扉の先にあったのは、叫び声と悲鳴に支配された王城だった。
「何が、何が起きている!?」
「王妃様の中庭が爆破されたらしいぞ!」
「誰か水魔法を使える人間を呼んできてくれ! 早く!」
騎士や衛兵が慌ただしく走り回り、事態の収拾に当たっている。
さらに、騒ぎの音で起きてしまったと思われる貴族やメイド達が部屋から飛び出てきて、中庭から煙が上がっているのを見て目を丸くしていた。
中庭に行く者、正門の方向へと逃げる者、誰かの名前を叫ぶ者。混乱は波のように広がり、城内は大パニックになっていた。
「アリア、早く!」
時限爆弾が予想以上の成果を上げたことを実感し、思わず固まっていると、ヒナタが小声で私を呼んだ。
我に返り、すぐに正門の方向へ向かって走り出す。丁度近くに正門の方へと逃げるメイドの集団がいたので、それに紛れながら進んだ。
私達は現在、フード付きのドレスを着ている。
貴族がお忍びで外へ出るときに使うためのものらしく、フードを深く被れば外側から顔が見れないようになっている服だ。
辺りを見回すと、私達と同じようにフードを被った女性が何人かいた。おそらく、化粧をしていない令嬢達だろう。男性にすっぴんを見られないために顔を隠しているのだ。
結果として、私達がフードを深く被っていてもそれほど目立つことはない。周りからは、私達も貴族かなんかだと思われているだろう。
「ね、ねぇ。あれって本当に安全なんだよね⋯⋯?」
中庭からモクモクと立ち上る煙を見ながら、ヒナタが心配そうにこちらに聞いてきた。想定を越える騒ぎに、ヒナタも心配になったのかもしれない。
「少なくともケガ人は出ない筈です。精々中庭が全焼する程度じゃないでしょうか」
「⋯⋯え、全焼するの?」
「はい、全焼しますね。あ、城に燃え移るとかはないと思うんで安心してください」
なんかヒナタがドン引きしている気配がするが、気にしない。
だってあの中庭あんまり人来ないらしいし、他に爆破して良さそうなとこなかったんだもん。
そんなことを話しながら廊下を走っていると、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「中庭が燃えてるっていうのは本当なの?」
「本当です、マホト様。今騎士団の者が必死に消そうとしているのですが、中々消えず⋯⋯」
顔を上げると、廊下の先に数人の騎士を連れた黒髪の少年がいた。見た目からして、年は16、17歳くらいだろうか。
「分かったよ。クソ、こんなことなら水属性の上級魔法も覚えとくんだった」
彼ら、即ち勇者マホトとその護衛の騎士達は駆け足でこちらに向かってきている。中庭に行くつもりなのだろう。魔勇者の水魔法は消火にはもってこいだ。
「──ッ!」
隣でヒナタが息を飲んだのが分かった。
ヒナタは周りで騒ぎ立てていたメイド達のすぐ後ろについて、身を隠す。いくら髪色を変えてフードを被っても、近づいたらバレると思ったのかもしれない。
私もヒナタに倣って影を薄くした。
「ミラーカは無事なの? 彼女の部屋は中庭から近かったよね」
「おそらく無事です。まだ火は中庭から広がってはおりませんので」
魔勇者が段々と近づいてきた。
それを見て、私は彼がすぐ横を通りすぎた瞬間、一番近くにいたメイドを彼に向かって押し出した。
「きゃあ!」
「うわっ!」
魔勇者はメイドにぶつかられて大きくよろけた。
その隙に、私は彼のポケットに煙玉を忍び込ませる。近くで魔法が使われると大量の白煙を放出する特別製だ。
「ちっ。気を付けろよ」
「も、申し訳ありません!」
マホトはメイドに悪態をついた後、再び中庭に向かって走り出した。それを見送ったあと、私とヒナタは再び正門へと急ぐ。
「ねぇ、マホトになんかしたの?」
「ポケットに煙玉を仕込みました。中庭の鎮火を少しでも遅らせられたらいいんですけど⋯⋯」
これで、魔勇者が水魔法を使った瞬間に中庭は煙に包まれるはずだ。騎士団は余計にパニックになるだろうし、魔勇者も動揺すると思う。
そうこうしている内に、私達はエントランスに着いた。貴族やメイド、そして彼らを守る騎士など、多くの人達でごった返している。
予想を遥かに越える混雑に、私は作戦が上手くいっていることを感じていた。
「もうすぐ、だね」
「はい。あの扉から外に出れば、もう正門が見えてくるはずです。そうすれば⋯⋯」
そうすれば、私達は王城から脱出できる。
1ヶ月近くに渡る監禁生活から、解放されるのだ。
今さらながら、私は実感が沸いてきた。
