「この部屋、お風呂までついてるんですか!?」
よほど驚いたのか、ミラーカを縛る手を止めてこちらを見るアリア。
「うん。入りたいの?」
「入りたいです!」
わたしの問いに、目を輝かせて即答する。
そんなにお風呂が好きなんだ⋯⋯。
シーツで作ったロープを結びつつ、嬉しそうにはしゃぐアリアを眺める。
「夜までまだちょっとだけ時間があるし、ミラーカ縛り終えたら入ってきなよ」
「ありがとうございます!」
アリアは頬を緩ませて、見ているわたしまで幸せになってくるような笑顔を浮かべた。
トレードマークの猫耳ははしゃぐようにパタパタと動き、しっぽは楽しげに揺れている。
こんなに喜ぶならもっと早く教えてあげれば良かったかな?
なんとか中庭に“仕掛け”を取り付けたわたし達は、無事に部屋に戻ってくることが出来た。
マホトに会ったこと以外に特にトラブルは起きず、今のところアリアの作戦は順調に進んでいる。
あとは夜まで待って、仕掛けが作動したら混乱に乗じて逃げるだけだ。
ミラーカを縛り終え、ベッドの上に転がす。手足が動かせないせいで自分で起き上がることが出来ないのか、芋虫のように身体をくねらせている。
不満げな顔でこちらを見てくるのが分かったが、無視した。今までわたしを苛めてきたお返しだ。
「じゃあ、お風呂頂きますね」
「ごゆっくり~」
完全に逃げられなくなったミラーカに満足したのか、アリアはお風呂へと向かっていった。
わたしもアリアが入った後に入ろうかなぁ。
城から脱出したら暫くお風呂とか入ってる暇無さそうだし。
そんなことを考えていると、ミラーカが話しかけてきた。
「リカバリー、随分たくさん使ってるようですわね」
とても真剣で、微かな怒気を含んだ声だった。
突然な話題だったので、少しだけ体が固まってしまう。
「今日だけで何回使いましたの?」
「⋯⋯まだ二回か三回しか使ってないけど?」
自分の声が少しだけ上擦ったのが分かった。
背筋に冷や汗が流れる。
そんなわたしの様子がミラーカにも伝わったのだろう。ため息をつき、呆れるような口調で続けた。
「嘘ですわね。少なくともわたしの見た限りだと、20回以上使ってますわ」
自然と肩がピクッと揺れる。動揺する声を抑えながら、わたしはなんとか返事をした。
「気づいてたの?」
「ある程度魔術の心得がある人なら、誰でも気付きますわ。鉄の魔女はまだ気づいてないようでしたけど」
心の中を見透かしてくるような、鋭い視線が向けられる。それがなんだか気まずくて、わたしはミラーカから目を反らした。
心臓の鼓動が早くなる。
「“発情をリカバリーで抑える”なんて、無茶しますわね。そんなに鉄の魔女にバレたくないんですの?」
「──ッ!」
──どうしてそこまで。
ミラーカの洞察力に思わずたじろいだ。同時に、彼女には何もかも知られていることを実感する。
ミラーカはわたしの思っている以上に頭が良いようだ。今も、高圧的な顔に理知的な色を滲ませている。
「本当はもう、限界寸前なのでしょう?」
「⋯⋯うるさい」
図星だった。
わたしはずっと前から、具体的には“昨日の昼から”我慢し続けていた。
何回も自慰をしかけて、その度にリカバリーを重ねがけした。
上級回復魔法、リカバリー。
効果は、10分間自分と自分の触れている相手を回復し続けるというもの。
正確に言うと、10分間に渡って体力、気力、精力などあらゆる力を回復し続ける魔法だ。
ここで重要なのは、リカバリーで気力も回復させられるということ。いくら精神に負担がかかっても、リカバリーで10分間持ち直し続けることが出来るのだ。
わたしはこれを利用して、『10分おきにリカバリーを使うことで気力を回復し続けて、自慰したい衝動をひたすら自制し続けてきた』のだ。
勿論、今もリカバリーの恩恵を受けている。部屋に入ってきてから直ぐに使ったのでもうすぐ効果が切れるが、その前にまた使えば問題ない。
一度使えば10分間は効果が続くのが本当にありがたい。
「分かってますの? そんなの何の解決にもなってませんわ。魔力が切れた瞬間、貴方は──」
「欲望の枷が外れて、溜め込んでた発情が抑えきれなくなる。分かってるよ、そんなこと」
わたしはあらためてミラーカの顔を見る。
ミラーカは優しい。
なんでわたしを苛めていたか分からないほどに。
