勇者たちをもっとイチャイチャさせたい! 作:紅氷(しょうが味)
バーテックスの襲来を告げるアラートが鳴り響く。
発生源は愛媛。けれど疑問が残る。
「なんで奪還した土地からバーテックスが出現する!? 水都、結界に綻びでも生じたのか」
「そ、そんなことはないはずです。恐らく乃木さんたちが見た銀ちゃんが関係してるのかも」
「どのみちバトルは避けられないわけね。みーちゃんは私から離れないで」
「若ちゃん! 今連絡があって他の場所でもバーテックスが出てきてるみたい。本丸はここだって!」
「……当たりを引いたわけか。風さん!」
「ええ! みんな、数は少ないみたいだけど油断しないで。赤嶺友奈及び三ノ輪銀(中)がいる可能性が高いわ」
「──来た。奴らだ」
棗の言葉に全員が端末を起動して勇者服に身を包む。
バーテックスの群れ。その中央には星屑の背に乗った赤い戦闘服に斧槍を携えた件の彼女も姿を現した。
キッ、と若葉は鋭い眼光で彼女────三ノ輪銀を射抜く。
「三ノ輪銀! よもや陣地のど真ん中で対抗してくるとは思わなかったぞ」
「鼻のいい人も何人かいるようだし、いつまでも隠れていられないと思っていたわけです。準備も整ったのでここで叩かせてもらう」
三ノ輪銀は言いながらその場で何かを持ち上げた。その場にいた全員が驚く。
「祐樹ッ!! まさか人質として利用するつもりか」
「まさか。この人はそうですね……今回の勝利報酬としましょうか。今はちょっとばかり実験に付き合ってもらっていたので疲労で寝ているだけですのでご安心を」
「人を物みたいに扱うんじゃないわよ! いくらあんたが銀の未来の姿でもやっていいことと悪いことがあるわ」
「……これは失礼。では────っ!?」
風の言葉に三ノ輪銀が訂正しようとしたところで、彼女の顔のあった場所に何かがものすごい勢いで通り抜けていくのを目撃した。
まさに風を斬るかの如く一閃は、しかし彼女を捉えることはなかった。
皆が驚き、出所を探すと背後にいた一人が振り切った動作のまま静止している。
────秋原雪花。北の勇者である。
「…なーんかカチンときた。そして今のも躱されたのもカチンときましたよ私」
「あ、秋原さん?」
「ユアアングリーかしら?」
「あっはっはー。レイセイですよー。クールクール」
「……槍の柄が折れそうなほどミシミシ音がしてるが?」
棗の指摘通り雪花は表情こそ笑みを浮かべているが、それ以外からは戦意がビシバシと伝わってくる。
「……西暦の勇者はこうも野蛮──おっと。最後まで言わせてよ」
「悪いけど祐樹っちは『私の』だから」
「あ、あわわ……雪花がキレてるわ。棗」
「ああ。鬼気迫るものがあるな」
「悠長なことを言っているなみんな。バーテックスが来るぞっ! 雪花に続け!」
投擲をしつつ接敵していく雪花を切り目に三ノ輪銀の背後に待機していたバーテックスたちが一斉に進軍を開始する。
「勇者ぁー! パーンチッ!!」
高嶋友奈が近くにきたバーテックスを拳で殴る。が、いつものように粉砕されることはなく吹き飛ばされるのみで再び起き上がってゆらゆらとこちらに戻ってくる。
「──硬い? 一撃で倒せないよ若ちゃん!」
「こちらもだ。どういうことだ…?」
若葉の一閃でさえ表面に傷をつけるだけで、消えることはなく襲いかかってくる。その疑問に対して三ノ輪銀が口を開く。
「ここにいるモノたちを含めて今回は特別な『強化体』で編成してます。見た目は変化ないけれど、いつものようにはいきませんよ?」
「関係ない──しっ!!」
空を切る槍たちが三ノ輪銀をとらえていくが、躱されるか手に持つ斧槍を用いて弾かれてしまう。結構な力で振り切っているにもかかわらずなんてことない調子で対応されていくことに雪花は小さな苛立ちを覚える。
目の前に彼が居るのに助けられない。それが『あの瞬間』を僅かながらに思考の隅にチラついてしまう。
この世界では『あの瞬間』とは別物でそうならないことは分かっている。けれどこの胸の内の焦燥感は拭えない。
「……貴方」
「なに、さっ!!」
とうとう距離をゼロに近づけて槍同士がぶつかる。迫合いの中で三ノ輪銀が呟く。
「貴方──少しだけアタシと同じ感じがする。あぁ……