あと100メートル足らずの距離を進めば、私はこの地獄から解放されるのだ。
もう二度と外には出れないと思っていた。
私は一生、地下牢で看守の玩具として生きるものだと諦めていた。
しかし、それがどうだろう。
ヒナタに檻から連れ出され、ミラーカ王女に助けて貰いながら。
ついに私はここまで来た。
私はもう一度、“人間”になれるのだ。
誰かに支配されるわけでも、暗い所に閉じ込められるわけでもない。
自分の意志で、自由に生きることができるのだ。
私とヒナタは人々に紛れながらこっそりと正面扉を開けた。そして体を滑り込ませるようにして外へ出る。
そこに広がっていたのは、大きな夜空。
地下牢では絶対に見ることの出来なかった、開放感のある風景。
確かに中庭でも空は見えたけれど、ここまで綺麗には感じなかった。あのときは爆弾を仕掛けるのに必死だったし、逃げ切れるか半信半疑だったからだと思う。
でも、ここまで来ればもう大丈夫。
目の前に正門が見える。
その事実に、自然と笑みが溢れてきた。
私達は周囲を警戒しながら、ゆっくりと門へと近づいた。
そして誰もいないことを確認し、駆け抜ける。
「アリア」
門を通り抜け、城下町へと続く階段を下りきった。
直後に聞こえたのは、お日さまのようなヒナタの声。
振り向くと、フードの中から優しい笑顔を覗かせていた。
「ようやっと、だね」
自然と目から涙が溢れた。
顔がくしゃくしゃになり、嗚咽を漏らしながらヒナタの胸に顔を埋める。
すると、ヒナタは驚きながらも私を抱き止めてくれた。
「⋯⋯もう。まだ逃げ切れたわけじゃないんだからね」
呆れたような、それでいて優しい声が頭上から降ってきた。私はコクコクと頷きながらも、涙を止めることが出来ない。
眼前に広がるのは円形の広場。
中央には噴水があり、それを囲むようにいくつかのベンチが設置されている。
広場の正面、そして左右からは大通りが伸びていて、それぞれの通り沿いにはたくさんのお店が建っている。
今は夜中だから店は全て閉まっており、周囲には誰もいないものの、昼間はさぞ賑わいがあることが伺える。
やったんだ。
私達は、ついにやったんだ。
王城の人達を出し抜いて、魔女牢から脱走し、城から出られたんだ!
いつまでも見ていたい、城の外の風景。
私がこれを見れたのも、ヒナタのお陰だ。
お礼を言わなきゃ。
そう思い、ヒナタへと顔を向けた。
すると────
「ヒナ、タ?」
何故かヒナタは、顔に苦痛の色を滲ませていた。
「アリア⋯⋯にげて」
「⋯⋯⋯⋯え?」
次の瞬間、ヒナタの体が崩れ落ちる。
「ヒナタッ!?」
あまりに突然で、わけが分からなかった。
よく見ると、ヒナタの背中に細い矢が刺さっている。それを見て、さらに私の混乱は大きくなる。
一体何が起きたのか。
この矢は、誰がどこから射ったものなのか。
しかし、その答えはすぐに判明した。
噴水の裏側から人影が出てきたからだ。
「ヒナタさん、どこへ行こうと言うのです?」
人影は2つ。
1つ目は、中肉中背に黒髪の、地味な顔立ちの男。年は20代後半くらいだろうか。黒い弓を持った、おそらく日本人だ。
2つ目は、筋骨粒々の大柄な騎士。立派な甲冑に片手直剣、そして盾を装備している。
「まさか本当に邪淫の勇者が逃げようとしているとは⋯⋯。あの中庭の爆発もコイツがやったのか?」
屈強な騎士が低く落ち着いた声で黒髪の男に話しかけた。
その声を聞き、私は背筋に冷や汗が流れたのを感じた。
私はこの男を知っている。
何故ならば、この男が私を捕らえたからだ。
彼の役職は“騎士団長”。
このリルムブルク王国で最強の騎士だ。
「そこまでは分かりませんが、少なくとも何か知っていることは確かでしょう。少くとも、僕の“目”にはそう映りました」
「なるほど、弓勇者殿がそう言うのなら間違いはあるまい」
⋯⋯やっぱり、そうか。
私の胸に更なる絶望感が広がる。
この黒髪の男は、弓勇者だ。
おそらく、私達の脱走も“弓勇者の能力”で看破されたのだろう。
「貴様は邪淫の勇者の仲間か? フードを取れ」
騎士団長がこちらに聞いてきた。
私は何も答えない。勿論、顔も見せない。彼に正体がバレたら一巻の終わりだからだ。
「どうして邪淫の勇者の味方をしているのかは知らんが、とにかく一緒に来てもらうぞ」
一歩一歩、警戒しながら騎士団長は近づいてきた。
盾を構え、剣の柄に手を置いている。
まずい、本当にまずい。
彼に捕まるわけにはいかない。
どうする、“奥の手”を使うしか⋯⋯?
