微妙にネタバレあるのでご注意を。時系列的には、初めての行為より後だと思っていただければ。
「ねえ匠。私、古本屋に行ってみたいのだけれど」
……また始まった。
「なんだよ、藪から棒に」
「だから、古本屋に行ってみたいのよ」
何故、今なのだろう。いくらお嬢様とは言っても、灯里にも普通の生活をしていた頃があったわけで。その時に古本屋には行かなかったのだろうか?
まあ、いいか。クレープの立ち食いも知らなかったんだ、きっとそういうことなんだろう。余計な詮索をする必要もないし。
「ちょっと待ってくれ、源さんの許可を取らないと」
「その必要はないわ。もう貰ってあるもの」
相変わらず根回しの良いことで。そうなれば、あとは俺がどうしたいかが全てだな。
「お願い、匠」
上目遣いで見上げながら、懇願してくる。そんなことをされたら、断れるわけもない。
「わかった、行こう」
どの道、断る気もない。デートできるのは俺だって嬉しいしな。
というわけで、古本屋デートという、何だか庶民的すぎるデートが始まった。
駅前にある、有名なチェーン店。今回はそこに行くことにした。寂れた小さい古本屋よりこっちの方が長くいられるだろう、なんて下心もあったのだが、それは表に出さない。
「看板自体は何度か見たことがあるけれど、実際に入るのは初めてね」
「そうなのか?」
「ええ。私、本には不自由したことがないもの」
「……なるほど」
住んでいる世界の違いが分かる一言だが、もう慣れた。そういうものなんだと、影武者をやって嫌というほど思い知っている。
「入るか」
「ええ」
いちいち確認をしながら、自動ドアを抜ける。初々しさを感じながら入る店は、慣れている筈なのにどこか新鮮だった。
「へぇ……凄いのね」
「ここは結構大規模な店だからな。…………どうする? どこから見て回ろう」
「もちろん、端から端までよ。ほら早く早く」
「おわっ」
気分上々な灯里に手を引かれ、軽くつんのめる。……たまには、こういうのもいいかもな。
最初に辿り着いたのは、少年漫画のコーナー。
「あっ、これ知ってるわ」
灯里が指さすのは、10年ほど連載が続いている人気シリーズだ。書店でバイトしていた頃、山のように積まれた在庫を並べるのに苦労したことを覚えている。
「読んだことあるのか?」
「いえ、ないわね。でも以前、タイアップ企画の相手として挙がっていたことがあって」
やはりスケールが段違いだ。こんな世界の住人が俺の彼女なのだと思うと、不思議なこともあるものだ、と考えてしまう。
「あれ? でも、兼元系列の店でそんなことしてた記憶はないような……」
「ええ。結局その企画は流れてしまったのよ。今となっては失敗だったかもしれないわね」
「そんなもんか」
「そういうものよ。さ、次よ、次」
隣は……少女漫画コーナーだな。って、あれ?
「なあ、あれって安綱先生じゃないか?」
「……確かに、顔はそっくりね。でも別人じゃないかしら? 安綱先生がこういう趣味をしている、なんてイメージないもの」
「そうかな……?」
あの人、結構俗っぽい印象だけど。
そんなことを思っていると、先生似の女性がこちらへと移動してきた。もしあの人が本当に先生だとすると、面倒なことになるかもしれない。さっきとは反対に、灯里の手を引いて隣の隣へと移動する。
ここは……CD・DVDコーナーか。
「ねえ匠、ここって古本屋よね」
「ああ、そうだな」
「なのに、CD?」
「最近は本に限らず、色々置いてるんだよ。CDだってそうだし、ゲームとかも。所によっては家具を買い取る店まであるらしいぞ?」
「………………それ、本当に古本屋と言えるのかしら」
「まあ、そこは俺も疑問だな」
そう言って、CDを物色し始める。だが、灯里のお眼鏡にかなうものは無かったようだ。
「ねえ。オペラとかないの?」
「そういうのは、専門店に行くべきだと思うぞ……」
若干戸惑いながら、隣の隙間へ。実用書コーナーだ。
「ああ、お世話になったなあ、この本」
一冊の本を手に取る。バイト時代に、しわくちゃになるほど読んだ本だ。
「そうなの?」
「色々バイトやってたから。こういう専門的な本は欠かせないんだよ」
即戦力として稼ぐためには、一日も早く技術を叩きこむ必要があったからな。
…………なんか、源さんとの特訓を思い出すな。死ぬほどきつかったが、今振り返ると良い思い出な気がする。
棚に本を戻す。感慨深いものを覚えながら、また隣へ。
それが、今日最大の失敗だった。
隣の隙間は、成人向けのコーナー。目につくもの全てが、あられもない格好で肌を晒している。目の毒だ。
「きゃっ。ちょ、ちょっと、これ」
時すでに遅し。灯里は一冊の本を手に取り、顔を赤らめている。
「ま、待て待て待て。ここはまずいだろ」
「で、でも…………ゴクリ」
何故喉を鳴らす? 何故次々と本を手に取る? 何故マニアックなプレイの本ばかり選ぶ?
「資料……そう、資料なのよ、これは。資料はいくらあったっていいのよ」
「おま、何言って」
疑問を差し挟む余地もなく、灯里は本を持ったままレジへと向かう。……ってヤバいってそれは!
慌てて本をひったくる。そのまま元に戻そうとしたが、抵抗されてしまった。
「ダメよ! 貴重な資料なんだから!」
「待て待て! 女性がこういうのを持っていったら変な勘違いされるって!」
「でも茅明は買ってたのよ! 何冊も何冊も!」
えっ。衝撃なんだが、それ。
兎にも角にも、これを灯里に会計させるわけにはいかない。かと言って、このまま元に戻しても勝手にレジへと走るだろう。
突き刺さる周囲からの視線を無視して、こう提案した。
「わかったわかった、俺が買うから。それでいいだろ?」
刹那、灯里の表情が華やぐ。
「やった!」
我ながら最低なプレゼントだ。それにどうしてこんな辱めを受けねばならないのか……
「もうお嫁にいけない…………」
そんな冗談で現実から目を背けながら、いかがわしい本をレジへ。ああ、源さんに殺される……。
どうにか会計を済ませて、そそくさと店を出る俺達。もう終わった、そう油断していた俺に、更なる追い打ちがかけられる。
「匠……、その、ね。この本に書かれていること……実践してみたいのだけれど」
衝撃的なお誘いだった。中身が中古のエロ本じゃなければどれほどよかっただろう。
「……ははは」
長い夜になる。そう予感しながら、俺達は家へと戻っていった。
本当はワンライだったんですけど、70分もかかってしまいました。技量不足ですね。次回はもっとパパっと書けるよう頑張ります。
余談ですけど、のーぶるでは灯里ちゃんが一番好きですね。