く蹂躙する。舌と舌が濃厚に絡み合い、淫靡な水音を立てる。
たっぷり三十秒近く絡み合って、ようやく唇が離れた。しかし、彼女の顔は未だ触れ合いそうなほどに近くにあった。
「お前、何でこんなこと」
「何でって、決まってるさね。アタシは、透のことが…………」
「……ボクのことが?」
「透の、ことが……………………ううっ、吐きそう」
「え? いやちょっと待てここで吐くなよ!? ほら、あっちに!」
「ううぅぅぅぅぅ…………」
どうにか、最悪の事態だけは避けることが出来た。
微妙な雰囲気になってしまったので、その場はお開きとなった。一度切れた話をもう一度やり直せる空気ではなかったので、結局あの言葉の続きは聞けずじまいだった。
それにしても……。
「どうしてボクは、無理にでも拒否しなかったのかな」
その気になれば、三刀屋を振りほどくくらいは出来たはずだ。でも、ボクはそうしなかった。なぜ?
少なくとも、嫌ではなかった。むしろ、もっと欲しいとさえ思った気がする。三刀屋が相手なのに、どうして?
「うーん、何でだろう………………」
自分の気持ちを自分でも理解できないまま、とぼとぼと下宿先へと向かうことしか、ボクには出来なかった。
………………。
…………。
……。
「ああぁぁぁ」
やってしまった。よりにもよって、あんな場所で、あんなシチュエーションで。
「アタシ、なんてことを」
気付けば、体が勝手に動いてた。自然に透に近づいて、そのまま――
「~~~~!?」
思い返すだけでも、顔が熱くなる。酒のせいじゃないと断言できる程。
ただの友達。透はアタシをそう捉えているはず。なのにこんなことをしたら、どんな顔をして会えばいいか分からない。
「これからどうすれば」
途方に暮れるアタシの声に応えてくれる人は、誰もいなかった。
このヒロインどうして攻略できねえんだよ!!
という訳で、ワンライのお題だった三刀屋実里で一つ書いてみました。
攻略不可ヒロインなので非常に悩みましたが、最終的には妄想で進めることになりました。多分こんな感じだよ、この二人。
実は筆者が『天色*アイルノーツ』で一番好きなキャラクターなので、いつか書きたいと思っていましたが……ようやくできました。できればこれの続きも書きたいな、なんて思ってたりします。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字・ミスの指摘、感想等お待ちしております。