いや、悩んでる暇はない。相手は最強の騎士。出し惜しみなんてしてる余裕はない。
騎士団長との距離が縮まってきた。
私は覚悟を決め、呪文を唱えようとすると────
「はぁっ!」
今まで倒れ伏していたヒナタが、目にも止まらぬ速度で騎士団長に剣で斬りかかった。
「ヒナタ、だめ!!」
私は思わず叫んだ。アイツに接近戦で勝負しても勝ち目はないからだ。
思った通り、騎士団長は慌てずにヒナタに対処する。盾で剣を弾き、ヒナタの腹部に蹴りを放つ。
「⋯⋯かはッ」
「ヒナタっ!」
───ヤバいヤバいヤバい!
騎士団長はヒナタがよろけた隙に、彼女の両腕を背中で拘束して押し倒した。ヒナタは必死にもがいてるが、騎士団長を振り払えるわけがない。
状況は最悪だ。
敵は二人で、片方は王国最強の騎士、もう片方は特殊な能力を持った勇者。ヒナタは騎士団長に捕らわれており、弓勇者は私を警戒するように弓を構えている。
「なるほど、それがマホトさんの言っていた“リカバリー”ですか。僕の麻痺矢を受けたのに、こんなに早く回復してしまうとは⋯⋯」
「ああ。俺の蹴りで出来た傷も、もう治り始めてるようだ。中々厄介だな」
ここで私の取れる選択肢は3つ。
一つ目は、ヒナタを奪還して逃走を図る。
二つ目は、降参して彼らに着いていく。
三つ目は────
「おい、お前。邪淫の勇者はもう動けない。貴様らの負けだ、ゆっくりとこちらに近づいてこい」
そういいながら、騎士団長はどこからともなく取り出した縄でヒナタを縛った。私達がミラーカ王女を縛ったときよりも遥かに手際が良く、一瞬でヒナタの両手が結ばれてしまった。
「わたしのことはいいから、早く逃げて!!」
ヒナタはこちらに向かって叫んでいる。
⋯⋯まったくこの人は。
私があなたを置いて逃げれるわけがないじゃないか。
私は迷わず騎士団長の方へ歩いた。
出来る限りゆっくりと、両手を広げ、武器を持ってないことをアピールしながら。
「だめだよ、逃げて! おねがい!!」
ヒナタはそんな私を見て悲痛な叫びをあげている。そして対照的に、騎士団長は私の様子にニヤリと口元を歪めた。
「そうだ、いい子だ。大丈夫、手荒な真似はしない。ちょっと話を聞くだけさ」
「こっちに来ちゃだめ!! 逃げて、逃げてよぉ!」
ヒナタを無視して、私は騎士団長に近づいた。そして、両手を揃えて差し出す。
彼は満足げな表情で、私の両手を縛った。
「すまんが、フードを取るぞ? さすがにそれを被ったままにさせるわけにはいかないからな」
「あぁ、だめ⋯⋯」
騎士団長の手が私のフードに伸びる。
足元で、ヒナタが絶望に呻いた。必死に体を捻り、縄を抜けようとしているようだ。
そして、ついに私の顔が露になり──
「ッ!? き、貴様は鉄の──」
「“アイテムボックス”」
驚く騎士団長に、私は異空間より取り出した“拳銃”を突きつけ、唱える。
「“
「────グァア!!」
手から放出された電流が銃の内部に仕込んであった火薬を誘爆させ、弾丸が音速を越えた速度で発射、騎士団長の脇腹を貫いた。
仕方ない。
私の取れる第三の選択肢。
『弓勇者と騎士団長、両方を殺す』
これで行こう。