静流√ED後です。色々ネタバレあります。
「ここが……」
「遊園地…………」
巨大な門扉を見上げながら、二人は絞り出したような声で呟く。初めての光景に圧倒されているのだろうか、と俺は考えた。だがその予想は、どうやら少し違っていたらしい。
興奮を隠しきれない様子で、静流先輩は俺に呼び掛けたのだ。
「藤島さん、何をしていますの? 早く行きましょう!」
影武者としてのあれこれを終え、不動庭園の保存に奔走した日々から、もうすぐ一年が経とうしていた。進学してもなお先輩と呼び続けているのは不思議だったが、こう呼ぶのが俺にとっては自然になっていたので、今でもそう呼んでいる。
ともあれ俺達の関係は変わることなく、平穏な日々が続いていたのだが。
ある日、それを一変させかねない事態が起きた。というのも約束通り牛丼屋に行った折、灯里さんがこんなことを言い出したのだ。
「藤島さん、次は何処に連れて行ってくれるのかしら」
俺としてはこれっきりのつもりでいたので不意を突かれた格好となり、先輩は怒るのと戸惑うのとで大慌て。挙句には同席した朱里までもが、
「僕、遊園地という場所に興味があるんです」
と言い出す始末。結局二人に押し切られてまたしても約束をしてしまい、そのことで大変先輩を怒らせたのだ。
これは大事の予感がするぞ、なんて事を考えながらあれこれ予定をすり合わせ、気付けば当日。本当に大丈夫なのかという心配が拭えないまま現地に来たのだが――。
「静流さん、少し落ち着いて」
「そう言う灯里さんこそ、落ち着きがありませんわ」
「な、そんなことありません!」
「……あれ?」
「姉さんも正宗先輩も、とても楽しそうですね」
蓋を開けてみれば、杞憂に終わっている。こうしている間も、お嬢様二人は入場ゲートに向かって突撃を敢行している。――って、待て待て。
「二人ともー! ちょっと待ってくださーい!」
慌てて呼び止めた所、二人が同時に足を止めた。急いで駆け寄り、説明をする。
「あのですね、入場するにはチケットが必要なんです」
「ええ、存じておりますわ」
「なのでですね、そこで買いに行かないと」
「既に持っておりますの」
「へ!?」
「ほら、この通り」
そう言うと、先輩は俺に長方形の紙を差し出す。周りを見ると、灯里さんも朱里も、全く同じものを持っていた。
「さ、行きますわよ」
連れてくると約束したのは俺なのに、こうして奢ってもらってしまった事に若干の申し訳なさを感じつつ、先輩に連れ立ってゲートをくぐった。
「わぁ……」
「凄いですね。こんなに人が」
「本当ね。ビジネスモデルの一つになるのも納得だわ」
各種メディアで頻繁に紹介される人気施設に来ているのだ。おまけに今日は休日なのだ。当然人が多い。
「ねえハル、あれ乗ろうよ」
「いきなり絶叫系かよ」
なんて会話を繰り広げる、同年代のカップルの姿が沢山いる。果たして満足にアトラクションを利用できるのか、少し気になるところではある。
「藤島さん? どうかしましたの?」
「いやー……時間、足りるかなーと」
「そう思うのでしたら、行動は素早くですわ」
「それもそうですね」
先輩の言う通りだ。時間を惜しむのなら、さっさと行動するに越したことは無い。
「じゃ、まずは定番のあれにしますか」
そう言って俺は、立体的な軌道を描くレールを指差した。
数十分の待ち時間も、四人での談笑で一瞬にして過ぎ、気付けば俺達の番になっていた。
当然のように先輩は俺の横を陣取ったので、その後ろに灯里さんと朱里が座る形になる。
「それでは、いってらっしゃーい」
係員の号令でコースターが動き出す。長大な坂を徐々に登攀していく間、先輩は何やら呟いていた。
「た、たーしゃま。これは本当に安全なんですの?」
