灯里√ネタバレ注意です。
窓の外を見てみると、雪が降り始めていた。
離別の危機を乗り越えて一息ついた頃には、いつの間にかクリスマスイヴになっていた。
大慌てで候補を洗い出し、在庫探しに奔走して、どうにかプレゼントする物を手に入れることが出来た。……そこまでは良かったのだが。
「クリスマスパーティー、か……」
肝心な所を見落としていた。俺の彼女は超が付くほどの一流企業を経営する一族、その令嬢なのだ。当然、社交界においても名が通っている。となれば、パーティーがあればお呼ばれされるわけだ。
今は兼元グループが内部のゴタゴタで大変な時なので、欠席すれば邪推を招きかねない。そうなれば、正宗グループとの提携に際してマイナスイメージがついてしまう。だが今は、グループのトップである兼元さんが入院中。朱里はまだ経過観察中で退院できていないから、パーティーに参加できる人物は灯里以外いない。
無論、俺もその事は話を聞いた時に理解できた。理解したし、送り出してさえいる。
とはいえ――
「腑に落ちないなぁ」
俺しかいない屋敷で、そっと思いを吐き出す。それはすぐに虚空へ溶け、静寂が世界を包んだ。
いくら頭では理解していても、腹の底から納得できるとは限らない。仕事として割り切るには、まだ時間がかかりそうだ。この仕事を始める前は、私情を持ち込むことなんて考えられなかったのに。どうやら人の情とは、思っていた以上にウェイトが大きかったようだ。
だが、こんなことを考えていたって灯里は当分帰ってこないので、
「仕事だ、仕事」
窓拭きを再開する。今の俺に出来る事は、これしかない。ならば、与えられた仕事をこなすのが当然だろう。
そうして俺は、一人で屋敷の掃除に明け暮れた。
日付が変わろうかという頃、入り口の扉を開く音が聞こえた。
そちらへ向かうと、ぐったりした様子の灯里の姿が視界に飛び込んできた。
「ただいま…………」
「お帰りなさいませ。お疲れのようですね」
「むー。どうして他人行儀なのかしら?」
「いや、だってほら、源さんいますし」
そう。こうしている今も、玄関には凄腕のメイドさんが超然と立っているのだ。迂闊な事をすれば、即刻首を刎ねられる。しかも物理的に。
「斬首はワタシの趣味ではありませんので、ご安心ください。せいぜい高圧電流を長時間流す程度です」
「そっちの方がよっぽどおっかねえ! …………というか、何度も聞いても無駄なんでしょうが、どうして俺の心の中を?」
「一流メイドですから」
いつも通りの答えだった。たびたび思うのだが、一流のメイドになるには読心術が必要なのだろうか?
そんな事を考えていると、灯里が冷ややかな目で睨んでいることに気付いた。
「何でしょう、お嬢様」
「アナタ、茅明とは普通に話すのね」
「普通って、そんなことないですよ」
俺にとっての源さんは、灯里の次に普通でいられない相手だ。しかも、その方向性は真逆と言っていい。灯里に対しては愛しさで平常心を保てなくなるが、この人の場合は恐ろしさで平常心を保てなくなる。
恋慕と畏怖は全く異なるものなのだが、やはり思っているだけでは伝わらなかったようだ。
「俺の普通はこう、もっと砕けてるだろ? ……で、源さんに対しては畏まっている訳です」
「なら、私に対しては普通にしていてよ。私は気にしないわ」
貴方のお父さんが気にするんです……と言う訳にもいかず視線を彷徨わせていると、源さんが呆れたような素振りを見せた。
「お二人の仲は変わらず良好なようで結構です。ではワタシは、伊角様のお世話に向かいますので」
「あっ、少し待ってもらって構いませんか?」
「……? 構いませんが」
その返事を聞いて、俺は早足で厨房へ。そして冷蔵庫から小包を二つ手に取ると、すぐに玄関へ戻った。
「これ、俺からのクリスマスプレゼントです。一つは月山さんに渡してくれませんか?」
「かしこまりました。もう一つは伊角様ですね?」
「いえ、源さんに。兼元さんへの贈り物は、また別に用意してますから」
「ワタシに、ですか?」
源さんはしばし、呆気に取られたような顔をする。だがそれをすぐに引っ込めると、僅かに微笑んだ。
「……そうですね、有難くいただきます」
それでは、と源さんは頭を下げて去っていった。屋敷には俺と灯里だけが残される。
そちらの方は、何か納得するような顔を浮かべていた。
「お風呂の準備は出来てるから。早く入って寝た方がいい」
「……そっか、今日はもうクリスマスなのね」
小さく呟く声が耳に入る。今ここで渡さないという、仲間外れのような扱いをする事に少々胸が痛むが、後のサプライズの為の我慢だ。そう自分に言い聞かせて、胸に溜まる苦いものを無理矢理流し去った。