「ぐ、ぅ……同じ?」
やはり勇者部のパワータイプに比べて幾らか劣ってしまう雪花は力比べに押され始める。
小言で囁かれた一言に疑問を抱くと同時に一旦距離を置く。
「その独占欲もそこから起因しているのかしら? だとしたらあまり依存し過ぎるのもそれはそれで問題が出てくるからほどほどにしておきなさいな」
「…なーに分かったような口ぶりなのさ。私は元々独占欲は強い方だし! 今までみんなのことを考えて一歩引いて祐樹っちと接してきたけど、ほんとはもっともっとイチャつきたいし、甘えたいし、甘えさせてあげたいし、毎日一緒に寝たいし、そんでもって私が早く起きて起こしてあげたいし、買い物やデートだって同じように毎日したいし、色々と出来なかったことをやりたいし、元の世界なんてあんな光景二度とゴメンだしそれから────」
「な、なんか雪花がキレながら物凄い勢いで本音を吐き出してるわね」
「聴いてるこっちも照れちゃうね若ちゃん」
「もともと抱えていたものがあったんだろう。ある意味でいい機会だったのかもしれない」
「祐樹くんに対するラブパワーがバーニングしてるのね! 気持ちは解るわ秋原さん!」
「う、うたのん落ち着いて!」
「だが私も祐樹に対する気持ちは負けてないぞ、雪花」
雪花の背後でそれぞれ口にしているが彼女には聞こえていない。
ただ三ノ輪銀は雪花の言葉に耳を傾け続けている。何を考えているのか、仮面の下の素顔は他の人からはわからない。
粗方終わった雪花は戦闘のとは異なる荒い息を吐き出しながら槍を構える。
「──というわけだから、祐樹っちを私に返してもらうからね。私と同じって言うからにはそれなりの修羅場を経験したようだけど、想いの強さは負けないつもりだから」
「…そう。なら全力でぶつかってきなさい秋原雪花」
三ノ輪銀も斧槍を構えて二人は再度激突する。
◇
愛媛での戦闘が激化する中、徳島でも同じようにバーテックスの大群が何処からか溢れてきて芽吹たちは対応に追われていた。
「…夏凜、どうやらアテが外れたようね。伊予島のおかげでアジトは発見したけど、もぬけの殻とは」
「ボヤいてないでさっさと殲滅してみんなと合流するわよ! …それにしてもこいつら異様に耐久力のある連中ね」
「みなさん単騎での戦闘は控えてください! 亜耶ちゃんは私とタマっち先輩と加賀城さんが守備に回るのでなるべく二人以上での戦闘を心掛けて!」
「うわわぁ!? バーテックスがあんなにたくさんいると死んじゃうよぉー! で、でもあややは守るぞ……ひぃぃ?!」
「雀先輩! すみません足手まといになってしまって」
「気にしないで亜耶ちゃん。亜耶ちゃんの安全は私が保証しますから!」
「杏さんそれどちらかというとわたしのセリフだよぉー!」
「とかいいつつ亜耶に抱きついてるヒマはないぞ杏ぅ!! タマの方ももっと構いタマえーー!」
旋刃盤と盾を振るいながらピーピーチュンチュン喚く球子と雀。しかしそれでも強敵に対してうまく立ち回れているのはやはり勇者故か。一先ず巫女に危害は加えられることはないだろうと夏凜は考え、隣で戦う芽吹に視線を合わせる。
────次、突っ込んでいくわよ。
────ええ。遅れを取らないでね。
自然とアイコンタクトで会話を済ませて二人は特攻していく。元の世界でもいいライバル関係も悪くないけれど、相棒として一緒に戦うのもまた悪くないと思える。
「…って、オレたちも負けてられねぇぞ弥勒! 楠たちに出遅れちまったか」
「いえいえシズクさん。まだこれからですわよ! わたくしたちの実力を魅せつけてやりましょう!」
シズクと弥勒もまた戦場を駆ける。
「にしてもこのバーテックスども……なぁーんか覚えのある感覚だぜ」
「あらシズクさんも感じてらしてたのね。実はわたくしも────」
「てめぇはどうせ海がどうとか、カツオがどうとかだろ?」
「なんでわかったんですの!?」
「そりゃあ弥勒だからだろーが。ったく……」
銃剣で斬り伏せながらシズクは思考する。特別な能力というものはないが、感覚的に感じ取れるものか一つだけある。
(この感じ…アイツに似てるな。まさか取り込まれたりとかそんな展開じゃあねぇだろうな?)
