新人オーナーの百合色エンパイアクラブ運営日誌 作:楠富 つかさ
椎名鏡子、二十三才処女。浪人してまで四大に行かせて貰ったのに就職活動に大失敗。進学浪人に続いて就職浪人になることが確定し、世を儚んでどっか行ってしまおうかと思った時、叔母から呼出を受け私はやってきた。
エンパイアクラブ・ポラリス。エンパイアクラブというのは紳士淑女の集うサロンにして社交場である。関係者は概ねそういう言い方をするけれど、ここは言ってしまえばキャバクラかつ性風俗店だ。あげく給仕の女性は全員メイド服着用……もう訳がわからない。
どういった要件か分からず困った私はスーツでクラブを訊ねた。瀟洒な洋館然とした建物、その重厚感ある扉を開けると赤い絨毯のしかれた廊下。そこにその人はいた。
「やっぱり時間通り。真面目ね、鏡子ちゃん」
「……凜さん。お久しぶりです。今日はメイド服じゃないんですね」
「えぇ、この後すぐにでも発つから」
椎名凜さん。私の父の妹は私が物心ついたころから変わらぬ美貌でそこにいた。父は今年で四十五才、厳密な意味での初老だ。ともすれば目の前の彼女はいったい何才なのか、考えることすら恐ろしい。凜さんとその専属メイドである藍依さんに案内され、私はクラブの応接間にやってきた。
「兄さんから聞いたわ、就職できなかったって」
「え、えぇ……。まさか、ここで働けなんて言いませんよね?」
どれほど認可され繁盛していたとしてもここは性的サービスを提供するお店。まがりなりにも生娘な私としてはここで働くなんて嫌すぎる。それに私は……。
「まぁ働けと言うんだけどさ、メイドとしてじゃなくってオーナーとして」
「は?」
「鏡子ちゃん経営学部卒でしょう? 一応」
「……一応は」
実は、と前置きして凜さんは話を進める。凜さんは魔女のような人だけれど実はけっこうな慈善活動家でもある。藍依さんも養子だし。そんなわけで国内に規模の大きな児童養護施設を建て院長をすることになったらしい。そこでエンパイアクラブのオーナーを退き、店も畳もうと思っていたらしい。しかし私が就職に失敗したとの一報を聞き、このクラブの運営を任せようと思ったらしい。それにポラリスは繁盛店で、本部としても畳まれては困るとのことだ。いやエンパイアクラブ本部ってどこにあるのよ。
「いや……でも。なんで急に私が。しかもメイドさんにはもう暇を出したそうじゃないですか」
「君の大学の学費、全部私が払ったのよ?」
それを言われると非常に痛い。父は売れてこそいるが官能小説家で収入は不安定、母は一般向けの漫画家でこちらも収入は不安定。その上、私が長女で妹四人と弟二人の大家族だ。凜さんからはかなり経済的支援を受けた。その恩義は確かに感じているし、真っ当な職についたら返済するつもりでもいた。
「ちなみにメイドさんなら二人用意したよ。一人は栞子ちゃん」
「あのビッチ!」
「実妹にひどい言いぐさだね」
栞子は私のすぐ下の妹。もう二十歳だから法的には問題ないのだけれど。せっかく現役で大学入ったというのに。……それを言い出すのは流石に僻みか。
「で、もう一人は?」
「もう一人は時間がなくてまだ面接をしていなくてね。君に頼もうと思うんだ」
「え、まだ引き受けてないのに」
完全に私が引き受ける流れで話が持って行かれているのが非常に困る。着々と断りにくい状況にされているのをひしひしと感じる。
「じゃあ逆に聞くけれど、この先どうするつもりなんだい?」
そう聞かれると答えようがない。アルバイトをしようかと、そう呟くと凜さんはじゃあ決りと言い放った。
「オーナーは私のままでいい、鏡子ちゃんは雇われ店長ってことで。これならアルバイトだね」
「いや、でもそれは……」
「そしたら名義は私のままだから、税負担は私が持つし何かあれば責任も私が負う。これなら気兼ねなくクラブ運営に打ち込めるでしょう?」
「そこまでしてもらうと逆に気が引けるというか……」
悩む私の後ろからのしかかる重み。
「いいじゃん、引き受けたら。ニートよりよっぽどいいし」
「ちょ、栞子!」
別室に控えていたらしい妹が私に飛びついてきた。この平日に何をしてるかと聞いたら、もう大学は春休みだと返された。たしかにもう二月も中旬。春休みだったわ。
「なら、こういうのはどう? 貴女は私への借金そうね……ざっと500万を返済しないといけない。その手段として一ヶ月間、ここでオーナーをする。もし返済出来たら、貴女の自由にすればいい。500万以上稼いだ分は貴女の自由。ただし、稼げなかったらオーナーを続ける」
さっさと承諾すればされなかったであろう提案に、私は観念するしかなかった。一応、妹も心配だし。
「あぁもう! 分かりました! やりますよ! やればいいんでしょう! でも私は絶対、ぜーーーーーーーーーーったいに男性とは夜伽しませんからね!」
私がエンパイアクラブを嫌っているのは男女の性交に嫌悪感があるというのも大きな理由だ。凜さんは女性とも例えば藍依さんとも夜伽をするらしいが、女性同士には私もむしろ興味がある。ただただ勇気がなくて仲良くなった女の子と一線を越えたことがないだけで。
「別にポラリスを女性客専用のエンパイアクラブにしてくれても構わないけどね。さて、引き受けてくれるなら私はもう出発するよ。藍依を残すから彼女を秘書として使ってくれ」
「え、藍依さん置いて行くんですか?」
藍依さんはいつもと同じくメイド服だが彼女は正真正銘のメイドだからと気にしていなかったが、まさか一番お気に入りだと公言している藍依さんをクラブに置いて行くなんて。
「あくまで藍依は研修期間中だけ鏡子ちゃんにつけるだけ。半月後には呼び戻すわ。貴女がオーナーになるならないを問わず、ね」
「子細承知しております」
な、なるほど。
「秘書はしばらくしたら自分の専属メイドから選ぶことね。まぁ、専属とフリーみたいな用語に関してはまた藍依から説明してもらうといい。資料なんかも充分に残したつもりだから読み込むことだね。じゃあ新店長、メイドの面接に行ってあげてくれ。また会おう」
そう言って凜さんは応接間を後にした。採用前のメイドはサロンで待機しているらしい。私は藍衣さんに連れられて、クラブのメインルームでもあるサロンへと向かった。