特定のヒロインに焦点を当てたわけではありませんが、時系列では芳乃√ED後です。
「あー、疲れた」
家を出て電車で二時間、そこから更にタクシーで三十分。未だまともに整備されない交通機関を乗り継いで、辿り着いた小京都――穂織の街。一年ぶりだというのに感慨らしいものを覚えないのは、この街こそが自分のいるべき場所という意識が既に根付いているからか。
「……あんまり変わってないな」
見慣れた街並みを眺めても、景観はさほど変わり映えしていなかった。一年やそこらで町が様変わりしていたらそれはそれで困るので、こちらの方が良いかもしれない。しかし……。
「何か食べたい気分だ」
現在時刻は昼下がり。微妙に小腹が空いている。とはいえ、がっつり食べる気分でもないので――
「田心屋、かな」
「いらっしゃいませ……って、まー坊」
「お兄ちゃん、久し振りだね」
店に入った俺を、芦花姉と小春が出迎えてくれた。
「こんにちは。席空いてる?」
「うん、大丈夫だよ。好きな所に座って」
そう促され、適当な席に着く。
「うーん、何にしよう」
「決まってないなら、新作の味見を手伝ってくれない?」
「新作の?」
新しい商品と言われると、少し興味をそそられる。
「お姉ちゃん、本当にあれを出すの? 私、心配だよ」
「いいの、いいの」
小春が何やら気になることを言っていた気がするけど、今の段階では分からない。
「分かった。じゃあ新作を一つ」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
心なしか楽しそうに、芦花姉は厨房へと戻っていく。その姿を見ていると、小春が心配そうでいて、どこか呆れたような声を上げた。
「お兄ちゃん……どうなっても知らないよ」
「……そんなにヤバいのか?」
「それは……ノーコメントで」
食べる前から恐ろしくなってきた。本当に大丈夫かな……?
そんな心配をしていると、芦花姉が戻ってきた。その手にあるのは、
「お待たせしました。当店の新作、わさびパフェでございます」
「……え?」
今、何と言った。わさび? パフェ? ……猛烈に嫌な予感がする。
「食べられるの? これ」
「失敬だね、まー坊は。ちゃんと味見もしてます、美味しいんだよ?」
「えー……」
とてもそうは思えない。だが頼んだ以上、食べずに帰るのも失礼というものだ。意を決して、スプーンを突き刺す。一掬いして口へと運ぶと、突き抜けるような感覚が上顎辺りを襲った。これはゲテモノで終わると思ったのだが……。
「あれ、美味しい」
わさびのツンと来る感じが爽快感を生んでいて、斬新な味わいがある。しかし味は崩れていないので、食べにくいという事もない。
「……お兄ちゃん、大丈夫? おかしくなっちゃった?」
「俺は正気だよ。本当に美味しいんだって」
「でしょ? 小春ちゃんは疑い過ぎなの」
「うーん、そうかな」
「そうなの。どうして信じてくれないかなー」
「だってお姉ちゃん、最近変なものばかり作ってたから」
「あれは試行錯誤なの。トライアンドエラーを繰り返して人は成長するんだよ」
「いつも同じこと言ってるよ、お姉ちゃん……。お願いだから、味見は今度から廉兄にやらせてね」
「うーん……廉太郎の反応はあまり参考にならないから……」
相変わらずなんだな、あいつ。安心した。
それからしばらく、三人で談笑していた。この関係も全く変わっていなくて、だからこそ居心地が良かった。
「おー、マサオミ。久しぶりでありますね」
次いで志那都荘に来た俺を、仲居姿のレナさんが待っていた。
「うん。久しぶり、レナさん。戻ってきてたんだ」
彼女は鵜茅学院を卒業後、一度故郷の国へと帰ったはずだ。しかし服装を見るに、ここでもう一度働いているらしい。
「はい。わたし、この街が大好きですから」
「そうなんだ。……家族と離れるのは寂しくないの?」
「全然、へっちゃらであります。どれだけ離れていても、同じ星を見ているのは変わらないです。地球の裏側にいても、わたしたちは家族なのでありますよ」
物理的な距離の遠近は、繋がりの強さに関係ないという事だろう。確かにそうだ。今は都会で暮らしている俺だって、この街の人と関係が切れたとは思わなかったのだから。
また一つ、再確認する。そんな俺を見て、レナさんが何かを思い出したらしく、口を開いた。
「そうでした。ヨシノたちが、何やら準備をしていたであります。きっと、オニの居ぬ間に仕事、という事でありますね」
「うーん、それは違うと思うなあ」
レナさんも、こういう所は変わっていなかった。
しかし、何か準備をしていた、か。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。俺は元気だって、祖父ちゃんに伝えておいてもらえるかな」
