葵√ED後になります。
ゴンドラに揺られながら、窓の外へ目をやる。目的地となる
「そろそろだな」
「そうね」
俺と葵が付き合い始めて、最初の冬休み。俺達は、二人で泊まり掛けの旅行に来ていた。その旅行先は、というと――
「皆様にお知らせします。間もなく、『ライゼルグ』に到着致します。到着の際――」
そう。『浮遊島』の異名を持つ観光名所、ライゼルグであった。
「これは……」
「凄いね。別の世界に来てるみたい」
島に降り立った俺達は、あちこち見回しては感嘆の声を上げていた。それもそうだ、目に映るもの全てが目新しさの塊である。ここは漫画やアニメの中だ、と言われても説得力があるほどに現実離れした光景に、圧倒されるばかりだった。それはすぐ隣にいる葵も同じで、ぱっちりと目を見開いている。
「凄いな。耳と尻尾が生えてる人が、そこら中に」
「あれ、後から付けたんじゃないんでしょ?」
「ああ。セリアンスロープって言うらしいぞ。俺としては、獣人って方がしっくり来るが」
下調べの際には驚いた。まさか、ルリのような存在がこんなにいるのか、なんてバカなことを考えたほどだ。ルリは神の世話役たる獣なのだから、あいつと同格の存在などそうそう見つかる筈はない(と、本人に怒られた)ので、すぐに考えは改めたのだが。
「それだけじゃないな。あの長い耳は……」
「エルフ、って言うんだよね」
「知ってたのか」
「うん。だってあたしも、この島の事は調べたもん。…………楽しみだったから」
どうやら葵も、俺と同じだったらしい。
しかも、恥ずかしがって段々声が小さくなっていく葵。うーむ……。
「可愛い…………」
「えっ? 今、なんて……?」
あっ。声に出てたのか。こういうのを聞かれると、どうにも恥ずかしいな。
「だから、可愛い、って言ったんだ」
聞かれて困ることではないので言い直したが、やはり照れるな。顔が赤くなっているのが分かる。
「……もう。ハルってば、不意討ちが上手だよね」
対する葵はそんなことを言ってるが、表情を見るに満更でもなさそうだ。
「ねえねえ、もう一回言って欲しいなぁ」
「…………っ。勘弁してくれ、行くぞ」
恥ずかしさが、もう限界値だ。追及を振り切るようにして一歩踏み出した。
「あっ、ちょっと、ハル!」
だが、その一歩目で失敗した。突然、地面がズレる。咄嗟の事に対応する暇すらなく、体のバランスを崩してしまう。そのまま、背中から石畳へとぶっ倒れた。
「いってえ!」
「もう……。相変わらずね、ハルは」
卯ノ花によれば、俺は生まれつき運が悪いらしいからな。天罰の効果がなくなろうと、不運は不運のままなんだと。
「はあ……」
「ほら、立てる?」
そう言って、自然に手を差し出してくる葵。こちらも躊躇いなく、その手を取って立ち上がった。
瞬間、葵の温もりが俺の肌に伝わる。それと同時に俺の体温も葵に伝わっているはずだ。その事実にまた頬が熱くなる。見れば、葵も顔を赤くしていた。
「……ははっ」
「なんかおかしいね、あたし達」
ただの幼馴染。そういう関係を超えてから、俺達はずっとこんな調子だ。少し前なら全く気にならなかったような、当たり前のこと一つ一つに、過剰に反応してしまう。それが何だかおかしくて、同時にとても愛おしかった。また何度目かの、甘ったるい雰囲気に入りそうになったのだが……。
そこで空気を読めないのが、俺という人間であるようで。最悪のタイミングで、腹の虫が激しく自己主張してしまった。
「………………」
「あはははは。うんうん、そういうとこも変わらないね、ハルは」
「うるさいな」
「じゃ、何か食べようか。あっちに出店が並んでるし」
「……そうだな」
そうして、手を繋いだまま歩き出した。
屋台が多く並ぶ通り。その中でも、一際良い香りを放つ出店へと目を向けた。
「レブラサンド、だって」
「美味そうだな。どうする、葵の分も買うか?」
すると、葵は明後日の方を向いて何やら考え始めた。そんなに難しい質問だったか?
