ヒナタが牢の前で泣きわめいてから三日がたった。その間、彼女は毎日私に会いに来た。
ヒナタが地下牢にやって来るのは決まって正午。
なんでも勇者達はまだ魔王を倒す冒険に出ておらず、騎士団長や王宮魔術師に毎日稽古をつけてもらっているらしい。
その訓練が一区切りつく昼食の時間に私に会いに来ているのだとか。
なので、午後の稽古が始まる時間帯になると地上に帰っていく。勇者の訓練が本当に嫌なのか、牢を後にするヒナタの顔はいつも苦しげだ。
看守はいつも通り毎晩私を犯しにくる。
ただ、最近の彼は私と交わるときいつも悔しそうな顔をする。理由はわかっている、私に余裕があるせいだ。
毎日ヒナタと会話したり、食料を分けてもらったりしている私は以前よりもずっと元気になった。前みたいにちょっと絶頂しただけで失神することもなくなってきたし、自殺を考えることもなくなった。それが看守としても面白くないのだろう。
陰核を潰してきたり、乳首を強くつねったり、後ろの穴と前の穴を同時に弄ってきたりとあの手この手で私を絶望させようとしてくる。
それは確かに辛いのだけれど、おいしいご飯と話し相手を手に入れた私はそんなことで絶望なんかしない。
自分が日に日に元気になってきているのを感じている。
「ロールケーキじゃお腹に貯まりません。もっと肉とかないんですか?」
「えぇ! それ持ってくるの苦労したんだよ? もっと美味しそうに食べてよ!」
ロールケーキを頬張りながら文句をいう私に、頬を膨らませて怒るヒナタ。ここ最近のいつもの風景だ。
「いくら“アイテムボックス”があるからって何でも簡単に盗めるわけじゃないんだよ? 肉なんて目立つもの持ってこれないよ」
全ての勇者が召喚されたときから持っている魔法“アイテムボックス”。自分の触れた無生物を異空間に収納し、いつでも取り出すことが出来るようにする便利な力だ。
しかもアイテムボックスに収納している物は時間が進まないという親切設計。さすが勇者。ずるい。
ヒナタはこの魔法で毎日私のために食料を盗んできてくれている。
痩せ細っている体を見て、放っておけなかったのだとか。ありがたい。
「だってヒナタが持ってくるのお菓子ばっかりじゃないですか。飽きました。明日は甘くないヤツが良いです」
「な、生意気な⋯⋯。もう食べ物持ってきてあげないから!」
拗ねてしまったのか、ヒナタはそっぽを向いてしまった。それに合わせて揺れる黒髪がなんだか可愛い。
「じゃあ私ももう喋ってあげませんよ? 話しかけられても無視します」
「ええ!? それは⋯⋯だめ。絶対だめ」
私とヒナタは今、共依存の関係にある。私にはヒナタが必要だし、ヒナタも私が必要だ。どちらも裏切られたら最後、絶望の海に落っこちる。いわば一心同体なのだ。
「アリアって見かけによらずSだよね」
「ヒナタは見かけ通りMですよ?」
「うるさい」
ヒナタを弄るのは、楽しい。私の言葉一つで面白いくらい表情を変化させるのが、なんだか面白い。
私は笑いながら髪を耳にかける。檻に入ってから一度も髪を切ってないので鬱陶しい。すると、ヒナタが驚いたような顔で固まる。
「どうしました? 私に見とれちゃいました?」
「違うよ! そうじゃなくて、アリアって耳4つあるの?」
ん? ああ、そういうことか。
「はい。知らなかったんですか? 猫人族は人間の耳と猫の耳の両方があるんですよ?」
「知らなかった。え、なんか気持ち悪い」
「殴りますよ?」
ひどい。私も転生した直後は同じ事思ったけど。
「それ、どっちも聞こえるの?」
「はい。猫耳の方が良く聞こえますけどね。こっちの世界じゃ常識ですよ?」
私はわざとバカにするようにヒナタに言う。気持ち悪いって言われたお返しだ。
「だって誰も教えてくれないんだもん。こっちの世界で友達いないし」
悲しそうに呟くヒナタ。
“まずい、地雷踏んだ”と思ったのだけど、よく見ると私に聞いてほしそうな顔をしている。愚痴を吐き出したいのかもしれない。
「また何かあったんですか?」
三日前、私はヒナタになんでわざわざ地下牢にやって来るのかを聞いた。すると、「他に居場所がないからだ」と答えた。勇者として不出来なせいで、周りに迫害されているらしい。
「私の地球での服がね、ボロボロにされてた。多分ミラーカがやったんじゃないかと思う」
ミラーカというのはこの国の第一王女だ。厳めしい顔つきの国王と似て、気の強そうな顔をした美人な女性だったと記憶している。
「またミラーカ王女ですか⋯⋯」
「うん。私に直接攻撃してくる人はミラーカか他の勇者しかいないし、クローゼットの中の服にまでイタズラするのは彼女しかいないと思う」
「ヒナタ以外の勇者は皆男ですもんね。彼らも流石に女性の部屋にあるクローゼット開けることはしないでしょうし」
ヒナタから聞く話によると、ミラーカ王女は過剰なまでにヒナタに突っかかってくるらしい。
周囲をヒナタにけしかけてくるのも基本的にミラーカ王女だとか。