軽く舌打ちながら、元の世界で執拗に絡んできていた彼を思い浮かべる。
しずくと同じように接し、ベッタリと関わってくる彼は最初こそ鬱陶しくあったが、今となってはそれも含めて彼の全てを受け入れているシズク。それは楠芽吹の時と違い力による証明ではなく、それ以外の意味を見出した数少ない例であった。
「連れ帰ったらたっぷり相手してもらうぜ祐樹ぃ! おらぁ!!」
あんまり長いこと離れているとしずくが哀しむ。だから全力で芽吹たちに負けず、かつ最速に向かうべく銃剣を構え特攻していく。
◇
上里ひなたに案内されて足を運んだ赤嶺は目の前の光景を見て驚くと同時にどこか心の中でストンと型にはまった感覚に襲われる。
そして次にふつふつと心の内から湧き出てくる感情は…
「──コレを本当にあの人が背負うことになるの? だとしたらそれはあまりにも…………」
「しかし可能性の幅は広がります。それに私個人としてもこの選択は本人の御心に委ねることにするつもりです。強制はさせません」
「…正直おかしいよ。あなたたち正気なの? 私は反対だから。こんなの──個人が耐えられるわけがない」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて赤嶺は拳を握る。
「彼ならば成し遂げると私は信じています」
「身勝手すぎる。あなた仮にも彼とは恋仲の関係でもある人でしょ? まさか可能性のためには個を犠牲にするには厭わないとでも言うつもり?」
「赤嶺家では特別珍しいことではないと伺っていますが…っ!?」
「それとこれとは話が違う。巫山戯たこと抜かさないで」
家名をだされた所で我慢が出来なくなった赤嶺はひなたに掴みかかる。いくら勇者としての力を振るえなくとも個人の能力差で彼女には勝るのには十分だ。
凄む赤嶺を他所にひなたは尚、変わらない態度を見せている。
「ひなた様は例え愛する者でも、必要ならば手にかけるような薄情者なの?」
「……どのような言葉を投げかけられてもその通りなので否定しません。私は酷い人間なんです。自分のわがままで生き恥を晒したこともあります。でも……それでも、あの人には幸せに──自分の意思で生きていて欲しいんです」
赤嶺は彼女の瞳の奥を覗く。
その中で感覚的に視えるのは、深い愛情と悲しみ。しかしこれはとてもではないが十代の少女が持ち得るものではないと赤嶺の直感が告げている。
まるでそれは何十年も連れ添った────
「────ひなた様。あなた……」
「赤嶺さん。どうやらあなたの相棒が行動を起こしたようですよ」
「……っ。ああ、そう。意外と手際がいいじゃないアイツ────なら今日はこのままお暇させていただきます」
「はい。どうかあまり無茶なさらないようにしてくださいね。ご足労頂き感謝します」
「ええ……」
ひなたの知らせに心当りがある赤嶺はそのまま来た道を戻っていくことにする。その間でも目の前の彼女は真っすぐ前を見つめたまま動かない姿を一見して赤嶺も踵を返して歩を進めていった。
そして彼女が戻っていった後に残されたひなたは膝をついて祈りを送る。
「────どうか、皆が幸せに導ける世界を」
小さく呟かれたその言葉は地下の空間に静かに響いていった────。