ED後という想定なので、ネタバレあります。
水薙学園に入学して、三度目の春を迎えた。今年は、今までにないほど忙しい。何故なら――
「会長、計画書未提出の部についてですが」
「あと一回声かけて、それでも出さないなら不参加で進めよう」
「会長、持ち時間の割り振りなんですけど」
「うーん、これじゃたぶん足りないよね。どこか削らないと……」
「会長、発表にかけた制約に対する苦情が」
「俺が出るよ」
「あー、ごめんハル。お願い!」
部活動勧誘会の準備で、俺達は働き詰めだからだ。
「時間の配分、どうしよう。運動部が長すぎる気もするけど……」
「でも、見栄えって意味では長い方がいい気もする」
「ハルもそう思う? ……となると文化部の時間を削るしかないのかな」
「俺は賛成だな。けどそうすると、木賊が何を書くか分かんないというのがな……」
「うっ……それはやだ」
他の役員が帰宅してなお、時程調整で学生会室に残る俺と葵。年度が変わる前から準備をしていたというのに、気付けばもう当日まで二週間しかない。俺達二人が最後まで残って仕事をするのは必然と言えた。
忙しくて休む暇もあまりないが、決して嫌ではない。こうして二人で労苦を分かち合いながら何かに取り組む時間は、今や俺になくてはならないものと化しつつある。
「一回リハやって、削れるところをリストアップしてみるか」
「だね。じゃあ、次は進行の順番を考えないと」
「運動部を最初にまとめるか……いやでもな」
「初めが強すぎると、途中で飽きられたりしない?」
「そうだな。俺も一昨年は退屈で仕方なかったし」
「ハル、どこにも入れなかったもんねえ……」
「俺の場合、事情が事情だからな。でもまあ、似たような気持ちの人間はいるかもしれない」
「そういう人を惹きつける勧誘会にしたいね」
「だな」
改めて決意を確認し、山積みの未決定事項を切り崩そうと書類を手に取った時、部屋の扉がガラリと開けられた。先生が見回りに来たのだ。
「おーい。もう完全下校の時間だよ」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
「キミたちねぇ……窓の外を見なさい」
俺と葵は揃って言われた方向へ目を向ける。視界に映るのは、どこまでも暗い闇だ。俺達の気付かぬうちに、日が沈んでいたらしい。
「仕事熱心なのはいいことだけどね、ルールは守りなさい。いい?」
「はい」
声を揃えて頷く。今日出来るのはここまでか……と、少し残念な気持ちが浮かんできた。だが、拘泥してもこれ以上時間は伸ばせない。
「帰ろっか」
「ああ」
手早く荷物を纏めて、俺達は学生会室を後にした。
「ん」
「ありがと、ハル」
帰り道、自販機で適当な飲み物を買って休憩をとることにした。と言っても、道草を食うのはこれが初めてじゃない。仕事が忙しい日はこうするのが、いつの間にか決まりごとのようになっていただけだ。ちみちみと何かを飲みながら他愛もない話に花を咲かせるこの時間が、働いた後の楽しみでもある。
「けど、ほんとに良かったの? これくらいあたしが払うのに」
「いいよ。もう金にも困ってないからな」
「あはは、それもそっか」
おかげさまで不幸ともおさらばしたので、金を落とす心配がほぼない。なので、以前ほど金に不自由しなくなった。
まあそうでなくとも、なけなしの甲斐性だかなんだかが働いて俺が奢ってたと思うけど。
「しかし……意外と大変なんだな。ここまでとは知らなかったよ」
「でしょ? でも、あたしも意外だな」
「何が?」
「ハルが、楽しそうに仕事してるのが。去年までは、学生会の仕事なんてどうでも良さそうだったのに」
「あー……なるほど」
確かにそれは自分でも不思議だ。興味も無かったし、言われれば手伝う程度の気持ちでしかなかった俺が、今では仕事が出来なくて残念だとさえ思っている。随分心境が変わったものだが、思い当たる節は一つしかない。
「多分、葵の影響だ」
「……あたし?」
「ああ。お前の真面目な所に感化されたんじゃないかな、って」
「ふーん、そっか……そうなんだ」
「それにほら……好きな相手と仕事するのは、楽しいからな」
好き、という単語に反応してか、葵の身体がピクリと震えた。
「うう……ハルって時々、突然正直になるよね」
「そんなことないぞ」
浮かれてる可能性もないわけじゃないが、今くらいは浮かれても別にいいかなと思えた。
「俺はいつでも――あっ」
「どったの?」
缶を呷ろうとして気付いた。もう中身がない。いつの間にかそれだけの時間が経っていたのか、それとも俺の飲むペースが早かったか。どちらにせよ少し物足りない。水分という意味でも、時間という意味でも。
「……新しいの買ってくる。ちょっと待っててくれ」
「あっ、待って、ハル! それじゃ…………」
そこまで言うと、葵は何かを口ごもる。言いにくいことなのか?
「……あ、あたしのを、飲む?」
赤面と共に差し出されたペットボトルを前に、俺はしばし硬直してしまう。
「いいのか?」
「うん、いいよ。ハルになら……」
どうにか絞り出した問いに即答されてしまい、二人の間に静寂の時が流れる。
「じっ、じゃ、いただきます」
しどろもどろになりながらボトルを受け取り、口元へ運ぶ。じっと見られてると飲み辛いのだが、葵の視線は釘付けで動くことは無さそうだったので、意を決してボトルを傾けた。
液体は瞬時に喉を駆け抜け、胃へと落ちる。しかし、
「…………味が分からない」
「何よ、それ」
「本当だって。葵も飲んでみれば分かる」
「ほんとに……?」
おずおずとボトルを受け取り、顔を真っ赤にしながらそれを呷った葵。飲み終えた直後に呟いた一言が、
「……ほんとだ。分かんない」
「だろ? 恥ずかしくて味覚がおかしくなってるんだよ」
という事にしておこう。多分きっとそうだから。
あまり遅くなっても家族が困るので、ここらでお開きにしようということになった。
「じゃ、行くか」
「うん」
街灯が照らす夜道を、二人並んで歩く。その中で、葵がぽつりと声を漏らした。
「成功させたいね」
「……そうだな」
「新入生の中に、ヒメみたいな超人がいたりして」
「もしあんなのがいたら大変だな」
ここにはいない女神の姿を思い浮かべると、苦笑いが零れてくる。去年の部活破りを知っている葵も、似たような表情をしていた。
「ヒメとルリ、見てくれるかな」
「どうかな。多分、見てると思うぞ」
「……なら、やっぱり失敗できないね。神様にも誇れるような、凄いものにしなきゃ。勧誘会だけじゃなくて、文化祭も。…………頑張ろうね、ハル」
「ああ、一緒にな」
決意を新たに、俺達二人は同じ道を進んでいった。
真面目かわいいもいいよね。
という訳で、ワンライのお題となっていた葵で一編書きました。死ぬほど難しかったですけど、何とか個人的な満足はできるものになってます。
葵ルートをプレイしたのがそこそこ前なので若干不安はありますが、割といつもの事です。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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