重大なネタバレがあります。
「……え?」
気付けば俺は、見慣れた港に立っていた。そう、俺が塔弦島に上陸した港だ。そこには由比子、双葉、五郎がいて、俺によく似た……というより瓜二つの男もいた。全員は何か談笑しているが、内容は聞こえない。
しばらくすると、連れ立ってどこかへ向かっていく。
「おーい、どこ行くんだよ」
背中に向けて呼びかけてみるが、誰も振り返らない。もしかして、何かの嫌がらせだろうか。そう思って何度か呼び掛けてみるが、やはり誰も反応しない。その様子を見るに、嫌がらせなどではなく――
「聞こえてないのか……?」
声が届いていないのか。まるで、俺だけが隔離されているかのように。
近付くべく歩いてみようにも、俺の足は地面に貼り付けられたかのように微動だにしない。
見る見るうちに遠ざかる四つの背中を目で追いかけながら…………四つ?
「あれ? 上坂さんはどこだろ」
おかしい。俺がこの島に来た時、上坂さんも俺を出迎えてくれたはずなのに。
それに気付いた瞬間、世界は暗転して。
再び光が戻った時には。
「……ここは…………」
俺は、海辺の喫茶店に立っていた。中ではマスターと、上坂さんと、俺に似た男が何かをしている。
恐ろしいナイフの持ち方をする上坂さん、それに戦々恐々とするマスターと男。もしかして、料理の最中なのだろうか。なんだか、とても楽しそうで――。
再び、世界が切り替わる。今度は海岸だった。水平線の向こうに太陽が見える。場所から考えるに、夕方の海だ。
そこには一組の男女がいた。片方は上坂さん、もう片方は俺似の男。上坂さんは頬を赤らめながら、男と話している。いつしか二人の距離は縮まって、唇が触れ合う。
「あっ…………」
思わず声が漏れた。その声音の意味を考える間もなく、次の瞬間に世界は暗転して。
再び、喫茶店へ。先程キスをしていた二人が、入り口の前に立っている。
だが、上坂さんの様子がおかしい。明らかに警戒したような、敵対的な表情を浮かべている。男はその様子に困惑しながら何かを言っているが、上坂さんの表情は険しさを増す一方だ。
結局、上坂さんは何処かへ行ってしまった。男はそれを呆然と見送る。するとマスターが男を招き入れた。しばらくの後、恰幅のいい男性が店へ入っていく。
突然、「記憶障害」という言葉が脳裏をよぎった。そして、上坂さんがそれであることを不思議と認識する。
そしてまた、世界が切り替わる。
「いつまで続くんだ、これ」
正直、見ていて楽しいものじゃない。夢なら早く覚めて欲しいとさえ思えてきた。だが、そんな俺を嘲笑うかのように、新しい光景がやってくる。
今度は、暗くなった道端。怪我をした上坂さんを、男が背負っていた。その足には怪我の手当てをしたらしい様子が見て取れる。
道中、二人は何か話をしていた。その時の上坂さんの表情に、さっき見た険しさはない。
「何があった……?」
過程をすっ飛ばされたらしく、事情が分からない。だが少なくとも、二人はとても楽しそうで。
不思議なことに、俺は苛立っていた。だが、声を届けることも近づくことも、今の俺には出来なかった。
行き場のない感情を抱えたまま、また別の場所へ。
次は、住宅街の中。一件の家の前で、上坂さんと五郎と男が、何かを話している。
「……」
上坂さんは悲壮な表情を浮かべていた。それを見た男が、手を差し出す。ほんの少し間を開けて、上坂さんは男の手を取った。すると程なくして、彼女は家へと戻っていく。足を引きずったりすることもなく、平然と歩いていた。
「これ、出来事は繋がってないのか?」
疑問が浮かんだが、俺は即座にそれを否定した。そうではない、と。
どうしてかは分からないが、これは一連の出来事なんだと……またしても、直感できた。
その後も、世界は転換を続けた。上坂さんとあの男を軸に、場面が変わり続けた。
ある時の彼女は、戸惑っていた。ビデオに映る、自身の姿を見て。
ある時は、涙を流していた。彼女の記憶が戻ったのだという情報が、俺の頭の中に勝手に流れ込んでくる。
そしてある時は、笑っていた。記憶の彼方に置いてきたはずの想いが、再び通じ合って。
そこまで見る頃には、俺ももう分かっていた。
上坂さんの傍にいる男、あれは『俺』だ。俺とは別の未来を歩いた、もう一人の『俺』。
否定しようとしても、あの男は『俺』であると主張する誰かの声が響く。どういうわけか、その主張はしっくりきた。
だが、まだ終わらなかった。壁を乗り越えてハッピーエンドだなんて、そうはいかなかった。