声ではこちらを責めているが、それは明らかにわたしを心配してのことだ。わたしが危険な状態にいることを見抜いた上で、的確にこちらを叱りつけてきた。
アリアとはまた違う、母親のような優しさを持った少女。
一緒にいると、なんだか凄い年上を相手にしている気持ちになる少女。
それがミラーカだ。
「わたしはね、お城から脱出したらアリアと別れるつもりなんだ」
だから、自然と口から本音が滑りでた。
大嫌いで、怖かったはずのミラーカなのに。
わたしをいつも攻撃してくる、気に食わない奴なはずなのに。
今だけは彼女に弱音を吐きたかった。
「わたしは淫乱で、怪物みたいな人間の出来損ないだから。アリアと一緒にいたら、いつか彼女を傷つける。もしかしたら我慢できなくて襲いかかっちゃうかもしれない」
ミラーカは黙って聞いていた。
それがわたしには何よりもありがたかった。
「だからね、今だけで良い。今だけ発情を抑えられれば、後はわたしはどうでもいい。アリアを救える今だけ、わたしは“人間”でいられたらいいんだよ」
魔力が切れたとき、わたしは狂ってしまうかもしれない。何回も使った上級魔法のツケで廃人になってしまうかもしれない。
しかし、それでもいい。
アリアを救えるんだったら、わたしは色狂いになっても構わない。自分が幸せになれなくても、アリアさえどこかで笑っていてくれれば良いんだ。
「貴方は、バカですわ。とんでもない大バカですわ」
ミラーカは静かに言った。
何を思っているか分からない、とても平淡な声だった。
「そんなことして、鉄の魔女が────」
「ふにゃああああああああああああ゛!!!!」
絶叫。
部屋の外にまで聞こえてそうな、とても大きくて甲高い悲鳴。
アリアのものだ。
「アリアッ!?」
わたしはお風呂の方へと飛び出した。
普段あまり大きい声を上げないアリアがこんなに叫んでいるのだ。それだけの何かがあったのだろう。
もしや騎士団の連中が乗り込んできたのかもしれない。
剣を抜き、お風呂場の扉を開ける。
そして素早く目を走らせ、何が起きているのかを把握しようとすると───
「ひょわあああッッ!! た、たふけてっ──ガぼぼッ⋯⋯ぷはッ! たすけてぇぇ!」
湯船で手足をバタつかせて溺れる、情けないアリアの姿があった。
◆◆◆
「じゃあ、お風呂頂きますね」
「ごゆっくり~」
異世界に生を受け、約14年。
体を洗うことはあっても、川で水浴びしたり洗浄魔法で汚れを消すだけ。
だからてっきりこの世界にはお風呂が無いものかと思っていた。
だがしかし、それは間違いだった。
お風呂は存在したのだ。
これほど嬉しいことがあるだろうか。
前世の私はお風呂が大好きだった。温かいお湯に浸かったときのじんわりする感覚や、肌に染み込むような石鹸の香りがとても心地いいからだ。
鼻歌を歌いながら、お風呂場にたどり着く。
そこにあったのは、日本にいたときと寸分違わない様子のバスルームだった。
「おぉ~~!!」
すごい。
大きな鏡に、石のタイル。地球で見覚えのあるシャワーに、大人二人が楽々と入れそうな大きさの浴槽。
夢にまで見た、前世の記憶そのままのお風呂がそこにはあった。一般家庭にあるようなアレだ。
前に召喚された勇者が作らせたのだろうか。
日本人の中流家庭によくありそうなお風呂場で、自然と日本にいたときの記憶が蘇ってくる。
とりあえず湯船にお湯を張ろうと、これまた日本でお馴染みの形状の蛇口を捻る。お湯の温度を調節し、少しずつ浴槽に溜めていく。
14年振りのお風呂にワクワクが止まらない。
私ははやる気持ちを抑えつつ服を脱いだ。生まれたままの姿になって鏡を見ると、そこには見慣れた私の姿が。
少しくすんだ銀の髪に、小さな猫耳と長いしっぽ。目は紫色で、何処と無く活力が無さそうな印象がある。
小柄で色白な猫人族の少女、それが私だ。
──そういえばもう2日も犯されてないなぁ。
突然そう思った。
一昨日の夜は鞭打ちだったし、昨日は疲労で寝ていた。だから、最後に膣内に肉棒を入れたのは三日前ということになる。
気がつくと、鏡の中の少女は太ももにヌルヌルとした粘液が伝っていた。驚いて自分の秘所を見ると、愛液で濡れている。
「うそ⋯⋯」
発情してる。
その事実に、思わず声が出た。
たった2日セックスしてないだけで、浅ましく股を濡らす。1ヶ月に及ぶ看守の調教は、私の内面を淫らに変えてしまったらしい。
