かぐ耶ルートのネタバレを含みます。
王位継承に関わる騒動が終わり、かぐ耶が異世界からこちらに通うようになって、しばらく経った頃。
俺は、彼女のいない愛の巣で、一人考えていた。
通い妻という関係性に不満はない。彼女はもう王女ではなく女王であり、世界を越えてこちらにやってくる時間を作るのすら一苦労な立場にいるのだ。それでもなお足繫く通ってくれるだけで、俺からすれば感謝こそすれ、文句などあろうはずもない。ないのだが――
そういう形の愛を選んだからこそ、出来ないこともある。
――というようなことを、こちらにやってきたかぐ耶に伝えてみた。
「旅行……それは確かに、厳しいものがあるわね」
そう。俺たちが出来ないこと、それは旅行だった。
近場に遊びに行くだけならばともかく、遠方への旅行というのは相当に難易度が跳ねあがる。彼女が即位して間もないため、こちらの世界で行動できる時間が限られているからだ。通い妻の形式をとったのもこれが理由である。
かと言って、俺がかぐ耶の世界に行けばいいのかというと、そういう話でもない。
俺は魔王アリオンの転生者として「倒されたはず」だから、それが生きているとなれば向こうは大混乱だろうし、かぐ耶の立場は大きく揺らいでしまうかもしれない。
かぐ耶達も魔王のイメージ回復に努めてくれてはいるようだが、向こうの人々がそれを受け入れるのはまだまだ先のことだと思う。
ゆえに今は二人の部屋で過ごすことが殆どで、デートも近場に限っている。なので二人での旅行への憧れは募っていくばかりなのだが、それを素直に出すのは何だか恥ずかしくて、
「せっかくこっちの世界に来たのに、この街を出ることすらほとんどなかったな、と思ってさ」
咄嗟に誤魔化すような言葉が出た、のだが。
「ふーん……それだけ?」
俺の本心などお見通しとばかりに、かぐ耶はからかうような笑みを向けてくる。たまらず両手を上げ、降参の意思を見せる。
「……恋人同士で旅行することに、興味があります。はい」
「そう。妾もよ」
嬉しそうに、豊満な肢体をこちらに寄せてくる。数ヶ月前の俺ならそれだけで前世返りしかけるほどに動揺していたが、今はもう「そうである」ことが自然なようにすら思えてきた。すっかりこの関係にハマりきっているな……とつくづく実感させられる。
「俺はまだそっちには行けないから、こっちの世界で旅行先を考えてみようかと思ってな」
「いいわね。スネーウ国は山国だし、その山も鉱山ばかりで観光資源は少ないし……妾だって、こちらの世界にもまだまだ興味があるわ。何より、妾もあなたと旅行がしたい。恋人としてでもいいし、その先に進んだ後も……ね?」
「それは、アレか。ハネムーンというヤツか……っ」
「ええ、そういうことよ」
「……それはまた、ハードルが上がったな」
「ふふふ……楽しみにしてるわね? ちなみに李空は、妾とどこに行きたいのかしら」
「あー、それはだな……」
ポケットからスマホを取り出す。なにぶん俺はインドア派で、ゆえに流行りの観光地すら朧気にしか知らないし、何より。
「こういうのは、自分一人で決めることじゃないと思うんだ。何も聞かずに相手の行きたいところに連れて行けるわけないし、かぐ耶と一緒に決めたい」
「同感ね。あなたと一緒ならどこでも楽しめるとは思うけれど、そういうことは妾も二人で決めたいわ」
かぐ耶も、俺と同じことを考えている。そういう体験を重ねていくたびに、限界まで縮まっていたと思っていた二人の距離が、また少し近くなったように感じる。こういうところの確認が、不和を生まない秘訣に……なっているといいが。
検索エンジンを開き、『観光地 人気』と入力してみる。すると、夥しい数の候補が表示された。
どこのサイトが信用に足るかなど知るわけもないので、一番上のサイトを開く。すると見覚えのあるようなないような、そんな地名がずらりと並んだ。
「どんな場所があるのかしら?」
そう言って、かぐ耶は身を乗り出すようにして画面を覗き込む。密着した身体が、その柔らかさを如実に伝えてくる。
その誘惑を振り切るようにして、記事を読み上げる。
「まずは、空に浮かぶ島、『ライゼルグ』……ああ、これはテレビで見たことあるな」
「えっ……島が、空に!?」
「ああ。どういう理屈か分からないんだけど、本当に空に浮かんでるらしいぞ」
「空に……凄いわね、是非行ってみたいわ。空から見る世界……どんなものなのかしら」
「ああ、そうか。そっちの世界は、誰も空を飛んでないんだっけか」
乃愛の翼を見た異世界人は、みんなその事に驚いていたな。人も魔族も、飛行可能な翼を持つ者はいないと。
「ええ。だから、こちらの世界に来た時は驚いたのよ? 人は様々な手段で空を飛んでいる……電気を生活基盤にしていることといい、こちらの世界は科学技術の進歩が凄まじいわ」
「そうか、俺たちはもうそういう環境で育ってきたから、それが当たり前としか思わなかったが……ああでも、俺も魔法やマナの存在には驚いたから、似たようなものか」
「異文化交流なんて、得てしてそんなものでしょう? ……とはいえ、まだまだこの世界には驚かされるばかりね。その『ライゼルグ』には、何があるのかしら」
「名所という名所は、そんなにないみたいだな。島の雰囲気を楽しむんだろう。写真を見る感じ、街並みはかぐ耶の国に近いものがあるな。住んでる人たちも魔族みたいな見た目の人と普通の人で半々らしい」
