ネタバレがあります。
コンクールを前日に控え、念入りに準備を重ねる部員たち。その中心に、彼女はいた。
「ふぅ」
緩く息を吐く、ブラスバンド部部長の雲雀丘由貴。彼女の背中に向けて、俺は声をかけた。
「由貴。大丈夫か?」
「……ああ、貴方ですか。わたくしは問題ありませんわ」
「ならいいけど」
「貴方こそ、体調不良を隠してなどいないですわよね?」
「いやいや、そんな事ないよ。俺も至って健康だ」
「でしたら問題ありません。貴方は貴方のすべきことをなさい」
そう言うと、由貴は他の部員の方へ向き直る。指揮者として皆を上手く取りまとめる彼女の姿を見ていると、俺の気持ちも自然と引き締まっていった。
そして、合奏練習が始まる。優雅で細やかな指揮棒捌きは見事の一言に尽きるが、見入っている場合ではない。俺たちもそれに相応しい演奏をせねばならないのだ。彼女の先導に応える事こそ、演奏者の本懐だから。
演奏開始から数分後。一通り反省点を洗い出した由貴は、次々と指摘を繰り出す。その中には当然俺のパートも含まれていた。
「それからトランペット、フォルテで強くなりすぎです。少し抑えるように」
そこは俺も気になったところだ。というか、当の俺が失敗してた。力んでしまったな、と自覚はしていたが、実際にそう言われると少々凹む。
しかし、そんな事に費やす時間など無い。原因を確かめて、一刻も早く修正しなければ。本番は明日なんだから。
「では、これから昼の休憩まで、パート練習の時間とします」
合図と共に、他の部員たちが席を立つ。俺もそれに続いて音楽室を出た。
視聴覚室で、俺は頭を抱えていた。
「うーん……」
「センパイ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。大丈夫だから困ってる」
「はぁ? 何言ってるんですか、センパイ」
「あー、まあエビには分からないか」
「だーかーらー! エビって言うなー!」
大声で抗議するエビ……もといみなせを放置し、俺は再び思案する。さっきみなせにも言った通り、何も問題はない。ないからこそ問題なのだ。
ここでパート練習をやっている時には、変な力みは無かった。指摘されたからというのもあるが、それ以降意識的に力を抜いたという感覚はない。気負いもなく自然に演奏できただけだ。これがどうして合奏だと出来なくなるのか、その理由を探る必要がある。
「失礼致します。調子は如何ですか」
うだうだと考えている所に、由貴が来た。
「由貴センパイ、聞いてくださいよ。さっきからセンパイが練習をサボってるんです」
「何ですって?」
「いや、サボってるわけじゃなくてだな」
「貴方、副部長でしょう。しっかりなさい。コンクールは明日ですのよ?」
「……はい、すみません」
こういう時、俺は逆らうことが出来ない。弱みを握られているとかそういう事じゃなく、音楽的要因では彼女が一歩も二歩も先を行っているからだ。そういう意識があるからか、部活の最中はどうしても気後れしてしまう。
……今、何か引っかかった気がする。手繰り寄せようと思考を試みるも、元気溢れる声がそれを遮った。
「じゃあセンパイ、由貴センパイも来たことですし、練習見てもらいましょうよ!」
「そうだな。悪いけど、見て行ってくれないか?」
「ええ、そのつもりで来ていますわ」
「ありがとう。……じゃあ、通しでやってみよう」
頷きを返す他の部員たち。由貴が手を掲げると、視線が彼女へと集中した。俺もそちらへ目をやり、彼女の手を注視する。彼女の指揮に応えなければ。
数分後。通しの演奏を終えた時、由貴は険しい表情を浮かべていた。
「やはり、全体的に強くなりすぎていますわね」
彼女が指摘していたのは、俺の演奏だった。自分でも分かっている。もう少しで理由にも辿り着ける気がするが、あと一押しが足りない。
「肩に力を入れ過ぎです。一度、深呼吸なさい」
「え?」
「いいから、言った通りになさい」
命じられるまま、深呼吸する。次第に力が抜けていくと共に、思った以上に力んでいたことを知覚した。
「貴方らしくもないですわ。初歩的なミスを繰り返すなど」
「ごめん。本当、どうしようもないな」
「卑屈になってはいけませんわ。自信を持ちなさい」
「自信?」
「ええ、もっと自分を誇るのです。貴方には才能があるのですから。わたくしにはない、類稀なる才能が」
「俺が? そうかな……?」
「そういう所が良くないと言っているのです!」
「…………センパイ、完全に由貴センパイの尻に敷かれちゃってますねぇ」
みなせの声で、ようやく周囲の状況を認識できた。同じパートの面々が、皆一様に温かい視線をこちらに向けていた。
「いや、これはあくまで助言を受けているだけであってだな」
「そ、そうですわ。これはあくまで、アドバイスを……」
「そうなんですか? 仲睦まじいやり取りに見えましたけど」
しどろもどろになりながら二人揃って否定するが、信じてはもらえなかったようだ。皆、微笑ましいものを見るような目で俺達を見ていた。
その最中に、俺は由貴に言われたことを反芻する。自信を持て、か。……そうか、分かったぞ。
俺が、どうしても力んでしまう理由。それは、彼女の指揮に追いつかなければ、と自分を追い立てていたからだ。その根源にあるのは、自分が彼女より劣っているという意識。
もしかしたら、指揮者として彼女に敗北を喫していることが、俺にそうさせていたのかもしれない。
だが、その意識はもう捨てよう。由貴は言ってくれたんだ、彼女にすらない才能があると。自分ではそう思わないが、彼女の言葉なら信じられる。
今なら、さっきまでより良い演奏ができる気がする。
「さぁ、練習だ、練習」
「センパイ、逃げましたね?」
「逃げてないぞ」
「絶対逃げてますって」
「では、わたくしは他のパートを見に行きますので、これで失礼致しますわ」
「あーっ! 由貴センパイまで!」
やかましい後輩を尻目に、俺はそそくさと準備を進める。その後輩から向けられる視線は全てスルーすることにした。
由貴と二人で帰路に就いて、今日という日を振り返ってみる。午前こそ失態もあったが、その後の練習はかなり上手くいったと思う。胸のつかえがとれて、晴れやかな気持ちで演奏できたからだろう。これなら、明日の心配もない。
「午後の演奏は見事でしたわ」
とは由貴の評だ。彼女に褒められる、というだけで嬉しいものがある。とはいえ、それは俺一人の力ではない。
「由貴のおかげだよ」
「……わたくしの、ですか?」
「うん。由貴の言葉のおかげで吹っ切れたから」
「やはり、何か悩んでいたのですわね」
「そう見えた?」
「ええ。一目で分かりましたわ」
「……流石、由貴だな」
「それが出来なければ、一流になどなれないのです」
言い切る彼女は、やはり格が違った。だが、今すぐ彼女に並ばなければ、とは思わない。俺に出来ることを精一杯やる、まずはそこからだ。それこそが、美しい調和を奏でるための第一歩なのだから。
「…………絶対、金を取ろう」
「ええ。目指すは最上位のみ、ですわ」
黄昏時に二人、目標を確かめ合った。俺達を待つ、栄光の未来を見据えて。
『ぶらばん!』発売13周年、おめでとうございます。
例によって13年の内1年ほども知らないわけですが……それでもお祝いをしようと思いました。最初は妙で書くかとも考えましたが、ここは推しで書く手を選びました。
とは言ったものの、内容が無いよう。半分冗談ですが、実際由貴をヨイショしてるだけのように見えなくもないのが…………。まあ、それは今後の課題という事で。
今回はこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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