「不味い」
黒パンを齧り、思わず私は呟く。口の中に広がる苦味がとても不快だ。
おかしい。このパンは別に美味しくもなかったが、ここまで不味くもなかったはずだ。苦くもなかった。
不思議に思ってよく見てみると、パンにある虫食いのような穴から白濁した乾いた液体のようなものが見える。
──まさかとは思うけどあの看守、パンの中に⋯⋯。
途端に吐き出しそうになって慌てて口元を押さえる。味を意識しないように、口の中の物をなるべく噛まずに急いで飲み込む。
「大丈夫。精液なんていつも飲んでるし、こんなの全然大丈夫」
必死に自分に言い聞かせる。食べないという選択肢はない。これが私の唯一の食料だからだ。一日の一番の楽しみだった食事が、一気に辛いものとなった気がした。どこまで人を苦しめれば気が済むのだろう、あの看守は。
なんとかして残りのパンを頬張り、水で流し込む。不幸中の幸いと言うべきか、水には何も仕込まれてはいなかった。しかし明日からは水にも精液を混ぜられていないか警戒しなければならないだろう。
私は食事すらも安心してとれないみたいだ。
なんだか悲しくなってくるが、こんなことで毎回絶望してたらキリがないので別のことを考えて気を紛らわす。
窓がないせいで分からないが、体感だと今は昼ごろだろうか。
猫人族になった現世では前世よりも直感が強く働く。そのお陰で、なんとなくではあるものの今の時間帯がわかるのだ。
“身体が人間だったときより敏感”という私にとっては大きすぎる欠点があるものの、こういうところで猫人族は便利だ。
看守がやって来るまでまだたくさん時間がある。それまでどうしようか。ずっと寝てるのもつまらない。
やはり多少運動でもするべきだろうか。しかしあまり体力を使うと夜に辛くなる。
そのときだった。
鉄格子の外から、何かの音⋯⋯いや。
──足音が近づいてくる
あの看守のものではない。アイツの足音よりずっと軽く、足取りが不安定だ。
誰だろう。私はここに収容されてから看守以外の人に会ったことがない。こんなことは今までで初めてだ。
しっぽの毛が逆立ち、耳が自然と縮こまる。
自分の本能がいつもの違う状況に警報を鳴らしている。指先を見ると、少し震えていた。
情けない、と思った。
なんの変化もない繰り返しの日常にどっぷり使っていたせいで、ちょっとしたイレギュラーでこの有り様だ。
食事のときと同じように「大丈夫。大丈夫」と口の中で呟きながら、こちらに向かってくる足音が大きくなるのを聞いていた。
そして、その人物はついに私のいる檻にまでたどり着き──
「へ?」
私は思わず間抜けな声を漏らした。
彼・女・はこの世界ではまず見られない“黒髪”を持っていた。
さらに目を引くのは、整った鼻と薄い桃色の唇。そしてぱっちりとした“黒目”。
それはまるで“アジア人”のようだった
「あれ? こんなところに女の子? なんで裸?」
鉄格子の向こうに佇む彼女は、戸惑ったように“日本語で”私に話しかけた。
これは、もしかして⋯⋯。
「もしかして、日本人の方ですか?」
私の問いに、目の前の少女は不思議そうな顔をする。
「え、そうだけど、なんで私のこと⋯⋯?」
認めた⋯⋯!
そっか。この人は日本人か。
昨日看守は“勇者”なる人物に怒っていた。もしかすると、それはラノベによくある“異世界から召喚した勇者”、すなわち彼女のことなのかもしれない。
「間違ってたらすみません。もしかして勇者様ですか?」
「えっと、多分、そうだと思う。あんまり勇者って柄じゃないけどね」
確定した。
この少女は異世界召喚されたタイプの勇者だ。過去に魔王と戦ってきた勇者は全員が黒髪と聞いていたけど、まさか本当に日本人とは思わなかった。
改めて彼女をよく見てみる。
整った顔に、肩までで切り揃えてある綺麗な黒髪。頭には赤いカチューシャをつけている。
服装はこちらの世界のもので、ピンク色を基調としたワンピースだ。襟や首元の飾りから、相当な値段の物だと分かる。
「ねぇ、あなたも日本人なの? どうして捕まってるの?」
勇者を名乗る少女が問いかけてきた。
「いえ、私は日本人じゃないですよ。なんていうか⋯⋯前世の記憶があるんです。日本で生きてた頃の記憶が」
「ええっと、異世界転生ってやつなのかな? そういう人もいるんだ⋯⋯」
私の答えを聞いた少女は感慨深そうに呟く。
結構あっさり信じるんだなぁ。このこと信じてくれたの何気に初めてなんだけど。日本人の理解の早さに驚く。
しかしどうして勇者様がこんな地下牢に来ているのか分からない。もしかして間違って迷いこんだのだろうか。私は淡々と彼女に告げる。
「勇者様、ここは地下牢です。もし迷子になって来てしまったんなら、あなたは直ぐに戻った方がいいです」
「うそ、地下牢!?」
いや、気づいてなかったんかい。
そりゃ今は囚人は私しかいないけど、ここにたどり着くまでに無人の檻がいくつかあったはずだ。
もしやこの人アホなのか?
