あまりの驚愕に、時間が止まったような気がした。
勇者達も、騎士団も、ヒナタと私も。誰一人動けない。
あまりの出来事に、現実を理解できない。
しかし、そんなことお構い無しに、彼女は続けた。
「まったく、貴方達のせいでわたくしの計画はボロボロですわ。何をどうしたらこんな最悪の展開に出来ますの?」
口があんぐりと開いた。
どうしてミラーカ王女がここに?
なんでゴーレムの腕を受け止められるの?
王女様がこんなことして大丈夫なの?
「ヒナタ。何のために発情を抑える訓練をしてたんですの? こういう時のためでしょうに」
振り返ったミラーカ王女が、ヒナタの体を掴んで持ち上げる。
私に入っていた肉棒が抜け、膣口からはヒナタの精液が漏れ出る。
「アリアも早くズボンを履いて下さいまし。いつまでそんな破廉恥な格好でいるつもりですの?」
そう言って彼女はズボンを投げ渡してきた。さっきまで私が履いていた物だ。
「あと、アリアには今のうちにヒナタを縛っておいて欲しいですわ。わたくしはリカバリーが使えないので、ヒナタの発情を抑えられませんの」
今度はロープを渡してきた。とても長くて、ヒナタをぐるぐる巻きにするくらいなら簡単にできそうだ。
「お、おい。ちょっと待てよ。なぜそいつらを助ける」
一番初めに硬直から抜け出したのは魔勇者だった。まだ動揺が残っているものの、責めるような口調でミラーカ王女に話しかける。
それが切っ掛けとなったのか、他の人達も関を切ったように騒ぎだした。
「ひ、姫様がなぜここに⋯⋯?」
「ミラーカ王女! ここは危険です、お逃げ下さい!」
「そいつらは魔女の一味なのですぞ!!」
頭がうまく働かないが、私もなんとか状況を理解しだした。
とにかく、ミラーカ王女が助けに来てくれたのだ。これを無駄にする手はない。
私はミラーカ王女の言うとおりにヒナタを縛り始めた。ヒナタは未だ嬌声が漏れているが、さっきと比べてかなり大人しくなっている。
「ヒナタ、落ち着いて下さい。ミラーカ王女が助けに来てくれました」
私は小声で言った。
どうしてヒナタが正気を失っているのかは分からないけど、とにかく安心させたかったから。
一方、ミラーカ王女に向けられる騒ぎはどんどん大きくなってきていた。騎士団も勇者達も、皆揃ってミラーカ王女を私達から引き離そうとしている。
「ミラーカ、そいつらは危ないんだ。早くこっちへ!」
剣勇者がミラーカ王女の手を取り、引っ張った。けれどもミラーカ王女はびくともしない。
「ケンヤさん、彼女達は悪くないんですの。二人は魔王に操られているのですわ。これは全て魔王の陰謀ですの」
ミラーカ王女は私達を救おうと、かなり苦しい言い訳をしている。
『これらは全て魔王の仕業なんだ』という路線で進めるつもりらしい。
ちょっと無理がある気がするけど、大丈夫かな⋯⋯。
「何をバカなことを! そこにいるのは魔女で、ヒナタはそれを逃がそうとしたんだぞ!!」
「そうですぞ! 彼女達はここで殺しておくべきです」
ヒナタを縛り終えた私は、周りを観察する。
依然として私達は騎士団や勇者に囲まれており、魔力の尽きた状態では突破は不可能。ヒナタも正気じゃないので、ミラーカ王女がどうにかしてくれることに賭けるしかない。
「ま、まさか姫様は魔女に洗脳されているのでは?」
「なんだと!? それでこんなことを⋯⋯」
「魔女め、卑怯な!!」
しかし、どんどん展開は悪くなっていく。
憶測が飛び交い、私達がミラーカ王女を洗脳したという方向で話が進んでいく。騎士達はミラーカ王女を連れ戻そうと、必死に腕を引いている。
しかし、それでも。
ミラーカ王女はびくともしない。
訓練された騎士が四人がかりでミラーカ王女を引っ張っても、彼女はまったく動かない。
そして、次に瞬間────
「うるっさいですわぁぁぁぁあああ!!!」
ミラーカ王女は叫んだ。
周囲の騎士達をはね除けるように両手を振り回しながら。
ミラーカ王女の近くにいた騎士達は20メートルほど空を飛び、私はそれをポカンとした顔で見ていた。
「ああもう、どうして上手くいきませんの!? こうなったらヤケですわ!!」
叫び声と共に、アースゴーレムへ正拳突き。華奢な細腕から繰り出されたパンチは、土巨人を発泡スチロールのように貫いた。更にそこから流れるように回し蹴り、アースゴーレムが粉々に砕けた。
魔勇者の切り札を一瞬で破壊したミラーカ王女は、
只でさえ吊り目なのをさらに吊り上げ、威圧的に周囲を見回す。
そしておもむろに両手を広げ、唱えた。
「“覚醒”」
空気を揺らすような、力強い声。その声を合図に、ミラーカ王女の身体が変質し出す。
まず、彼女の背中からは蝙蝠のような漆黒の翼が生え出した。長さは1mほどで、禍々しい雰囲気を感じる。次に口から鋭い犬歯が伸び、目が怪しく光輝いた。普段の高貴な印象を維持しつつ、どこか蠱惑的なオーラを纏った表情を見せている。
「ここで勇者を殺させるわけにはいきませんの。気の毒ですが、皆様には少々眠って貰いますわ」