彼女の身体が透ける。掴んでいたはずの手が、確かにすり抜けた。上坂さんはそのまま倒れこんでしまう。それを見計らったかのように、二人の人間が現れる。片方は、ペンションに着いた時に会った人だ。だがもう片方は、どこかでチラリと見たことがある程度。なのに、二人の名前まで分かる。仁木夕張、足利貞道。
「……なんでだ」
流れ込む情報量が多過ぎて、頭がおかしくなりそうだった。だというのに、世界は変わり続ける。
緑の髪の女性と、上坂さんが話をしていた。その女性――京極フミオ――は、この島の何かによって命を削られている。そんな情報が、また頭に入り込んでくる。
またしても、上坂さんは涙を流していた。そんな彼女を見て、京極さんはゆっくり手を伸ばして、抱き締めた。
彼女の涙を止めたい――。そう思っても、今の俺には何もできない。それが悔しくて仕方がない。
やがて場面が変わる。今度は、真夜中の海岸。泣いていた時からさほど時間は経っていないらしい。
二人は寄り添い合って、海辺に座っていた。その視線の先には、どこまでも続く雄大な海。
「――――」
「――――」
何を話しているのかは、分からない。だけど上坂さんは笑っていて、『俺』は泣いていた。
やがて『俺』は、上坂さんを抱き締める。それにつられたのか、彼女も涙を流して、『俺』に抱き着いていた。まるで、世界にしがみつこうとするかのように。
そして、朝日が昇る頃。
上坂さんの身体が、どんどん透明になって。
最初から、何もなかったかのように。
上坂茅羽耶という少女が、世界から消えた。
「なんで……」
見ていただけの俺にまで、こみ上げてくるものがあった。これは夢で、この感覚はただの錯覚で。それでも、悲しみが俺を打ちのめした。
しかし、悪夢はそこで終わらなかった。砂に拳を打ち付け、四つん這いになる『俺』の姿までもが、そこから消え去って――。
「うああっ!」
悲鳴に近い声を上げながら、身体を起こす。見るとそこは、俺が使っているペンションの一室だった。部屋の時計は、いつもより大分遅い時間を指している。
「……上坂さんは」
酷い夢を見た。長く、辛く、苦しく、悲しい夢。二度と見たくないと思う程に、心を抉られた。吐き気を堪えて、どうにか立ち上がる。
部屋を出た所で、ミホさんの声が聞こえてきた。
「そーた、おはよう。うなされてたみたいだけど、大丈夫かしら?」
「え、ええ。大丈夫です。それよりすみません、寝坊しました」
「いいのよ、たまにはそういう日もあるでしょ。それに、謝るべき相手は私じゃないわよ」
「……え?」
「茅羽耶さん。待ってるわよ?」
それを聞いた俺は、即座にペンションを飛び出した。俺を呼ぶ声が聞こえたが、それどころじゃなかった。
「朝倉さん、おはようございます」
彼女は――上坂さんは、普段と変わらずそこにいた。いつもの事なのに、それがたまらなく嬉しくて、彼女の身体を抱き締める。
「えっ、あっ、あの」
「よかった…………」
彼女の困惑もそっちのけで、俺は喜びを噛みしめる。彼女が変わらずここにいるという事実がどれほど素晴らしい事なのか、それを実感していた。
「上坂さんが、生きててよかった」
同時に、思う。今朝の夢は忘れてはならない。あれは、起こったかもしれない、あるいは起こりうる未来だ。
絶対に、あんな未来へ進んではいけない。
そして、彼女を幸せにしたい。出来る事なら、その傍らには俺がいたい。あの夢の二人と、同じように。
そんな決心を、俺は密かに固めていた。
本当、茅羽耶で書くのは難しい。
書くにあたってルートをざっと読み返したんですが、ざっとでも悲しくて音を上げそうになりました。ゆずソフトでもトップクラスに悲しい話だと思います。サノバウィッチの寧々ルートはまだ救いがあったな、とさえ思えるほどに。
タイトルには茅羽耶を入れましたし、内容も茅羽耶ルートに即してはいますが、全編通して壮太ばかりを書いていたので、ある意味タイトル詐欺かもしれません。
今回は、「もし並行世界の記憶を『夢』という形で垣間見たら?」という妄想でした。真エンドだと何か繋がりがありそうな描写もあったので、ここは一つと思いしたためてみたのですが……本編振り返りみたいになってしまいました。反省ですね……。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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