思わず恋人としての呼び名に戻るほどに不安らしい。なので俺は、努めて明るい声で言った。
「心配ありませんよ。飛んで行ったりしませんから」
「そうですか。でしたら――」
「ただ」
俺が言うと同時、コースターは頂点に達した。数秒の間をおいて、俺達の身を猛烈な降下感が襲う。
「「きゃああああああああああああああ!!!!!!!!!」」
落ちますよ、という俺の声に重なって、お嬢様二人の絶叫が炸裂した。よく聞くと、朱里も控えめな叫びを上げている。
コースターが上下左右に目まぐるしく旋回する度、二人は悲鳴を上げる。こういう反応が見たかったのだ、という小さな達成感と共に、俺も声を張り上げた。
「つーん!」
「本当に申し訳ありませんでした。俺が悪かったから、どうか機嫌を直してください」
「怒ってなどいませんわ! ええそうよね、藤島さんは知ってらっしゃるんですものね!」
「警告が間に合わなかったんですよ」
「嘘ですわ! 私たちの反応を楽しんでいたのでしょう!」
コースターを降り、出口へ至るまでの間、先輩は魂が抜けたかのように口を閉じていたが、しばらくして感情を爆発させた。
「藤島さんは性格が悪いんですのね」
「そんなことは……あるかも」
「やっぱりそうではありませんか!」
必死に宥める俺。すると後方から笑い声が聞こえてきた。振り返ると、灯里さんが口元に手を当ててクスクスと微笑んでいる。
「あなたたち、やっぱりお似合いの二人ね」
「僕達、お邪魔ではないでしょうか」
「何言ってるんだ、朱里。元はと言えば、お前が言い出したことだぞ」
「それもそうでしたね」
「藤島さん! まだ私の話は……」
「ああごめんなさい先輩、でも悪気は無くてですね」
「静流さん、私達の事は気にせず『たーしゃま』でも構いませんよ」
「~~~~~!?」
途端、先輩の顔が真っ赤になる。もしかしたら、先程コースター上でした会話を聞かれていたのかもしれない。
「そ、そんなことは出来ませんわ! 人前で、その……あの…………」
徐々に尻すぼみになる声。一度やらかした時の事を思い出しているのだろうか。あれは正直俺にとっても消し去りたい過去ではあるのだが、一度言った言葉を取り消すことは出来ない。
二人して微妙な空気を醸し出してしまったからか、灯里さんは慌てて明後日の方を指差す。その先にはコーヒーカップがあったのだが、
「ほ、ほら。次はあれに乗りましょ……う…………」
灯里さんの声まで、徐々に尻すぼみになる。それもそうだ。彼女の指差す先では、一組の男女が顔色をすこぶる悪くしながらフラフラとアトラクションを降りていた。そのまま二人はよろめきながら、隅っこの方でうずくまってしまった。
「……………………」
「……………………」
「あはは……どうしましょうか、匠さん」
「……なあ、俺はどうしたらいい?」
次に誰かが口を開くまで、数十秒ほどかかった。
お化け屋敷で再び絶叫し、垂直降下型アトラクションで三度絶叫し、絶叫はもうこりごりだと言ってきたお嬢様二人の要望にお応えしてゴーカートで鎬を削り、気付けばだいぶ体力を使っていた。そんなわけで、先輩と灯里さんはベンチに腰かけている。
「俺、飲み物買ってきますね」
「あ、僕もご一緒しますよ」
「別に大丈夫だぞ、待ってても」
「いえ、お供させてください。匠さんもお疲れでしょう? 男手があるに越したことはありませんよ」
「……じゃあ、頼む」
「はい。お二人はここで待っててくださいね」
「ええ、お願いするわね」
「申し訳ありませんが、よろしくお願いしますわ」
軽く手を振って、俺と朱里は直近の売店へ向かった。
「静流さん、今日は楽しんでいますか?」
「……灯里さん? 何ですの、藪から棒に」
「いえ、少し気になっただけですよ」
「そう、ですわね…………ええ、楽しいですわ」