年は17、18くらいに見える。今の私の年齢は15歳なので、一応年上だと思うんだけど⋯⋯。
「はい、地下牢です。急いで戻った方がいいですよ?」
「え⋯⋯あ、でもっ!」
ここであまり騒がれると、看守が来てしまうかもしれない。看守は勇者のことが嫌いだったはず。確実に機嫌を悪くする。
最悪、八つ当たりで昼のうちから抱き潰されるかもしれない。日本人に会えたのは驚いたけど、早くお引き取り願わなければ。
「ほら、早く戻らないと看守の方に怒られますよ。このまま引き返して、3番目の通路の階段を登れば出れますから。」
「ええ!? わ、分かった。ありがとう!」
「怒られる」という言葉に顔を青くした少女は、私にお礼を言うと駆け足で引き返していった。怒られるのがそこまで怖いのだろうか。
勇者の少女の足音がどんどん小さくなっていき、そして消えた。もう会うこともないだろう少女が去っていった方向をしばらく見つめる。
なんにせよ、素直に帰ってくれて良かった。これで看守に怒られるリスクが減った。
──いや、違う。
看・守・に・怒・ら・れ・る・リ・ス・ク・が・減・っ・た・?
私は知っているはずだ。昼間のうちは、看守がここに来ないことを。この地下牢に囚われいるのは私しかいないから、ここでどれだけあの女勇者が騒いでも誰にもバレないことを。
ここは王城の地下にある“魔女牢”。
古来より、飛び抜けて異端な思想や強大な力を持つ反乱分子だけが投獄される特別な場所。
ここには見張りなどは一切いない。一日に一度、夜中にあの看守の男がくるだけだ。別にあの少女がいても何も問題はないのだ。それは毎日孤独に苦しんでいる私が一番の良く知っていて⋯⋯。
そのとき、自分の胸の中にどす黒い感情があることに気づいた。
醜悪で、腐ったような嫉妬。
綺麗なワンピースを着て澄んだ表情をする少女に対する、憎しみ。
そっか。私はあの娘が嫌いなんだ。
私も元々は同じ日本人で、同じ純粋な女の子だった。
彼女はと私はなんで違うの?
