目を覚ますと、お尻に異物感を感じた。
昨晩激しくされすぎたせいだろう。まだ何か肛門に入ってる気がする。いや、確かに排泄物処理用のスライムが入ってるんだけど。
昨日は色々なことがあった。
パンに精液が混ぜられてたり、勇者が来たり、看守に騙されたり。改めて思い返すと、良い記憶が一つもなくて自嘲的な気持ちになる。
もう何もしたくない。何もかもどうでも良い。
どうせ私は一生あの看守の慰み者なのだ。いつかはこの暗い鉄格子の中で腹上死するのが目に見えてる。
私がここでどれだけ傷ついても、どれだけ助けを求めても。心配してくれる人どころか気づいてくれる人すらいない。いるのは私を苦しめて喜ぶ看守だけ。
疲れた。本当に疲れた。
ここで私は、今まで必死に考えないようにしていた選択肢が頭に浮かぶ。
──自殺。
いつかここから出れると信じて頭の中から追い出していたのだけど、いよいよ限界だ。
生きていたって良いことなんてないのだ。私には、もうそれしか⋯⋯。
そのとき、私のお腹がグルルと鳴った。
それは、体が「まだ死にたくない」と言っているかのように聞こえた。
心が死にたがってるのに、肉体はまだ生きることを望んでいるらしい。なんだか無性に可笑しくなって、思わず口に笑みがうかぶ。
とにかく何か食べよう。
死ぬかどうか悩むのは、それからでも良い。そう思い、いつもパンと水が置いてある牢の隅を見る。
──しかしそこにあったのは、ぐちゃぐちゃに踏みつけられて精液まみれになった、人間の食べ物とは思えない見た目をしたパンの残骸だった。
あはは。
あははははっ。
「アハハッ! アハハハハッ!!あはははっ⋯⋯」
そっか!
これが私の今日のご飯か!
肉便器の私にぴったりじゃん!
私はびちゃびちゃと下品な音を立てながら食事、いや“エサ”を啜る。
“人間”には残飯以下の食べ物だとしても、“肉便器”にはこれがご馳走だから。
ああ、おいしい。
凄くおいしい。
こんなにおいしい食べ物を、どうして昨日は不味いなんて言ったんだろう。
おいしくて、おいしすぎて。
こんな私には勿体ないほどおいしくて。
「じゅるるるるッぷは。じゅるるるるるぅ!」
おいしい!
すごく、すごく!
とっても、おいしい⋯⋯。
◆◆◆
自分が泣いていることに気がついて、正気に戻った。
目の前には、自分の唾液でベトベトになった床。そこには“パンの残骸”は少しも残っていなかった。気づかぬうちに全て啜りきっていたらしい。
膝に力が入らなくなって、冷たい床にペタンとお尻をつけて座りこむ。さっきまで何をしていたかを思い出して、自分の体を抱き締める。
──私は今、心が死にかけていた。
その事実に、恐怖で頭が一杯になる。
ガタガタと音が聞こえて、何の音かと思ったら自分が震えている音だった。歯だけじゃなく、体全体が小刻みに震える。
そして自然と口が動く。
「死にたくないっ。死にたくないよ、狂いたくないよぉ!!」
自殺なんてだめだ。
死にたくない。自分が消えていくのが怖い。
でも、このままだと心が死ぬ。
精神が狂って自分を見失ってしまう。
どうすればいい、どうすれば生き延びられる。一体どうすれば⋯⋯。
「あ、いたいた! こんにちわ~!」
鈴の音がなるような声。
顔を上げると、鉄格子の向こうに昨日の少女がいた。
「え、泣いてる!? どうしたの?」
心配したようにこちらに声をかけてくる少女。
何しに来たんだろう。目障りだ。お前に私の何が分かる。
「何かあったの? ごめん、もしかしてまた来ちゃったのがまずかった?」
ああ、鬱陶しい。私の望むものを全てを持ってて、幸せを独占しているコイツが。
「あ、そうだ! 良い物もってきてるんだよ? ちょっと待ってて」
何が“良いもの”だ。そんなもの私に見せてどうする。自慢しに来たのか? それとも同情?
他人事だから、同情なんてできるんだ。心のどこかではコイツも看守と同じで私を見下してるんだ。
「ほら、チョコ。日本の記憶があるなら知ってるでしょ?」
うるさい、うるさい、うるさい!
もう帰ってよ。お前みたいなのが一番嫌いなんだ。そうやって直ぐに私を惑わそうとしてくる人間が!
「おいしいよ? 悲しいときは甘いもの食べるのが一番だよ」
放っておいてほしい。優しくしないでほしい。これ以上私を傷つけないでほしい。お願いだから、やめてよ。
おねがいだから⋯⋯⋯⋯。
「おねがいだから、受け取ってよッ!!」
地下に甲高い叫び声が響く。
私のではない。勇者の少女の叫び声だ。
驚いて顔を上げると────
「なんで⋯⋯、泣いてるんですか?」
少女は泣いていた。
よく見ると目は真っ赤で、頬にはまるで一晩中泣いたかのような泣き跡があった。こちらにチョコレートを渡そうとする手は震えていて、手首には刃物で切ったような傷痕が何個もあった。リストカットでもしたのだろうか。
「君だって泣いてるじゃん」
勇者の少女はそういって笑った。絶望の中で無理やり笑っているかのような笑顔だった。整った顔がひきつり、目元が涙でぐしゃぐしゃになった汚い笑顔。
まるで、もう一人の私を見ているかのようだった。