ネタバレあります。
「ふあぁぁぁ……おはよう」
思わず漏れた欠伸を噛み殺しながら、リビングに入る。そこにはいつも通り、咲夜と佐奈、ルリに祖父さんがいる。
というか、俺が最後か。
「おはようございます、兄さん。朝御飯、もう出来てますよ」
「ああ、ありがと」
生返事を返して椅子に座ると、咲夜とルリに加えて祖父さんまでが俺を冷たい目で見つめてきた。
「なんだよ」
「たるんどるのー、お主。いくら休日とはいえ、もう少し早く起きようという気はないのか」
「姫君の言う通りだぞ、春樹よ。いつまでも誰かが起こしてくれるとは限らんという事を忘れていないか?」
「はるきはあれだな、来世はナマケモノだな」
口々に好き放題言ってくれやがって。なんで朝からこんなことを言われなきゃいけないんだ。
「いいだろ別に。さ……卯ノ花の言う通り今日は休日なんだし」
「どあほう。休みの日こそ早く起きて時間を有効に使うべきじゃろ」
「……む、確かに」
咲夜の言う事も一理ある……のか?
「起きれんというならかつてのように、ルリに噛みついて貰うか」
「はるきの身体は不味いから、嫌いだ」
「とのことじゃ。残念ながら諦めてもらうしかないの」
「結論を出すのが早過ぎるだろ。わかった、わかったって。ちゃんと早起きするから」
俺が折れたことで、険悪な雰囲気が少し収まる。それでも祖父さんが何かを言おうとしていたが――
「兄さん、お待たせなの」
丁度良く、朝食の用意が出来たらしい。ナイスタイミングだ、佐奈。
「いただきます」
とりあえず、この場での追及は避けることに成功した。
昼食も取って、時間は午後。普通なら、これからが本番な時間帯かもしれないが。
「んー……」
本を閉じる音が部屋に響いた。はっきり言ってしまえば、物凄く暇だ。
今まで不運があったせいでまともな趣味に手を出してこなかったのが災いしてか、どうにもする事がない。部屋の中を見回しても、あるのは必要最低限の道具だけ。
余計なものを置くと怪我の危険性があったから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
「……コーヒーでも飲みに行くか」
こういう時に思いつく暇つぶしと言えば、この程度のものだった。
祖父さんに一杯淹れて貰おうと思って店の方へ出てみると、意外な顔がそこにはあった。
「眞一郎、三番テーブルにアイスティーを二つじゃ」
「ああ、分かった」
咲夜が、ロビンの制服に身を包んでいる。あまつさえ、接客までやっているのだ。
「……え?」
「ん?」
意味が分からず立ち尽くす俺に向けて、祖父さんが声をかけてくる。
「春樹か。どうした、出掛けるのか」
「いや、コーヒーでも飲もうと思って……というか、なんで卯ノ花が?」
咲夜の方に目をやると、妙に上手いウィンクが返ってきた。
「ああ、姫君の事か。簡単な事だ」
祖父さんはそう言うと、思いっきり真面目な顔でこう続けた。
「バイトだよ。ここで働かせてくれ、と頼まれてな」
「……なんで?」
「さあ、それはワシには分からん。知っていたとしても話さないがな」
……となれば、本人に直接聞いてみるしかないか。
カウンターに腰掛けながら、俺は溜息と共にこう告げた。
「とりあえず、ブレンドをくれ」
「……タダではやらんぞ?」
「分かってるよ」
「ならいいが…………ああ姫君、アイスティー二つだ。よろしく頼むよ」
「うむ、任せよ」
見た限りでは、きびきびと働いているようだ。渉さんや葵ほどではないものの、その手つきは慣れたものだと言ってよかった。
「祖父さん、卯ノ花が働き始めたのっていつからなんだ?」
「それくらい本人に聞かんか。一か月前からじゃ」
耳聡い咲夜が、祖父さんに代わって答えてくれた。一か月でそこまで動きが手慣れるものなのか。
「いや、今は忙しいかなと思って」
「おい春樹よ、ワシは忙しくなさそうに見えるのか?」
「そんな事言ってないだろ。物運んでる人間に声かけたら危ないんだよ」
「……そうだな。お前はそれをよく知っているんだったな」
こんなくだらない説明に説得力があるあたり、不幸な俺というイメージは拭えていないらしい。信用があるようで悲しいね。
「少し待て、もう少ししたらひと段落するじゃろ」
咲夜はそう言うと、モップ掛けを始めた。かつての神様が床掃除をしているという光景が、俺には未だに信じられなかった。
店から客がいなくなったタイミングで、ようやく咲夜が俺の隣に腰掛けた。
「お疲れさん」
「お待たせしました、ご主人様♪」
……………………。
「…………は?」
「『は?』はないじゃろ。折角流行りのもてなしをしてやろうと思っておったのに」
「いや、ここそういう店じゃないし」
祖父さんがどう思っているかは知らないが。そういえば葵もこんなこと言ってたっけ?