彼女の瞳は澄んでいて、髪は清潔で艶があって。
私の視線は濁ってて、髪は毎日ボサボサで。
どうして私ばっかりこんな目に。
そこまで考えたところで、胃の中からムカムカするものが上ってきた。理不尽なことで怒る自分がとてつもなく醜く感じて、私は思い切り吐いた。
◆◆◆
勇者の少女が立ち去ってから数時間がたった。
私が嘔吐してぐちゃぐちゃになったパンは、看守が来るまでに全てきれいにした。きれいにしたというのは、もう一度胃の中に押し込んだということだ。
中途半端に消化されたパンだったものを、床を舐めるようにして一欠片ものこさず食べた。
それは、檻の中を汚すとアイツが不機嫌になるからではない。あんな物でも食べないと生きて生けないからだ。
今晩もいつもと変わらず私は看守の相手をしている。
いつものように、彼が初めに要求してきたのはフェラだった。看守は昨日が嘘のように機嫌が良く、口の中に出したあと満足そうに私の頭を撫でてきた。
昼のことが心にきているせいか、あんなに嫌いな看守の手なのになぜか安心する。わしゃわしゃと猫耳の周りを撫でてくる指先がくすぐったい。
「お前のフェラも上手くなったなぁ。この俺が一から仕込んでやった甲斐がある」
「え、えへへ⋯⋯ありがとうございます」
やばい、頭に感じる看守の手の平が心地良い。
こういうのをストックホルム症候群というのだろうか。嫌じゃなきゃいけないはずなのに、自然と顔が緩む。
「尻むけろ。気持ちよくしてやるよ」
「は、はい! どうぞ!」
看守のいうことに従うのが当然と言わんばかりに、私の身体は四つん這いで彼にお尻を向ける。いつになく看守が優しいせいで、精神的に不安定な私は従順だ。
太い指が陰核の周りを刺激する。
「ひあぁ⋯⋯んぅぅ♥️」
「どうだ、久しぶりのクリは良いだろ?」
「はいぃ!♥️ きもちいいですっ⋯⋯♥️」
看守が私を抱くときはいつも自分本意で、クリトリスを触られることはほとんどない。あるとしても粗相をしたときの罰として強く潰されるくらいで、今みたいに優しく触られたのなんて初めてだ。
「ああぅ♥️ んあぁ⋯⋯♥️」
「相変わらず敏感だな。幸せそうな顔しやがって」
看守の言葉に反応して、背骨からピリピリするような感覚が生まれる。腰が浮き、自然と声が漏れる。
看守の指が膣内に入ってきた。甘い痺れが下腹部にまで広がって幸せな気持ちになってくる。クチュクチュと水音が響くのがどうしようもなく恥ずかしい。
「ひゃあん♥️ やぁッふわああ♥️♥️」
「ほら、ここが弱いんだろ? 全部知ってんだよ」
ゴツゴツした指にGスポットを押され、漏れ出る声がさらに高くなってしまう。
気持ちいいのが全身に広がってきた。イキそう。
看守もそれを理解しているのだろう。ラストスパートと言わんばかりに指の動きが激しくなる。愛液が飛び散り、身体が熱くて堪らなくなる。
「だめっ♥️だめなのぉ♥️ いくッ、いっちゃうう!!♥️♥️」
「イけ、イっちまえ! 俺にアヘ顔見せてみろよ淫乱魔女がぁッ!!」
「あああッ♥️ むり、むりぃ♥️ イキますっ♥️ イクイクイッひゃあああああああああ!!!♥️♥️♥️」
頭の中がしあわせで満たされる。
優しくて、甘くて、柔らかくて。
いままでの中で一番きもちいい絶頂。
全身の筋肉が緩みきって、波の中で揺られているような気分になる。
──ずっとこのままでいたい
勇者のことも看守のことも、すべて忘れて快楽に浸る。あまりに幸せで、何もかもがどうで良くなる。
まぶたが重くなり、目を閉じる。このまま寝てしまおうとすると⋯⋯。
「寝てんじゃねぇよッ!!」
「ぃあああああ!?♥️♥️」
優しい悦びから一変した激しい快感が今度はお尻の穴から伝わってきた。
「人が優しくしたら調子乗りやがって、何様のつもりだよ魔女が!」
「かはッ、 へああああ!?♥️♥️」
お尻の穴に強烈な快感と痛みが入り交じったような激感。看守の肉棒がとんでもないスピードで抜き差しされている。
「ちょっと優しくしたらすぐこれだ、魔女ってのはよっぽどバカなんだなッ!」
「な、んでぇ!♥️ あぅう!!♥️♥️」
加虐の悦びに濡れた看守の声が牢の中に木霊する。
そういうことか。優しくして、油断したところで一気に普段の調子に戻す。そうやって最初から私を弄ぶつもりだったのだ。
「おらッお前の大嫌いなケツ穴アクメ、見ててやるよぉ!!」
「これぇ♥️♥️ イヤなのぉ、イキたくないぃ♥️ うああああああああ!!♥️♥️♥️」
強制的に押し上げられるような絶頂。
雷で全身を貫かれるような、慈悲のない快感。何もかもが嫌になる。さっきまで幸せだったはずなのに、それを一息で奪われる。
いつもそうだ。いつだって私は⋯⋯。
今度こそ本当に意識が遠くなる。これは眠たくて寝るのではない。快楽と絶望を処理しきれなくなった脳が、強制的に意識をシャットダウンするような無機質な失神。
最後に私が見たのは、気絶しようとする私を嗤いながらもう一度肉棒を挿れようとする看守の姿だった。