ダメだと分かっていても、勝手に指が陰核へと伸びる。
「んっ⋯⋯!」
鋭い快感に腰が跳ねる。
溜め込まれた欲求は、ただでさえ敏感な私をさらに感じやすくしているらしい。
クリトリスに右手を伸ばしたまま、左手で口をふさいだ。
「んん、んぅぅ♥️ 」
くちゅくちゅと淫らな水音とともに、堪えきれない喘ぎ声がお風呂場に響いた。
陰核を中指で押し込み、こねくりまわす。それに合わせて下腹部に熱が溜まっていき、吐息に湿り気が含まれ始める。
「あぁ、はぅぅ♥️ ひゃあッ、あむっ♥️ 」
段々と淫らな声が大きくなってきて、慌てて人差し指を噛む。
────すぐ近くにヒナタがいるのに。
快楽で溶けかけた理性に、お日様のような少女の顔がよぎった。優しくて暖かい心を持った、私の大切な仲間。
ヒナタは思いもしないだろうな、私がこんなにエッチな子だなんて。
「んあああッ!♥️♥️」
そう思った瞬間、腰に電流のような性感が流れた。身体がくの字に曲がり、目の奥がチカチカする。
「あむぅうッ♥️ んあぁッ!!♥️♥️ 」
ヒナタのことを考えただけで、快楽がより深く激しいものへと変わる。
陰核を擦る指の速度が上がり、秘所から水飛沫が撒き散らされる。
「うぁああッッ!♥️♥️」
秘所から勢いよく潮を吹きながら、絶頂。
全身を包む激しい痙攣に、媚びるような悲鳴が漏れた。子宮がきゅんと収縮したのがなんとなく分かった。
腰が砕けたのか、下半身に力が入らなくなってお尻をペタンと床に着ける。
マラソンの後のように鼓動が大きい。酸欠で視界が安定しない。
「はぁ、ふぅ」
────気持ちいい。
体がポカポカするような幸せに包まれる。今まで何度もオナニーやセックスをしてきたけど、ここまで幸せだったことは無かった気がする。
快楽と共に頭に浮かぶのは、大好きなヒナタの笑顔だった。ヒナタにクリトリスを弄られて、膣に指を入れられたらもっと気持ちいいんだろうなぁ⋯⋯。
顔を上げると、鏡には娼婦のように淫らな女の子が映っていた。口からだらしなくヨダレを垂らし、目はトロンと蕩けている。
────もしかして私、ヒナタでオナニーしてた?
浅ましい自分の姿を見て、急に冷静になる。
熱っぽかった頭が急激に冷めて、後悔が心を呑み込んだ。
ヒナタは私の大切な仲間で、恩人だ。
絶望の底から私を助けようとしてくれる、この世界で唯一の味方のはずだ。
なのに私は、そんなヒナタのことを⋯⋯。
もう一度鏡を見る。
そこにはもう、色欲に濡れた少女はいなかった。
活力の無さそうな目に小柄な体躯の、いつも通りの私だ。
「大丈夫、私は別にいつも通りだ。ヒナタでオナニーしたのは気の迷い。大した問題じゃない」
自分に言い聞かせるように呟く。
そうしないと、心の中にある越えてはいけない一線を越えてしまいそうな気がしたから。
自分を押さえ付けるように身体を抱き締める。自分が異様に取り乱していることが気持ち悪い。
しかしその瞬間、私の思考は中断させられた。
蛇口を捻りっぱなしだったせいで、湯船から勢いよくお湯が溢れ始めたからだ。大きな水しぶきをあげなから、石のタイルにお湯が流れ出す。
「うわ、忘れてた」
急いで蛇口を閉める。お湯が止まり、お風呂が溢れることもなくなった。
「悩んだときにはお風呂が一番っていうよね」
心の中はまだモヤモヤしている。
ヒナタでイケナイことをしてしまった罪悪感は残ってるし、強烈な絶頂のせいで身体はだるい。
しかし、そんなのお風呂に入れば吹き飛ばせる。お風呂は悲しいことも苦しいことも一瞬で癒す力を持っているのだ。ヒナタの部屋にお風呂がついていたことに心から感謝する。
疲労を振り払うように立ち上がり、桶を手に取る。お風呂に入るときに最初するべきことと言えば、かけ湯だ。体の汚れを最低限落とし、より快適に入浴を楽しむための儀式。
桶でお湯を掬い、ゆっくりと体にかける。暖かな液体が体を伝い、体をポカポカと温め────
「うにゃあああああ!?」
圧倒的な不快感が体中を暴れまわった。
「にゃ、にゃにこれぇぇぇ!」
全身をミミズが這い回るようなゾワゾワとした感覚。快感から頭を切り替え、お風呂を楽しもうとしていた私におぞましい不快感が襲いかかった。
「んにゃぁぁぁぁ」
皮膚に張り付く水滴や、しっぽに染み込んだお湯が気持ち悪い。
──なに、今度はなんなの?