それから三十秒くらい経っただろうか。再び俺と顔を合わせた葵は、真剣な眼差しで答えた。
「ううん、あたしの分はいいや」
「そうか? 遠慮しなくても――」
「その代わり」
言葉を遮り、葵が詰め寄ってきた。
「ハルの分を、少し、食べさせて欲しい…………かな」
小声で、可愛らしくお願いされた。……そういう事か。この数ヶ月で、ある程度こういう要求を読み取れるようにはなったので、葵が何を言いたいのかは分かった。
「いいぞ」
覚悟を決める。既に何度も乗り越えた壁だ。きっと大丈夫だろ。
「すいません、レブラサンド一つ」
店主がやけにニヤニヤしながらこちらを見ていたが、理由は考えないことにした。
「いただきます」
挨拶と共に、一口頬張ってみる。肉と野菜にタレが良く絡んでいて、食べ応えがある。
「美味いな、これ」
「本当?」
「ああ。食べてみろって」
「……うん」
そう言って、こちらへ口を開ける葵。手にしたレブラサンドをそちらへ向けてやると、湯気を吹き出しそうなほど顔を赤くしながら、俺が食べた所と同じ場所に口を付けた。
「はむっ……もぐ…………んっ。うん、本当だ。美味しいね、これ」
「だろ。結構クセになる味してる」
そう言って二口目を食べようとした俺の手を、葵が素早く掴み取る。そのまま、有無を言わさぬ空気を醸し出しながら告げてきた。
「今度は…………あたしが食べさせてあげる」
そう言う葵の顔は、変わらず赤いまま。手も震えているし、どう見ても緊張している。これは……。
「……わかった、頼む」
ぱああっ、なんて効果音が聞こえそうなほどに綺麗な笑顔を浮かべた葵は、俺の手からサンドをひったくると、俺の口へと近づけてきた。
「はい、あーん」
指示に従い口を開けると、先程葵が口をつけていた所が迫ってくる。間接キスなんて言葉が今更ながらに頭を過ぎるが、ここまで来てはもう引けない。周囲から向けられる奇異の視線を無視し、意を決して頬張った。
「……どう?」
いや、どうと言われてもな。先に味確認しちゃったし。
「美味いよ」
変わらぬ感想を答えたのだが、葵はどうも不満らしい。
「はぁ。まだまだね、ハル」
「どういう事だよ、そりゃ」
「なんでもない」
それ以降、葵は悪戯な笑みを浮かべるだけで、結局どういう事かは教えてくれなかった。なんて答えるのが正解だったんだ?
様々な観光名所を回り終えて、時間は夜。今晩泊まる宿である『牙と爪の獣亭』に到着した俺達を出迎えたのは、セリアンスロープの少女だった。
「いらっしゃーい。何名様?」
「二人なんだけど」
「あいあい。二名様、ごあんなーい」
そう言って、テーブル席へ。ここの一階は酒場らしいのだが、料理も美味いと評判だったのでここを選んでみたが……どうなんだろう。俺はこれと言って嫌悪感もないが、葵はどう思ってるんだろうか。
質問してみようと葵の表情を窺うが、見る限りは不快という訳でもなさそうだ。もしかしたら、ウチで働いてることである程度耐性が付いたのかもしれない。とはいえ、それが正しいという保証もない。一応、聞いてみるか。
「なあ、俺の一存で選んだ店だけど、本当に大丈夫だったか?」
「どうして? いい店じゃない」
「とは言ってもさ」
酔っぱらいはタチが悪い。そこは喫茶店にない特徴だろう。特に悪酔いするヤツなんかは周りの客にまで絡んでくるだろうし――
「おうおう、可愛い嬢ちゃんよ。俺と飲まねえかい」
ほら、言ってる傍から。男がいるってのに見境なしかよ。
面倒だ。そう思って立ち上がろうとしたとき、こちらへ向かってくる人がいた。さっき俺達を出迎えた店員だ。
「あい、そこまでね。この店はナンパ禁止だって言ってるでしょ」
「あーん? いいじゃねえかよぉ」
店員の制止にも耳を貸さない。ダメだ、完全に酔ってるな。
そう判断するのと同時、男の手が葵へと伸びる。流石にこれは見過ごせない。
「おい」
立ち上がり、テーブルを回りこんで、男の手を鷲掴みにする。あらん限りの力を込めながら宣言した。
「こいつは俺の彼女なんだ。手を出すな」
「ぐっ……」
呻きながらも力を抜かない男に向けて、俺は更に力を入れて締め上げる。
「この手を、どけろ」
そこでようやく、男の腕から力が抜ける。手を離してやると、酔っぱらいは不機嫌そうに店を出て行く。去り際に何か言ってたように聞こえたが、全部無視した。
「大丈夫か?」
「あ、うん。……ありがとね、ハル」
「当たり前の事だろ。気にすんな」
溜息を一つついて席に座ると、今の顛末を見ていた少女が声をかけてくる。
「ゴメンね、お兄さん。ウチにはああいう人ほとんど来ないんだけど……今日は珍しい」
マジかよ。とんだ災難だったな。
「いいよ。こんなのは慣れてるから」
「ほほーう? 頼りなさそうに見えて、意外とやるんだねえ、お兄さん」
あまり嬉しくないな。そんなに頼りないのか、俺は。内心で項垂れる俺をよそに、少女は事務的な言葉を連ねる。
「注文決まったら呼んでねー」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