「そんなにしつこく虐めたりしてると、流石に他の貴族達に引かれると思うんですけど。なんで手の凝ったイタズラばかりするんでしょう」
「さあ。そんな嫌われることした覚えはないんだけど」
しかし、なんでミラーカ王女がそこまでしてヒナタを虐めるかは考えても意味がない。なにせ私は、“なんでヒナタが虐められているか”すらちゃんと分かっていないのだから。
おそらく、ヒナタは何かを隠している。ヒナタが周囲との仲が悪いのは彼女に勇者の適性が無いと言うだけでは無いのだろう。それが分からない限り、私はミラーカ王女がヒナタを嫌う理由を知ることは出来ないと思う。
しばらく沈黙が続く。だがいつまでもそんなことをしているわけにはいかない。
私とヒナタの話せる時間はそこまで多くないのだ。
「そろそろお昼休憩の時間も終わりじゃないですか?」
「あ、本当だ」
ヒナタは腕時計を見て声をあげた。この世界でもお金持ちや身分の高い人は時計を持っていて、評判が悪いとはいえ勇者であるヒナタにも勿論支給されている。
「じゃあ、明日もいつもの時間に来るから。またね!」
「はい、また明日」
ヒナタが手を振ってきたので私も振り返す。
名残惜しそうに去っていくヒナタの後ろ姿が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。
◆◆◆
前世の私はわりとAVとかを見る人間だった。
いや、別にそういうのが好きだったわけではない。むしろ地球での私は恋とかエッチとかにあんまり興味がなかった方だった。死ぬときも処女だったし。
ただ、同じ部活に一人“AV博士”を自称するほどアダルトビデオが大好きな先輩がいて、彼女に沢山アダルトな動画を見させられたのだ。
だから、正直にいうと看守のすることは全て私の知識の範囲内だと思っていた。
それがどんなに辛いことでも、大抵は画面の中で見たことがあるものだと思っていた。
でも、この世には私の知らないような性癖が平気で存在しているようだ。
人間の欲望は、私の知識を遥かに越えて歪んでいるのだと身をもって思い知らされた。
30分ほど前のこと。
看守が私の牢を訪ねてきて最初に言ったことは「檻から出ろ」だった。
私は戸惑った。看守の嘲笑うような顔からして、今から解放されるとは思えない。ということは収容される檻が変わるのか、それとも処刑されるのか。
そのとき、全身の血の気が引いていく感覚がしたのを覚えている。処刑は嫌だ。死にたくなかった。
それに檻が変わるのも私には地獄だ。ヒナタに会えなくなるかもしれないから。
両手を前で縛られ、そこから伸びた縄を看守が引いた。看守の歩く速度は速すぎて、私はつまづきそうになりながらもなんとかついていった。
そして私と看守は大きな扉の前で立ち止まった。鍵は掛かってなかったようで、看守がゆっくりと扉を開ける。しかし中は明かり一つ無い暗闇で、何も見えなかった。
看守は脇に置いてあったカンテラに火を灯し、中に入っていった。両手を縛る縄を引かれ、私も中に踏み入れる。
部屋の中にあったのは最悪の光景だった。
まず目を引いたのは中央にある三角木馬。女性の陰部を傷つけるための尖った部分には、赤黒い染みのようなものが付いていた。
そしてその上には天井から伸びる縄。おそらく両手を吊るすためにあるのだろう。
隅に置いてある袋には、ちらっと見える限りでは蝋燭と目隠し、そして鞭などが入っていた。
そのときの私は思わず呟いた。認めたくないものを、無理やり自分の中に落とし込むために。
「⋯⋯拷問部屋」
「よくわかったじゃねぇか」
看守は嗤った。
怖かった。
ただひたすらに、怖かった。
何をされるのか想像もつかないが、少なくとも生易しいものでは無いだろうと思った。
なんで看守が笑っているのか分からなかった。どうしてこんなことがしたいのか分からなかった。こんなのもう“セックス”という範疇を越えていると思った。
この部屋を出るとき、自分がまだ“生きたい”と思えているのだろうかと心配になった。
足に力が入らなくなりそうになり、看守にすがり付くようにしてなんとか立つ。そんな私を、看守は乱暴に引き剥がし、引きずるようにして奥へと進んでいった。
そして今、私の両手は縛られ、万歳をするように頭上に引っ張られている。地獄に仏と言うべきか、三角木馬は使われていない。
しかし、私の爪先がギリギリ着くくらいの高さで上から吊られているため、手首に体重が掛かってしまい常に痛みが走っている。
目隠しがされ、目の前は真っ暗だ。そのせいで視覚以外の五感が敏感になっているのか、看守の息づかいが普段よりもはっきりと聞こえる。
心臓が痛いほど鳴っているのが分かる。鼓動は際限なく早くなっていく。
看守は無言だ。さっきから何も言わない。
それが怖い。何をされるのか分からないのが一番怖い。
嵐の前のような静けさが嫌で、口を開く。しかし恐怖で言葉がまとまらない。口をパクパクと開閉し、看守に何かを訴えようとはするものの、小さな吃りが喉を通るだけだった。
──ピシィィッ!!