⋯⋯なに、これ。
私は、いや。この場にいる全ての人はそう思っただろう。呆気にとられるなんてモノじゃない。
おかしい。
あり得ない。
こんなの、現実とは思えない。
でも、あの黒い翼に、鋭利な歯。
そして圧倒的なパワー。間違いない。
まさか、ミラーカ王女が⋯⋯。
──大国の王女様が“吸血鬼”だったなんて⋯⋯。
ミラーカ王女がゴーレムの腕を止めた時を更に上回る驚愕。正気を失っている筈のヒナタすらも目を見開いて凍りついている。
けれど、ミラーカ王女は周囲を置いてけぼりにして魔法を構築する。素人目にも分かるくらい濃密な魔力を練り上げ、右手に集中させた。そして近くで硬直していた騎士団長に対して呟く。
「“ブラッドインパクト”」
刹那、右手から血の如きどす黒い赤色が衝撃波となって騎士団長を襲った。王国最強の騎士は、何が起きたかも理解出来ずに吹き飛ばされ、噴水に叩きつけられる。
「み、ミラーカ⋯⋯?」
そう言ったのは剣勇者。
剣をだらりと下ろし、疑問に染まった声を漏らす。そんな剣勇者に何か思うところがあったのか、ミラーカ王女は彼に近づいた。
「ケンヤさん、貴方は剣を新調するべきですわ。その聖剣は確かに強力ですが、ケンヤさんにはまだ早すぎますの」
「⋯⋯え?」
まるで世間話をするような口調のミラーカ王女に、剣勇者は間抜けな声を出した。しかし、そんなことはお構い無しにミラーカ王女は続ける。
「シーボルト首長国の“ヴァラキハラ洞窟”に行くと良いですわ。そこに行けば、貴方に相応しい剣を手に入れることが出来ると思いますの」
そう言い終わるや否や、鋭い膝蹴りが剣勇者の腹部へと飛んだ。剣勇者は声を漏らしながら膝を突き、崩れ落ちる。
「ま、魔族め、ミラーカに化けていたのか! “ウィンドカッター”!」
剣勇者の敗北を見て、我に帰った魔勇者がミラーカ王女に風の刃を放った。
どうやら彼は、ここにいるミラーカ王女を偽物だと判断したらしい。
しかし、彼女には当たらない。二メートルほど跳躍して魔法を避けると、そのまま魔勇者の背後に着地する。
「いくら上級魔法を覚えても、使いこなせなくては意味がないですわ。もっと一つ一つの魔法を丁寧に練習しなさい」
「──ガハッ!」
ミラーカ王女に殴り飛ばされ、魔勇者はなすすべなく昏倒する。口から泡を吹き、白目を向いているのが分かった。
「強い⋯⋯」
思わず呟く。
おそらく、彼女はミラーカ王女本人だ。偽物じゃない。だって、私達に何の関係もない通りすがりの吸血鬼が、突然助けてくれるなんてあり得ない。
でも、じゃあなんで吸血鬼が王女様なんかやってるの?
地球でよく言われている吸血鬼と違って、この世界の吸血鬼は噛まれても感染しない。後天的に吸血鬼になるのは不可能だ。ミラーカ王女は、吸血鬼を親に持つ生まれついての吸血鬼ということになる。
まさか、国王も吸血鬼⋯⋯?
なにがなんだか分からなくなってきた。
それは騎士達も同じなのだろう。
勇者と騎士団長が倒されても、依然として棒立ちだ。間抜けな顔をして突っ立っている。
でも、自分の国の王女様が吸血鬼だったと判明したのだから、当然の反応だろう。
「さあ。アリア、逃げますわよ!」
ミラーカ王女は私とヒナタを担ぎ上げた。そして騎士団の人達に向かって告げる。
「ちょっとだけ旅行に行ってきますわ。お父様によろしくお願いしますの」
「ひ、姫様? これは、どういう──」
「二人とも、舌を噛まないように気をつけて下さいまし」
騎士達の返事も待たず、ミラーカ王女は私達に注意した。そして、間髪入れずに呪文を唱える。
「“フライ”!」
直後に、私達の周りで風が渦巻き始めた。そして空気の流れがミラーカ王女の羽に収束し、彼女の体が宙へと浮く。
そして段々と高度が上がっていく。
ミラーカ王女は、私とヒナタを抱えたまま空を飛んだのだ。
「うっそぉ⋯⋯」
「あら。鉄の魔女に驚いて貰えるとは光栄ですわ」
いやいやいや、これは驚くでしょ。
なに、この超展開。
ついさっきまで追い詰められてたと思ったら、なんで私達空飛んでんの? なんで勇者も騎士団長も倒れてるの?
意味が分からない。
何一つ理解が及ばない。
「あの、ミラーカ王女?」
「なんですの?」
「えっと⋯⋯どういうことですか、これ」
私が聞くと、彼女は呆れたような顔で言った。
「まだ分かりませんの? 私は本当は吸血鬼で、貴方達の味方だったということですわ」
「み、味方とか言われても。私には何がなんだか⋯⋯」
なんで吸血鬼が私達に味方するの?
まさか、魔王陣営についてほしいっていう勧誘?
そうミラーカ王女に聞いてみると、彼女は吹き出した。そして、笑いを堪えながら答えた。
「そうですわね、折角なのでネタばらしといきましょうか」
そう言って、彼女は話し始めた。
私は、一言一句逃さないように真剣に聞く。
私に真実を教えながらも、ミラーカ王女は空を移動し、王都から出た。
私達はついに、この街から脱出することに成功したのだった。