ネタバレあります。
未知の体験というのは、今までにない考えを与えてくれる。
花鶏亭で働くことで、それを強く認識していた。
例えば。
「新メニュー、だって?」
「ええ、そうよ」
バイト終わりのまかないを食べている最中、そんな話題が飛び出してきた。
ちら、と蘇芳に目を向けてみると、そちらは何やら神妙な面持ちでいた。つまりこれは、既にこの二人で話し合っていたんだろう。
「……って言っても、どんなものを作るんだ? 具体的に決まってたりするのか?」
「いいえ、それがまだなのよ。だから、次の木曜日に色々試してみようということになったのだけれど……」
若葉の方は、意味ありげな視線を俺に注いでいる。要は変則的なデートのお誘いということだ。
「分かった、俺も参加する。バイトとはいえ、この店の一員だからな」
「ありがとう、それじゃ、お願いするわね」
こうして、仕事なんだかプライベートなんだか分からない予定が入った。
そして、当日。
「おはようございまーす」
「春樹さん! いらっしゃいませ」
学校が終わってから直行した俺を、蘇芳の元気良い挨拶が出迎えた。
「いらっしゃい。……ごめんなさいね、時間を使わせてしまって」
「いいって。嫌なら断ってる」
若葉と過ごす時間が嫌なものであるはずもない。こうして店のことを考える時間もまた楽しいものだ。そんな時間が手に入っただけでも、この店を閉じずに頑張った甲斐がある。
……なんてこと、正直に話せたらどれだけ良かったか。こっ恥ずかしくて、できそうもないが。
しかし若葉は言外の意図を察していたようで、クスリと微笑んだ。
「そう。それなら良かったわ」
「……」
「……」
しばしの間、沈黙が満ちる。それを蘇芳の咳払いが破った。
「お二人とも、今日の目的を忘れないでくださいね!」
耳の痛い話だった。
「じゃあ、まずは方向性を決めるか」
「そうですねぇ……中華料理は種類が豊富ですから、地方の料理を出すのもアリだと思います」
「けれど、あまりマイナーに走っても即座に新規客の獲得には繋がらないでしょうね」
「そもそも中華料理屋に来る客って、何を食べたいかだいたい決めて来てると思う」
中華に限らず、特定のジャンルに絞った店に来ている時点で、目的意識がある程度はっきりしているはずだ。イタリアンを食べに和食の店へ行く人間はいない。つまり、客が食べたいものも「中華料理と言えば」と考えて思いつく範囲に限られるだろう。
「あまり突拍子もないものを作ると、客の食指が伸びないかもしれない」
「そう考えると、新料理というのはいささかリスキーね」
「ああ。だから俺は、期間限定でやればいいんじゃないかと思う」
「それは、季節を区切って出すとか、そういうことかしら?」
「そういうことだな。例えば、旬の食材を使った料理とか。……どうだ?」
そこで言葉を切ると、厨房を仕切る蘇芳の反応を伺ってみる。あれこれ考えても、それは蘇芳が実現可能でなければならない。
「……コストの問題はあると思いますが、良い案だと思いますよ。試してみましょう」
これで、方向性は決まった。ここからは、具体的に何を作るかの協議だろう。
「じゃあ、厨房に移動しましょうか――」
厨房に移動した後は、試行錯誤の連続が俺たちを待っていた。
結論が出る頃には、腹に何も入らないと言えるくらいの満腹感で溢れていた。
「広告とかも考えないとな……」
「そうね。出前のメニューとは別に、チラシを刷りましょうか」
「……」
「何かしら?」
「いや……この店の事、真剣に考えてるなって。店を始めてすぐの頃はそうでもなかったと思ったんだけど」
指摘を受けた若葉は、僅かに驚いたような表情を見せる。
「……そうね。これも、アナタがくれた変化だわ」
「俺が? なんで?」
「最初は、この店はあくまで仮の住まいだったでしょう? だから、いずれは畳むはずだった。……でも、今は違うわ。春樹がいて、蘇芳がいて、ワタシがいる。そんな店を、いつまでも続けたい。こう思うのは、春樹と一緒にいたいから。その為の場所を、アナタと蘇芳が守ってくれたから」
若葉が行方不明になったあの時、店を開こうと言ったのは俺だった。若葉が帰ってくる場所を、絶対になくさないために。その甲斐あってか、若葉はこうして居場所を取り戻した。
「だから、アナタのおかげ。ありがとう、春樹」
柔和な笑みと共にそう告げられ、俺の思考はショートしてしまった。どうにか絞り出せた言葉が、
「………………なんだそりゃ」
「照れているのね。可愛い」
からかわれた俺の頬が熱を帯びる。それに気を良くしたのか、若葉はずずいっと身を乗り出して、
「そんな春樹には、ワタシに鞭を打つ権利を――」
「いらん!!」
こんな時でもやっぱり、俺たちは平常運転だった。
短く儚い日常に起きた、小さな変化。そう、これはただそれだけの話。
このささやかな出来事を、いつまでも忘れないように――
10周年おめでとうございます!!!!(1日遅れ)
間に合いませんでした。力量不足を恥じるばかりです。
しかもいつもより短いです。中々筆が進まず、腕が鈍っていることを痛感しています。
それはそうと市杵宍姫命のHなタペ買ったんですが、攻撃力が高すぎて飾るに飾れませんでした。あれは良いものですね。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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