「了解であります! それではマサオミ、オタッシャデー」
ぶんぶんと手を振るレナさんに向けて手を振り返しながら、俺は建実神社へと向かった。
「ああ、将臣君。久しぶりだね」
神社には安晴さんがいた。いるとしたら本殿だと思っていたのだが、実際は売り場に立ってお守りやおみくじを売っている。
「安晴さん、こんにちは。みんなはどちらに?」
「芳乃と茉子君なら、家の方で何かしていたよ。たぶん、ムラサメ様もいらっしゃるのかな。今朝から大忙しでね」
「そうなんですか? 俺も手伝った方が良いかな……」
「いやいや、将臣君はここまでで疲れているだろう? 休んでくれて構わないよ」
「そうですか。それじゃ」
「うん。ごゆっくり」
「有地さん、お帰りなさい」
朝武の家に戻った俺を、常陸さんが出迎えた。その表情には若干の疲れが見て取れる。
「ただいま。てんやわんやなんだって?」
「あはー……。恥ずかしながら、実はまだ準備が終わっていないんです」
「……やっぱり、俺も手伝った方がいい?」
「いえ、今日の有地さんは主賓ですから。主賓にそのようなことはさせられませんよ」
「ふーん……じゃあ、お言葉に甘えようかな。そういえばムラサメちゃんは――」
「遅いぞ、ご主人!」
「うわあ! お化け!?」
「違う! 吾輩はお化けではない!」
真後ろでいきなり声がしたので、驚きながら振り返る。そこにはムラサメちゃんが浮いていた。
「どうして吾輩の名を呼ばぬのだ。待ちくたびれたぞ」
「ごめんごめん。もしかしたら、もう見えなくなっちゃったかと思って」
「……まあ、そこは吾輩も危惧していた所ではあるがな。杞憂だったようで安心したぞ」
安堵の息を吐くムラサメちゃん。そんな彼女の手足の先が透けて見えなくなりつつあることは、黙っておくことにした。
「それにしてもご主人よ、ずいぶん時間がかかったようではないか」
「うん、まあね。久しぶりに会うと、話も弾むというか」
「なるほど。女子にうつつを抜かしておったわけじゃな?」
「そうなんですか、有地さん?」
「え? いや、そういうわけじゃ――」
言いながら思い返すと、俺が今日穂織で会った人は安晴さん以外全員女の人であることに気付く。これでは言い逃れ出来ない。
「どうなんですか、有地さん」
「白状してしまった方が身のためだぞ、ご主人」
二人が笑顔でにじり寄る。ムラサメちゃんは悪趣味なニヤニヤ笑いだが、常陸さんの方は目が全く笑っていなかった。
「そ、そうじゃなくて。他愛もない話をしただけだよ。誓ってやましいことはしてない」
正直に説明する。これで信じて貰えなければ俺の頭と胴は泣き別れだが……。
「まあ、そういうことにしておこうかのう」
「そうですね」
幸いにして、そうはならなかった。普段の信頼の積み重ねに救われたな。たぶん。
「さて、ワタシはまだ準備がありますので、これで。お風呂が沸いていますので、よろしければどうぞ」
「ありがとう。使わせてもらうよ」
着替えの入った荷物と共に、俺は風呂場へ向かった。
一人、天井を見上げる。かつてと変わらず、いい湯加減のままだった。こうして見ると、一年ちょっとじゃ何も変化が無いように思える。だがそうではない。ムラサメちゃんの姿が、ところどころ見えなかったのは、彼女が消えているからではなく――
「欠片の影響が、消えかけてるんだろうな」
意外なところに、変化は潜んでいた。世界というのは、少しずつだが確実に、刻一刻と変わっていく。そんな中で、変わらぬ強固な関係を築き上げる事こそが、生きる上で一番大事な事なのかもしれない。距離が離れても、時間が流れても。何があっても崩れない、確かな関係を……なんて、俺らしくもなく感傷に浸りながら、穂織一番の名湯を独り占めしていた。
風呂を上がり、着替えて廊下に出た俺を待っていたのは、またしてもムラサメちゃん。
「ご主人。準備が出来たぞ」
「分かった」
彼女の先導に付き従って、居間の前へ俺は立つ。躊躇いもなく襖を開けた時、俺は目を見開いた。
机に並ぶ、極上の料理の数々。それを取り囲む家族たち。その中には、最愛の女性も含まれていて。俺の求める『確かな関係』が、こんなにもすぐ近くにあった事を教えてくれた。
感極まる俺に向けて、最愛の人が声をかけてくる。
「おかえりなさい、将臣さん」
溢れ出る喜びを声に乗せて、俺も言葉を返した。
「ただいま、芳乃」
『千恋*万花』発売3周年、おめでとうございます。
短編を書くのはこれが初めてです。クロスオーバーの題材としたことはありましたが、単独で短編を書いたことは無かったんですよね。どうも苦手意識がありまして。
ただ、今回みたいな話はまた書いてみたいな、と思いました。
今回はこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字・ミスの報告、感想等お待ちしております。