特にネタバレは無いかと思います。
燦々と日光が照り付ける夏の日。ボクと夕音は、次の大会へ向けた準備の一環としてプールを訪れていた……のだけれど。周囲には親子やカップルといった人々が所狭しと犇めき右往左往している。耳を澄まさずとも喧噪は絶えることなく聞こえてくるし、少し遠くへ目を向ければウォータースライダー等のアトラクションが嫌でも視界に入る。およそ、練習をするための場所とは思えない施設に連れてこられたボクは、軽く頭を抱えていた。
「…………どうして、こうなったんだろう」
「んふふ」
きっかけは、二週間ほど前。夕音のある提案に端を発するものだった。
「先生、先生。お話があるのですが」
「ん、どうかした?」
「実は……水中で行うトレーニングがあるという話を耳にしまして。私もそれを実践してみたいのです」
「なるほど。……じゃあ、学院の敷地にあった湖で――」
「あの湖では、深さが足りないかと」
「そうか……じゃあ、どうしよう。ライゼルグにはそういう施設はないし……」
「でしたら先生、日本の水泳施設を使うのは如何でしょう」
「……いいね。そうしようか。じゃあ手配はボクが――」
「ご安心ください。私が全てやっておきますから」
「え? でも」
「お任せください」
「……う、うん。分かった。任せるよ」
「はぁい。…………ふふふ」
そのときのボクは、有無を言わさぬ迫力についつい押されてしまった。本来ならここで怪しむべきだったのだろうけど、夕音の事だから、という妙な安心感に身を預けてしまった。その結果として――
「ここ、どう見てもレジャー施設だよね?」
「そうですね。そう見える人もいるかもしれませんね」
「…………もしかして、最初から?」
「はぁい。最近は二人で過ごす時間も少なくなっていましたので……」
最早開き直りという領域すら通り越しているような気もする。いっそここまで清々しいと、怒ろうという気にもなれない。
「……いいよ。何も考えずにここまで来たボクにも責任があるから」
「でしたら――」
「でもね、
言葉を遮って、教師としてきっぱり告げる。
「まずは、ボクの考えたトレーニングメニューに付き合って貰うよ。トレーニングって言い出したのは、天霧さんだからね」
「ですが透さま――」
「
「…………ぶぅ、
渋々といった様子で、ボクの宣言を承諾してくれた夕音。二人で準備運動を行い、水へと身体を浸す。
とはいえ、メニュー自体は複雑なものではないし数も多くない。いずれは彼女の望む展開になってしまう事だろう。そして今ではボクもそれを期待していた。もしかしたら、最初からボクにもそんな欲望があったのかもしれない。……まったく、人のことを言えないな。
真剣な表情で、トレーニングに取り組む夕音。その表情には若干の疲れが見える。水の中で歩くだけとはいえ、歩き方を変えたり時間を長くとったりと工夫を加えると、意外なほど疲労が溜まるものだ。しかしその分、効果は高い。彼女もそれは分かっているらしく、トレーニングを始めてからは文句ひとつ言わずにこなしていた。
「ふぅ……」
「お疲れ様。メニューはこれで全部だよ」
「ありがとうございました、先生」
「うん。天霧さんのためになったなら良かった」
言い終えた所で、きゅるる、という音が水中から聞こえてきた。夕音の…………ではなくボクのお腹が鳴った音だった。……恥ずかしい。
「お昼にしようか」
「ええ。是非、そう致しましょう」
ずらりと立ち並ぶ出店を眺めて、ボクは唸り声を上げた。どうにも、食事の色が全体的に茶色い気がする。ソースとか肉とか、そんな感じのものばかり。夕音の口に合うかどうか…………そう考えた所で、ある屋台が目に留まった。
「レブラサンド……?」
「そのようですね。ですがあれは……」
「うん。ライゼルグの名物だ」
どうしてそれを、下――つまり日本――で売っているのだろうか。気になって目を凝らしてみると……。
「……あのさ」
「…………はい」
そこにいたのは、なんだか見覚えのある姿ばかりだった。赤い尻尾、長い金髪、褐色肌、それに小柄な子……嫌な予感がする。