「……お主、今他の女の事を考えておったじゃろ」
「い、いや。そんなことないぞ」
「本当か? お主は嘘を吐く時耳が動くんじゃが、今もそうなっておったぞ」
「……マジで?」
慌てて耳を押さえてみる。すると咲夜の視線が冷たい物へと変化した。
「勿論嘘じゃ。じゃがお主も、嘘には心当たりがあるようじゃな?」
「…………嵌められた」
「おいハルキ、昼間から『ハメられた』なんて言うな。恥ずかしいじゃろ」
「ちょっと待て、なんか意味が変わってないか!?」
「何か? 妾は何も変な事は言っておらんじゃろ。お主の誤解ではないか?」
……二度も罠に引っかかるあたり、俺がこいつを出し抜くのはどうも無理そうだ。
「ふふん、可愛いの、お主は。その可愛い反応に免じて、今回は許してやるとするか」
寛大なご処置、痛み入るね。ともかく、話題を切り替えるならここだろう。
「そりゃどうも。で、お前は何でバイトを始めてるんだ?」
「何処かへ出掛ける度、お主一人に負担を強いるのも忍びないしの。自分の遊ぶ金は自分で稼ごうと思ったんじゃ。妾がここで働いておるのも、その為じゃよ」
「……なるほど」
思っていたより真面目な理由だったので、思わず拍子抜けした。
そんな俺に、祖父さんが指摘を飛ばしてきた。
「見たか春樹よ、姫君の立派な姿勢を。お前も見習うべきじゃないか?」
「いや、俺にバイトは……」
出来ない、と言いかけて気付いた。出来る。もう天罰は無くなったし、俺が絡んで台無しになるなんてことはそうそう起きない……はずだ。
「お主がここに来たのも、大方暇潰しじゃろ。どうせならば、お主も妾と働いてみんか? 労働は良いものじゃぞ」
「……考えとくよ。何か、打ち込めることを探してたところだから」
「そうか……春樹よ、ワシの店で働くならばくれぐれも忘れるな」
そう言うと、祖父さんはくわっと目を開いた。
「店の物を壊すなよ」
「……頑張るよ」
項垂れながら俺が答えると、咲夜が口を開いた。
「となると、お主はやはり早起きせねばならんぞ。起きている間に使える時間が減るんじゃから。それに……」
そこで切ると、咲夜は俺の耳元に口を寄せてくる。そして、こう囁いた。
「お主と二人きりで過ごす時間が減ってしまうしの」
「な……」
思わぬ言葉に、頬が熱くなるのを感じた。しかし咲夜も、顔は赤らめているものの悪戯っぽい笑みは消さない。
「それに、何だね?」
今のやり取りが聞こえなかった祖父さんは、首を傾げながら問いかけるが、
「何でもない。乙女の秘密じゃ」
これもひらりと躱した。やはりどこまでも、俺の彼女は一枚上手なようだ。
また卯ノ花で書いてるよこの人。
そろそろゆずソフト好きおじさんから卯ノ花好きおじさんに変更するべきか……と真剣に検討中です。だって好きだから仕方ないんですよ。
卯ノ花は態度的にそう見えないだけで根は真面目ですから、こういう可能性もあるよなあと思って書いてみました。意外と捗ったので驚きです。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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