添付された写真の一つには、獣人と人間とが肩を組んで呑んだくれる光景が写っていた。
ふと、異世界の事情に思考が飛ぶ。あちらの世界では人族と魔族が戦争をしていた過去があり、それは五十年という時を経てなお尾を引いている。今もスネーウ国は周辺の国と結んだ不平等条約によって、国内の鉱物資源を搾取される立場にあるのだと聞かされたことがある。
仮に、その戦争がなかったら。もしかしたら、魔族と人族が手を取り合う、この島のような光景も見られたのかもしれないし。
あるいはこれこそが、向こうの世界が、数百年にわたって目指すべき理想の在り方なのかもしれない。
そんな俺の迷走を止めたのは、かぐ耶の言葉だった。
「名物は……『ライゼルグ丼』。何というか、そのままね」
かぶりを軽く振って、スマホへと意識を戻す。
「『レブラサンド』ってのもあるみたいだが、どっちも肉がメインだな」
「出来れば、肉料理以外も欲しいところね。……他の場所も気になるわ」
「次は……『塔弦島』。これもテレビで特集してたな。こっちも理屈は分からんが、年中夏の島らしい」
すると、かぐ耶は何かを考えこむように押し黙る。しばらくして口を開くのだが、
「ということは、この島はずっと夏休みなのかしら?」
何とも可愛らしい疑問だった。
「そういうわけではないと思うけどな」
「気になるわね。夏休みはいつからいつまでなのか。夏以外の休みは何休みなのか」
「そうだな。12月にお祭りやってるみたいだし、季節感覚について現地の人に聞いてみたいな」
「季節感のなさ、ということではスネーウ国も大差ないわよ。こちらの世界では、お祭りは夏にやる事が多いのよね?」
「へぇ……。確かにこっちじゃ、祭りと言えば多くは夏の時期だけど、この島はずっと夏だから、いつ開催しても夏祭りなのかもな」
そう言いつつ島の特色を探そうとして、ある記述が目に留まった。
『願いが叶う』。この島にはそんな伝説があるらしい。どうやら、かぐ耶も同じところで目が留まったようだ。
「この『願いが叶う』というのは、『何でも』ということなのかしら」
「どうだろうな。なんでも願いが叶うなら、そう書くんじゃないか」
「ふーん。ちなみに李空は、何でも願いが叶うとしたら、何をお願いするのかしら?」
「……特に思いつかないな。お願いしなくても満たされてるよ、今の俺は」
「あら、『妾とずっと一緒にいられますように』とかではないのね」
「それは願うことじゃなくて、誓うことだから。神頼みじゃなく俺自身の頑張りで、現実にしなくちゃいけない……と思う」
我ながらクサいことを言ったな、と頬が熱くなる。だがかぐ耶はそれをからかうのではなく、むしろ照れているかのように身をよじらせた。
「もう、もう……格好いいことを言ってくれるんだから」
かぐ耶はそう言って、俺に体を預けてきた。たまらず髪を撫でていると、彼女は呟くように言葉を紡ぐ。
「妾も……あなたといつまでも一緒にいられるように頑張るわ。だからもう少しだけ、待っていてちょうだい」
待つ、というのは国内情勢の安定化と、魔王のイメージ回復のことだろう。残念ながら、俺では力になれないことばかりだ。だからこそ今は、その合間を縫ってやってくる彼女を満たし、癒せる男でなくてはならないと、強く思う。
「ああ、俺もかぐ耶を支えられるよう、俺に出来ることをやるよ」
「……ふふ、頼もしいわね。そういうところも好きよ、李空」
言い終わると同時に、二人の視線が交差する。
そこからは言葉もなく、唇同士が触れ合って。
それが、長い夜のはじまりの合図だった。
旅先選びが再開されたのは、4回戦が終わってからだった。
『穂織』という秘境の温泉街の話になれば、スネーウ国の温泉事情について知り。
『アクア・エデン』という人工島には吸血鬼がいる、という噂について真面目に検討してみたり。
結局どこに旅行したいか、という話に結論は出なかったが。
それを考える時間自体も旅行の楽しみの一つな
かぐ耶、好きなんだけど書くの難しいっす……
次更新するのは三年後かななんて考えてたんですが、案外早く再更新の時が訪れてしまいました。
元はと言えば「この二人って通い妻形式してるうちは遠出できなくね?」って疑問からスタートしたんですが、旅先を考えてるうちに、ライゼルグと塔弦島は書きたいことに絡めやすそうだな? と考えて、ゆずソフトの過去作の舞台を拾うことにしました。
ライゼルグは異種族同士がいがみ合うでもなく助け合って生きているし、更には空に浮いているしでかぐ耶的にはカルチャーショックを受けそうじゃないかと思いましたし、塔弦島の願いを叶える伝説は二人の「誓い」をより強調するアクセントにしても良さそうだぞと。
こういう化学反応を楽しむのが好きなんですよね、だから繰り返しちゃう。三年経っても変わらないですね。
後書きの一番最初で書きましたけど、かぐ耶は書くのが難しい。そのキャラらしさを出すのが難しいのはかぐ耶だけに限った話ではないんですが、今回は特にてこずったなという感想が自然と出てきました。毎回こんなこと言ってる気がする。これは余談ですが、かぐ耶の一人称が「妾」なので、別のゆずソフトヒロインの声が脳内に浮かんできて大変でした。「妾」の読み方違うんですけどね
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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