「そうですか。……良かった、私も同じです」
「灯里さんも?」
「ええ。こういう体験は、かなり久しぶりですから」
「という事は、灯里さんは前にも遊園地に来たことがあるのですか?」
「…………ええ。今よりずっと子供の頃に、一度だけ」
「……羨ましいですわね。私は今日が初めてですの」
「なら、最後まで楽しまないとですね」
「ですわ! 次はメリーゴーラウンドというものに乗ってみたいですわね」
「いいですね。じゃあ、藤島さんにそうお願いしてみましょうか」
「ええ、是非ともそう致しましょう」
「……それにしても、不思議なものですね」
「不思議? 何がですの?」
「クラスメイトでしかなかった静流さんと遊園地に遊びに行くなんて、去年の私じゃ考えられませんでしたから」
「……ええ、そうですわね。こうして私たちが関係を深められたのも、藤島さんのおかげなんですのね」
「そうですね。あの人には、不思議な力があるんでしょうね」
「ですわね! だって……たーしゃまですから」
俺を差し置いて何やらいい雰囲気を醸し出していた二人の要望に応えてメリーゴーラウンドに乗り、空中ブランコで歓声を上げ…………いつの間にか、空が赤く輝いていた。タイムリミットは近い。破れば源さん率いる精鋭部隊に殺されかねないので、ここらが潮時だろう。
「じゃあ、次が最後ですね」
「そうですか。名残惜しいですが、仕方ありませんわね」
「最後は……やっぱりあれかしら?」
「観覧車、ですか」
四人で乗るには狭いので、二人ずつ乗ることにした。灯里さんはニヤニヤしながら朱里と一緒に乗っていったので、心遣いに甘えて先輩と二人で乗せてもらうことにした。
空は暗くなりつつあるが、それがむしろ良い味を出している。
そんなことを考えながら夜闇に沈みつつある街並みを眺めていると、同じようにして窓の外を見下ろしていた先輩が声を漏らした。
「綺麗ですわ……」
そちらへ目を向けると、陽光と街の明かりに照らされた瞳が、キラキラと揺らめいていた。感動の顔を浮かべる先輩を見ていると、喜びが込み上げてくる。
「……たーしゃま。今日は、ありがとうございました」
「どういたしまして。と言っても、俺は奢られた側ですけど」
「いえ。このような機会が私に訪れたのは、たーしゃまのおかげですもの」
「先輩……」
「……今は、二人きりですわ」
「…………しーちゃん」
「たーしゃま……」
恋人としての名前で呼び合いながら、俺達は唇を重ねた。
ゴンドラが頂点に達したところで、唇が離れる。
しばしの静寂の後、差し込む陽光を浴びながら、眩いほどの笑みを浮かべながら、
「また、連れてきてくださいね、たーしゃま!」
「姉さん、今日は楽しかったですか」
「ええ。色々と思い出すこともあったわ」
「……それは、兼元の家に来る前の――」
「朱里」
言葉を遮る灯里。何かを感じ取った朱里はそこで口を噤んだ。
灯里の表情には、何か暗いものが映っている。
「お母さん……」
窓の外を眺めながら、この場にいない人へ向けて呼びかける灯里。一度首を振ると、うっすらを微笑みながら、もう一度呟いた。
幼い頃の、決して裕福とは言えないが幸せだった日々を想起させてくれた、ある男性に向けて。
「ありがとう、藤島さん」
しーちゃん!!!!!!! 灯里ちゃん!!!!!!!
元はサノバウィッチの背景ネタです。あの二人が並んで談笑してる姿がたまらなくエモかったのと、ワンライお題が灯里と静流の二人同時だったので挑戦してみた所あえなくワンライ失敗しました。
今日はこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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