「別のにしようか」
「はい。同感です」
足早に、その場を立ち去る。背中に、痛いほどの視線を感じながら。
「あっ、行っちゃうのです。追わなくていいのですか?」
「屋台ごと動かすのは、難しい」
「それに、ユネとセンセの邪魔しちゃ悪いしね」
「ハァ、ハァ……水場といえばハプニングが付き物…………それを言い訳にあんなことやこんなことを――」
「おーい、戻ってこーい」
「うぁいたー!」
軽く腹ごしらえをした後は、完全に夕音のターンだった。
「
水中へ戻るや否や、夕音は空気で膨らませた透明なボールを見せつけてくる。
恋人としての呼び方に戻っている辺り、つまりはそういうことだ。確かに、ボクが先生としてするべきことは終わっている。ならば、あとは恋人としての時間を過ごすだけだろう。
「わかった。行くよ、
「はぁい」
返事と共に、高くトスを上げる夕音。ふわふわと宙を漂う球体をどうにか捕捉し、両手で打ち上げた。
「それっ」
ボールはそのまま夕音のもとへと戻るかと思えば、風に煽られて軌道が変わる。
「んっ」
しかし夕音はこれを器用に拾うと、再びこちらへと弾き返してきた。水中にも拘らず軽やかな身のこなし、流石と言わざるを得ない。あるいは先程のトレーニングの成果もあるか。
結果、水上バレーは夕音の方が一枚上手だった。それは彼我の運動能力に差があるのも理由の一つだけど、それだけじゃない。必死に目を逸らしてはいたが、彼女がトスを上げるたび、彼女の良く育った胸がたゆんたゆんと…………ダメだ、思い出しちゃダメだ。ともかく、視覚的攻撃もあったのが彼女に後れを取った理由かもしれない。
「……はぁ、疲れた…………」
「お疲れ様です、透さま」
「ありがとう。凄いね、夕音は。水の中であんなに動けるなんて」
「透さまが考案してくださったメニューのおかげです」
「そっか、そう言ってもらえると嬉しいな。…………さて、次は何をしようか」
「……では、アレを」
そう言って彼女が指さすのは、かなり高い所から流れ落ちるウォータースライダーだった。
人気のアトラクションという事もあってか、一度に二人で滑れるにも拘らず行列は長かった。退屈しない待ち時間の果てに、ついに順番がやってくると――
「んふふ」
「……っ!?」
夕音が、体を密着させてくる。ほっそりとした腕やらしなやかな脚やらが体に絡みつくと、否が応でも興奮が高まる。係員の言う通りにした結果の姿勢なので、言葉を挟む余地はない。
これではウォータースライダーどころでは…………。そう思っていたのだが、実際には違った。
「うああああああ!?」
むしろスライダーの方が怖すぎて、夕音の身体がどうこうの騒ぎではなかった。その怖さたるや、逆に彼女にしがみつきたいという気持ちを堪えるのに必死になるほどだった。
それからもいくつか彼女の提案に乗り、あるいは翻弄されているうちに、日はすっかり傾ききっていた。
「今日は私のワガママに付き合っていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったよ」
「左様ですか。……では、またいつか来ましょう」
「……トレーニングをしに?」
「はぁい。練習とは、繰り返し行う事で効果があるものですから」
「…………なるほど」
やられた。ここまで計算づくとは…………末恐ろしい子だ。
「ふふふ……」
だがその笑顔を見ていると、乗せられるのも悪くないような、そんな気がした。
透は全く聖職者の風上にも置けねえなーーーー!!
…………などという嫉妬を。
それはさておき、夕音とプールに行く話でした。天色*アイルノーツにおけるメインヒロインの中では一番好きなキャラなんですが、最後にプレイしたのが半年前とかでして足りない部分もあったかと思います。その辺はご指摘いただけると嬉しいな、と思います。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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