空気を切り裂く音。そして突然の激痛。
「うあああああッッ!!」
太ももにナイフで切りつけられたような鋭い感覚が走る。
何が起きたか分からない。パニックで身体をジタバタさせる。
「あああああッ、 痛いッ! 痛いぃぃいい!」
けど、いくら暴れても痛みは引かなくて。
むしろ体重のかかる手首の痛みが悪化して、さらに私は取り乱す。
「うるせぇ!」
またも何かが風を切る。今度はお腹。
「あがぁあッ! うあぁぁ⋯⋯」
刃物をお腹に刺されたと言われても信じるくらいの激痛。
でも、看守が怖くて必死に声を押さえる。少しでも彼を怒らせたくなかった。
おそらく鞭を持っているのだろう。自分の生殺与奪が彼に握られているのを感じた。
自分の物ではない息づかいが、私を回り込むように移動を始めた。ゆっくりとした歩みだった。
看守の呼吸音が私の真横にたどり着き、そして止まった。
「お前さ。最近調子乗ってんだろ」
「──っ!」
看守の声が恐ろしくてたまらない。私に対する嘲りが滲んだ低い声。
息づかいが近づいてきた。
顔を耳元に近づけているのか、生暖かい息が首筋にかかる。
「なあ、俺に謝れ」
「⋯⋯ご、ごめんなさい」
背中を切り裂かれた。いや、切り裂かれたとしか思えないような鋭い痛み。
「ひぎゃああああああっ! うああぁッ⋯⋯!」
「もっとちゃんと謝れ、グズが!」
「ごめんなさいっ! ごべんなさいいっ!」
私は必死に謝る。何に謝ってるかは分からない。何が悪かったのかもわからない。
“鞭が怖い。痛いのが怖い”
恐れが全身を支配していた。
理性が削られていく感覚がした。
「もっとだ! もっと謝れ!」
「いだぁぁぁッ! ごめんなざいぃ゛!」
鞭を打たれる。
痛み以外の、全ての感覚が消えていく。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
無意識が口を動かして、知らず知らずのうちに謝る。
何十回も鞭を打たれて、何百回も謝って。
光を奪われ、鋭い痛みと許しを乞う自分の声が心を侵食する。
何回も気絶した気がする。
しかしその度に叩き起こされる。
時間の感覚がゆっくりと消えていく。
最初に声が枯れたのはいつだっただろうか。
ガラガラになった悲鳴で謝り続ける私に、看守は嘲りながら「ご褒美だ」と喉だけに回復魔法をかけた。身体の傷は少しも直してくれなかった。
最初に失禁したのはいつだっただろうか。
排泄物は体内のスライムが処理しているという話だったのだが、限界を越えた体は少しでも痛みを紛らわそうと尿を撒き散らした。
記憶が混濁し、起きているのに夢を見る。
前世の夢、ヒナタと話す夢、看守に犯される夢。
しかし、その全てが悪夢で、私は全てに謝り続けた。
────アリア?
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
意味は分からない。
だが悪いのは自分なのだと謝り続けた。
────アリア!
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ──
「アリアッ!!」
目を開ける。
そこにあったのは、光。
私を包む、暖かくて眩しい光。
気づくと私は、自分がヒナタに抱き締められていることに気がついた。
「⋯⋯ぇ?⋯⋯ヒナ、タ?」
「アリア、大丈夫だよ。すぐ回復魔法で楽になるからね」
よく見ると、ヒナタの手の平が光っていた。
晴れた日のお日様のような、優しくて暖かい光だった。
その光は私の身体を癒しているのだろう。痛みが少しずつ引いていくのが分かった。
「ヒナタ、魔法が使える様になったんですね」
口に笑みが浮かぶ。
なんだか我が子の成長を喜ぶ母のような気分だ。
「すみません、ちょっとだけ寝ます」
“ごめんなさい”という言葉が口から出かかり、“すみません”に変える。
とにかく寝たかった。ヒナタの腕の中で寝たかった。
「うん。おやすみ、アリア」
ヒナタの顔が近づいてくる。
意識が沈む中、自分のファーストキスが優しく奪われていくのを感じた。