実は、ここに来たら食べようと思っていたものがある。店を決めた段階で葵にも相談はしてあるのだが、ギリギリまで悩んでいるようだった。何せ、肉・肉・肉だからな。
「俺はポロポロ肉のステーキ。葵は?」
「あたしも、それで」
意外と即決だな。そんなに食べる方ではなかったような……、と思ったが、思い出した。俺も葵も、レブラサンドを半分ずつしか食べてない。しかもそれ以降に食べたのも、ドーナツのようなお菓子ばかりだったし。そりゃ腹も減るか。
「うん、以上で」
「あいあい、少々お待ちをー。親父殿、ポロポロ肉のステーキ二つー!」
「あいよ!」
カウンターの向こうでは、狼面の男が慌ただしく行き来している。獣型のセリアンスロープだ、などと漠然と考えていたのだが。
「随分、動物の耳にご執心なんだね」
不意に、そんな言葉が飛んできた。
「そういうわけじゃない。単純に、不思議なだけだ。他意はない」
「本当かなぁ?」
まるで俺を試すような、意地の悪い笑みを浮かべる葵。今度は間違わないようにせねば。
「本当だって。俺は葵一筋だから」
…………言っている自分が悶え死にそうなほどに、青臭いセリフが出てしまった。うう、周囲の温かい視線が逆に痛い。
「うん、知ってた!」
当の葵はあっけらかんとしているので、それが更に俺の羞恥心を大きくしていく。なんか、今日の俺は恥かいてばっかりだな……。
そうして話を弾ませるうちに、ステーキが届いた。評判に違わぬ美味さで、これは佐奈や祖父さんにも教えないとな、と思った。
なお、ここでも肉を食べさせ合ったのだが、やはり正しい反応は分からなかった。本当、何が正解なんだ……。
夕食を取り終えると、店の二階へ。徐々に葵が静かになるのを意識していたら、いつの間にか宿の部屋に着いていた。会話もそこそこに、葵が先に風呂に入る。暫くして葵が上がってくると、入れ替わりで俺が入った。すれ違った時の表情が鬼気迫るものだったのが気になったが、その理由はすぐに判明した。
「わっ、わんっ!」
……………………今のは、幻聴か? いや、違う。確かに、目の前の少女から発された声のはずだ。
「ねっ、ねえ、ハル……。どう、かな。似合ってる?」
風呂から出た俺を待ち受けていたのは、可愛らしい獣の耳を付けて布団に座る葵だった。ぴょこんと飛び出す耳、ぺたんとした座り方も相まって、さながら忠犬のような印象を覚える。
「あっ、ああ……似合ってる。けど、なんでそれを?」
「ライゼルグに行くって決まった時に、買いに行ったの。ハル、きっと気に入ってくれると思って」
照れながらも、はにかんでそう言った葵。何だこれ、めちゃくちゃ可愛いな。こんな姿、幼馴染で止まっていた頃には見たことがない。
何より、嬉しい。俺のことを想ってくれる人がいる。その事実を認識しただけで、心の底から温かい気持ちが湧き上がってくる。
だから、俺も応えなければ。これほどの幸せを分かち合える相手に、きちんと気持ちを返したい。
「ああ、凄く綺麗だ。可愛いぞ。……ありがとな、葵。俺、お前と恋人になれてよかった」
「ハル……」
もう待てなかった。葵へと歩み寄ると、その唇を奪う。
「んっ、ちゅっ……れる、れちゅ」
貪るように、舌を捻じ込む。葵も、それに応えてきた。二人の舌が絡み合っては、入れ代わり立ち代わりでお互いの口内を蹂躙していく。
「ぷはっ………………はあっ。ねえ、ハル、あたし……」
とろん、とした眼。くねくねと扇情的に揺れる肢体。これは、そういうことだろう。
「分かってる」
俺だって、興奮を抑えきれない。大好きな彼女が、こうして俺を誘っているのだから。応えてやらねば、男が廃るというものだ。
狂宴が、始まる。
足腰立たなくなるほどに激しい夜を過ごした次の日。俺達は、島を立つ準備をしていた。
「終わってみると、短かった気もするな」
「確かに。もう一泊くらいしてもよかったかも」
とはいえ、お土産などの費用を考えると、ここらがちょうどいい塩梅だろう。俺達はまだ学生なのだから。
でも、時間が許すなら――
「また一緒に、旅行しようね」
あれやこれやと考えているうちに、葵に先を越されてしまった。が、そんなことは些細な問題だ。
「ああ。必ずな」
俺だって、同じ思いなのだから。
というわけで、葵ちゃんとライゼルグでイチャイチャする話でした。こういう時、観光名所というのはお役立ちですね。海上都市も然り、穂織も然り。
本来はワンライのお題だったのですが、例によって終わらなかったので、やれるだけやってみました。濡れ場が書けなかったのは痛恨ですが、この後書きを書いている時点で割と死にそうなほど気力がないので勘弁していただければ。
葵ちゃんの犬耳は、ゆず・ぱらの描き下ろしイラストが好きすぎたので入れてみました。いいですよね、あのイラスト。
誤字脱字報告、感想等お待ちしております。
それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
皆さんは、何を言えば正解だと思いましたか? 彼女いない歴=年齢の僕には分かりかねますが。