時は流れ、早朝。
「ん、んー」
眠気と戦いながら、身体を起こす。例えクリスマスだろうが、いつも通りの時間に集合だ。のんびりとはしていられない。
手早く仕度を済ませ、階下へ降りる。そこには既に、一人のメイドさんの姿があった。
「おはようございます」
「おはようございます。……あの、藤島さん、なんだかそわそわしていますね」
「そうですか?」
月山さんが、心配そうな顔でこちらを見ていた。そこまで態度に出ていたのかと内心呆れつつ、こう答える。
「……もしかしたら、緊張しているのかもしれません」
「緊張? あっ、そういえば。プレゼント、ありがとうございました。今はお礼の品を持っていませんので、後日お渡ししますね」
「そんな、気にしなくていいですよ」
「そういうわけにはいきません。ちゃんとお返しをご用意させていただきます。……それで、灯里様には何をお贈りしたんですか?」
「…………実は、これからなんですよ」
月山さんに事情を説明し、起こす係を代わってもらった。そして俺は今、灯里の部屋の前に立っている。
コンコン。扉を叩いてみるが、返事はない。
「まだ寝てるのか……?」
様子を窺うべく、そっと扉を開けてみる。覗き魔みたいだな、なんて思いつつ中を見ると、ベッドですやすやと寝息を立てる灯里の姿があった。
ほっ、と胸を撫で下ろす。足元のデカい包みをこっそり置くだけの余裕はありそうだ。
ティーセットを片手に、部屋へ入り込む。それを一度机に置いてから、改めて部屋の外の包みを取ってきた。
「よっ、と」
起こさないよう慎重に、枕元へ
「ふう……」
どうにか起こさずに済んだ。その事に安心した俺は、モーニングティーの準備に移る。
反応が楽しみだ。
「さてと……お嬢様、朝になりましたよ。起きてください」
「んん……? まだそんな時間じゃないでしょう……?」
「そんな時間なんですよ。起きてください」
相変わらず朝に弱い。そういう姿を見られたくないからと、しばらく前から俺に起こさせてくれなくなったのだが、この無防備な姿を見れば気持ちは分からなくもない。
「ん、んんっ? ……って、匠!?」
「おはよう、灯里」
「ちょ、ちょっと! どうしてアナタが――」
「灯里宛ての贈り物が届いてたって月山さんから聞いて、代わってもらったんだ」
「贈り物? 何を言って」
言いかけて、口が止まる。その視線は、枕元に置かれた豪奢な包装をされた何かに釘付けだ。
「え、これって……クリスマスプレゼント、でいいのかしら?」
「いいんじゃないか。気になるなら、俺と月山さんで中身を確認しておくけど」
「ダメよ、私が開けるわ」
まるで子供みたいな態度を取りながら、包装を丁寧に解いていく灯里。たちまち、その目が煌めきだした。
「ゲーム機よね、これ」
「そうみたいだな。しかも、携帯タイプだ。多分、源さんが持ってるのと同じかな」
「これ、アナタが?」
「さあ? サンタからの贈り物だと思うぞ」
すっとぼけてみるが、灯里だって気付いてはいるだろう。だがそれでも、彼女はそこを追及するようなことはしなかった。
「そう。……嬉しい。こんな風にプレゼントを貰うのは、いつ以来かしら」
「そっか。何にせよ、ちゃんとサンタからの贈り物を貰えたみたいで良かったよ」
「……ふふ。ええ、そうね」
そう答えた灯里は、無邪気な笑みを浮かべていた。こうもいい顔をしてくれると、少しは頑張った甲斐もあったというものだな。
「とは言っても、それ単体じゃゲームは出来ないからな。いずれ買いに行かないと」
「知ってるわよ。だから、今度一緒に行きましょう。二人で」
「……それは、デートのお誘いって事でいいのか?」
「相変わらず鈍いわね。それくらい察しなさいよ」
「悪かったよ。それじゃ近いうちに、二人で買いに行こう。どうにかして予定を開けるから」
「期待してるわよ。もしダメそうなら、私に言って。何とかするわ」
やけに自信満々だ。どこからその根拠が出てくるのかは知るところではないが、それでも彼女の言葉を信じることにした。
そして俺は、適温までぬるめた香り立つ紅茶を差し出す。灯里はそれを、ゆっくりと受け取った。
「メリークリスマス」
「……うん、メリークリスマス」
『のーぶる☆わーくす』こそ、ゆずソフトの最高傑作だと私は思っています。
あのゲームには語り尽くせないほどの魅力がありますが、その一部でも伝わっているといいなと思います。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字・ミスの報告、感想等お待ちしております。