ネタバレありますのでご注意。
「ふあぁ……」
ふと目が覚めて、時計を見る。時刻はまだ八時前だった。
窓の外で燦々と輝く太陽。それに照らされる街並みを、これといった感慨もなく眺めていると、部屋の入口の方で物音がした。
振り返ってみると、そこには咲夜がいる。
「明けましておめでとう。今年も、その……よろしくな」
今日という日、即ち元日に相応しい挨拶を俺がすると、こいつは何故か驚いたような顔を見せた。
「ほう、意外にも寝ぼけておらんようじゃの。お主の事じゃと思って、『おはよう』などと言っても驚かんつもりじゃったが」
「お前は俺を何だと思ってるんだ。というかそれを言うなら、お前の方こそ挨拶がまだだぞ」
「おっと、失礼したの。明けましておめでとう、今年もよろしく頼むぞ、ハルキ」
「ああ。じゃ、祖父さんたちにも挨拶しに行くか」
「あっ、兄さん。明けましておめでとうございます」
「ああ、今年もよろしくな。祖父さんも、明けましておめでとう」
「うむ。春樹に姫君も、今年もよろしくな」
「……で、お前はおせちに釘付けか」
「さな、もう食べていいのか?」
「まだですよ、みんなが席に着いてからです」
ルリだけは、机に並ぶご馳走の数々に目を輝かせていた。こりゃ、おせちは三日もたないな。残すよりは絶対にいいけどさ。
「さて、全員揃った事だし、お年玉を渡すとしようか」
そう言うと、祖父さんは懐から小袋を複数個取り出した。そうして、一人一人に手渡していく。
「これは佐奈の分、これはルリ君の分。そしてこれが姫君の分で……春樹の分は、いつも通りワシが預かっておくぞ」
毎年の流れだ。俺は大金を持つと落とすか失くすかのいずれかを必ずやらかすので、お年玉は全て祖父さんに預けている。
だが。
「なあ、祖父さん。そろそろ、お年玉を俺に管理させてくれないか?」
「何だと?」
今年の俺は、去年までと違う。咲夜が試練を終えてくれたおかげで、俺の天罰は消えている。今の俺なら、大金を管理できるはずだ。
…………なんて説明して、ちゃんと通じるならどれほどよかっただろうか。祖父さんは天罰だとか何も知らないのだから、ここでそんな話を持ち出しても意味がない。
なので、
「そうは言うがな、お前に大金を持たせると大変な目に遭うだろう」
「それはその通りなんだが……」
これは今回も例年通りかな、なんて諦めかけた、その時だった。
「眞一郎よ、ここはハルキを信じてみてはくれんか? 最近のこやつは不運な目に遭う事も減った故、金の管理も出来ると妾は考えておる。もし心配なら、妾も協力する。どうじゃ?」
俺の事情を知る咲夜が、助け舟を出してくれた。その様子を見て、祖父さんは僅かに感心したような表情になった。
「お前を信じているからこそ預かっている、という一面もあるんだがな。しかし姫君も賛成だと言うのなら、ここは一度お前に託してみるのもアリだな」
「じゃあ――」
「うむ、お前の分を取ってくるから、少し待っていろ」
そう言って祖父さんは立ち上がり、リビングを出て行った。沈黙を破って、俺は隣に向かって声をかけた。
「ありがとな、手助けしてくれて」
「なに、気にするな。お主もやればできることを、妾は知っておる故な」
思わぬ言葉を投げかけられて、妙に照れくさくなった。頬が熱い。直視に堪えかねた俺の視線は明後日の方向へ。くつくつと揺れ動く頭が視界の端にチラつくが、見てない見てない。
そうこうしているうちに、祖父さんが戻ってきた。小袋を俺に手渡すと、真剣な表情でこう告げた。
「落とすなよ」
「分かってるよ」
「なら良い。ところで、初詣はいつ行く?」
「そっか、それもあったな」
元日と言えば、の最たるもの。これを欠かしては年が明けた気分にならない……というのは言い過ぎだけど。行かない理由も特にないし、毎年行っているが、さて。
「今行っても人が多いだろうし、少し遅めに行くか?」
「そうじゃな、着付けの時間もあるしな」
「着付け……とにかく、昼前に集合だな?」
否を唱える者はいないので、方針はそれで固まった。立っていた全員が食卓を囲むように座る。
「おい、春樹よ」
そこで、祖父さんがぼそっと話しかけてきた。
「これを食べ終わったら、ワシの部屋に来い」
「……? 分かったよ」
朝食後。言われた通りに部屋を訪ねた俺を待っていたのは、黒い着物だった。
「なんだこれ?」