目を白黒させながら自分に起きたことを分析しようとする。しかし、未だに不快感が抜けなくて思考が纏まらない。
『お湯を被った瞬間、体中に変な感触がした』
私を襲った異常事態は、シンプルに言い表すとこう言うことだ。理由はさっぱり分からない。
いや、もしかしたら。
背筋のゾワゾワを堪えながら、私は湯船に近づく。お湯が限界まで入っており、水面は穏やかに揺れている。
その水面に、私は恐る恐る右手を突っ込んだ。
指先までなら大丈夫。手首まででも平気。しかし、二の腕までお湯に入れると不快感が顔を出す。
なるほど、そういうことか。
私は右手をお湯から引き縫いた。
要するに、私は温・水・が・苦・手・ら・し・い・。
これが猫人族の特徴なのか、それとも私個人の弱点なのかは分からない。けど、確かにそうなのだ。
そういえば猫は水が苦手という話を聞いたことがある。私の場合はお湯だけど、そこら辺も関係しているのかもしれない。
とにかく、私が『温水を浴びると不快感を覚える体質』ということはよく分かった。
しかし、そうか。
私はお湯が苦手なのか。
じゃあお風呂に入れないね。
うむ、そうか。
お風呂入れないのか。
⋯⋯なるほど。
要するに、どういうことだ?
お風呂に入れない?
よく分からないな。
どういう意味だろう。
⋯⋯⋯⋯うん?
鏡を見ると、そこには変な顔の少女がいた。
銀髪で、猫耳で、長いしっぽをした少女だ。
白目を向いていることを除けば、そこそこ可愛らしい見た目をしている。
まぁそんなことはどうでも良い。
とにかく私はお風呂に入りたいんだ。
しかし、私はお風呂に入れないらしい。
何故ならお湯に浸かれないからだ。
なるほどな。
オフロニハイレナイ?
何語だろうか。
いや、そんなことは良い。
私はお風呂に入れさえすればいいのだ。
しかし私はお風呂に入れないらしい。
何故だろう、よく分からないな。
もう一度鏡を見る。
そこには見慣れた少女。
銀髪、猫耳、長いしっぽの少女だ。
ムンクの叫びのような顔をしていることを除けば、そこそこ可愛らしいのではないだろうか。
いや、そんなことはべつにドウデモイイ
ワタシハオフロニハイレレバソレデ⋯⋯⋯⋯。
無言で湯船を見る。
お湯が張ってあり、入ったらさぞかし気持ちが良いのだろう。
よし。入るか。
まず私は浴槽から距離をとる。
これは助走だ。
次に湯船の方を向く。
クラウチングスタートの構えを取った。
最後に息を大きく深呼吸。
自ら地獄へ飛び込む覚悟を決めた。
異世界よ、特とご覧あれ。
これが日本人だ。
これが大和魂だ。
風呂のためなら命だって捨てる。
それが真の侍というものだ。
「いざ尋常に、勝負!!」
勢いよく走り出す。
お湯に対する恐怖に抗うように
猫の本能をねじ伏せるように
浴槽が近づいた瞬間、跳躍する。
バッタのように床を蹴り
トンボのように空を舞う
空中で体勢を整えて、両足を揃えた。
重力に従い、体が下へと落下する。
目指すは水面。
目を見開き、顔を引き締める。
そして爪先から湯船に侵入し────
「ふにゃああああああああああああああああああああああああ゛!!!!」