ネタバレあります。
とある休日の朝。
咲夜とデートする約束をしていた俺は、早めに起きて支度をしていたのだが……。
「けほっ、けほっ。……いやー、すまんなハルキ」
中々起きてこないので様子を見に行ったら、当の本人が体調不良に。
「昨日まではピンピンしてたよな?」
「そうなんじゃがな……今朝になって、突然」
「そうか……まっ、偶にはそんな事もあるよな。病気じゃ仕方ない」
「本当に、すまぬ。この埋め合わせは――」
「いいから寝とけって。病気の時は休む、難しいことは考えるな」
思わず諭すような口調になってしまったが、咲夜は素直に受け入れた。
「ふふ。優しいの、ハルキは。ならば、今日はお主の言葉に甘えるとしよう」
「ああ、そうしろ」
返事をしつつ、額に手を当てる。……うん、熱はそこまで酷くないな。
「主な症状は」
「熱っぽさと倦怠感……それに咳といったところじゃな」
「多分、風邪だな。薬持ってくる」
そこでようやく、隣にいたルリが声を上げた。
「姫姉様……」
気が気でないんだろうな。特に咲夜の場合、体調を崩すなんてことは俺が知る限り無かったし。
咲夜もルリもしおらしくしているという大変珍しい光景ではあるが、だからと言って突っ立っているわけにもいかないので、俺はリビングへ。そこにいた佐奈と祖父さんに事のあらましを伝えると、やはりこの二人も咲夜の身を案じていた。
「ふむ。病院に連れていくか?」
「今のところ、その必要はないと思う。熱が酷いわけじゃないし、その他の症状も軽そうだから」
もっとも、あいつは迷惑をかけまいと一人で抱え込む性格なので、重篤なのを隠している可能性もないわけじゃないが。
「分かった。だが、様子がおかしくなったらすぐに言え。いいな」
「ああ。……それで、あいつの食事なんだけど」
「私が作りましょうか?」
「佐奈は今日、友達と遊びに行くんだろ? そっちを優先すればいいよ」
「でも……」
「多分、佐奈が残る方があいつにとっては辛いんじゃないか? 俺に何度も謝ってたし、ここで佐奈まで残ったら更に責任感じるかも」
「……わかりました」
「だが春樹よ、お前料理はできんだろう」
「うっ」
今まで調理器具をまともに触らせてもらえなかったのもあって、俺一人で料理をするのは中々にハードルが高い。
にも拘らず佐奈には残らないよう説得してしまった……どうしよう。
「なに、心配するな。助っ人を頼んでみよう」
「助っ人? ……ああ、薬を届けてこないと。じゃ」
祖父さんが言う助っ人が誰か分からないまま、俺はリビングを後にする。
果たして、その助っ人とは……。
「渉さんだったんですね」
「そうよー」
十二時、少し前。我が家のキッチンに、これまた珍しい人が立っている。
渉さんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、問いかけてきた。
「……もしかして、葵ちゃんの方がよかった?」
「そんなことはないですけど。店の方は大丈夫なのか、少し気になって」
「今、フロアには葵ちゃんがいるよ。だから大丈夫」
「そうだったんですね。なら何とかなるか……」
「そうそう。それよりも、今はハル君の方が一大事じゃないかな?」
「……確かに、その通りです。ご指導お願いします」
そう。渉さんはあくまでもアドバイザーであって、作るのは俺だ。気を抜いてなんかいられない。
「それじゃ、まずは材料と器具の準備だね」
丁寧に確認したのもあって失敗なく作れた卵お粥――お粥に失敗も何もあったものじゃないと思うが――を持って、咲夜の部屋へ。
「自分で食べられそうか?」
「……そうじゃな、ハルキが食べさせてくれんか?」
「普段の発言のせいで、冗談なのかマジなのか分かりにくい」
「マジじゃぞ……本気と書いてマジじゃ」
軽口を叩いてはいるが、呼吸は荒い。あまり心配させないように、というこいつの配慮なんだろう。