思わずそう問いかけてしまい、案の定呆れたような声と共に答えが返ってきた。
「お前が着る服に決まっているだろう。姫君が着付けをすると言っているんだ、お前が洋服ではおかしいだろう」
「それはそうか。とはいえ、着物なんてまともに着たこと無いけど」
「わかっている。だからワシが教えるんだ」
「……ありがとう、助かるよ」
そうして俺は、慣れない和服に悪戦苦闘した。
どうにかまとも着付けを終えてリビングに行くと、晴れ着姿の咲夜がそこにいた。
赤を基調に、彩り豊かな花柄をそこかしこにあしらった振袖。神様だった頃よりも派手な衣装だが、しかしこいつは見事に着こなしている。おまけに普段はおろしている長髪を頭の上でまとめていて、それが非日常感を引き立たせていた。
「どうじゃ、似合っておるか?」
「ああ。綺麗だな」
「ありがとう。……ふむ、ようやくまともに褒められるようになったか。成長しておるようで何よりじゃ。しかしお主の方は……ふふん、まだまだ着物に着られておるの」
「うるさいな。俺の事は良いから行こうぜ」
見れば、佐奈もルリも準備万端だ。なぜルリの目が輝いているのかは……何となく予想がついた。大方、屋台の食べ物で釣ったんだろう。
「むっ。兄さん、私やルリちゃんには何も言ってくれないんですね」
「ん? あー……二人もよく似合ってるぞ」
「お主な……、そんな取ってつけたような言い方があるか?」
我ながら情けない話だが、咲夜以外が相手では残念ながらこの程度だ。
それでも矛を収めてくれた佐奈の大人な対応に感謝しつつ、連れ立って家を出た。
もう正午になろうというのに、神社は人でごった返している。そんな参道を、俺と咲夜は並んで歩く。佐奈たちはルリに飯を食べさせるとかで離脱しているので、意図せずしてデートになった格好だ。
「あ、五円玉がねえ」
「何じゃ、お主まだそんな願掛けを信じておるのか。……お主に限った話でなく、人間はみな好きじゃの、そういうのが」
「やらないよりやった方が気分がいい、って事じゃないか。効き目はともかく」
「なるほどの。しかしかつて神の一柱だった者として言わせてもらうが、意味はないぞ。全くな」
「大丈夫だ。それは俺も知ってる」
どんな願掛けも神頼みも届かなかったしな。唯一、こいつに頼るという方法を除いて。
「ま、今年は五円じゃなくてもいいか」
「ほう? その心は?」
「それはだな……あー、えーと、既に良縁は得てるから……とか、そんな感じだ」
あまりに恥ずかしいので目を逸らしつつ言うと、苦笑する気配が。
「そこできっぱりと言えないのがお主らしいの。じゃが嬉しい言葉じゃ、『既に良縁は得てるから』……きっと妾はこの言葉を忘れんじゃろなあ」
「あーもう! 忘れろ! というか忘れて!」
「それは無理な相談じゃな、『既に良縁は得てるから』なんてことを言われては、舞い上がってしまうからの」
もういっそ
そんな事を考えていると、いつの間にか賽銭箱の前に着いていた。小銭を投げ入れ、二礼二拍手。
(今の幸せが、長続きしますように)
そんな事を願い……あるいは祈り、最後に一礼。列を外れた所で、咲夜が感慨深げに言った。
「神だった妾が、神の元に詣でるとはの。人生、何が起こるか分からんな」
これには同意せざるを得ない。去年の俺に今の俺の状況を伝えても、信じて貰えないだろう。それくらい、ここに至るまでの一年は激動だった。
「で、お前は何をお願いしたんだ?」
「んー、そうじゃな……秘密じゃ。そう言うお主は?」
「お前が言わないなら、俺も言わない」
「なんじゃ、つまらん。相変わらずヒネとるのー、お主」
そうは言いつつも、咲夜はそれきり追及してくることは無かった。そんな様子に内心で苦笑しつつ、俺と咲夜の願いが同じだったらいいな……なんてことを考えるのだった。
明けましておめでとうございます。
年の終わりと初めの小説をどちらも咲夜で書くとは。というか今は、咲夜以外で書こうという気にならないのですが。
今回は年の初めなので、そういう話で行こうと決めていました。一時間で書き上がらなかったので、腕が鈍ったなと実感しています。
細かいミスとかありそうで怖い。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字・ミスの報告、感想等お待ちしております。
喫茶ステラをやるモチベも死んでいるのですが、どうすれば