「……分かったよ。体は起こさなくていいから、顔だけこっちに向けてくれ」
俺の指示に、咲夜は素直に従った。俺はそれを確認しつつ、レンゲで掬ったお粥を冷まして、口元へ近づける。
もぞもぞと、緩慢な動作でそれを口に含んだ咲夜は、ふっと表情を綻ばせた。
「……味が分からん」
「その割に、気分は良さそうだな」
「ああ。味は分からんが……これは、お主が作ったんじゃろ?」
「そうだけど」
「……なら、美味いに決まっておる。きっとそうじゃ」
不意を打たれ、俺の思考がフリーズしてしまう。改めて、俺に対する信頼が伝わってきた。
こんな状況でなければ聞けないであろう、剥き出しの言葉。それを聞けたことが、無性に嬉しく感じられた。
「……おい、ハルキよ。まさかとは思うが、今ので終わりか?」
「あっ、いや……まだまだあるよ。無理せず、食べられるだけにしとけ」
「ああ……あむ。……んぐっ」
同じ動作を何回か繰り返したところで、咲夜は絞り出すようにこう告げた。
「もう、十分じゃ。ありがとう、ハルキ」
病気の時のこいつは、妙にしおらしいな。普段とのギャップもあって、これはこれで愛らしい。
そんな感慨にしばし耽っていると、部屋の襖が開く音がした。
「失礼します。ヒメ、大丈夫? これ、差し入れ」
「葵か……感謝するぞ。心配をかけてすまんな」
「いいっていいって。ハルも、ちゃんと看病してあげなさいよ」
「ああ、分かってる」
俺の返事を聞いた葵は、部屋を出て行った。渉さんの言葉通りなら、店の手伝いに戻ったんだろう。
代わりとばかりに、今まで口を噤んでいたルリが口を開いた。
「姫姉様、死んだりしない?」
「大袈裟じゃな、ルリは。心配するな、この程度で死んだりせぬ」
「……本当?」
疑り深いというには、表情があまりにも悲痛だった。ただ心配しているだけではない……ような気もする。
「しかし……何から何まで、本当に助かったぞハルキよ。じゃが、付きっ切りでなくとも良いんじゃぞ」
「いいよ。どうせこの時間帯のテレビは見るものないし、勉強は毎日やってるから一日くらいの遅れは誤差だ」
『大和丸夢日記』なる時代劇と、それ以外は夜のバラエティー番組を再放送しているだけでは、何を見ても味気ない……というだけで、本当に他意はなかったのだが、咲夜はそれでも深刻そうに顔をしかめていた。
またマイナスなことを言おうとしたのが分かったので、俺は右手で制す。
「それに……お前といる方が楽しいんだよ。だから、これでいい。これがいい」
そう告げると、咲夜は顔をほころばせながら、うわ言のように呟いた。
「妾も同じじゃ……。お主がいるだけで、体も気も楽になる。そんな気がするんじゃ」
「……なんだそりゃ」
そうは言ってみたものの、胸の高鳴りは誤魔化せなかった。
結局俺と咲夜は、一日中寄り添っていた。
そして、次の日。
「……今度はハルキが病に倒れるとは。これもお約束かの?」
一日で見事に回復した咲夜とは対照的に、俺はベッドに臥せっていた。
「妾がうつしてしまったかもしれんし、これは妾が看病せねばならん。ふふ、楽しみじゃ」
そう言ってのける咲夜の顔に、陰りはない。すっかり元気になったようだ。
たまには、こんな休日も悪くないかもな。
時間かかっちゃった。
そんなこんなで久々に咲夜で書いたわけなんですが……病気してる時の彼女って、多分こんな感じだと思うんですよね。
自分の問題で他人に迷惑かけるとしおらしくなる、っていう性質から考えると、こういう反応でいいんじゃないかな……という解釈です。
実際どうなんでしょうね?
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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『大和丸夢日記』が中の人ネタだと気付いた人、いるかな?